033 【第5章 完】一次試験
この国の東側で、もっとも栄えている華やかな商業都市である。
けれど『ハンマー術入試』の一次試験は、都市の中心地から離れた倉庫街で、ひっそりと行われた。
立ち並ぶ巨大な倉庫の中にはきっと、どこかのオークション会社に出品されるだろうお宝があったりしたのだと思う。
2月の下旬にしては朝からあたたかい日で、コートも必要なかった。
魔法使いのお姉さんが、私とロメーヌを試験会場まで荷馬車で連れていってくれた。
「じゃあな、お前たち。試験が終わったら迎えにきてやるからな」
10歳のころにパン屋の前でお姉さんの白いパンツを目にしたときは、まさかパンツのお姉さんに、ここまでお世話になるとは本当に想像もしていなかった。
私とロメーヌは、お姉さんにお礼を言うと荷馬車から降りた。
すると、すぐに試験会場の前がざわついたのである。
他の受験生たちが私たちを眺めながら、ひそひそとしゃべりはじめた。
「なんだ、あいつ……。メイドなんか連れてきて」
「試験会場にメイドを連れてくるなんて、どこかのお金持ちなの?」
「おっぱいの大きなメイドさんだなあ……」
ロメーヌが、メイド服姿で私の隣に立っていたからである。
彼女は黒と白を基調としたいつものメイド服姿に、白いフリルの付いたヘッドドレスを装着していた。
私は朝、ロメーヌに尋ねたのだ。
「ねえ。本当にメイド服姿で受験するの?」
「はい!」
ロメーヌが一番リラックスできる格好がメイド服である。だから、彼女の勝負服はメイド服だと決めていたらしい。
ハンマー術試験に服装の指定はなかった。
ちなみに私は、ハンマー術の師匠からいただいた黒いスーツに白いシャツ、そして赤いネクタイという姿だった。
スーツ姿の受験生はけっこう多くて、私は特に目立つ格好でもない。
だが、メイド服を着た女の子が隣に立っていたせいで、ものすごく
試験の受付場所となっていた『A倉庫』の中に入ると、受験生がそれなりに集まっていた。
最終的には70人くらいになったと思う。
他の都市の会場でも同じくらいの人数だとしたら、その年の受験生は数百人はいたのではないだろうか。
受験生は『人間』だけでなく『獣人』も数人いた。
年齢確認の書類を用意できなかったロメーヌは、魔法による年齢検査をパスしたことで受験資格を無事に得ることができた。
一次試験の受験番号は『くじ引き』で決まるとのことだった。
私は『23番』だったのだけど、ロメーヌは『1番』を引いた。
『1番』から『20番』の受験生は『B倉庫』で、『21番』から『40番』は『C倉庫』で――。
そんな具合で、私とロメーヌは試験会場が別々となってしまったのである。
ロメーヌが、ずいぶんと青い顔をしていた。
周囲には人間と獣人しかいない
ロメーヌが私に言った。
「オギュっち先輩。少しの間、お別れですね……」
ロメーヌのその発言を近くで聞いていた他の受験生たちが、ひそひそ話しはじめた。
「あいつ、なんでメイドに自分のことを『先輩』って呼ばせているんだ?」
「試験会場にわざわざメイドを連れてきて、『先輩』って呼ばせて……お金持ちの考えることはよくわからんな」
「あいつ、あんな地味な顔なのに、本当にお金持ちなのか?」
「おっぱいの大きなメイドさんだなあ……」
しかし、ロメーヌは周囲の声なんか、まるで聞いていない様子だった。
彼女は私の手を取ると、きゅっと握りしめながら言った。
「よし! 一人でも頑張ります! 一次試験も二次試験も合格できたら、その後は先輩と二人でずっといっしょにいられますよね! わたし、もう夏だけしか会えないのは嫌なんです!」
ロメーヌはそう言うと、すぐに元気になって『B倉庫』に向かった。
私の方もロメーヌに手を握られて、すごく気合が入ったのだった。
私の試験会場となった『C倉庫』では、メイド服姿のロメーヌと同じくらい悪目立ちしている受験生が一人だけいた。
私のひとつ前の『22番』の受験生である。
「
「いや……まだひとつめの試験だからね。『22番』さん、残りの試験も頑張ってね!」
『22番』の受験生は、
髪は明るめの茶色。前髪がぱっつんとまっすぐに切りそろえられており、後ろの髪は長かった。
サイドの髪も、あごのあたりくらいの長さで切りそろえられていた。
ぱっと見では、人間と同じような姿だ。
しかし、髪の毛と同じ茶色の
もし本当に『忍者』なのだとしたら、彼女はまったく
ひとつめの試験は『ハンマーを巨大化させる』というものだった。ロメーヌが得意な試験である。
倉庫内に設けられた部屋に一人ずつ入って行われるので、試験中の他の受験生の姿を見ることはできなかった。
けれど――。
部屋の前で順番待ちをしているとき、『22番』の大きな声が毎回のように扉の外に漏れて聞こえてくるのだ。
「
「いや……まだふたつめの試験だからね。合格かどうかは他の試験も含めた総合点で決まるから。『22番』さん、残りの試験も頑張ってね!」
試験ごとに部屋を移動して、試験官も変わる。
ふたつめの試験は『ハンマーを
毎回、私は自分の試験の前に『22番』のそんな声を聞かされ続けた。
声しか聞こえてこないので、獣人の女忍者がどれほどの実力者なのかは、私にはわからなかった。
彼女は、ひとつ試験を受けるたびに『自分が合格しているかどうか』を、試験官にすぐに確認した。私は毎回それが面白くて仕方なかった。
そのおかげで、
『22番』の忍者の声を聞き続けながら、私は次々と試験を消化していった。
そして、とうとう最終試験となった。
「
「いや……合格かどうかは他の試験も含めた総合点で決まるからね。たぶん、他の試験官も同じ説明をしているよね? でもね、『22番』さん。最終試験のこの成績は本当にすごいよ。最終試験を『20秒』で終わらせる受験生が現れるなんて、こちらは誰も想定していなかったな。おつかれさま。『A倉庫』に移動して、結果発表を待っていてね」
最終試験の持ち時間は『10分』だった。
それを忍者は、たった『20秒』で終わらせたのである。
扉が開いた。黒装束に身を包んだ女忍者が、にこにこ微笑みながら部屋の外に出てきた。
試験官に
今度は私が最終試験を受ける番となり、扉を開けて部屋に入った。
試験内容は『魔法で呼び出された
目の前に、緑色のゼリー状の生物が一体いた。馬よりも少し大きいくらいのサイズだ。
試験官が説明してくれた。
「弱点を
ゼリー状のものを飛び散らせることなく、ある程度の力を込めたハンマーで叩く。
これは、けっこうな技術がいる。最終試験は、ハンマー術の総合力が試されているものだった。
試験官は話を続けた。
「ハンマーの大きさや重さ、硬さや叩く力なんかを、すべて上手く調節して取り組んでください。制限時間は『10分』です」
はじめて目にする生物だった。
たぶん、今回の試験のためにわざわざ魔法で呼び出された生物だから、普通の受験生であれば、まず一度も戦ったことのない相手だろう。
はじめて戦うゼリー状の大きな生物。それを、たった『20秒』で
えっ……? あの獣人の子、『20秒』で終わらせたの?
もし、この生物とはじめて戦って、あのスピードだとしたら……。
あの『22番』の女の子、いったい何者なんだよ……。
私が苦笑いを浮かべると、試験官が開始の合図を出した。
「よーい、スタート!」
結局――。
私は最終試験の相手を
それでも好成績だったようで、試験官がとにかく驚いていた。
「今年はすごいな! こりゃあ、二人続けてすごい記録だ!」
その言葉は素直にうれしかった。
けれど、自分の自信のあった試験内容で、あの女忍者に負けたことが、私はとても
やがて、すべての受験生が『A倉庫』に集まると、その日のうちに結果が発表された。
後から聞いた話なのだけど、ロメーヌはこの日の試験でふたつの記録を打ち立てていたらしい。
ロメーヌは『ハンマーを巨大化させる試験』と、『ハンマーを硬くする試験』で、入学試験はじまって以来の歴代最高の成績を記録していたそうだ。
そして、『22番』の獣人の女忍者も、学校関係者たちからの注目を集めた。
これも後から聞いた話なのだけど、ゼリー状の生物を『20秒』で
最終試験に関しては毎年内容が変わるらしい。だから、歴代最高のスピードかどうかは比較できなかった。
けれど、とにかくとんでもない記録だということは、同じ試験を受けた者なら誰でも充分に理解できた。
私たちの会場の『一次試験』の合格者は『6人』だった。
ロメーヌも私も、無事に合格していた。
そして、あの『22番』の女忍者もやはり合格していたのだ。
そんなわけで私たちは『二次試験』を受けるために、いよいよ王都に行くことになったのだった。
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