第5章 少年たちは町を出る

028 第5章 少年たちは町を出る

 木槌きづちを私にプレゼントしてくれたアニキは、マルクとパブロにも少し遅れてプレゼントを渡した。

 アニキはマルクに、つえおくることにしたようだ。マルクが魔法使いの修行をはじめていたからである。


 非力な少年が使用することを想定したスティック状の小さな木の杖で、当時のマルクの手首からひじくらいまでの長さだった。

 細かい装飾がほどこされており、の部分なんかには『てんとう虫』がってあったりもした。

 マルクは私に語った。


「アニキからもらった杖を使うとさ、なんだか魔力を底上そこあげされているような感覚があるんだ」


 材料にした木が『霊験れいげんあらたかな木』であったからだろうか。それとも、アニキのやさしい気持ちが込められた杖だからだろうか。

 マルクはアニキの杖を手にして魔法を使うと、普段の自分よりも少しだけ魔法が上手く使えるらしかった。

 三流の魔法使いよりも魔力がおとる『四流の魔法使い』と呼ばれながら過ごすことになる銀髪の少年にとって、とてもありがたい装備となったのである。


 そしてパブロだが、マルクが魔法使いの修行をはじめた影響もあってか、同じ時期に自分の将来を決めたみたいだった。

 周囲の人間の予想通り、パブロは『パン職人』を目指すことにしたのだ。

 彼はフランソワーズの父親に弟子入りをした。

 赤髪の筋肉ムキムキの少年は、フランソワーズの父親のことを『パン職人』としても『ひとりの大人の男』としても、とても尊敬していた。


 パン屋のおじさんは、最初はさすがに嫌がったみたいだ。

 けれど、娘の説得とパブロの真剣な気持ちが伝わったようで、彼の弟子入りを認めたのである。


 そんなわけで、将来パン職人を目指すことになったパブロに、アニキがプレゼントしたものは木彫りの『まねき猫』だった。

 色はっておらず、素材本来の色を残した茶色い招き猫だ。

 パブロは私に語った。


「アニキの招き猫、パン屋に飾らせてもらっているんだ。心が折れそうなときなんかに眺めていると、招き猫にとても励まされる」


『霊験あらたかな木』を使用しているせいか、それともアニキの心が込められた木彫りだったからか、眺めていると確かにどこかあたたかい気持ちになる猫だと私も思った。

 パン屋のお客さんからの評判も良くて、「招き猫としての効果が本当にある」と赤髪の少年は言っていた。


 ちなみに、パン屋のステンドグラスなのだけど――。

 魔法使いたちと交わした約束通り『魔法協会』が、きちんと新しいものを用意してくれた。

 魔法協会は特別にサービスしたようで、扉ごと新しいものをパン屋に設置してくれたのである。

 ステンドグラスで飾られたその新しい扉には、嘘か本当か『商売繁盛しょうばいはんじょうの魔法』が、かけられているとのことだった。


 魔法協会によってパン屋に新しい扉が設置される日。

 妖精の女王の避暑地に行った子どもたち六人が、パン屋の前に呼び出された。私とアニキとマルクとパブロ。そしてジュリーとマリーアだ。

 この国の魔法協会の東支部ひがししぶで、いちばんえらいおじさんが私たちに会いに来るからである。


 レーズンばばあと魔法使いのお姉さんといっしょにパン屋の前で待っていると、魔法協会の偉いおじさんが、お付きの人を何人か連れてやってきた。

 頭頂部とうちょうぶがハゲた、白髪はくはつ陽気ようきな人だった。

 黒い衣服ではなく、見るからに高級そうな素材で仕立てられた純白じゅんぱくの衣服で全身を包んでいた。

 金色の豪華な首飾りを身につけており、指には大きな宝石が付いた指輪をしていた。


 魔法協会の偉いおじさんは、パン屋の前で私たち六人に会うなり、元気な声でこう言った。


「おお、妖精の祝福しゅくふくを受けた子どもたちよ! 会いたかった! 魔法協会は、キミたちに本当に感謝しているよ! 妖精の女王様にも感謝だね、はっはっはっ!」


 お付きの人たちが、あわてていた。

 なぜなら、私たちが妖精に会ったことは、町の人たちには内緒ないしょのはずだったからだ。魔法協会の一部の人間しか知らないことになっているのである。

 レーズンばばあが、すぐにその偉いおじさんをしかった。


「おい、ハゲ! あたしよりも先にボケがはじまったのかい?」


 後から教えてもらったのだけど、偉いおじさんはレーズンばばあの一番弟子だったらしい。

 わりとバカだけど、魔法使いとしてはものすごく優秀なおじさんみたいで、これまでたくさんの手柄てがらを立てて、魔法協会の中で偉くなった人物だった。

 魔法使いとしての実力は、すでに師匠であるレーズンばばあをしのいでいるとのことだ。


 新しい扉が設置されることになって、魔法協会からパン屋のおじさんに事前にどういう説明がされていたのか、私たち子どもは知らない。

 妖精の話などは秘密にしたまま、なにか上手いこと説明したのだと思う。あるいは催眠さいみん効果のある魔法でも使ったのか……。

 まあ、魔法協会も、パン屋のおじさんに変なことはしていないと私は信じている。


 とにかく、パン屋のおじさんはステンドグラスがはめ込まれた新しい扉をとても気に入っていたし、娘のフランソワーズもよろこんでいた。

 私たちはみんなでニコニコしながら、新しい扉の設置を見届けたのである。


 それから子ども六人と、魔法協会の人間たちとで食事会となった。

 私たちは町の兵舎へいしゃの中にある食堂に連れていかれた。そこには、ごちそうが用意されていたのである。


 少年4人で、ハゲた偉いおじさんと同じテーブルについた。

 目の前には、焼いた肉や魚のフライ、色鮮やかなサラダ、甘そうな果物なんかが食べきれないくらい並んでいた。

 ジュリーとマリーアは隣のテーブルだった。レーズンばばあと魔法使いのお姉さんが、二人の世話をしてくれることになったのである。


 魔法協会の偉いおじさんは、自分の弟弟子おとうとでしとなったマルクに、とても興味を持っている様子だった。

 おじさんは、隣の椅子に座っていた銀髪の少年に向かってこう言った。


「いやー、私なんか弟子入りするのに3ヵ月くらいかかったんだよ。それなのに、マルクくんは会ったその日に、弟子入りが決まったんだって? なんか、嫉妬しっとしちゃうなあ。はははっ! ばばあ、年を取って性格が丸くなったんだな」


 レーズンばばあの一番弟子は、レーズンばばあの最後の弟子にやさしい眼差まなざしを向けた。

 おじさんはマルクの頭をポンポンと軽く叩いた。


「マルクくん。11歳から魔法使いの修行をはじめるとなると、けっこう厳しい将来が待っているかもしれないよ。けど、ばばあの一番弟子としては、ばばあの最後の弟子をきちんと応援するからさ、がんばってよ」


 おじさんの言動から、『魔法使いとしては出来の悪いこの少年が、一人前になるまではちゃんと見守ってやろう』という雰囲気を私は感じた。

 昔からマルクは、目上の人から妙に気に入られる不思議な強運きょううんらしきものを身につけている気がする。

 町の子どもたちの中でも、マルクはアニキからなんとなく一番可愛がられているような雰囲気だったし、レーズンばばあからも、どこか気に入られていたのだ。


 偉いおじさんは食事をしながら、自分の子どものころの話をマルクに聞かせた。


「おじさんはね、6歳のころに病気で死にかけてさ。師匠に魔法の力で、命を救ってもらったんだよ。それで、『魔法使い、カッコイイ!』って思ってね。師匠に弟子入りしたんだ。若いころの師匠は、すごい美人だったしね。だから、6歳のころの私に迷いはなかったね!」


 それからおじさんは、レーズンばばあがいる隣のテーブルを、チラッと見てから話を続けた。


「しかし、おじさん。今、あのばばあの下で修行するのは、正直キツイなあ。ばばあも昔は、すごい美人だったからさ、私も修行を頑張れたんだよ。でも、今は…………。本当、マルクくん、修行がんばってね!」


 銀髪の少年が苦笑いを浮かべながら「はい……頑張ります」と言った。

 マルクは白身魚のフライをずっと食べたそうにしていたけれど、おじさんが休みなく話しかけてくるので、なかなか口に運ぶことができなかった。

 偉いおじさんは、今度はマルクの肩をポンポンと叩いて言った。


「いやあ、信じてくれないかもしれないけどさ、あのばばあ、本当に美人だったんだよ。少年のころの私は、一人前になったら師匠にプロポーズしようと思って、魔法の修行を頑張っていたくらいなんだから。それなのにばばあ、さっさと別の男と結婚しやがってさ。まあ、私のことなんか、最初から恋愛対象として見ていなかったんだよね」


 そう言うとおじさんは、口をとがらせた。

 マルクも私たちも、誰も何も言えなくて黙っていた。偉いおじさんが話し続けるので、食事はなかなか進まなかった。


「それから大人になった私は、がむしゃらに手柄を立ててね。魔法協会の中でもガンガン出世してさ。ばばあなんかよりも美人でやさしくて、お金持ちの妻と出会ったんだ。魔法のセンス抜群ばつぐんのかわいい娘が4人も生まれたし、家族みんな健康で幸せだし。本当、ばばあにプロポーズしなくてよかったよ、はははっ」


 隣のテーブルにいたレーズンばばあが、椅子から立ち上がって大声をあげた。


「ぶっ殺すぞ、ハゲ!」


 ハゲた偉い人の話は、隣のテーブルにいるレーズンばばあにまで、筒抜つつぬけけだったのである。


「誰があんたみたいなバカ弟子のプロポーズなんか受けるか! プロポーズされたって、あんたなんかと結婚する可能性は最初からなかったんだよ!」


 レーズンばばあからそう言われても、偉いおじさんは笑顔を浮かべていた。

 たぶん、昔から同じようなやり取りを二人は何度もしているのだろう。


「はははっ! ばばあ、それでも昔、本気で愛してたんだぞ! ばばあのおかげで立派な魔法使いになれました。どうか、長生きしてください」

「うるさいよ! 黙ってろ、ハゲ! まわりの子どもがドン引きしてるのがわからないのかいっ! あんたが話し続けるから、子どもたちが飯を食えないじゃないか! あんたは両手にりんごでも持って、左右のりんごに朝まで話を聞いてもらいなっ!」


 まあ……師匠と一番弟子は――どこか屈折くっせつした人間関係ではあったけれど――仲はとても良いみたいだった。


 それと、偉いおじさんの話を聞いて私は思った。

『初恋の相手が魔法使いのお姉さんだったマルク』と、『自分の師匠に恋をしていたハゲた偉いおじさん』は、いずれすごく意気投合いきとうごうするのではないかと。

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