020 『信頼のできる魔法使い』

 小屋の一階は、魔法使いたちが仕事をする場所だそうだ。

 二階は二人の居住きょじゅうスペースとのことだった。


 私たちが目にすることができたのは、一階の仕事場のほんの一部分だけだ。

 奥にもいくつか薄暗い部屋があったのだけれど、立ち入れる雰囲気ではなかった。当然、二階の居住スペースなんかも見ることはできなかった。


 私たちがいた一階の部屋には、たながずらりと並んでいた。

 薬品らしきものが入ったガラスの小瓶こびん、分厚い書物、何か動物の頭骨とうこつみたいなものまで、様々なものが棚に雑然と押し込められている感じだった。


 床にも、わけのわからない道具が色々と置かれていた。

 部屋の面積に対して物が多すぎる。そんな印象を私は受けた。

 お世辞にも綺麗な場所ではなかったのである。


 マルクが袋の中から『魔法の道具』を取り出して、部屋にあった木製のテーブルの上に、コトンコトンと並べていった。

 魔法使いのお姉さんが、それらを眺めながら言った。


「ガキども。一応、商談の詳しい内容を聞かせてもらおうか」


 マルクが代表して口を開いた。

 テーブルの上に置いた魔法の道具を、『パン屋のステンドグラスを弁償べんしょうできるくらいの金額』で買い取ってもらうことは可能かどうか、お姉さんに尋ねたのである。

 彼女は「なるほど……」と言ってうなずくと、こう質問してきた。


「うーん……まず、こんな高価なものを、どうしてお前たちみたいなガキが持っているんだ?」


 当然の質問である。

 盗んだのかと疑われても困るので、マルクが正直に打ち明けた。

 子どもたちだけで森に行ったこと。妖精の女王の避暑地に行ったこと。

 妖精を相手にオークションをしたこと。オークションで集めたお金で、女王から魔法の道具を購入したことをだ。


 そもそも私たちは、魔法使いのお姉さんと『魔法の道具』の商談をする際には、すべて打ち明けることを事前に決めていた。

 最後にマルクは、こう付け加えた。


「いきなりこんな話をされても、俺たちが妖精の世界に行ったなんて、なかなか信じられませんよね?」


 お姉さんが「まあね」と短く答えた。

 すると、マルクが私に言った。


「なあ、オギュっち。木槌にしゃべってもらったらどうだ?」


 木槌の声は周囲の人々みんなに聞こえてしまう。そのため町中では、むやみにしゃべらないよう私は木槌にお願いしていたのだ。

 ずっと無言をつらぬいてくれていた木槌に私は言った。


「ねえ。どうやってしゃべれるようになったかを、魔法使いの人たちに説明してもらってもいい?」


 木槌は例の甲高かんだかい声で「イイゼ」と答えてから、魔法使いたちにこう言った。


「妖精ノ女王ノ魔法ニヨッテ、シャベルコトガ可能ニナッタンダ」


 木槌の声を聞くと、老婆は両目を見開いて「こりゃあ、素晴らしい」と言った。レーズンパンは食べ終わっていたようである。


 魔法使いたちは二人とも興味津々きょうみしんしんといった表情を浮かべていた。

 私は木槌を老婆に手渡した。

 彼女たちは、「こんな魔法を使える人間が、この町の周辺にいるとは思えない」とか、「これは本当に妖精の魔法なのかもしれない」とか、どこか楽しそうにつぶやいていた。


 それから木槌は、魔法使いたちにきちんと言ってくれた。


「オーギュストタチハ、『魔法ノ道具』ヲ、誰カカラ盗ンダリ、汚イ方法デ手ニ入レタリハ、シテイナイゼ」


 マルクが、再び会話に参加した。


「俺たちは妖精の女王から、こんな助言をされたんですよ。町に『信頼のできる魔法使い』が住んでいるのなら、手に入れた『魔法の道具』を見せて商談を持ちかけなさいって」


 マルクの話を聞いて、白髪はくはつの老婆がけらけら笑いだした。

 老婆は、お姉さんに言った。


「聞いたかい! このガキどもは、あんたのことを『信頼のできる魔法使い』だと思って声をかけてくれたんだよ。うれしいじゃないか、ええ?」


 老婆は再び、けらけら笑い出すと、今度は私たちに向かって言った。


「あんたたち、人を見る目があるようだね! 商談を持ちかけるなら、この魔法使いで正解だったよ。他の魔法使いに声をかけなくてよかったな。いーっひっひっひ」


 そう言われても私たちは、町にお姉さん以外の魔法使いの知り合いなんて一人もいなかった。

 彼女以外の魔法使いが町に住んでいるのかどうか、それさえわからなかったのである。


 老婆はマルクの頭にしわしわの手を伸ばし、銀髪をくしゃくしゃとでながら話を続けた。


「あたしらはね、『この町の子どもたちの味方』になるために派遣されてきた魔法使いなんだ」


 続いて、今度はお姉さんの方が口を開く。


「『この町で生まれる予定の勇者』ってのはさ、もしかするとすでに生まれている子どもの中にいるかもしれないんだ。だからあたしらは立場上、町の子どもたちの味方になって守ってやらなくちゃいけないんだよ。まあ、『勇者はまだ生まれていないだろう』って意見の方が強いんだけどね」


 お姉さんの言葉を聞きながら、勇者の話は私には関係のないことだと思った。

 マルクとパブロは町で生まれた子どもだったけれど、私は別の土地で生まれた子どもだったからである。私は勇者候補には該当がいとうしないのだ。


 老婆がマルクの頭から手を離して言った。


「とにかくあたしらは、あんたらにとって『信頼のできる魔法使い』でいなくちゃいけないね、いーっひっひっひ。いいだろう、あんたらの商談に協力してやろうじゃないか」


 町の魔法使いが二人、私たちに協力してくれることになった。

 しかし、お姉さんが発した言葉に、私たちは動揺どうようすることになる。


「ただねえ、ガキども。ひとつ問題があってさあ、こんな高価なものを買い取れる金が、ここにはないんだよ。あたしたちのことを信頼してくれているみたいだから、ちゃんとした値段で買ってやりたいんだけどさあ」


 マルクが尋ねた。


「そんなに高いものなんですか?」

「高いね。きちんとした相場ですべて売ることができたら、パン屋のステンドグラスなんか何十枚でも余裕で買える金額になるんじゃないかな? まあ、あのステンドグラスがいくらなのかは知らないけど、とにかく一財産ひとざいさんだよ」


 お姉さんの話を聞いて、私たち三人はその場で少し相談をした。

 それからマルクが言った。


「パン屋のステンドグラスさえ弁償できたら、俺たちはそれでいいんです。だから、きちんした相場じゃなくてもいいので、買い取ってもらえませんか?」


 子どもが大金を持っていてもろくな事にならないんじゃないか。私たちは、そんな結論を出したのである。

 お姉さんは首を横に振った。


「いやいや。あたしたちそれじゃあ、もうかりすぎちゃうから」

「お姉さんは、俺たちがパン屋の前で泣いていたときに飴玉あめだまをくれたじゃないですか。あれ、俺たちすごくうれしかったんです。だから、そのときの飴玉の代金としてその儲けを受け取ってください」

「高え飴玉だな」


 お姉さんはそうつぶやいて苦笑いを浮かべた。

 すると、老婆が二人の会話に口をはさんだ。


「まあまあ。ガキどもがあせる気持ちはわかるよ。でも、もう少しだけ知恵を出し合ってみようじゃないか、いーっひっひっひ」


 老婆の笑い声が部屋に響いた。

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