第2話 未知なる生命体

目の前で幸せそうに笑みを浮かべる明美を、志乃は珍獣を見るような目で見ていた。

30分ほど前に帰ってきた明美は鞄を置くなり、ゲームをしていた志乃の前に座り、最近あった出来事を話し出した。

同僚と話したこと、友達と会ったこと、家族と出かけたこと。

彼女は表情をくるくると変えながら、端末を弄り続ける志乃を気にもとめず、それはそれは楽しそうに話す。

明美の話す内容は、別段変わったことでもなく、どこにでも転がる日常の出来事で、他愛のない話だった。

不思議なのは、それを特別な出来事のように話す明美の思考回路だ。

明美に関わらず、人と接することが好きなタイプは、志乃にとって、異世界の住人のように感じた。

志乃は人自体に殆ど興味を持つことはない。

持ったとしても、その人の考え方や世界観が気になるだけであって、人自身にその興味を向けることはなかったのではないかと思う。

昔はそれが異常であることのように感じ、必死に「普通の人」になれるよう、積極的に人と関わろうとしたこともあった。

けれど、人と関われば関わるほど、息苦しくなり、精神的に参ってしまった。

結局、片手で収まるほどの親しい人以外の関係を切ることで、心の均衡を保つことか出来たのだが、人の関係を楽しむ者を見ると少し羨ましくも感じる。

人と接する機会が増えれば、自らの世界を構築する材料もきっと増えるだろう。

材料が増えれば世界は更に広がる。

そこまで考えて、志乃は人との関係を材料としてしか見ていない自分に気づき、思わず失笑する。

そんな志乃に明美が小さく首を傾げた。

「いや、何か、楽しそうだなと思って。」

抑揚のない声でそう言えば、明美はそれはそれは嬉しそうに「うん、楽しいよ」と答えた。

「あっ、そう言えば、こんなこともあったんだよ!」

声を弾ませながら、そう切り出した明美は確かに同じ言語を話している。

けれど、彼女の話す言葉は分かっても、話す内容は共感どころか理解出来ない。

彼女は本当に同じ人間なのだろうか?

頭があって、目もあって、手と足の数も同じだ。内臓も個体差はあってもほぼ同じだろう。

同じ空間にいて、同じ世界に生きているのに、何故分からないのだろうか?

自分の感覚が人とのズレているのは十分に分かっているが、志乃の視点からすれば明美が変わり者だ。

彼女は実は宇宙人なのかもしれない。

突拍子のない考えだが、「あり得ない話」ではない。

そばに転がっていたお菓子の外袋を開け、口に放り込む。

サクサクとした食感とチョコの甘みが口に広がる。

「あっ、私にも頂戴!」

そう言って、手を差し出してきた明美に、お菓子を放り投げる。

放物線を描いて、彼女の手のひらに収まったお菓子は直ぐに明美の口へと消えて言った。

「甘くて美味しいね。」

明美はにこにこと笑みを浮かべながら、志乃と同じ感想を口にした。

ー宇宙人とも、この美味しさは共感し合えるのか。

いつもは交わらない彼女の世界と自分の世界が、ほんの少しだけ触れたような気がした。

妙な気分だが、悪くはない。

「うん、美味しいね。」

二つ目のお菓子を口に放り込みながら、志乃は彼女が感じたであろう感覚を口いっぱいに噛み締めた。

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