021 誓いの血判状

 とにかく魔法使いたちのおかげで、妖精の『魔法の道具』が本当に価値のあるものだということはわかった。

 問題はきちんとした値段で売ろうとすると、高額すぎて私たち子どもでは売り先が見つけられないということである。


 私たちは知恵を出し合った。


 たとえば、子どもたちだけで再びオークションを開催して売ろうとしたら?

 こんな高額なものを、きちんとした値段で買ってくれるお金持ちを、私たちみたいな子どもが集められるだろうか?


 そもそもこの町に、高額な魔法の道具を買ってくれそうな人が住んでいるとも思えない。近隣の町にも住んでいないだろう。


『高額なものがきちんとした価格で落札されるオークション』


 それを開催しようとするのなら、やはりオークションカタログを作り、ある程度の時間をかけて宣伝活動をし、有力な顧客を複数集めて競争を発生させなくてはならない。


 まともなノウハウも持たない子どもの私たちに、そんなことができるだろうか?

 妖精の女王の避暑地で開催した『子どもの持ち物』が出品されたオークションとは、難易度が違いすぎるのである。


『自分たちでオークションを開催して売却する』というアイデアは、今回はさすがに現実的ではなかった。

 では、妖精の『魔法の道具』を、都会の一流のオークション会社に出品してみたら?

 これだけのものなら、よろこんで出品を受けてくれるのではないだろうか。


 私たちは魔法使いたちの意見を聞いてみた。

 老婆が言った。


「あんたらがよく考えて自分たちで決めたことなら、無理に止めはしないよ。ただ、意見を言わせてもらえば、子どもがこんな高額なものを売りたがっているってことが世間にわかったら、それなりに嫌な思いをするかもしれないね」


 老婆はしわしわの手を伸ばし、マルクの頭をポンポンと軽く叩くと話を続ける。


「オークション会社も仕事だからね。まずは、盗品じゃないかと疑ってくるだろうよ。あんたたちの家族なんかにもしつこく確認が入るさ。どうやって子どもがこんなものを手に入れて、どんな理由で売ろうとしているのか、根掘ねほ葉掘はほり聞かれるんじゃないかね」


 私たちみたいな子どもが高額なものを売却するなんてケースは、めったにないことだろう。だから、それなりに面倒なことになるんじゃないか、というのが老婆の意見だった。

 次に魔法使いのお姉さんが意見を口にした。


「まあ、お前たちは別に悪いことをしていないんだから、本当はずっと胸を張ってりゃいいんだけどさ……でも、それだけじゃ済まないってのが世の中ってやつだよね。予想外の嫌なことだってきっと起きるよ。オークションに出品したら、そこからお前たちと妖精の関係にまでたどりつくやつらも出てくるかもしれない。この町や近隣の森なんかが少し騒々そうぞうしくはなるだろうね」


 それからお姉さんは、私たちに蜂蜜はちみつ入りのホットミルクを飲ませてあげると言い出した。


「お前たち、とりあえず甘いものでも飲んだらいいさ。色々と難しいことを考えて疲れただろ?」


 私たちはマグカップに口をつけながら一息ついた。

 しばらくして老婆が、こんなことをつぶやいた。


「しかしねえ、本当にオークション会社に出品されるようなことになったら、『魔法協会』のお偉いさん方も気合を入れて落札しに行くんじゃないかね、いーっひっひっひ」


 マルクが老婆に尋ねた。


「あの……俺、以前から魔法協会に興味があるんですけど、少し教えてもらってもいいですか?」

「んっ? 銀髪のぼうやは、魔法協会に興味があるのかい?」


 老婆の質問にマルクがこくりとうなずくと、お姉さんがこう言った。


「あたしらはさ、この国の『魔法協会』に所属しているんだ。この国の魔法使いは、まあだいたいのやつが魔法協会に所属しているよ。もちろん所属していないやつもそれなりにいるけどね」


 お姉さんはマグカップのミルクを一口飲んでから話を続けた。


「『この町で勇者が生まれる』って予言した大魔導師様も、『魔法協会』のトップの人だったよ。今はもう別の人がトップだけどさ」

「そのぉ、魔法協会はこのテーブルの上にある『魔法の道具』を本当に欲しがるんですか?」


 マルクの質問にお姉さんは「当然」と短く答えた。

 すると銀髪の少年は、アゴに手を当てて小声でぶつぶつとつぶやきはじめた。

 何かを思いついたのだ。


 やがてマルクはパブロと私に声をかけ、自分の考えを説明してくれた。

 パブロも私も、マルクのその考えに賛成した。

 三人で話がまとまると、銀髪の少年が代表して魔法使いたちに言った。


「あの……こんなアイデアが浮かんだんですけど。ここにある『魔法の道具』をすべて、俺たちが魔法協会に寄付きふするというのはどう思います?」


 お姉さんが「寄付?」と驚く。

 マルクは話を続けた。


「色々と考えたんです。あまりにも高額なものを子どもが売却するのは、やっぱり大変な思いや嫌な思いをするんじゃないかって。それに、そもそも俺たちの目的はパン屋のステンドグラスを弁償することなんです。それさえ叶えばいいんです。金持ちになるのが目的じゃないんですよ」


 老婆がとてもうれしそうな表情を浮かべてけらけら笑った。

 続いて老婆は、しわしわの手を再び伸ばして、マルクの銀髪をくしゃくしゃとでると言った。


「なるほど、寄付かい! よく考えたじゃないか。あんたらはもしかすると、とてもいい答えにたどりついたかもしれないよ。あたしらの魔法協会は、いつでも寄付を歓迎しているんだ。いーっひっひっひ」


 銀髪の少年が尋ねた。


「もし俺たちが寄付をしたら、お二人は魔法協会の中で立場がよくなったりしますか?」


 老婆が答えた。


「そりゃあ、こんな高価な『魔法の道具』の寄付を受けたとなりゃ、あたしらの給料も協会での立場もぐっと上がるさ。それに、町のパン屋のステンドグラスくらい、魔法協会が新しいものをなんとでもしてやるよ」


 町に住む『六人の子どもたちからの寄付』ということで話がまとまりはじめた。

 老婆はけらけら笑うと言った。


「すばらしい寄付の代わりに、この国の魔法協会は、あんたたち六人の子どもを手厚く支援していくよ。今後の人生であんたたちが何をするにも後ろだてになってやるさ。よその国の魔法使いのことは知らないけれど、この国の魔法協会の魔法使いたちは、みんな義理堅ぎりがたいんだ」


 続いてお姉さんが言った。


「この国の魔法協会が、お前たちの味方になるんだ。長い目で見れば、たぶん寄付した金額以上のものを、お前たちは手にしたことになるかもしれないよ。あたしはそう思うね」


 それからお姉さんは「こういう言い方はオークション会社には悪いけど」と、前置きしてから話を続けた。


「オークション会社はたぶん、売却後のお前たちの面倒まではみてくれないよ。それは別にオークション会社が悪いわけじゃない。あそこはオークションで物を売るのが仕事だからね。お前たち子どもを守ることが仕事じゃないだろ?」


 将来オークショニアを目指している私にとっては、少し胸の痛い話ではあった。

 お姉さんは言った。


「でも、あたしたち魔法協会は、『魔法の道具』を寄付した後のお前たちの面倒もきちんとみてやるさ。お前たちと妖精の関係をぎつけて面倒なやつらが町や森にやってきたら、排除はいじょしてやる。兵舎にいる兵士たちも、あたしたちが協力を要請すれば、いっしょになってお前たちを守ってくれる」


 その後お姉さんは、自分に言い聞かせるように「うん……寄付か。子どものくせにかしこい答えにたどりついたな」と小声でつぶやいて、こくりとうなずいた。


 老婆が話を付け加えた。


「最初の方の提案であった、飴玉の代金として儲けを受け取るっていう話で終わっていたら、たぶんあたしたち二人だけしかお前たちを守ってやれなかっただろうよ。けれど、『魔法協会への寄付』という方法で、協会全体の利益になるような話になってくれたら、あたしたち二人だけでなく、協会の他の魔法使いたちもお前たちを守ってくれるはずさ」


 魔法使いたちの反応を目にしていると、マルクが提案した『魔法協会への寄付』という答えは、本当にベストなものだったのではないかと私は思った。

 そんなわけで私たちはお姉さんと老婆に、妖精の『魔法の道具』をたくした。


 二人の魔法使いは『ここから先の手続きや面倒事めんどうごとなんかは、あたしたちがすべて上手くやってあげる』と約束してくれた。

 そして、寄付の品を預かった証拠に、わざわざ血判状けっぱんじょうを作成すると言い出したのである。


 彼女たちは、魔法協会への寄付を責任を持って果たすという内容の『誓いの文章』を紙に記すと、署名した。

 続いて、それぞれが親指に針を指し、血で捺印なついんしたのである。

 血判状は、私たち子どもに対する『彼女たちなりの誠意』を形にしたものだったのだろう。

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