030 二人の成長と再会

 私が恋するロメーヌとは、夏の間しか会えなかった。

 夏になると毎年、妖精の女王が避暑地ひしょちにやって来る。ロメーヌもいっしょに避暑地にやって来て、そして週に一度か二度、私と会うために町の近隣の森にわざわざ顔を出してくれたのだった。


 夏には楽しい思い出が多かった。

 アニキがいるときに妖精の屋敷やしきで開催したオークションも良い思い出だったし、なにより一年で唯一、好きな女の子と会える季節だったからである。

 ロメーヌとは、ハンマー術の修行を通して、夏の思い出をいくつもつくることができた。

 そのせいだろうか。大人になってからも私は、


「一年で一番好きな季節は?」


 と、質問されたら「夏」とすぐに答えるぐらい、夏が大好きになった。




『しゃべるハンマー』を渡した翌年の夏のことを、私はたまに思い出す――。

 毎年のことだったけれど、『妖精の女王とロメーヌがいつ避暑地にやって来るのか?』それが私にはわからなかった。

 妖精の世界と人間の世界とでは交流がないため、お互いに手紙を送り合うこともできなかったのである。


 私とロメーヌは、待ち合わせの日時を相談する方法がなかった。

 一度会ってしまえば、「次は来週のこの日に会いましょう」と二人で確認することができたのだけど、その夏の『はじめて会う日』だけは、相談できなかったのである。

 毎年、女王が避暑地にやって来るタイミングは、女王のスケジュール次第だった。

 ロメーヌの方だって、私といつ再会できるのかわからなかったのだ。


 そのため夏になると、私は毎日のように森に通った。


「今日はロメーヌと会えるだろうか?」

「明日はロメーヌが来てくれるだろうか?」


 そわそわしながら私は、ハンマー術の修行を森の中で一人でおこなっていた。

 そしてあの夏は、森に通いはじめて5日目くらいに、ようやくロメーヌと会うことができたのである。


 別れてから一年が過ぎていたので、お互い11歳になっていた。

 ロメーヌは、やっぱりメイド服姿で森にやって来た。

 ボーイッシュなイメージの黒髪に、白いフリルの付いたヘッドドレスを付けていた。

 妖精の姿になる魔法は解除していたので、彼女の耳はとがっておらず丸みがあった。


 森の中で私とロメーヌはお互いの姿を見つけると、一年ぶりの再会を手を取り合って飛び跳ねながらよろこんだ。

 あのとき私は、彼女の手を握ってぴょんぴょんしながら、もう泣き出してしまうんじゃないか、というくらいうれしかった。


『本当にロメーヌと再会することなんてできるのか?』


 一年間ずっとそんなふうに不安だった。

 会えなかった一年が本当に長くて……だから、無事に再会できたことが私には奇跡のように思えたのである。


 お互い話したいことが山ほどあった。

 だけど、私たちは出来るだけ『ハンマー術の修行』に時間をついやすことにした。

 私たち二人が一年でいっしょに過ごせる時間は、夏の間のほんの数日だけなのだ。本当に限られていたので、時間を無駄にはしたくなかった。


 私もロメーヌも――当時は恥ずかしくてお互い口には出さなかったけれど――同じことを考えていた。


 ハンマー術の腕をみがいて『競売人オークショニア養成学校』の試験に合格すれば、その後はずっと二人でいっしょにいられる。

 色んなおしゃべりは合格してから、たくさんすればいい。


 二人とも、そう思っていたのである。

 だから私たちの話題の中心は、つねに『ハンマー術』のことだった。

 私はロメーヌから、一年でどれだけハンマー術の修行が進んだのか報告を受けた。


「オギュっち先輩! 『ハンマー先生』が色々と教えてくださるので、わたしちょっとだけ強くなっちゃいましたよ!」


 黒髪の少女は、しゃべるハンマーを巨大化させると、それを片手でぶんぶん振りまわしながらそう言った。

 ロメーヌの修行が上手くいっていることが、一目でわかった。こちらの予想通り彼女は、たった一年で驚異的きょういてきな成長をとげていたのである。

 彼女の才能が本物であることを私は確信した。


 同時に私は、ロメーヌがしゃべるハンマーを『ハンマー先生』と親しげに呼んでいることに気がついた。

 彼女とハンマーとで、お互い良好な関係が築けていることが伝わってきたのだ。

 ハンマー先生が私に言った。


「オイ、オーギュスト、ヒサシブリダナ――」


 しゃべるハンマーとの再会を、私はよろこんだ。

 話を聞いていると、ハンマー先生がロメーヌを、教え子としてとても気に入っているのがすぐにわかった。

 レーズンばばあが、弟子のマルクをすごく可愛がっているのと同じような印象を、私はハンマーから受けたのである。


 その時点で私は、『ハンマー先生を、このままロメーヌにずっと持っていてもらおう』と決心した。

 ハンマー先生は、私の期待通りロメーヌをきちんと成長させてくれた。それに、しゃべるハンマーとロメーヌの間には、すでに強いきずなが生まれていた。だから、たった一年で別れさせたくはなかったのである。


 あいかわらずロメーヌは、ハンマーに魔力を送り込む天才だった。その分野ぶんやに関しては、私は彼女に勝てる気がしなかった。

 ハンマーを巨大化させる技術も、かたくする技術も、彼女の方がすぐれていた。


 でも、その他の戦闘技術では、さすがにまだこちらの方が上だった。だから、その時点で仮にロメーヌと戦ったとしても、負ける気はしなかった。

 私はそれでも、ロメーヌのとんでもない成長速度を目にして『こちらも油断できないな』と身の引きまる思いがしたものである。


 その後、今度は私が成長を見せる番だった。

 私はしゃべるハンマーに正直に伝えた。


「まだ、空気を叩けるようにはなっていないんだ」

「イヤイヤ、オーギュスト。サスガニ、一年ジャ、無理ダロ」


 ハンマー先生は、私のことをなぐさめてくれたのだった。

 結局、私が『空気を叩ける』ようになったのは、14歳の夏のことだ。それまで私は、夏にハンマー先生と再会するたびに、優しい言葉をかけられ続けたのである。


 そんなわけで私とロメーヌは、毎年ほんの数日間だけ夏の森で会って、二人でハンマー術の修行をした。

 一年も会わないでいると――。翌年にはじめて会ったときに、お互いの外見の変化にとても驚かされた。

 ロメーヌは一年ごとに、どんどん女性らしく成長していった。

 あいかわらずボーイッシュな黒髪にメイド服という見た目ではあったけれど、身長も毎年伸びていたし、体型も女性らしい魅力的なものへと変化していった。


 私は13歳のときに『んっ? ロメーヌってなんか胸が大きいなあ』と、ひそかに思っていたのだけど、14歳で会ったときに彼女の胸はそれはもう、とても立派なサイズに成長していた。

 町の同年代の人間の少女たちと比べても、ロメーヌの胸はたぶんトップクラスのサイズだった。


 彼女の胸の大きさを、はじめてきちんと意識したとき――。

 ドキドキしてしまった14歳の私は、ハンマーで自分の心臓のあたりを一定のリズムでトントンと叩いた。

 ハンマー術の中に『人間の脈拍みゃくはくを落ち着かせる胸の叩き方』というものがあるからだ。

 14歳の私はその技術をマスターしていた。

 そのため心はドキドキしていたが、心臓の方は通常時の落ち着いた鼓動こどうきざみ続けていたのである。


 一方でロメーヌの方も、会うたびに私の変化に驚いていた。

 まず、私の身長がぐんぐん伸びていたことに毎年のようにびっくりしていたし、『声変こえがわり』を終えた後なんかも、とても驚いていた。

 彼女は目を閉じて『ロメーヌ』という自分の名前を私に何度も呼ばせては、うれしそうに微笑んだ。


「オギュっち先輩が、いい声になってる! その声でり台に立ってオークションを進行したら、きっとカッコイイですよ!」


 自分ではいい声なのかはわからなかった。

 けれど、ロメーヌがとにかくよろこんでくれたおかげで、私は変声期へんせいきを終えた後の自分の声に、なんとなく自信が持てたのである。

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