041 天才少年剣士との思い出

「オギュっちくん。なんだか、お互いの手の内の探り合いみたいになってきちゃったな、はははっ」


 テオさんはそう言って笑うと、ハンマーを構え直した。

 そして、再び戦いがはじまった。


 激しいハンマーの打ち合いが続いた。

 私はテオさんの重いハンマーを防ぐことに次第しだいに慣れていき、高速スイングにもそれなりに対応できるようになっていた。


 そろそろ、勝負を決めるチャンスが訪れるのではないか……。

 そんな予感がしていた。


「っ……」


 私の攻撃をハンマーで受け止めたテオさんが、のけぞりながら小さく声を漏らした。

 彼のスイングスピードもハンマーの威力も落ちはじめていた。こちらの攻撃を完全には迎撃しきれなかったという様子だ。


 無理もない。

 連続でフルスイングしたり、とんでもない速度でハンマーを振り続けていたりすれば、さすがにいつかはスタミナが切れる。

 そのうえ、テオさんはハンマーによる防御技術を、まだしっかりとは身につけていなかったのだ。


 チャンスが来たとばかりに私は、さらに踏み込んだ。

 相手のアゴに向かって気絶スタンハンマーを素早く叩き込むのだ。


 私はハンマーを振り下ろし、まずはテオさんのガードを完全に崩すことを狙った。

 しかしテオさんは、こちらの攻撃を上手く受けきれないと判断したのか、慌てて後ろに飛んだ。


 テオさん……攻撃を迎撃する余裕もないのか?


 私との試合中に彼が後ろに逃げたのは、はじめてのことだったのだ。


 テオさんを確実に追い詰めている。

 そう感じた私は、追撃の手をゆるめなかった。

 素早く飛び込み、もう一度ハンマーを振った。


 逃げたテオさんは、やや体勢を崩していた。慌てて後ろに飛んだからである。

 それでも彼は、今度は逃げずに私を迎え撃った。こちらの攻撃を迎撃しようと、崩れた体勢からでも無理やりハンマーを振ってきたのである。


 下からすくい上げてくるような軌道きどうでスイングされたテオさんのハンマー。

 そのハンマーのサイズが変化していることに私は気がついた。

 テオさんは逃げながらも咄嗟とっさに、ハンマーへ送り込む魔力を調整していたのだ。


 ハンマーのヘッド部分が、ふたまわりほど小さくなっており、の部分はみょうに長く伸びていた。

 ヘッドが小さく、柄の細長いハンマーに変化していたのである。

 それは例えるなら、まるで細長い剣のような形状だった。

 サムライだったテオさんにとっては、一番振りやすい形状なのだろう。


 苦しまぎれなのか?

 テオさんはハンマーを剣のような形に変化させることで、スタミナ切れで失われたスイングスピードを取り戻そうとしているのか?


 そのときの私は、そう考えた。


 テオさんの細長い剣のような形状のハンマーは、低い位置からアッパーカット気味に放たれ、地面の砂ぼこりを巻き上げながらこちらに向かってきた。

 やや無理な体勢から放たれた攻撃だったが、形状を変化させていたおかげでハンマーの速度は充分に出ていた。

 しかし――。


 やはり、それまでと比べると、テオさんの攻撃には重さが足りなかった。

 ハンマーを細く小さくした分だけ、攻撃力が落ちていたのだ。

 逆にこちらは、勝ちを取りにいく攻撃だったので、ハンマーに思いっきり魔力を込めて叩き込んでいた。

 下からしゃくりあげてくるようなテオさんのハンマーと、上から振り下ろした私のハンマーとがぶつかると、こちらの攻撃があっさりと押し勝った。


 テオさんはハンマーを落としこそしなかったが、私にぐぐっと押し込まれて左の腰あたりでハンマーを構えるような体勢になった。

 彼は私の次の攻撃よりも先に、そのまま素早く後ろに飛んで逃げた。


「くっ……さすがにバテてきたぜ。限界が近いか……」


 またも逃げたテオさんが、そう声を漏らしたので、こちらはますます彼を追い込んでいる気分になった。


 勝てる!


 後ろに下がったテオさんとの距離を詰めるために、私は踏み込んだ。

 その瞬間だった。

 ゾクゾクっと背筋せすじが凍ったのである。


 ――殺気さっきっ!?


 逃げていたはずのテオさんが、なぜか右足をじわりと前に踏み出した瞬間を私の目は見逃していなかった。

 彼は細く長いハンマーを左の腰あたりで構えたままだった。

 私の視線の先には、ハンマー術使いとしてのテオさんではなく、剣士としてのテオさんの姿があったのである。


 ハンマーを剣のような形状に変化させたり、左の腰あたりでハンマーを構えていたりしたのは、苦しまぎれではなかったのだ。

 テオさんは狙ってその構えをし、このタイミングを待っていたのである。


 テオさんは逃げているフリをしながら、こちらを自分のふところに誘い込んでいたのかっ!?


 なぜかこんなときに突然、アニキとの思い出が私の頭をよぎった。

 戦う剣士の姿を目にしたせいで、アニキの姿がチラついたのだと思う。


 次の瞬間。私は考えるよりも先に身体が動いていた。

 今度は私の方が後ろに飛んで逃げていたのである。


 直後――。


 この戦いの中で最速のハンマーが、私のアゴの先の空間をかすめていった。

 私の目でも、まったくとらえきれないほどの速度でだ。

 テオさんの本当の狙いは、剣のように細く長く伸ばしたハンマーで、私のアゴを叩き気絶スタンさせることだったのである。


 ガラガラの客席で、再び大きなどよめきが起きた。

 受験生たちの中に、テオさんのハンマーをしっかりと目で追えた者は一人でもいただろうか?


「はあ……驚いたよ……オギュっちくん。今度こそ完全にとらえたと思ったのに。あの状況からでもキミは、俺の最高速度の攻撃に反応することができるのか……。なんだって一回戦の対戦相手がキミのような強敵なんだ……。本当に俺は運が悪い」


 テオさんが、ため息まじりでそう話しかけてきた。

 私は自分のハンマーを両手でしっかりと握り、構えを崩さないまま彼に質問した。


「テオさん、さっきの構えは、剣士としてのテオさんの構えですか?」

「んっ? ああ、そうだよ。俺はサムライだったころ、こうして腰の位置で刀を構えて戦うことが多かったんだ」


 細長く伸ばしたハンマーを、テオさんは再び左の腰あたりで構えた。


「オギュっちくん。俺はこの構えをすると、サムライだったころに戻れたような気分になるんだ」

「少しずつですが思い出してきましたよ、テオさん。それに似た構えを、過去に目にしたことがあります」

「んっ?」

「テオさんのそれは、居合術いあいじゅつとか抜刀術ばっとうじゅつとか、そんな呼ばれ方の刀を使った剣技じゃないですか?」

「まあ、そういう剣技をベースにして俺が開発した技だけど……オギュっちくんはそういう知識もあるのかい?」

「いえ、たまたま知っていただけです」

「たまたま知っていた?」


 私はこくりとうなずくと話を続けた。


「昔、ものすごい天才少年剣士といっしょに町で過ごしていたんです。彼のことをみんなは『アニキ』って呼んでいました」

「へえ、天才少年剣士か」

「はい。アニキは古今東西の色んな剣術を研究していて、テオさんが今やったような剣術も、何度か見せてくれたんです。アニキはわざわざ刀を手に入れて練習していました」

「ほう。わざわざ刀を」

「ええ。刀を使った練習にいっしょにつきあったんですけど、あのときの経験がなかったら、きっと今のテオさんの攻撃で、こっちが負けていたと思います」


 再び、アニキとの思い出が頭をよぎった。

 私の人生の大切な場面や、ここぞという勝負どころで、アニキやアニキとの思い出が私を助けてくれる。

 このテオさんとの戦闘においても、アニキと過ごした日々や思い出に見事に助けられたわけだ。


 もしも、アニキとの思い出がなければ――。

 先ほどの場面で私は後ろに逃げなかった。きっと、前に踏み込んでテオさんのハンマーでアゴを揺らされて負けていたことだろう。

 テオさんが苦笑いを浮かべながら言った。


「なるほど。よく見えるその目と、天才少年剣士との思い出はキミの人生の財産だな。キミが『アニキ』と呼んでいる剣士と俺がもしもこの先、会うようなことがあれば、今日のこの試合の愚痴ぐちをぜひ聞かせたいよ。よくもオギュっちくんに余計な経験をさせてくれたねってさ。おかげで俺は、切り札を披露したのに、勝負を決められなかったじゃないかってな、はははっ」


 笑い終えるとテオさんは、ゆっくりと呼吸を整えた。

 左の腰あたりで、刀を構えるかのようにハンマーを手にしている彼の姿を目にして、ここからはサムライとしてのテオさんを相手にしなくてはいけないのだと私は悟った。

 ハンマー術使いとしてのテオさんよりも、ずっと手強そうだった。


「テオさん。先ほど、バテてきたとおっしゃっていましたが、あれも演技でしたか?」

「はははっ。いやいや、スタミナ切れが近いってのはさすがに本当だよ。俺はハンマー術の基礎訓練をもっとやらなくちゃいけないって実感しているね。ハンマーを使った防御技術を練習しなくちゃな。キミのおかげで、今後の課題がいくつも見えてきたよ」


 テオさんは右手でハンマーの柄をぐぐっと握り直し、左手をハンマーの柄に添えたまま、両足を広げて腰をさらに深く落とした。

 昔、似たような構えをアニキが見せてくれたときは、刀はさやに収まっていたはずだ。

 記憶違いかもしれないが、確か鞘の中で刀を滑らせることで攻撃を加速させるとか、そんなことをアニキが説明してくれたような……。


 テオさんのハンマーに鞘はない。

 だから、ハンマーの柄に添えられた左手が、おそらく鞘の代わりをしているのだろうと私は推測すいそくした。


 柄の部分に添えられた左手から何か特殊な魔力を放ち、左手を鞘のように使用する方法があるのかもしれない。

 そして、左手を通過させるときに魔力でハンマーを滑らせて攻撃を加速させているのだ。


「さて……オギュっちくん。俺のハンマー術の技術だけでは、どうやら勝利には届かないようだ。けれど、サムライだったころの昔の自分と今の自分とを混ぜ合わせてキミにぶつけてみたら、ひょっとしたら勝利に届くかもしれないよな」


 そう口にしたテオさんからは、こちらの背筋が凍るような殺気が再び放たれていた。


「オギュっちくん。キミも奥の手を隠しているのなら出した方がいいぜ。余力を残したまま負けたんじゃ、きっといが残る」


 彼の言う通りだと思った。

 さすがにこちらも奥の手を披露しなければ。

 余力を残したまま目の前の強敵に勝つ自信は、私の中のどこにもなかった。

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