027 【第4章 完】オークショニアになろう!

 アニキが私に言った。


「確かオギュっちくんは、木槌を使って『世界でいちばん多くのものを叩いた人』になりたいんだよね?」


 正確には、


『人類の歴史の中で、木槌でいちばん多くのものを叩いた人間になりたい』


 と、子どものころの私は思っていたのである。

 アニキは話を続けた。


「空気は身近にあるからいいよね! たとえば、川を斬るって話だったら、わざわざ川まで行かなくちゃいけない。これが、わりと面倒臭くてさ、ふふっ。雨の日とか雪の日とか、川に行くのが嫌になるんだ。でも、空気はいつでも自分のそばにあるよね! その分、『空気を叩く』修行は、気楽に挑戦できるんじゃないかな?」


 そんなわけで、その日から私は『空気を叩く』という課題を、アニキとしゃべる木槌から与えられたのである。

 空気を叩けた人間の話なんて、私は一度も聞いたことがなかった。

 たぶん、ハンマー術の歴史の中でも、過去に一人もいなかったのではないかと思う。


 自分の今後の方針が決まると、私は再びロメーヌのことを考えはじめた。

 彼女がハンマー術の基礎を身につけるためにはどうしたらいいのか?


 それに関して、ひとつ考えが浮かんでいた。

 私は木槌にこんなお願いをした。


「ロメーヌに、ハンマー術の基礎を教えてくれないかなあ?」


 しゃべる木槌を、私はロメーヌに貸そうと決めたのだ。

 木槌も、私には特に教えることがないと言っていた。

 ならば、ロメーヌに貸してしまっても構わない気がしたのである。


 来年の夏にはロメーヌも、女王様と再び避暑地の屋敷に来ることだろう。

 一年間、彼女にハンマーを貸して、しっかりと基礎を身につけてもらえばいいと思った。


「イイゼ、オーギュスト。ロメーヌヲ、オ前以上ノ『ハンマー術ノ使イ手』ニ育テテヤルゼ! 後悔コウカイスルナヨ! ハッハッハッ!」


 木槌はロメーヌの手に渡ることを快諾かいだくしてくれたのだった。

 アニキが言った。


「でも、その木槌を妖精の女の子に渡しちゃうと、オギュっちくんの木槌がなくなっちゃうよね?」


 私はアニキに『師匠から何か別の木槌を貸してもらうことを考えている』と伝えた。

 するとアニキは、自身の金色の頭をポリポリと掻きながら言った。


「ああ、えっと……実はボク、前々からオギュっちくんに渡したいものがあってさ――」


 驚いたことにアニキは、私にプレゼントしようと木槌を作っていたというのだ。

 木彫りが得意な天才少年剣士は、木槌まで作ってしまったのである。

 アニキは珍しく顔を赤らめて、もじもじしながら私に言った。


「その……本当は秋の終わりくらいになったら渡そうと思って、用意していたんだけどね、えへへっ。予定を前倒しして、今日の夕方にでもオギュっちくんの家に持っていくよ。もし気に入ってくれたなら、ボクの木槌を使ってもらえるとうれしいな」


 アニキの話によると、なにやらとても貴重な木材が手に入ったらしい。

 詳しくは理解できなかったけれど、ざっくり言うと『霊験れいげんあらたかな木』のようで、アニキはそれを使って、私とマルクとパブロに何か作ってプレゼントしようと計画していたそうだ。


「オギュっちくんにプレゼントする木槌だけは、もう出来ているんだ。最初に作りはじめたからね」


 これは後になって、アニキの木槌を実際に使ってみてからわかることなのだけど――。

 アニキの木槌は、材料にした木が何やら特殊だったため、普通の木槌なんかよりもずっと魔力を込めやすい木槌として仕上がっていたのである。


 剣の修業の合間にアニキは、マルクやパブロのプレゼントも作る予定だと言った。

 そして本当なら、秋の終わりごろに私たち三人に一斉にプレゼントする予定でいたみたいである。

 けれど、私の事情を考えて、木槌を前倒しでプレゼントしてくれることになったのだ。


「でも、アニキ。どうして秋の終わりに渡そうと思っていたんですか? なにか理由でもあるんですか?」

「んっ? オギュっちくん、それは内緒だよ、ふふっ」



   * * *



 約束の時間になると、私は森の入口でロメーヌと再会した。


「オギュっち先輩、おはようございます!」


 ロメーヌは前回と同じく黒と白を基調きちょうとしたメイド服姿だった。

 彼女は自分の身体にかけられた魔法をすでに解除していた。


 耳はとがっておらず、人間のように丸みのあるものだった。

 そして頭はピンク色ではなく黒髪で、白いフリルの付いたヘッドドレスを装着していたのである。

 万が一、森で私以外の人間に目撃されたとき、人間の姿でいた方がトラブルを避けられるとの判断なのだと思う。


 恋する相手との再会で私はおそらく、にやけてしまっていただろう。

 そして、そんな私をさらに幸福にさせるようなことをロメーヌが口にした。


「オギュっち先輩。今日はメイドの先輩に色々と手伝ってもらって、お弁当を作ってきたんですよ。それと、レーズンと木の実を使ったパウンドケーキを焼いてきました」


 前回と違ってロメーヌは、鍋を持っていなかった。

 だけど代わりに、お弁当が入ったバスケットを手にしていたのだ。

 彼女はニコニコしながら話を続けた。


「先週は、お昼まででしたけど、今日は夕方までずっといっしょにいられます。オギュっち先輩、どうか今日一日、わたしにハンマー術をみっちり教えてください!」


 黒髪を揺らしながらメイド服姿の少女は、深々と頭を下げた。

 私は思った。


 ああ……もう、こんなの修行じゃなくて、デートじゃないか!

 人生初のデートだ! お弁当もケーキもある!

 こりゃ、修行じゃなくてデートってことにしておこう!


 一瞬そうやって、私は浮かれてしまった。

 けれど、目の前のメイド服姿の少女の眼差まなざしが、とても真剣であることに気がついた。

『本気でハンマー術の修行がしたい』と、彼女が願っていることがひしひしと伝わってきたのである。


 私は『やっぱりこれはデートではないのだ』と考え直し、きちんとしようと思った。

 ロメーヌは、強くなりたいのだ。


 私は『しゃべるハンマー』を、来年の夏までロメーヌに貸すことを提案しようと思った。

 とりあえず一年間、しゃべるハンマーから『ハンマー術の基礎』を学んでもらうのだ。


 ただし――。

 その前にひとつ、私には確かめておきたいことがあった。


「ねえ、ロメーヌ。どうしてオークショニアになりたいの? それも、わざわざ人間の世界で」


 メイド服姿の少女は、小さくうなずいてから私の質問に答えた。


「オギュっち先輩に、聞いてもらいたい話があります。この一週間、わたしなりに色々と考えてみたのですが……やはり先輩には話しておいたほうがいいと思いましたので――」


 それからロメーヌの打ち明け話がはじまった。


 彼女は8歳のころまで、両親といっしょにいたそうだ。妖精の国で屋敷を構え、三人家族で裕福な暮らしをしていたらしい。


 特に彼女の母親は家柄いえがらが良く、あの妖精の女王とは幼少の頃から親友だったみたいである。

 ロメーヌの両親だが、二人は大恋愛の末、幸せな結婚をした夫婦だった。

 ただ、生まれてきた子ども――ロメーヌ――が『人間の姿』だったのだ。


 黒髪で耳のとがっていない人間のような外見の子ども。そのため、親族や世間からは、ずいぶんと冷たい扱いを受けたらしかった。

 ロメーヌの外見を妖精のように変化させる魔法は、当時はまだ存在していなかったそうである。

 そもそも『人間の姿の女の子を、妖精の姿に変化させる魔法』なんて、どこにも需要じゅようがなかったため、そんな魔法を誰も生み出していなかったのだ。


 人間のような姿のロメーヌだったが、両親からはきちんと愛されていたらしい。

 ただし両親は、屋敷の中に隠し部屋を作って、ロメーヌを世間の目から隠しながら育てることにしたそうだ。


「わたしを屋敷の外に出すのが恥ずかしいとか、そういうことではなかったと思います。両親は、余計なトラブルからわたしを守ろうと考えて、そうしてくれたんだと思います。わたしは両親のことが大好きでした」


 屋敷ではメイドたちが何人か働いていたそうだ。両親は娘のことを考え、ごく限られた人数の『口の堅いメイド』しか雇わなかった。


「みんな優しいメイドさんたちでした。わたしはこんな外見なので、もっとひどい幼少時代を過ごしていてもおかしくなかったかもしれません。けれど両親や周りの大人たちが、ずいぶんと優しく接してくれました。おかげで、自分でもなかなか明るい性格に育ったと思っています」


 屋敷の外に出られなかったロメーヌにも、楽しみがあった。

 それは、美術品を眺めることだった。


「両親が美術品のコレクターだったんです。特に父親は絵画が好きでした。わたしはたくさんの絵画に囲まれて育ちました。とても素敵な思い出です。屋敷の中で、毎日のように絵画を眺めて暮らしていました。楽しかったですよ。眺めていた絵については、すみずみまで全部覚えちゃいましたしね」


 しかし、両親とのそんな幸せな生活が、突然終わりを迎えることになる。

 ある日の夜。ロメーヌの両親の屋敷が襲撃しゅうげきを受けたのだ。


「――屋敷を襲ったのは、『美術品専門の組織的な犯罪集団』ではないかとのことでした……」


 絵画や金品はことごとく盗まれた。両親は殺され、屋敷で働いていた妖精たちも殺された。

 生き残ったのは、普段から屋敷の隠し部屋でひっそりと生活していたロメーヌただ一人だけだったのである。


「親族たちの間では、わたしもそのときに殺されたことになっています。人間の姿であるわたしを、わざわざ引き取って育ててくれるような親切な親族はきっといませんでしたし、わたしもそれでよかったと思っています」


 そして、一夜にして天涯孤独てんがいこどくとなったロメーヌに、助けの手を差し伸べてくれた妖精がいた。

 母親の親友である妖精の国の女王である。

 ロメーヌの母親は自分たちの身に何かがあったとき、娘のことを親友である女王にお願いしていたのだ。

 ロメーヌに関しては、親族が頼りにならないことを、母親もわかっていたのである。


「女王様の判断で、わたしはそのままあの夜に殺されたことになっています。考え過ぎなのかもしれませんが、わたしが生きていることがわかったら、屋敷を襲った連中に命を狙われるかもしれないからです」


 ロメーヌをこっそりと引き取った妖精の女王は、『人間の姿である彼女を妖精の姿に変化させる魔法』を、努力の末に生み出してくれたそうだ。


「『人間の姿の女の子を、妖精の姿に変化させる魔法』なんてものは、やはり過去にはなかったそうです。だから、女王様はものすごくがんばってくださいました」


 そんなわけでロメーヌは、妖精の姿で生活ができるようになったのである。

 ロメーヌが本当は人間の姿をしていることを知っているのは、女王様とメイド長だけとのことだった。

 女王の娘であるリザも知らないらしい。

 そしてロメーヌは、それまでの自分とは別人として生きることになった。


「実は、わたしの本当の名前は、ロメーヌではないんです。ロメーヌは女王様からいただいた名前です。本当の名前は、もう捨ててしまいました」


 本名で暮らしていたら、屋敷を襲った連中に存在がバレることもあるかもしれない。

 それを警戒けいかいして念のためにロメーヌは、名前を変えたのである。


「屋敷を襲った犯罪集団ですが、その多くが謎に包まれているそうです。妖精なのか、人間なのか、獣人なのかすらわからないそうです」


 女王が集めた情報によると、その犯罪集団は、人間の世界や獣人の世界、そして妖精の世界など、ところかまわず活動している集団とのことらしかった。

 ただし、その集団が手に入れた美術品の多くは、主に人間の世界に集められたのちに売りさばかれているのではないかとの噂があったのである。


 私はロメーヌに尋ねた。


「もしかしてロメーヌは、犯人たちに復讐ふくしゅうをするためにオークショニアになりたいの? 人間の世界で『美術品専門のオークショニア』になれば、盗まれた美術品と出会える機会が増えるかもしれないから?」


 人間の世界で『国家公認のオークショニア』になれたら?

 普段は表に出てこないような美術品を、目にする機会もきっと増える。

 犯人への手がかりとなる盗まれた美術品と接触することもひょっとしたら……という考えなのだろう。


 メイド服姿の少女は、私のことをまっすぐに見つめながら尋ねてきた。


「オギュっち先輩……。その……やっぱり、わたしのことを軽蔑けいべつしますか?」


 すぐに私は、首を横に振った。

 軽蔑なんかできなかった。なぜなら――。


「いや……。実は自分も、オークショニアになりたい理由の半分は、ロメーヌと似たようなものなんだよ」


 私は自分の両親が行方不明であることをロメーヌに伝えた。

 今度は私が、打ち明け話をする番だった。


「父親がオークショニアで、母親もいっしょに働いていたんだ。そしてある日、二人は行方不明になったんだよ。犯罪に巻き込まれた可能性が高いんだってさ。当時は、『オークショニアり』ってのが流行っていたらしくてね。お客さんから美術品なんかを預かったオークショニアが狙われたんだよ」


 私の両親が、犯罪に巻き込まれていたのだとしたら?

 ロメーヌの屋敷が襲われた時期と、私の両親が行方不明になった時期は、だいたい一致していた。

 彼女の両親を襲った連中と、私の両親を襲っただろう犯人が、同一犯の可能性だって、もしかしたらあり得るのではないか?


 ロメーヌの話は、私には他人事とは思えなかった。

 私はしゃべるハンマーをロメーヌに差し出しながらこう言った。


「ねえ、ロメーヌ。強くなろうよ! そして、いっしょにオークショニアになろう!」

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