025 ガーターリング

 私は彼女に尋ねた。


「受験できるかどうかはともかく、そもそもロメーヌは『ハンマー術による戦闘』は、どのくらいの経験があるの?」

「んっ? わたしの戦闘経験ですか?」


 メイド服姿の少女が不思議そうな顔をしたので、私はこう言った。


「仮に受験できたとしても、ハンマー術による戦闘が弱かったら、合格できないんだけど……」

「えっと……オギュっち先輩。わたし、これまで一度もハンマー術で戦ったことがないんですよ」

「へっ?」

「ずっと独学で修行していたので、戦ってくれる相手が周りにいなかったんです。戦い方もまったくわかりません」

「それじゃあ、戦闘経験はゼロってこと?」

「はい」


 黒髪の少女は、こくりとうなずいた。

 私は質問を少し変えてみた。


「じゃあ、ロメーヌはこれまで、どんな修行をしてきたの?」

「結局、わたしは独学なんで、どんな修行をしたらいいのかよくわかっていなかったんです。だから、ひたすら毎日ハンマーを大きくしたり、かたくしたりする修行をしていました」

「一人きりでハンマーを、ひたすら大きくしたり、硬くしたりしていたの?」

「はい。一人きりで大きくしたり、硬くしたりしていました」

「一人で?」

「はい。一人で」


 それから私はロメーヌに「今、木槌は持っているの?」と尋ねた。

 彼女はうなずくと、手にしていた鍋を私に預けた後、くるりとこちらに背を向けた。そして、自分のスカートをめくり上げはじめたのである。

 しばらくすると彼女は木槌を手に、私の方を向いた。


「先輩、これ、わたしの木槌です。先輩のより小さめですけど、まあ普通の木槌ですよ」

「あれ? その木槌、どこに隠していたの?」

「わたし、ふとももにガーターリングを着けているんです。そこにいつもこの小さな木槌を差し込んでいるんですよ」

「んっ? ねえ、ロメーヌ。ガーターリングって何?」


 私がそう尋ねると、少女は少しだけ悩むような素振そぶりをしてから言った。


「うーん……オギュっち先輩、ガーターリング、見たいですか?」

「うん。見せてくれるなら」


 するとロメーヌは、私の方を向いたままスカートをゆっくりとめくり上げはじめたのである。

 突然のことに私は声が出せなかった。本当に彼女の言動には動揺させられてばかりだった。

 やがて、スカートをめくり上げていたロメーヌの手が止まった。


「先輩。わたしの左足のふとももに巻いてあるのがガーターリングです。ここに木槌とかを、差し込めるようになっているんですよ」


 スカートの下から現れた、少女のむきだしのふともも。

 その左足側には、こげ茶色の太い革のベルトが巻かれていた。ベルトには木槌をホールドしておけそうな革のっかが確かに付いており、きっとそこに木槌を差し込むのだ。


 そんなわけでこの日。私は、はじめてガーターリングというものを知ったのだけど、その知り方がいくらなんでも刺激的すぎた。

 性的な興奮をまだほとんど知らなかった10歳の私を、目の前のメイド服姿の少女は、一日で何度もいたずらに動揺させ過ぎなのである。


 しばらくしてロメーヌは、スカートを元に戻すと言った。


「先輩。じゃあ、さっそくハンマーを大きくしてみますね」

「お、おう……おもいっきり大きくしてみて」

「いやぁー、ハンマー術をきちんと学んでいるオギュっち先輩に見てもらうのは、ちょっとだけ恥ずかしいんですけどね。でもわたし、がんばっちゃいますよ!」


 そう言うとロメーヌは、右手で握りしめたハンマーに魔力を込めはじめた。

 それはみるみる大きくふくらんでいき、やがて――。


 ロメーヌが膨らませたハンマーの大きさに、私は言葉を失った。

 予想外のサイズだったのだ。

 ざっくり言えば、町で見かける荷馬車にばしゃと同じくらいの大きさまで膨らんだハンマーが、地面の上にどんっと出現したのである。


 当時の私が、思いっきり限界まで膨らませたとしても、ハンマーをそれほど大きくすることは絶対にできなかった。

 ハンマーを大きくすることにかけては、ロメーヌの方が私よりもはるかに能力が高かったのだ。


「先輩、森では周りの木が邪魔です。木がなければ、もう少し大きくできるんですけど」


 巨大なハンマーを握りながら、彼女はそう言った。


 私は、「えっ……まだ大きくできるの!?」と、びっくりしながら尋ねた。

 メイド服姿の少女は、「はい」とうなずいた。


 私はとんでもない女の子と知り合ってしまった、と思った。

 ハンマー術を少しでも学んだ人間ならば、彼女のハンマーのサイズを目にしただけで、その非凡ひぼんさが充分に理解できるだろう。

 しかも彼女は、まだ10歳である。まさに逸材いつざいだった。


 ただ、なにやら彼女はそのハンマーを動かせない様子だった。

 地面から持ち上げることもせず、ハンマーのの部分を握っているだけなのだ。

 不思議に思い、私は彼女に訊いてみた。


「ねえ、ロメーヌ。そのハンマーをそのままのサイズで持ち上げられる?」

「えっ? 先輩、無理ですよ。こんな大きなハンマー、ものすごく重たいじゃないですか? 動かせません」

「んっ? サイズ調整と同時に、ハンマーの重量も調整してやればいいんじゃないの?」

「そ、そんなことできるんですかっ!?」


 説明するよりも見せた方が早いと思った。私は鍋を左手だけで持ち、自分のハンマーを右手で握りしめると魔力を込めた。

 限界まで膨らませても、目の前の彼女のハンマーの3分の1以下のサイズだったが、そのハンマーを私はロメーヌの目の前で、右手一本で持ち上げたのである。


「えっ? すごい! オギュっち先輩、なんでそんなサイズのハンマーを片手で持ち上げられるんですかっ!?」


 ロメーヌの話を色々と聞いてみると、どうやら彼女はハンマーサイズや重量の繊細せんさいなコントロールはできないみたいだった。

 彼女は本当に毎日、ただただハンマーを単純に大きくする修行や、単純に硬くするだけの修行を一人で黙々と続けていたのである。


 私は黒髪の少女に言った。

 もしロメーヌが、ハンマーの繊細なコントロールを身につけることができたら、同年代の誰よりも確実に強くなれるんじゃないかと。


 少女は、荷馬車と同じくらいのサイズの巨大なハンマーを右手で握り締めながら笑った。


「ふふっ、先輩! まさか、そんなわけないじゃないですかあ」


 彼女は、自分がどれだけの潜在せんざい能力を秘めているのか、ピンときていない様子だった。

 そりゃそうである。それまで彼女の周囲には、他にハンマー術を使える存在がいなかった。自分の能力が他人と比べてどれだけ非凡なものであるのか、知る機会がなかったのだ。


 私は少女に尋ねた。


「ねえ、ロメーヌ。目はちゃんときたえている?」

「はい。なんかオークショニアは目を鍛えなくちゃいけないって、どこかで知ったんです。だから、目はちゃんと鍛えていますよ」


 それならば、とりあえず彼女の問題は、『ハンマーを膨らませる際の繊細なコントロール』と『戦闘経験がゼロ』という部分だろう。

 大きくしたハンマーを振り回せない時点で、ロメーヌは戦闘どころではない。今のままでは戦えないのだ。


 そこで、ひとまず私は『ハンマーの重量をコントロールする方法』など、自分に教えられそうなことから彼女に伝えはじめたのである。

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