第6章 王都での二次試験

034 第6章 王都での二次試験

『一次試験』が終わると、魔法使いのお姉さんが荷馬車で迎えに来てくれた。

 私とロメーヌは、すぐに試験の結果を伝えた。


「そっか。二人とも、合格したんだな。そりゃ、よかった。おめでとう」


 そう口にしながらお姉さんは、ほっとしたような表情を浮かべた。

 けれどそれは、ほんの一瞬のことだ。


「さあ、馬車に乗りな。さっさと移動するよ」


 お姉さんはすぐに、いつものどこか気だるげな表情に戻った。

 まあ、そんな反応こそ、お姉さんらしかった。


 魔法協会の東支部ひがししぶに到着すると、私とロメーヌは宿泊した部屋に残しておいた荷物をまとめた。

 一次試験の合格者は、『競売人オークショニア養成学校』が手配してくれた宿泊施設へ、その日のうちに移動しなくてはいけなかったからだ。

 翌日の早朝にその宿泊施設を出て、鉄道に乗り『王都おうと』に向けて出発することになっていた。


「お前たち、忘れ物するなよ。さすがに王都までは届けてやれないからな」


 気だるげな表情を浮かべながらもお姉さんはそう口にして、私とロメーヌのことをなんだかんだと最後まで心配してくれたのである。

 彼女は荷馬車で、私とロメーヌを次の宿泊施設まで送ってくれた。




 魔法協会の東支部から馬車で20分ほど移動しただろうか。

 目的の建物の前に到着すると、お姉さんは私とロメーヌに馬車から降りるよう言った。

 お姉さんは馬を操るための御者台ぎょしゃだいに座っていた。だから、私たちがいる後ろの荷台を振り向いて軽く片手をあげた。


「じゃあな。あたし、別れのあいさつとかそういうの苦手だからさ。悪いけど、あいさつはここでさらりと簡単に済ませておくよ」


 お姉さんのことだからおそらく、別れのあいさつなんかは照れくさかったのだと思う。

 昔から私は彼女のそういう性格をよく知っていた。だから、こちらもあっさりとした別れのあいさつで済ませることにした。


「本当に色々とありがとうございました」

「うん。二次試験もがんばれよ。お前たちが馬車から降りたらすぐ出発するから。あたしのことは気にせず、お前たちはさっさと建物の中に入ってくれ」


 お姉さんはそう言うと、もう前を向いてしまった。

 私はロメーヌを連れて馬車から降りようとした。

 けれどロメーヌは、お姉さんがそういうクールな性格であることをよく知らなかったから、私とは違う反応をした。

 妖精の少女は馬車から降りる前に、自分の荷物をごそごそとあさりはじめたのである。


「あの……わたし、本当はお姉さんに、しっかりとしたお礼がしたいです。でも今は……とりあえず、こんなものしか思いつかなくて――」


 ロメーヌは御者台のそばまで移動すると、お姉さんに向かって何かを差し出した。


「ど、どうぞ。もしよかったら、お礼として受け取っていただけませんか?」

「んっ? 可愛いスプーンだね」


 それは金属製の小さなスプーンだった。


鍛金たんきんの修行で――。えっと、ハンマー術で、金属をハンマーで打つ修行があるんですけど、これはその修業でわたしが作ったスプーンです」

「本当にあたしが、もらっていいの?」

「はい。どうか受け取ってください。お願いします」


 ロメーヌからスプーンを受け取ると、お姉さんはうれしそうに両目を細めた。


「いや……これは、本当にうれしいよ。妖精からプレゼントをもらえるなんて……」


 魔法使いにとって妖精は、私が考えている以上に特別な存在なのだと思った。

 あのお姉さんが、ものすごく感動している様子だったのである。


「ありがとう。大切にするよ」


 お姉さんはいとおしそうにスプーンを眺めながらそう言うと、こんな話を聞かせてくれた。


「あたし、聞いたことがあるんだ。『妖精のスプーン』でミルクを与えられた赤ん坊は、幸せな子になるんだとさ。あたしにそういう機会が来たときは、ぜひ、このスプーンを使わせてもらうよ」


 やさしい笑みを浮かべながら、お姉さんはスプーンから視線を上げた。

 そして、私とロメーヌの方を向くと、またたく間に顔を赤くして恥ずかしそうにこう付け加えた。


「い、いや……まあ、あたしが赤ん坊なんて……そんな予定は、まだ全然ないんだけどさあ……」


 普段クールなお姉さんが、これまで一度も見せたことのないような、とても珍しい表情を浮かべていた。

 自分の結婚や将来の幸せを想像して、照れながらもどこか楽しそうに話す女性の顔だ。

 それは、マルクじゃなくても、世界中のほとんどの男が胸をドキドキさせてしまいそうな、美しくも可愛らしい表情だった。


 案外、私たちの町でお姉さんが出産して、その赤ん坊が『勇者』になるってこともあるのではないか?

 当時の私はそう考えた。

 別の土地からやって来た人間が『勇者が生まれる予定の町』に滞在して、『勇者となる子』を生む可能性だってあるのだから。


 ロメーヌが首を横に振った。


「わ、わたしが作ったスプーンに、そんなすごい力はないですよ!」


 お姉さんは「ふふっ」と小さく笑い声を漏らしてからスプーンを大切にしまうと、私の方を向いた。


「気が変わったよ。やっぱり、恥ずかしがっていないで、しっかりとお別れのあいさつをしておこうか」


 お姉さんは私に向かって手を差し出してきたのである。

 差し出された綺麗な手を握りながら私はお礼を口にした。


「あらためて、本当にお世話になりました」

「うん。なあ、お前も自分の試験で大変だろうけど、あたしのわがままをひとつ聞いてくれ。ロメーヌのことを、どうか頼むな。いっしょに過ごしたのは、たった二日だけど、あたしはこの子のことがすっかり好きになったよ」


 私は「もちろんです」とうなずいた。

 続いてお姉さんは、ロメーヌの頭をポンポンとやさしく叩くと言った。


「この先、あたしが力になれることは、もうないよ。でも、心の中でずっと応援しているからさ。二人でがんばって夢をかなえてきな」


 そんなわけで結局、私とロメーヌは王都へ移動する前に、お姉さんとしっかりした別れのあいさつをかわしたのである。

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