040 ハンマーのスイングスピード

『オークショニア』や『オークショニアを目指す私たち』にとって、木槌とは相手を殺すための道具ではない。

 オークションのシンボルである木槌。それを、ただの凶器として扱う人間は、養成学校の試験には合格できないと言われている。

 試合中に殺人を犯したり、再起不能になるような深刻なケガを相手に負わせる戦いをすれば、その時点で失格扱いされるだろう。


 オークションのシンボルである木槌を、ほことしてもたてとしても使用する私たちは、自分たちが手にした木槌の扱いに、誇りと責任を持たねばならない。


 この試験で受験生は、自分が木槌を扱う技術を充分に身につけていること、そして自分が扱う木槌に責任が持てることを、戦闘を通して試験官たちに示す必要があるのだ。


 テオさんとの戦闘が続いた。

 ハンマー同士がぶつかり合う激しい音が、闘技場内に何度も響いた。


「予想通り手強てごわいな、オギュっちくん!」

「いえいえ、テオさんこそ。そちらの激しい攻撃を受け止めるたびに、こっちのハンマーは何度も吹き飛ばされそうになっていますよ」

「ふふっ、そりゃそうだろう。俺は毎回、キミのハンマーを闘技場の端っこまでぶっ飛ばしてやるつもりで攻撃しているんだから」

「ええ。だから、一瞬だって気が抜けない。さっきからヒヤヒヤしっぱなしです」


 ハンマー術の試合において、相手に勝利する方法は何通りもある。

 たとえば、相手の木槌を叩き落としたり、跳ね上げたりして、武装を解除させることで負けを認めさせる方法。

 テオさんなんかは、このタイプだと私は考えていた。

 こちらのハンマーを遠くまでぶっ飛ばす――あるいはハンマーごと私をぶっ飛ばすのが彼の狙いなのだと。


 他には、ハンマーに特殊な魔力を込めて相手の腕や足を打ち、その部分を一時的に麻痺パラライズさせて、負けを認めさせる方法なんかもある。

 腕に打ち込んでしびれさせ、ハンマーを一時的に握れなくさせたり、足に打ち込んで動けなくさせたりして勝利する方法である。


 ただ、テオさんは、麻痺パラライズハンマーを使うタイプではないようだ。

 いや……そもそもハンマー術の経験が浅いらしいので、もしかすると麻痺パラライズハンマーの技術自体を身につけていなかったのかもしれない。


 テオさんが再び動きはじめた。鍛え上げられたその身体から強烈なハンマーを繰り出す。

 私は咄嗟とっさに後ろに飛んでかわした。

 けれどテオさんは、そんな動きは予想していたとばかりに突進して距離をつめてきた。

 一振り目のハンマーはフェイントだ。

 最初から二段構えの攻撃だったのである。


「ふんっ!」


 というテオさんの声が闘技場内に響いた。

 それと同時に、二振り目のハンマーが私に襲いかかった。


 戦闘中にテオさんが、連続してハンマーを繰り出してきたことは何度もあった。

 だが――。

 このタイミングで彼が繰り出してきた二振り目のハンマー。それは、戦いの開始時点からさんざん見せつけられてきた『力任せで荒削りな攻撃』とは、まったくの別物べつものだった。


 テオさんがそれまで、私に一度も見せてこなかった素早く鋭い右足の踏み込み。

 そのモーションから放たれたハンマーが、とんでもない速度で私に向かってきた。

 空間に一本の光の線でも走らせたかのような超高速のスイング。

 テオさんがずっと隠してきた『本気のスイングスピード』が、このときはじめて披露ひろうされたのである。

 ハンマーとハンマーがぶつかり合う音が、周囲にとどろいた。


「くっ……」


 間一髪。私はテオさんの攻撃をハンマーで受け止め、思わず声を漏らした。

 なんとか反応はできた。しかし、攻撃を受け止めるタイミングがいくらか遅れた。打ち込まれた衝撃を完全には殺しきれず、私の身体は斜め後ろに押し飛ばされた。

 倒れないよう両足でふんばったが、身体が大きくよろけた。

 ハンマーで地面を叩き、反動を利用して転倒を防ぐ。

 即座にハンマーを構え直し、テオさんの追撃を警戒した。


 客席から受験生たちのどよめきが聞こえた。

 ガラガラの客席から大きな声が上がるとは……。

 テオさんのハンマースピードは、他の受験生たちにも大きな衝撃を与えたのだ。


「踏みとどまったか、オギュっちくん」

「ええ。なんとか」


 もし地面に倒れていたら――。

 きっと、その瞬間にテオさんが飛び込んできて、こちらの負けが決まっていただろう。

 背中に冷たいものが走った。

 今の攻撃をよくしのげたものだと、私は自分自身に驚いた。

 テオさんのがっかりした声が私の耳に届いた。


「はあ……。俺は勝ちを取りに行ったのに、今ので決められないとは……まいったね」

「正直、かなり危なかったです。一瞬、負けたかと思いました。テオさん、とんでもないスピードでハンマーを振り回せるんですね」

「はははっ、でもキミには防がれてしまった。今のが奥の手だったのにな」


 大きな身体と鍛え上げられた筋肉。そして、何度も何度も見せつけられた豪快なフルスイング。

 どうやら、それらにだまされていた。

 テオさんは、力任せの攻撃を繰り返すだけの単純なハンマー術使いではないのだ。


「オギュっちくん、キミは本当に目がいいんだな。まさか初見しょけんで防がれてしまうなんて。自分でもなかなかのスピードだと思っていたんだがね」

「あれほどの速度でハンマーをスイングできる人を、生まれてはじめて見ました」


 テオさんは、両目を細めてニコッと笑った。


「はははっ、ありがとう。ハンマーをいかに速くスイングできるか――それだけを集中的に磨き上げてきたんだ。俺はハンマー術を学びはじめたのが遅いからね。短期間でたくさんのことは身につけられないだろ? だからひとつの技術に絞って訓練してきたんだ。子どものころから長い年月、刀を振りまわしていたから、まあその経験も役に立ったかな」


 そう言うとテオさんは、ハンマーを構えながらゆっくりと私の方に近づいてきた。


「オギュっちくん、俺はリーグ戦の間、ずっと隠していたんだぜ。わざと荒々しくハンマーを振ってみたり、力任せのハンマーしか使えないフリをしてみたり、演技して戦っていたのにさ」

「そうだったんですか」

「ああ。周囲には『単調な攻撃しかできない奴』と思わせ、油断させておいて、ここぞという大事な場面で、自分の最高速度のハンマーを対戦相手に突然叩き込む。極端に緩急かんきゅうをつけた攻撃で、大抵の奴は倒せると考えていたんだけどね」


 私は苦笑いを浮かべた。


「本当にギリギリでした。自分でもよく反応できたと驚いています。今頃、変な汗が出てきましたよ」

「ふふっ。まあ、ハンマー術の経験が浅いなりに、俺もいろいろと戦い方を考えてきたんだ。でも、キミのようなレベルの高い相手には通用しないみたいだね」


 そして、テオさんと私は、再びハンマーの打ち合いをはじめた。

 演技をやめたテオさんは戦闘スタイルが変化し、より手強てごわい相手となった。

 攻撃に緩急をつけてきたかと思えば、以前のようにハンマーを荒々しく振り回してきたり、フェイントを混ぜ込んできたり、突然とんでもないスイングスピードでハンマーを振ってきたりと、私は翻弄ほんろうされ続けた。


「テオさん、そのハンマースピードは本当に驚異的ですよ」

「ありがとう、オギュっちくん。だったら、そろそろ一発くらい、まともに喰らってくれるとうれしいんだけど」


 打ち合いが続いた。

 ぶつかり合う木槌の重い音が、闘技場内に何度も響いた。


 ハンマーのスピードに関しては、テオさんが私よりも圧倒的に速い。

 こちらが先にハンマーを振りはじめても、一瞬遅れて振りはじめたはずのテオさんのハンマーが追いついてきて、私の攻撃は見事に迎撃げいげきされてしまうのである。


 そういうわけで私は、攻撃の初手しょてを封じられ続けた。

 なかなか攻め込めず、強引に攻め込めば、あの高速スイングが私のハンマーを吹き飛ばそうと襲いかかってくる。

 苦しい状況に追い込まれていた。


 それで私は、テオさんのスタミナ切れを狙った。

 あれほどのスピードでハンマーを振り回したり、フルスイングを続けていたり――そんなものがいつまでも続くとは思えなかったのである。


 いつか動きが鈍るはず……。

 そのときを待つんだ。


 しかしテオさんは、見た目の印象通り『スタミナおけ』のような人間だった。

 体力が無限にあるかのごとく、いつまでも動きまわるのである。

 私は彼の猛攻をかわしつつ、なんとか勝利する方法を探り続けた。


 しばらくすると、テオさんが再び口を開いた。


「オギュっちくん。俺にはキミの狙いがなんとなくわかってきたぞ。気絶スタンを狙っているな?」


 テオさんの言う通りだった。

 ハンマー術の戦闘で私は、相手を気絶スタンさせて勝利を目指すタイプである。

 私の父の得意技が気絶スタンで、ハンマー術を私に最初に教えてくれたのが父だったからだ。

 だから気絶スタンを特に念入りに教え込まれた。そして得意技となったのである。


 手順としては、重量のあるハンマーで、テオさんのガードを崩す。その後、ハンマーの重さをすごく軽めに調節し、彼のアゴに綺麗に打ち込む。

 それができれば、ダメージを与えずにテオさんを心地よく気絶スタンさせることが出来るのだ。


 テオさんは少し後ろに下がり、私との距離をあらためて調整しながら話を続けた。


「ふふっ。まあ、キミの狙いがわかったところで、特に対策は思いつかないんだけどな。ハンマー術での戦闘は経験が浅くて、よくわからない部分も多いんだ」

「そうは言いますけど、テオさんまだまだ、どこか余裕がありますね?」

「んっ?」

「動きは戦闘慣れしているし、こっちの攻撃は防ぎ続けています。さきほどから一発もまともには受けていない」

「それはオギュっちくんも同じだろ? それに、キミの方はまだ奥の手を隠し持っているんじゃないかな? はははっ」


 テオさんはそう言って笑うと、話を続けた。


「すでに俺は、奥の手を披露ひろうしてしまっている。もう余裕なんてないさ。オギュっちくん、キミの方が奥の手を隠している分、俺より有利だと思うぜ?」


 そう言われても私には、テオさんがさらに奥の手を隠し持っているように思えて仕方なかった。

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