第7章 決勝トーナメント

039 第7章 決勝トーナメント

 私は、ロメーヌとテオさんがいる場所へと戻った。そして、引いたくじがテオさんと同じ『第1試合』だったことを二人に告げた。

 テオさんは両目をそっと閉じて、こくりとうなずいた。

 背の高い青年の、青みをびた黒髪が静かに揺れた。


「……そうか。1回戦の相手は、オギュっちくんになっちゃったか」


 テオさんはそうつぶやいた後、閉じていた両目をぱっと見開いた。

 続いて、こんな提案をしてきた。


「よし、オギュっちくん。あと少しすれば試合開始となり、俺たちは戦う運命にある。それまでは、仲良く会話するなんてことはやめようじゃないか。試合開始までの時間、お互い顔をあわせず、距離をとって過ごすってのはどうだい?」


 正式に対戦相手となったからには、まあそれが普通だろう。

 私はそう考え、テオさんの提案に同意した。

 テオさんは両目を細め、やさしく「ふふっ」と微笑んだ。


「オギュっちくん。キミとは、少し仲良くなりすぎてしまった気がするよ。長い鉄道の旅で席が隣だったり、ケガをした鳥の件もあったりしたしな」

「確かにそうですね。まさか、試験期間中に知り合った誰かと、短期間でこんなふうに仲良くなるなんて考えてもいませんでした」

「ふふっ、俺もさ。でも、俺たちは受験生だから、本当はライバル同士でもあるんだ。それなのにお互い、ついうっかり仲良くなりすぎてしまったかもしれない、はははっ」


 確かに私も、テオさんに心を許しすぎていた。

 次の戦いで勝った方が『ベスト8』に進出するのだ。ベスト8以上になれば、受験生は合格する可能性が格段に高くなる。

 うっかり仲良くなりすぎてしまったテオさん。そんな彼と、『ベスト8進出』をかけて戦うというのは、いくらかやりづらいと思ってしまった。


 もちろん、誰が相手だろうが私は負けるつもりなどなかった。

 けれど、『できれば別の誰かが対戦相手だったらよかったのに……』と考えたし、そう考えてしまっている時点で、私の心にはすでにすきのようなものが生まれている気もした。


「じゃあ。俺たちが次に会うのは、試合がはじまったときだな」


 そう言って、テオさんは歩きだした。


「――ああ、それとオギュっちくん。俺はこれから、あっちの方の誰もいないスペースで、ウォーミングアップをはじめるよ。だから、オギュっちくんはどこか別の場所でウォーミングアップをするといいさ」


 彼はそう言い残すと、私とロメーヌの前から姿を消したのだった。




 受験生たちは全員、闘技場中心部の空間で自由にウォーミングアップすることが許されていた。

 しばらくして試合開始時刻が近づくと、第1試合で対戦する私とテオさんをその場に残し、受験生たちは客席へと移動させられた。


 観客などは見当たらず、客席はガラガラだった。

 試験に参加する受験生たちと養成学校の関係者以外は客席にいないのである。


 戦闘が行われる中心部の広場と客席とを隔てている石造りの分厚い壁。その壁の上部には、特等席とくとうせきのような空間が何ヵ所か設けられていた。『座席』というよりは『個室』というような印象のゆったりとした空間だった。


 闘技場の中心部で行われる戦闘を、客席よりももっとずっと近くで眺めることができるその空間。そこは、偉い人なんかが闘技場にやって来たときは貴賓席きひんせきとして使用される場所なのかもしれない。

 その場所に養成学校の関係者が何人か座っていた。おそらく、彼らが戦闘試験の試験官ではないかと思われた。

 その席から受験生の戦いを眺め、合否を決定するのだろう。


 そんな試験官席には、進行役の男性が一人いた。ピシッとした黒いスーツ姿で、年齢は40代といったところだろうか。

 その男が、私とテオさんに向かって指示を出した。


「これより、1回戦の第1試合を開始する。両者、中央に!」


 私とテオさんは、お互い広場の端と端にいたのだけど、その声で中央に向かって歩き出した。

 互いにスーツ姿。そして、右手には木槌きづちが握られていた。

 私が握りしめている木槌はもちろん、アニキがまだ町にいた頃にプレゼントしてくれた例の大切な木槌だ。


 やがて私は、広場の中央で自分よりも背の高い25歳の男と正面から向き合った。

 大陸の東、海の向こうの島。そこで暮らしていた元サムライの男が、どういうわけだか武器を刀からハンマーに持ちかえ、オークショニアを目指していた。

 よっぽどの理由があるのだと思った。

 しかし、だからといって、彼に負けるわけにはいかない。


「やあ、オギュっちくん。もうしゃべってもいいかな」

「はい、テオさん」


 敵としてテオさんと向き合ってみると――。

 彼の身体はそれまでよりも、もっとずっと大きく見えた。

 きっとスーツの下には、よく鍛えられた筋肉質の身体が隠されているに違いない。テオさんが強敵であることは、戦う前からよくわかっていた。

 おそらく筋力では、私はテオさんに圧倒的に負けているだろうと思った。


「オギュっちくん。戦闘開始の合図は、木槌の音らしいぜ」

「そうみたいですね」

「戦いのはじまりを告げる合図ってのは、普通は法螺貝ほらがい角笛つのぶえを吹いたり、太鼓たいこやドラを叩いたりすると思うんだけどな」

「テオさん、やっぱり『競売人オークショニア養成学校』の試験だから、木槌を打ち鳴らす音が戦闘開始の合図にふさわしいのだと思いますよ」

「まあね。オークショニアを目指す者たちの戦いには、楽器の音なんかより、木槌を打ち鳴らす音の方がふさわしいか、はははっ」


 テオさんが爽やかな笑みを浮かべたところで、試験官席にいる進行役の男性が再び声をあげた。


「それでは、1回戦! 第1試合! 戦闘開始!」


 進行役の男性はそう言い終わると同時に、木槌を打ち鳴らした。

 カンっ――と心地のよい音が闘技場に響いた。

 戦闘開始を告げる音としては、きっと迫力にかける音なのだろう。けれど、オークショニアを目指す者にとっては、この音は心の奥底にあるスイッチを押してくれる。そんな音に違いないと私個人は思っている。


「オギュっちくん、まずはバカ正直に真正面から打ち合ってみようじゃないか!」


 テオさんが正面から突っ込んできた。右手のハンマーはテオさんの頭ほどのサイズに膨らんでいた。

 作戦もクソもない。相手は純粋な打ち合いを望んでいる様子だ。


 私の方も、テオさんのハンマーと一度、本気で打ち合ってみたくなってしまった。

 好奇心だ。目の前の人物は、おそらくパワー系のハンマー術の使い手だ。私のハンマーが彼のハンマーを叩いたとき、いったいどんな感触がするのだろうか?


 一度、思いっきり叩いてみたい!

 テオさんのハンマーの感触を味わってみたい!


「いきますよ、テオさん!」


 そう声をあげながら私は、ハンマーを自分の頭ほどのサイズに膨らませた。そして、迫りくるテオさんのハンマーに向かって全力で打ち込んだ。

 互いの木槌がぶつかり合った直後――。

 ズンッとした衝撃が私の身体の芯まで届いた。

 ぶつかり合うふたつのハンマーから生じた重量感のある衝突音。それが闘技場内に派手に響いた。

 それと同時に、全身の骨がきしむような衝撃が私を襲ったのである。


 テオさんの一撃はとても重く、鍛えられた男の一振ひとふりといったそのままの印象だ。

 攻撃に小細工こざいくもないし、本当に心から純粋に、目の前の私をただ遠くまでぶっとばしてやろうという気迫が伝わってくる一振りだった。

 このまま彼と正面からバカ正直に打ち合っていれば、こちらが先に力尽きることが容易に想像できた。


 私はすぐに後ろに飛んで、彼と距離をとった。

 純粋な体力勝負や筋力勝負となれば、きっと私に勝ち目はないと考えたのである。


「すごいね、オギュっちくん。あいさつ代わりに全力でぶっとばしてやろうと思ったのに、キミはあれを簡単に受け止めてしまうんだ」

「簡単じゃないですよ。おかげで今、ものすごく腕がしびれていますから」


 テオさんは笑顔を浮かべた。


「はははっ、俺もさ。俺の腕も、ものすごくしびれている。しかし、オギュっちくん。キミはハンマーに込める魔力の調整が抜群ばつぐんにうまいようだね。ハンマーがぶつかり合う瞬間に、魔力をうまく調整して、俺のハンマーの衝撃をかなり殺しているようだ。それだけ調整が上手なら、これまでの人生でキミは、かなりたくさんの物を叩いてきたんだろうな」


 互いのハンマーがぶつかり合う瞬間、私はハンマーに送り込む魔力を調整し、テオさんのハンマーがこちら側に与える衝撃をいくらか逃がすことに成功していた。

 これは、ハンマー術の基本的な技術のひとつである。


 ハンマーで物を思いっきり叩くとき、当然その衝撃がハンマーを握っている自分にも伝わってくる。けれど、ハンマーに送り込む魔力を調整することで、自分の身体に伝わってくるその衝撃をある程度やわらげることが可能なのだ。

 そして当然、この技術は防御にも応用できる。相手の攻撃を自分のハンマーで受け止める際、衝撃をいくらか逃がすことが可能となるのである。

 テオさんが苦笑いを浮かべながら言った。


「衝撃を逃がす基本的な技術。それを身につけていないと、ハンマーを使う人間の身体が壊れてしまう。でも、恥ずかしいことに俺はまだハンマー術の経験が浅くてね、ハンマーに送り込む魔力の調整がちょっと苦手なんだよ」

「えっ……テオさん、いいんですか? 自分の弱点をしゃべっちゃって?」


 テオさんは小さくうなずいた。


「ああ、うん。隠したって、どうせキミには、すぐにバレるだろ? 俺はね、ハンマーの衝撃を逃がすのが下手だ。だからその代わり身体を鍛えあげて、ハンマーの衝撃に充分耐えることができるはがねの肉体を作り上げてきた」

「いや、テオさん……。いつか身体が壊れますよ……。魔力の調整を本格的に身につけた方がいいです」

「んっ……まあ、それはそうなんだが……そういう細かい防御技術を身につけるには、もうちょっと時間をくれ。防御技術を磨くのはまた今度だ。とりあえず、俺の攻撃力だけは、なかなかのものだろ?」

「確かに、ものすごい威力のハンマーでした。テオさん、本当に手加減なしの一振りでしたね」


 私がそんな感想を口にすると、テオさんはうれしそうに笑った。


「はははっ。俺はもう25歳だし、今回の受験で合格を決めたいと心の底から思っている。キミに対して友情は感じているけれど、二人のうちのどちらかが勝ち、どちらかが負けるという勝負なんだ。だから、さすがに手加減はしないさ」

「はい。手加減なしで問題ありません」

「ああ、全力で戦って、お互い恨みっこなしの勝負をしようじゃないか!」

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