024 『ロメーヌ』

 それから、メイド服姿の少女は羽を引っ込めると、なんだか急に大人しくなった。

 私が羽を綺麗だと褒めてから、あきらかに様子が変わったのだ。


 ボーイッシュな黒髪の少女は、顔を赤くしたまましゃべらなくなってしまった。そのため、私たちの間には沈黙が訪れたのである。


 今日はどうしてここに呼ばれたんだっけ?

 何か相談があると言われて来たような……。


 そんなことを思いながら私は、少女が口を開くのを待った。

 けれど彼女は、私のことをチラチラと眺めるばかりだ。ときどきこちらと目が合うと、ぎこちなく微笑んできた。


 いったい、どうしちゃったんだろうか?


 これ以上待っていても仕方がない。

 そんな気がしたので、私が先に口を開いた。


「あの……今日は『相談がある』と言われていた気がするんだけど――」


 彼女が先ほど打ち明けてくれた秘密と、私への相談とが、どう関係してくるのか?

 それを質問した。

 また、私と彼女が会うのはまだ二回目なのに、重大な秘密をこんなにもどんどん打ち明けてしまって大丈夫なのか、とも尋ねた。


 私が質問をぶつけると、さすがに少女も我に返ったみたいだ。

 彼女は「こほん」と小さく咳払せきばらいをすると、ようやく口を開いた。


「その……オークショニアさんに相談ってのはですね。実はわたしも人間の世界でオークショニアになることを考えているんです。だから、話を聞いてもらいたかったんですよ」

「えっ?」

「わたしがハンマー術の修行を独学でしているのは、将来オークショニアになりたいからなんです」


 彼女の話によると、妖精の世界にもオークショニアはいるそうだ。

 けれど彼女が考えているのは、人間の世界で『美術品専門のオークショニア』になれないだろうか、ということだった。


「わたし、この通り人間みたいな姿だから、人間の世界でオークショニアになるのも可能なんじゃないかと思って」

「なっ……?」


 彼女が投げ込んでくる話には、本当に驚かされてばかりだった。


 たとえば、人間の世界にも『獣人じゅうじんのオークショニア』だったら存在している。人間と獣人とは大昔から交流があるからだ。

 しかし、『妖精のオークショニア』なんてのは一度も聞いたことがなかった。

 そもそも妖精は、人間界ではまだまだ空想上の存在だと思われているのだ。


 人間のなかでも、魔法使いなど『異界』の知識が深い者なんかは、妖精の存在を確信している。

 だから、妖精の『魔法の道具』がごくまれに市場に出回ると、その希少きしょうさが理解され、とんでもない高値で売買されるわけだ。


 だが、ほとんどの人間は、幽霊ゴースト吸血鬼ヴァンパイアなんかと同じように妖精も空想上のものだと思っており、その存在を信じていないのである。

 逆に面白いのは、妖精たちは人間の存在を信じている――というか人間の存在を完全に把握はあくしているということだ。

 私が妖精たちと話した限りでは、あちらには人間に関する豊富な知識があって、そのうえで人間たちと不必要な接触をしないよう注意しながら暮らしている、という印象だったのである。


 メイド服姿の少女が言った。


「オークショニアさんも人間の世界で、オークショニアを目指しているんですよね? 人間の世界には『国家公認のオークショニア』というものが存在するんですか?」


 話を聞くと、彼女が暮らす妖精の国では、オークショニアは存在するが『国家公認のオークショニア』という制度はないみたいだった。

 少女はこうつぶやいた。


「じゃあ、わたしも人間の世界で『国家公認のオークショニア』を目指さなくちゃ……」


 とにかく目の前の少女も、オークショニアを目指しているということがわかった。

 そこで私は彼女にこんな提案をした。

 そちらもオークショニアを目指しているのなら、私のことを『オークショニアさん』と呼ぶのは今後はやめないかと言ったのだ。

 私は例の子どものお遊びのようなオークションで、確かにオークショニアを務めたが、そもそも正式なオークショニアではないのだから。


 彼女はこくりとうなずくと言った。


「なるほど、わかりました。では、これからは『オーギュストさん』とお呼びすればいいですか?」


 妖精の避暑地で私たちは、簡単な自己紹介を済ませていた。

 だから、お互いの名前を知っていたのだ。

 けれど、彼女は私のことをずっと『オークショニアさん』と呼んでいたし、私は彼女のことを名前で呼ぶ機会がなかった。――というか、なんだか恥ずかしくて彼女の名前を一度も口にしていなかったのである。

 少女が私に言った。


「わたしのことは『ロメーヌ』と呼び捨てにしてくださってかまいません。オーギュストさんは……まだ、わたしのことを一度も名前で呼んでくださっていませんよね? これからはロメーヌと、きちんと名前で呼んでくださいね」


 どうやら彼女は、私から一度も名前で呼ばれていないことを、ずっと気にしていたみたいだった。

 私は彼女に言った。


「じゃ、じゃあ、ロメーヌ。こっちのこともオーギュストって、呼び捨てにしてくれていいよ」

「いや……その、できたらわたしも、周りのみなさんのように『オギュっち』さんとお呼びしてもよろしいですか?」

「オギュっちさん?」

「あっ……やっぱり『オギュっち先輩』がいいです。オギュっち先輩と呼ばせてください!」

「えっ……オギュっち先輩?」


 そんな呼ばれ方をされたことがなかったので、私は戸惑とまどった。


「どうして『先輩』って呼ぶの?」


 私がそう尋ねると、彼女は手にした鍋をこちらに見せながら言った。


「ハンマー術の先輩だからですよ。先輩は、ハンマー術では、わたしなんかよりもずっと先を行っています。この鍋を見たら嫌でもわかります。それにわたしと違ってオークショニアの経験もあります。だからオギュっち先輩です」

「えっ? でも、歳は?」


 私たちはお互いの年齢を確認した。

 すると二人とも同い年の10歳だったのだ。

 同じ年齢なのに『先輩・後輩』というのも変だと私は主張したのだけど、ロメーヌは『オギュっち先輩』と呼びたいと譲ってくれなかった。


「それでオギュっち先輩。どうしてわたしが、重大な秘密をどんどん打ち明けたかというと――」

「お、おう……」

「先ほども少し言いましたけれど、わたしは将来この『人間の姿』で、『人間の世界でオークショニアとして生活したい』と考えているからです。だから、先輩に秘密を打ち明けて、この姿を見てもらったうえで、そんな生活が可能かどうかご意見をお聞きしたかったんですよ」


 それについての意見は、ひとまず置いておいて――。

 私は、人間の国で『国家公認のオークショニア』になるための方法を、ロメーヌに説明しようと思った。


 まずは『競売人オークショニア養成学校』に入学すること。

 ただし15歳以上じゃないと入学試験が受けられない。

 そして、養成学校を卒業したら『オークショニアの国家試験』を受ける権利がようやく与えられる。

 そのことを、彼女に伝えたのだ。


「――そんなわけで、ロメーヌ。まずは養成学校に入学しなくちゃいけないんだよ」

学校に!?」

「まじめに聞いてる?」

「すみません、先輩」


 続いて私は、養成学校に入学する方法を説明した。


「『推薦すいせん入試』と『ハンマー術入試』のふたつの方法しかないらしいんだ」


『推薦入試』は、ざっくり説明すると『お金持ち』や『権力者』から推薦してもらって、筆記試験と面接を受けて入学する方法である。

 戦闘能力は必要ない試験だ。


 それは『お金持ち』や『権力者』にコネのない私には、関係のない入学方法だった。

 ロメーヌが私に質問してきた。


「オギュっち先輩。じゃあ、推薦してもらえない場合は、『ハンマー術入試』を受けるしか方法はないんですか?」


 私はうなずいた。


「うん、そうだよ。ハンマー術入試だけど、とにかく『ハンマー術による戦闘』が強ければ合格するらしい。そして、誰でも受けられる。『お金持ち』や『権力者』からの推薦も必要ない。筆記試験もない。面接は……確かあったと思う」


 少女がさらに尋ねてきた。


「誰でも受けられるのなら『妖精』でも受験できますか?」

「うーん……どうなんだろう。人間や獣人以外でも受験できるのかなあ……?」


 さすがに私は、ロメーヌのその質問にはきちんと答えられなかった。

 けれど彼女が本当にやる気があるのなら、なんとか協力してあげたいと思ったのである。

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