038 【第6章 完】リーグ戦とその翌日

 二次試験の二日目は、戦闘試験だ。

 試験会場となるのは『競売人オークショニア養成学校』の校庭だった。

 よく晴れた青空の下、受験生32名全員がそこに集まっていた。


「32名の受験生を、『4人×8グループ』に分けての『リーグ戦』か……」


 対戦相手が記載された紙を手に、私はそうつぶやいた。

 隣に立っていたロメーヌが、その紙をのぞき込みながら言った。


「オギュっち先輩。とりあえず今日は、先輩とわたしが戦うことはないんですよね?」

「そうだね。別々のグループに振り分けられたからね」


 私もロメーヌも、リーグ戦は別のグループだった。

 受験生は4人グループの中で、他の3人と1対1の戦闘を行う。その勝敗で順位が決まり、上位2名が翌日の『決勝トーナメント』に進出することになっていた。

 8グループあるので、決勝トーナメントに進めるのは16人というわけだ。


 ちなみに、テオさんや例の女忍者なんかも別グループだった。

 一次試験が同じ会場だった受験生は、リーグ戦ではできるだけ対戦することがないよう、組み合わせを考えられていたようだ。


「でも、オギュっち先輩。今日の戦闘試験で各グループの中で1位か2位になると、明日の『決勝トーナメント』に進出することになりますよね。そうなると、先輩とわたしが戦う可能性も……」

「まあ……ね。だけど今は、そんなことを考える必要はないよ。今日のリーグ戦で、ベストな戦いをすることだけを考えなくちゃ」

「そうですよね。わたし、もう一回準備運動をしてきます」

「い、いや……ロメーヌ……準備運動、もう3回目だよね……」


 ロメーヌが準備運動をするために私から離れると、テオさんがやって来た。


「オギュっちくん、あちこちから色んな噂が聞こえてくるけれど、明日の決勝トーナメントに進んで『ベスト8』に残ることができれば、合格はほぼ間違いないらしいぜ」

「はい。でも、ベスト8に残っても、不合格になった人が過去に何人かいたって噂も聞いています」

「ああ、うん。ベスト8まで残っても、油断せず最後まで戦いなさいってことなんだろうか?」


 私は小さくうなずいた。


「そうかもしれませんね。逆にリーグ戦で2位以内に入れずに脱落して、決勝トーナメントに進めなかった受験生でも、特別に入学を許可された例も、過去に何度かはあったみたいですよ」

「戦闘試験の勝敗以外でも、ある程度は合否の判断材料にしてくれるってことかな?」


 テオさんはそう言って小さく首をかしげた後、話を続けた。


「まあ、いくら考えても仕方ないか。俺たちは今日のリーグ戦を突破して、明日の決勝トーナメントに進出しておくことだな。そして『ベスト8』を目指す。その方が、合格する確率が単純にぐっと上がるわけだからね」


 それから私とテオさんは、周囲の受験生たちを見渡した。

 ほぼ全員が、私やテオさんと同じくスーツ姿であった。

 メイド服姿のロメーヌや、黒装束くろしょうぞくに身を包んだ例の女忍者など、スーツ以外の受験生は少数派であり、試験会場でとても目立っていた。


 やがて、試験がはじまった。

 32名の受験生が、振り分けられたグループごとに指定された場所へと移動する。

 校庭のあちこちで同時に、戦闘試験が行われたのだった。


 武器は木槌きづちのみ。自分以外の3人と1対1の戦闘を行う。

 組み合わせがよかったこともあったのだろう。私は3戦全勝することができ、グループの中で1位だった。決勝トーナメントへの進出を決めたのである。

 しばらくして、戦いを終えたロメーヌが、私の前にニコニコしながら現れた。


「オギュっち先輩も全勝ですよね! わたしもなんとか全勝しました! 明日の決勝トーナメントに進出ですよ!」


 彼女も1位通過だったのである。まあ、ロメーヌは強いから、正直それほど心配はしていなかった。

 戦闘経験の少なさが彼女の弱点だったが、だからといって簡単に負けるようなこともないだろうと思っていたのだ。

 ロメーヌから少し遅れてテオさんがやって来た。


「いやー、2位通過だった。俺のグループに、やたら強い少年が一人いてさ。最後の対戦相手が彼だったんだよ。負けてしまった」

「でも2位なら、テオさんも明日の決勝トーナメントに参加できますよね?」

「ああ」


 その後、対戦結果がまとめられたものが、校庭の脇にあった掲示板に貼り出された。

 私とロメーヌとテオさんは、3人でそれを眺めに行った。例の女忍者なんかも、1位通過で決勝トーナメントに進出しているようだった。

 テオさんが言った。


「俺たちが一次試験を受けた会場からは、6名が二次試験に参加していたわけだけど、その内の4名がリーグ戦を突破したんだな」


 それから、掲示板の前で3人で明日の話をしていると、前日と同じように女性の教師が杖をつきながら現れた。


「その様子だと、3人とも決勝トーナメントに進出できたようだな」


 そう言うと教師は、しゃべり続けた。

 話によると彼女は、私たちの中の誰かが決勝トーナメントに進めなかった場合、預かっている鳥の世話をその人間に任せようと考えていたらしい。

 けれど私たちは3人とも、決勝トーナメントに進んだのだ。

 教師はテオさんに向かって言った。


「そんなわけで、鳥の世話はもう一日、私と妹でするから安心してほしい。まあ、私はともかく妹は、あの鳥をとても可愛がっているから喜ぶだろうよ」


 そして彼女は私たち3人に、鳥のことは気にせず明日の試験に集中するよう言い残して、去っていった。




 リーグ戦の翌日。

 試験三日目の『決勝トーナメント』は、校庭ではなく闘技場とうぎじょうで行われた。

 闘技場は、養成学校の敷地からは、いくらか離れた場所にあった。


 試験開始前の朝。

 会場の下見が許されていたので、私とロメーヌ、テオさんなど受験生の何人かは闘技場の中央にある空間に自然と集まっていた。


 天井のない円形の闘技場だった。

 足下は乾いた土、上を見上げれば青空だ。

 戦闘中に身を隠すことができる障害物などはなく、何もないこの広場で純粋に真正面から戦うことになる。

 もう少し時間が経てば、私たち受験生はそれぞれハンマーを握りしめ、闘技場で1対1の戦闘を行うことになっていた。

 ロメーヌが周囲を見渡しながら言った。


「オギュっち先輩、石造りの頑丈がんじょうそうな建物ですよね。客席はどれくらいあるんでしょうか? 1000人くらいなら余裕で座れそうですよ。今日って、お客さんとか来るのかな?」


 戦闘が行われる中央の空間。そこをぐるりと囲むように、石造りの高く分厚い壁があった。壁の背後にはたくさんの客席が中央の空間を見下ろすようなかたちで設置されていた。

 私は周囲の客席を眺めながらロメーヌに言った。


「ちらっと聞いた話だと、養成学校の関係者以外は、闘技場に入れないらしいよ」

「そうなんですか」

「うん。受験生の両親とか兄弟でも入れないって」

「じゃあ、客席で受験生の応援をする人なんかもいないんですかね?」

「そうだろうね。客席があれだけたくさんあっても、今日はガラガラだと思うよ」


 ロメーヌは、ほっとした様子で胸をで下ろした。


「よかった。お客さんなんかいたら、緊張してしまいますからね」


 それからメイド服姿の女の子は、周囲をもう少し見てくるといって私のそばから離れた。

 テオさんが、ロメーヌと入れ替わりでやって来た。


「オギュっちくん、王都の施設ってのは、本当に豪華だな! 養成学校は毎年、戦闘試験のために、王都からこの円形闘技場の使用許可をもらっているらしいぜ」


 闘技場は王都の公共施設であり、養成学校の施設ではないとのことだった。

 テオさんが話を続けた。


「王都にある闘技場の中では、これでも小さい方みたいだね。王都にはここの他にも、もっともっと大きな闘技場があるらしい」

「えっ! これで、小さい方の闘技場なんですか? テオさん……王都の施設って本当にすごいですね……」


 王都では小さい方の闘技場らしいが、それでも中央の空間は充分に広かった。

 対戦相手と1対1で思いっきり走りまわりながらハンマー術の戦闘をしたって、壁際かべぎわにはそう簡単に追い込まれない。それくらいの広さがあった。


 しばらくすると、養成学校の人がやって来て、16人の受験生を集合させた。

 決勝トーナメントでの1回戦の相手は、くじ引きで決まると発表された。

 箱の中に手を突っ込み、番号の書かれた木の札を引くシンプルなタイプのくじだった。


 テオさんが私よりも先に名前を呼ばれて、くじを引いて戻ってきた。


「オギュっちくん……俺、1回戦の第1試合になっちゃったよ」

「えっ? トーナメントの最初の試合ってことですか?」

「ああ……。すぐに出番だぜ。俺、心の準備がまだ出来ていないんだけどなあ……」


 テオさんは、そう言って苦笑いを浮かべた。

 その後、ロメーヌも名前を呼ばれてくじを引きにいった。

 彼女は戻ってくると私にこう報告してくれた。


「オギュっち先輩、わたしは第8試合でした。1回戦の最後の試合みたいです」


 トーナメント表の端と端に、ロメーヌとテオさんの名前が書き込まれていた。

 もしも二人が対戦するとしたら、トーナメントで勝ち続けて最後の二人となり、決勝戦まで残れた場合である。

 とりあえず、知り合い同士が1回戦で潰し合うことがないとわかり、私はほっとした。


 やがて、私の名前が呼ばれた。

 用意されていた箱に手を入れてくじを引く。


『第8試合のくじ』を引いてはいけない――ロメーヌが対戦相手とならないよう、私は祈りながら箱から手を出した。

 取り出した札に書かれた番号がすぐ目に入った。

 その時点で私は、自分の対戦相手が誰だかわかってしまった。


「第1試合か……」


 思わずそうつぶやいた。

 テオさんも1回戦の第1試合であった。


 つまり――。

 決勝トーナメントでの私の最初の対戦相手は、テオさんとなってしまったのだった。

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