032 三人旅
『ハンマー術入試』の二次試験と面接は、王都で行われる。
それに合格すれば、入学手続きということになるのだけれど――。
その前に、この国の各地で行われる『一次試験』があった。
一次試験は、国内の数カ所の会場で同日に開催される。
どこの試験会場で受けても、一次試験の内容は同じだった。
私は素直に自分の住んでいる町から一番近い試験会場を選んだ。
そこは魔法協会の
例の魔法協会のハゲた
一次試験の一カ月以上前のことだった。
私はパン屋の前で、魔法使いのお姉さんと、ばったり会ったのだ。
「お前、もうすぐ試験だろ? あたし、ちょうどお前の試験と同じくらいの時期に、魔法協会の東支部に用事があるんだけどさ……もしよかったら、あたしといっしょに行くか? 試験会場までは、あたしがちゃんと面倒を見てやるよ」
お姉さんの話によると――。
町から東支部に運ばなくてはいけない
日時は、私の試験のスケジュールに合わせることが可能だと言ってくれたのである。
そしてお姉さんは、ロメーヌの心配までしてくれた。
「もし、例の妖精の子も連れて行くのなら、いっしょに荷馬車に乗せてやるよ」
ロメーヌの受験資格を調べるときに協力してもらって以来、レーズンばばあも魔法使いのお姉さんも、心のどこかでずっと私の受験のことを気にしてくれていた。
特にお姉さんは、一度も会ったことのないロメーヌのことまで考えてくれていたのである。
『いっしょに試験を受ける妖精が女の子であること』を私は打ち明けていたし、『夏の間しか会えないこと』も説明していた。
私が妖精の少女に恋愛感情を抱いていることは、しっかり口に出さなくても魔法使いたちにはバレバレだっただろう。
これは、あくまでも私の想像なのだけど――。
お姉さんも遠距離恋愛をしており、好きな人とほとんど会えない状況だった。
だから、同じく好きな人とほとんど会えない私のことを、どこか自分の仲間みたいに思っていたのかもしれない。
お姉さんは普段、どちらかというと口の悪い人だ。けれど、私の受験の話になるといつも
受験に関しても恋愛に関しても、私の応援をしてくれていたのは明らかだった。
一次試験の前日の朝。
私は森の入口で、ロメーヌと待ち合わせをしていた。
試験の日に合わせて、再会する日時を夏の間に相談しておいたのだ。
「オギュっち先輩、この森の冬はこんなにも寒いんですね! まあ、せっかくなんで雪が見てみたかったんですけど、
私はそれまで、夏のロメーヌしか見たことがなかった。
2月下旬の森の中で、鼻の頭をほんのりと赤くしながら白い息を
その姿が
ロメーヌは、あたたかそうなこげ茶色のコートに、耳当て付きの灰色の毛皮の帽子という格好だった。
手袋をしたその手には、旅行用の茶色い大きなトランクを持っていた。
帽子をかぶっていたのでわかりにくかったのだけど、彼女はすでに人間の姿になっているとのことだった。
これから森を出て人間の世界に行くのだ。
とがった耳にピンク色の髪という姿では問題がある。
また、
だから冬の森でも平然とした顔をして過ごしていたのである。
ロメーヌと合流すると、私は彼女を連れて町の
そこで、荷馬車に乗ったお姉さんが、
お姉さんとの待ち合わせ場所まで歩きながら、ロメーヌに今後の流れをざっくりと説明した。
魔法使いのお姉さんの荷馬車に乗って、一次試験の会場となる都市まで移動すること。
今夜は魔法協会の東支部にある
私たちはやがて、お姉さんと合流した。
ロメーヌは帽子を脱いで、とがっていない耳と黒髪を見せながら深々と頭を下げた。
「はじめまして。ロメーヌと申します。お世話になります」
魔法使いのお姉さんは荷馬車から降りると、黒いとんがり帽子を脱いでロメーヌに
その後、妖精の少女を上から下まで眺めてからこう言った。
「妖精……生まれてはじめて見たよ。姿を目にすることができただけで、胸がいっぱいさ。会えてとてもうれしいよ。本当にありがとう」
めずらしくお姉さんは笑顔を浮かべた。そしてロメーヌと
握手が終わるとロメーヌは、『詳しくは説明できないのだけど理由があって人間の姿をしていること』を、お姉さんに打ち明けた。
そして、自分の周囲にいる妖精は、耳がとがっていて髪がピンク色であることなども伝えたのだった。
「なるほど。とにかく、あたしが目にしている姿は『妖精本来の姿』ではないんだね。まあ、人間の世界で活動するわけだからそれでいいさ。深い理由があるのなら、別にあたしなんかに言わなくたっていいよ」
続いてお姉さんは、私たち二人に向かってこう言った。
「約束するよ。あたしがお前たちを、試験会場まできちんと送っていくって。だから、さあさあ二人は荷台に乗りな」
荷台は
魔法協会の東支部に運ぶ道具や何やらが、とにかくいっぱい積んであった。
私とロメーヌが、それぞれ手にしていた旅行用のトランクをそこに加えると、荷台はもう狭くて仕方なかったのである。
それでも私とロメーヌは、荷台になんとか乗り込んだ。
馬を操るために
「荷台が狭くてすまないね。どこかにクッションがふたつ置いてあるからさ、それに座ってくれよ。まあ、二人で仲良く肩を寄せ合っていれば、なんとか座れるだろ?」
お姉さんの言う通りだった。
私とロメーヌは肩を寄せ合いながら横並びに座ることで、なんとか居場所を確保できていたのである。
それからお姉さんは話を続けた。
「お前たちの
そう言われて、私はすべてを理解した。
お姉さんは、私とロメーヌを荷台でイチャイチャさせるために、わざとこういう状況を作り出しているのだと――。
ありがとう、お姉さん!
私は心の中で両手をあわせた。
やがて、荷馬車が動きはじめた。
荷台でロメーヌと肩を寄せ合って座っていた私は、彼女のぬくもりや匂いに、心臓をドキドキさせていた。
正直、
けれど、荷台が本当に狭くて、そんなことができる状況でもなかった。
馬車が動き出してから数分後。ロメーヌがこんなことを言い出した。
「あれ? オギュっち先輩。わたし、身体をあたためる魔法の効果が、なんだか薄れてきちゃったみたいです。少し寒いですね」
「えっ……寒いの?」
「はい。だから、毛布を使いませんか? 先輩も寒いですよね? わたしといっしょに毛布に入ってもらってもいいですか?」
まあ……反対する理由なんてなかった。
ロメーヌも、お姉さんがわざとこういう状況を作り出していることに、薄々気がついていたのだと思う。
彼女は理解した上で、お姉さんが用意した状況に乗っかってくれたのだ。
ロメーヌと私は、一枚の毛布を仲良く使った。
二人で毛布を使いはじめてからしばらくすると、私の耳元でロメーヌがこんなことをささやいた。
「先輩……あの……。心細いので、手をつないでもらってもいいですか……」
森からはじめて出たロメーヌは、これから人間の世界に行くことに、それなりの恐怖を感じているとのことだった。
「オギュっち先輩が、そばにいてくれるからなんとか
ロメーヌの手は確かに震えていた。
私は毛布の下で彼女の手を、やさしく握ってあげた。
御者台のお姉さんは馬を走らせはじめた後は、私たちカップルに気を
ただし、移動の途中で――。
「なんか
そう言ってお姉さんは後ろを振り向かず、私たちの返事も待たずに、美しい声で歌いはじめたのである。
それがベタベタのラブソングだったので、私は思わず
だけどすぐに、隣でロメーヌがうっとりとした表情を浮かべていることに気がついて、結局はお姉さんに感謝したのだ。
そんなわけで私とロメーヌは、狭い荷台で肩を寄せ合い、毛布の下で手をつないだまま、一次試験が行われる都市まで楽しく移動したのである。
* * *
天気に恵まれていた。
よく晴れた青空の下を荷馬車で行く三人旅は、すこぶる順調だった。
私たちはお昼過ぎには、魔法協会の東支部に到着したのである。
東支部の
周囲の景色なんかをゆっくり眺めることも出来ず、私たちは荷馬車で敷地内に直接連れて行かれたのだ。
明日が試験本番だったし、妖精のロメーヌをあまりウロウロさせない方がいいとのお姉さんの判断だった。
観光なんか当然させてもらえなかったのである。
宿泊施設に足を踏み入れると、お姉さんが言った。
「まあ、魔法協会の敷地内だったら安全だろう。お前たちはこの建物の中で、今日は大人しく過ごしなよ。試験会場には、あたしが明日きちんと連れていってあげるからさ」
宿泊施設は三階建ての立派な建物で、私たちの町にある教会よりも大きかった。
食堂もあるし、
私とロメーヌには、それぞれ一人部屋が用意されていた。お姉さんは、私たちを部屋に案内しながらこう言った。
「うーん。まあ、二人をいっしょの部屋にしてやろうかなとも思ったんだけどさ……。でも、試験前日の夜にお互い眠れなかったら大変だろ? だから、今夜は一人ずつ別々の部屋で寝てもらうよ」
私とロメーヌは顔を見合わせると、お互いすぐにうつむいた。
ロメーヌの顔は真っ赤だったし、私の顔もたぶん赤くなっていたと思う。
いっしょの部屋にされていたら、まず間違いなく眠れなかっただろうから、お姉さんの判断は正しかった。
私とロメーヌはそれぞれの部屋に荷物を置くと、宿泊施設内の大浴場で旅の疲れを
ロメーヌとお姉さんは、一緒に
その話を聞かされただけで、15歳の私は自分でも信じられないくらい興奮したものである。
その後、私とロメーヌは食堂で合流し、二人でいっしょに早めの夕食を済ませた。
お姉さんは何か用事があるとのことで、別行動となったのだ。
食事が済むと私とロメーヌは――とても
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