029 お別れの挨拶

 食事会が終わると、マルク以外の五人の子どもには魔法協会から『メダル』が与えられた。

 にぶい銀色のメダルで、同じ色のくさりが付けられており、ペンダントとして首にかけることができるものだった。


 メダルには『魔法協会のシンボルマーク』の他に、それぞれのシリアルナンバーがってあった。

 彫られた番号によって、どのメダルが誰に与えられたものなのか、魔法協会側でわかるようになっているそうだ。


 ハゲた偉いおじさんが私たちに言った。


「この先の人生で何か困ったことがあったとき、魔法協会の人間にそのメダルを見せて、おじさんの名前か、あのばばあの名前を言うんだよ。魔法協会の人間なら、たいていの人はきちんと協力してくれるはずさ」


 メダルは『魔法協会の友人』として認められた人間にだけ贈られる、数少ない貴重きちょうなものだと説明された。

 マルクだけは、すでに『魔法協会側の人間』となっていたため、メダルを与えられなかったのだ。


 メダルの受け渡しが終わると解散となった。

 パン屋のステンドグラスの一件も、その日でようやくすべてが終わったのである。


 私たちに日常が再び訪れた。

 ただし――。

 再び訪れた日常は、以前のものとは変わっていた。


 まず、マルクと自由に遊べる時間が、ほとんどなくなった。

 本格的な修行をはじめたマルクに、レーズンばばあは過酷かこくな課題を与え続けたからである。

 もちろんそれは、マルク自身が厳しい修行を希望したからだ。

 11歳からのスタートというのは、魔法使いにとってはやはり遅いみたいだった。

 マルクは魔法使いの才能が特別あるわけでもなかったので、人一倍の努力が必要であることを自分でも理解していたのである。


 続いて、パブロと自由に遊べる時間が、ほとんどなくなった。

 パン屋での修行がはじまったからだ。しかし、マルクと違ってパブロの修行は、どこか楽しそうだった。

 大好きなフランソワーズとパン屋でいっしょにいられる時間が増えたからだろう。

 彼はパン職人としての腕をみがきながらも同時に、好きな女の子との愛をはぐくんでいった。


 そして私もハンマー術の修行の時間を増やしたので、遊ぶ時間なんてなくなっていた。

 うかうかしていると、妖精の少女・ロメーヌに、あっという間に追い抜かされてしまうかもしれないからだ。


『しゃべるハンマー』からハンマー術の基礎きそを学んだ彼女は、一年後の夏にはきっと驚くほど強くなって再び私の前に現れることだろう。そのときに私も成長していないと、負けてしまうかもしれない。


 そう考えていた私に、遊んでいる余裕なんてなかった。

 私は通常のハンマー術の修行に加えて、『空気を叩く』修行を追加していたので、とにかく時間がいくらあっても足りない気分だったのだ。



『パン屋のステンドグラスが割れた』という、町で起きたちょっとした事件。



『勇者が生まれる予定の町』にとってそれは、本当に些細ささいな出来事だった。

 けれど、当事者であった子どもたちにとっては、人生のターニングポイントとなるほどの大きな意味のある出来事だったのである。


 そして、私たちの日常がさらに大きく変化してしまう決定的な出来事が、その年の秋の終わりに訪れた。

 アニキが、家族ごと町から出ていってしまったのだ。

 私たち三人にプレゼントを渡し終えた金髪の天才少年剣士は、秋の終わりとともにひっそりと町から消えてしまった。


 引越し先は誰も知らなかった。

 アニキが私たちに『行き先』も『別れ』もげずに町からいなくなってしまったことが、とてもショックだった。


 私に木槌をプレゼントしてくれたとき、アニキは『本当は秋の終わりくらいになったら渡そうと思って、用意していたんだけどね』と言って笑っていた。

 私たちへのプレゼントを『秋の終わりに贈ろう』と予定していた理由が、アニキがいなくなってはじめてわかったのである。


 プレゼントは、きっとやむを得ない事情があって私たちに行き先を告げることができないアニキからの『お別れの挨拶あいさつ』だったのだ。


 町から、アニキがいなくなってしまった。

 それでも残された私たちは、アニキがいない町で引き続き暮らしていかなくてはならなかったのである。


 私たち三人は、それぞれが将来の目標を掲げ、未来に向かって歩き出していた。

 マルクもパブロも私も、もう以前のようなただの無邪気むじゃきな子どものままではいられなかった。

 自分たちの人生が次の段階に進んだことを、子どもながらにみんな理解していたのだ。



   * * *



 私たちの国では、15歳になると『成人せいじん』とみなされる。

 誰が決めたのかは知らないけれど、昔から15歳になると『子ども』ではなく『大人』と呼ばれるようになるのだ。

 町の子どもたちもみんな、15歳になるのを人生のひとつの区切りと考えて暮らしていた。


 15歳になって成人すると、町を出て都会に移り住む者も多かった。この町が大好きでも、この町にいてはかなえられない夢があるからだ。

 私の夢である『国家公認の競売人オークショニア』だって、この町から出ていかなくては叶えられない夢だった。


 私が14歳のとき、ひとつ年上のマルクとパブロは15歳になっていた。

 二人は一足早く成人したのだ。

 パブロは町に残って、引き続きパン職人の修行をすることを選んだ。

 しかし、マルクの方は――。


「じゃあな、オギュっち。俺、先に町を出るからさ」


 マルクは単身たんしん王都おうとに移り住むことになった。

 国王様が暮らす国の中心のみやこ。そこには、『魔法協会の本部』がある。

 本部には若い魔法使いたちのための教育機関があって、マルクはそこで『雑用ざつよう係』兼『魔法使い見習い』として修行をすることが認められたのだ。


 マルクは、レーズンばばあの修行をギリギリ終えて、15歳になるまでに最低限の基礎をなんとか身につけたらしい。

 合格すれすれの成績で試験をパスして、魔法協会本部の教育機関に受け入れられたのだ。

 魔法協会の雑用係としてこき使われることで、給料も少しはもらえるそうだった。

 レーズンばばあの最後の弟子は、師匠の元を離れ、王都で一人暮らしをはじめるのである。


 マルクの合格が決まった当時、私はレーズンばばあと話す機会があったのだけど、そのときに彼女がニコニコ微笑みながらこう言ったのを覚えている。


「まったく、あのバカ弟子。あたしの弟子のなかでも、間違いなく一番出来の悪い弟子だったよ。本当に大変だったねえ。自分の寿命じゅみょうちぢめながら必死になってきたえた弟子なんて、あのバカが最初で最後だよ。こっちが泣き出したくなるぐらい出来が悪かった。でも、一番可愛かった気がするねえ。あたしも年を取ったもんだよ、いーっひっひっひ」


 そんな一番出来の悪い可愛い弟子は、町を出て行く日に私にこう言った。


「オギュっち、王都で待っているからな。オークショニアの養成ようせい学校の試験、絶対合格してさ、オギュっちも必ず王都に来いよ!」


競売人オークショニア養成学校』も王都にある。

 だから一年後の試験で合格すれば、私も王都に移り住むことになるのだ。


 レーズンばばあからプレゼントされたという黒いローブに身を包んだマルクは、微笑みながら私の肩をポンポンと叩いた。

 私もマルクも、身長がぐぐっと伸びていたわけだけど、私の方がマルクよりも高かった。

 13歳の夏に私の身長は、自分でも驚くほどの勢いで、にょきにょきと伸びたのだ。

 マルクの身長は、町の成人男性の平均くらいだろうか。私の方はどちらかといえば、町の中でも背が高い方だった。


 私たちはパン屋の前で別れの挨拶あいさつを交わしていた。

 マルクとは一年後に王都で再会する気でいたのだけど、それでも別れが寂しくなった。

 アニキが町からいなくなった後、パブロと二人で私のアニキ代わりになってくれたマルク。

 そんな彼に私は、別れる前に抱きついてしまおうかとも思った。

 けれど、男同士で抱き合うなんて、やはり恥ずかしくて直前でやめてしまったのだ。


 そんなとき、カランコロンとパン屋のドアベルが鳴った。

 ステンドグラスがはめ込まれた扉が開いたのだ。

『パン職人見習い』のパブロが、店から出てきたのである。


 紺色こんいろのエプロンを身につけた赤髪の男は、黙ったまま私たち二人の前にやってきた。

 そしてパブロは、無言のまま両腕を大きく広げると、マルクと私を二人いっしょに抱きしめたのだった。


 あいかわらずパブロは、私たち三人の中では一番身長が高くて、そして全身筋肉ムキムキだった。

 彼はフランソワーズとは、親公認の恋人同士となっていた。パン屋のおじさんに一人前と認められたら、彼女にプロポーズする予定だった。

 パブロはたまに、私やマルクに対してこんな弱音よわねをこぼすことがあった。


親父おやじさんはパンに対してだけは妥協だきょうしない人なんだ。一人前と認められるまで、まだ最低でも三年はかかるんじゃないか? 修行すればするほど、親父さんの偉大いだいさがわかる。一人前と認められてもその先、親父さんに追いつける日なんか、本当に一生やって来ない気がする……」


 パブロは心が折れそうなときは、アニキのまねき猫を眺めて心を奮い立たせた。

 それでも足りないときは、私やマルクの出番だった。

 三人で集まって、それぞれが抱えている弱音や愚痴ぐちき出しあったりした。

 しかし、パブロにはフランソワーズという美しく成長した恋人がいたので、最終的にはマルクが、「お前なんか、昔からずっと幸せじゃねえか! この筋肉バカが!」と、大声をあげて解散することが多かった。


 ちなみに、マルクの『魔法使いのお姉さんへの片思い』は結局、実らなかった。

 お姉さんには幼馴染おさななじみの恋人がいたのだ。

 固いきずなで結ばれたお姉さんの恋人は、王都の魔法協会本部にいるらしく、遠距離恋愛中だったのである。


 マルクは魔法使いの修行を続けながらも、三年くらいかかってようやくお姉さんの恋人の存在をつきとめ、そして一人で勝手に失恋していたのだった。

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