036 小鳥と先生と宿泊施設

 出発したのは早朝だったけれど、目的地に到着したときには、すっかり夜になっていた。

 鉄道と馬車を乗り継いで、私たちは二次試験が行われる王都にたどりついていたのだ。


「ふう。オギュっちくん、移動だけで今日は一日が終わってしまったね」


 到着した宿泊施設の前で、テオさんがそう言って笑った。

 荷物が詰まった袋を彼は背負っていた。袋の中身は、試験が行われる間の滞在中の着替えや荷物などだろう。

 小鳥の入った箱は、両手で大切そうに持っていた。


「テオさん、鳥の様子はどうですか?」

「大丈夫だよ。さっき箱を開けて確認したんだ」

「よかった。長い移動も終わったことですし、これで鳥もゆっくり休めるといいですね」


 私はテオさんに向かってそう言った後、自分の背後に立っていたロメーヌに尋ねた。


「ロメーヌは、大丈夫? 長距離の移動で疲れていない?」

「オギュっち先輩、わたしは大丈夫ですよ!」


 妖精の少女は、目を輝かせながらそう言った。

 おそらく彼女は、周囲が人間だらけの世界に、まだ完全には慣れておらず緊張していたはずだ。それで、私の背後に隠れるようにして立っていた。

 だけど――。


「オギュっち先輩、王都というのはこんなにも華やかな都市なんですね! 一次試験の会場だった都市だって充分に華やかでした。けれど、この都市はもっともっとにぎやかです!」

「なんだか……ワクワクを隠しきれないって顔だね?」

「えへへっ。なんて言ったらいいのか、今は不安と好奇心がすごく入り混じっているような感じです。緊張しているんですけど、どこか楽しい気分なんですよね。オギュっち先輩はどうですか?」


 メイド服姿の少女がそう言って笑顔を浮かべたので、私も微笑んで答えた。


「確かに緊張しているよ。けど、王都のこの華やかな雰囲気には、どうしたってワクワクしちゃうよね。木槌であちこち叩いて、色んな感触を確かめたくなっちゃうかな?」

「ふふっ。オギュっち先輩、叩いちゃダメですよ。うずうずしちゃう気持ちはわかりますけど」

「大丈夫だよ、もちろん叩かない。でも、石畳いしだたみの道とかすごく綺麗だし、叩いたら良い音が響きそうなお店の看板が、あちこちにたくさんあるし……我慢するのも大変だ」


 すでに夜だったが、王都はにぎやかであった。

 立ち並ぶ背の高い街灯がいとうたちは、石畳がきちんと敷かれた道を明るく魅力的に照らしていた。

 美しく整備された広い道がもうずっと先まで続いていて、きらびやかな馬車だけでなく、高級な自動車が何台もそこを走っていた。

 周囲の道を眺めているだけで、この都市がどこよりも裕福な都市であることが理解できた。

 ロメーヌがメイド服のスカートを揺らしながら言った。


「でも、王都って本当にすごいですね! 夜なのに、開いているお店が、まだこんなにもたくさんありますよ! ほら、見てくださいよ、オギュっち先輩!」


 周囲にずらりと掲げられていた看板のいくつかは、夜でも営業をしている店のものだった。

 大通り沿いの店の建物はどこも立派だ。私が暮らしていた町の商店とは、そもそも店構みせがまえから違った。

 眺めているだけで、ため息が出てしまうほど豪華な建物の店が、ごろごろ存在していたのである。


 王都は、自分のような若者でもお金さえきちんと払えば、なんだって手に入れることができそうな場所だ――そういった錯覚さっかくを覚えてしまうほど、華やかで魅力的な場所だった。


 この華やかな都市のあちこちの建物の中では、きっと毎晩のように楽しくて刺激的な出来事が起きているのではないか?

 そんな魅力的な場所だから、大陸中の若者が王都に集まってくるのではないか?


 私は、都会の魅力に惑わされないよう、木槌で左胸をトントンと一定のリズムで叩いた。

 心臓の鼓動を落ち着かせるハンマー術である。

 魔法使いのお姉さんから『ロメーヌのことを、どうか頼むな』と言われていたので、王都の雰囲気にいつまでもドキドキと浮かれているわけにはいかなかったのだ。


 しばらくすると、養成学校の案内係の人がやってきて今後の流れを説明してくれた。

 王都に着いてからは、若くて真面目そうな印象の男性の案内係が私たちを引率していた。彼は受験生たちより先に宿泊施設に入り、受付けで手続きを済ませてくれていたのだ。

 テオさんが私に言った。


「オギュっちくん、一人ずつ個室に泊まれるみたいだ。明日は午後に面接のみで、その翌日の朝からはハンマー術による戦闘試験がはじまるんだよね?」

「はい。二日後の戦闘試験に備えて、今夜から個室でコンディションを整えられるのは助かります」

「ああ。戦闘試験で好成績だと、その次の日にもさらに追加で戦闘試験があるから、個室でゆっくり休めるのは本当にありがたいよ」


 私たちは、案内係の人に呼ばれて宿泊施設の中に入ると、受付けで一人ずつ順番に部屋の鍵を受け取った。

 そうして他の受験生たちは各自、自分たちの部屋へと移動した。

 けれど――。


「困ったなあ、オギュっちくん。鳥といっしょに宿泊することはできないみたいだ。受付けの人に断られてしまってね……。まあ、当然か」


 テオさんはケガをした小鳥が入っている箱を抱えながら私にそう言った。

 部屋に鳥を持ち込むことを禁止されたのだ。


「テオさん、どうするんですか?」

「んっ? とりあえず今夜は、鳥といっしょに外で野宿するか……」

「えっ!?」


 その場に残っていた受験生は、私とロメーヌとテオさんの三人だけだった。

 やがて、養成学校の案内係の人も私たちの会話に加わって、四人でどうしようかと相談していると――。


「お前たち、どうかしたのか?」


 私たちにそう声をかけて近づいてくる人物がいた。

 片方の足が悪いのか、木製のつえを使ってゆっくりと歩く女性だった。年齢は30歳前後の印象。

 金色の髪は長く、ふわりとボリュームがあった。

 身長は成人女性の平均よりはあきらかに高い。服装は黒いパンツスーツ。

 ジャケットの様子を目にするかぎり、胸はとても大きいようだった。


 近づいてきた女性を目にして、案内係の人が「先生」と口にした。

 先生と呼ばれた女性は、テオさんが手にしている箱に視線を向けながら言った。


「受験生か? その手に持っている箱はなんだ?」


 テオさんは箱の中身を女性に見せながら質問に答えた。


「ケガをしている鳥です。今朝、保護しました。鳥といっしょには宿泊できないようなので、今夜は野宿しようと考えていたところなんです」

「はあ? お前は……いや、失礼。キミは受験生だろ?」

「はい」

「これからの試験に備えて身体を休める必要があるだろうに、野宿するつもりなのか?」

「この鳥を預かってくれる人が見つからなければ、とりあえず野宿するつもりです」


 テオさんがそう答えると、杖をついた女性は「はあ……」と、ため息を漏らした。

 続いて彼女は、テオさんにこう言った。


「私は『競売人オークショニア養成学校』の教師だ。今回の受験生を審査する立場にはないが、おそらくキミたちが試験に合格して入学してきたときは、養成学校の教室で私が教師として指導することになると思う」


 テオさんが尋ねた。


「だから『先生』と呼ばれていたんですね?」

「そうだ。今日は受験生の様子を見るために宿泊施設に来ていてな。そこで提案なのだが、試験の間、その鳥を私が預かるというのはどうだろうか?」

「えっ? 先生が預かってくださるんですか?」


 女性の教師は、金髪を揺らしながら小さくうなずいた。


「ああ。私が住んでいる家は、試験会場となる学校の近くにある。私が家にいない間は、いっしょに住んでいる妹が、鳥の面倒をみてくれるだろう」

「妹さんも面倒をみてくださるんですか?」

「私から妹にお願いしてみるよ。彼女は私と違って小動物が好きな心優しい人間だ。妹は過去に、ケガをした動物を保護して世話をした経験が何度かあったと思う」


 テオさんが、にっこり笑った。


「そうなんですか。それは心強い」

「試験の間は、私も試験会場に行かなければいけない。だがその間は、ケガをした鳥の面倒は、妹がしっかりみてくれると思う。それならキミも、試験に集中できるのではないか?」


 そんなわけでテオさんは、杖をついた教師の提案を受け入れた。鳥の入った箱を女性に手渡すと「お願いします」と頭を下げたのである。


 それから私たちは、個室の鍵を手にそれぞれの部屋へと向かった。

 男と女で宿泊する部屋のフロアが分けられており、私とテオさんは宿泊施設の3階で、ロメーヌは4階だった。

 ロメーヌと別れると、私とテオさんは2人で廊下を歩き、与えられた部屋に向かった。

 私たちの部屋は隣同士だった。

 廊下で別れるときにテオさんが私に言った。


「いやー、本当に助かったね、オギュっちくん。あのおっぱいの大きな先生のおかげで、野宿しなくてすんだよ。それに、もし試験に合格したら、あのおっぱいの大きな先生が俺たちの先生になるんだよね。ものすごくやる気が出てきた、はははっ」


 東の島からやってきた元サムライの青年は、おっぱいの大きな先生のことをずいぶん気に入った様子だった。

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