第4章 巣立ちの準備

019 第4章 巣立ちの準備

 日が暮れる少し前に、私たちは町に戻ることができた。

 妖精の『魔法の道具』は、ひとまずアニキがすべて預かってくれることになった。


『町の中で、もっとも安全に保管しておく方法は?』


 と考えたとき、私たちが思いついたのは『アニキの手元に置いておくこと』だった。


『妖精の女王の避暑地ひしょち』に行った話は、とりあえず私たち六人だけの秘密にしておくことにした。

 魔法使いのお姉さんに『魔法の道具』を買い取ってもらうときは、きっと打ち明けなくてはいけないだろう。けれど、そのときまではとにかく黙っていることにしたのだ。

 5歳児二人の言動から秘密が漏れる心配はあったが、みんなでそう決めたのである。


 翌日の午後。アニキは剣の修行が休めないとのことだった。

 マルクとパブロと私の三人は、布袋ぬのぶくろにまとめられた『魔法の道具』をアニキから受け取ると、パン屋の前の通りに向かった。

 パンを買いに来るだろう魔法使いのお姉さんと接触し、商談を持ちかけるためだ。


 ステンドグラスが割れてしまったパン屋の入り口の扉。それが嫌でも目に入った。

 カラフルなステンドグラスで飾られていた部分には、茶色い木の板がはめ込まれていた。

 私の胸はズキンと痛んだ。私でこれだけ痛むのなら、パブロなんかは胸をえぐられるような思いだったのではないだろうか。

 私もマルクも、パブロのそれを早くなんとかしてやりたかった。


 魔法使いのお姉さんは、前回会ったときとだいたい同じ時刻にやって来た。

 いつも通り、黒いとんがり帽子と魔法使いらしい雰囲気の黒い衣装を身につけていた。

 ボリュームのある茶色いロングヘアーを揺らしながら歩くお姉さんは、あいかわらず胸がとても大きかった。スカートのスリットからは、ふとももがチラチラと顔をのぞかせていた。


 すぐにお姉さんに会えたのは本当に運がよかった。会えなかったら私たちは、翌日もパン屋に行こうと考えていたのだ。

 マルクが先頭に立って、お姉さんに声をかけた。


「お、お姉さん! ちょっとお話いいですか? 5分……いや、3分だけでいいんで」


 下手なナンパみたいだった。

 これでもマルクは、私たちの中ではもっとも口が達者たっしゃな人間だ。

 ただ、昔から彼は自分の恋愛が関係してくると、普段の能力が発揮はっきできなくなるときがあった。

 マルクは頭の回転がいいと周囲に思わせることも多かったけれど、恋愛面ではバカだなと思わせることも多いのだ。

 初恋の人を相手にしている銀髪の少年は、いつもと違って少し頼りない感じだったのである。


 声をかけられたお姉さんは、首を小さくかしげた。


「んっ? ああ、お前たちか。話って何? アタシに何か用があんの?」


 お姉さんは私たち三人のことを、さすがに覚えていたみたいだ。ステンドグラスが割れたとき、現場に彼女もいたからだろう。


 マルクが袋の中の『魔法の道具』を見せようとしたのだけど、先にお姉さんがこう言った。


「ああ、でも……パンを買った後でいい? ぼやぼやしていると、好きなパンが売りきれちゃうから。その後でよかったら、いいよ。話くらい聞いてあげる」


 私たち三人は、お姉さんがパン屋で買い物を終えるのを待った。みんな緊張していたのか、マルクでさえあまり口を開かなかった。

 しばらくすると、カランコロンとドアベルが鳴って、お姉さんが店から出てきた。


「ガキども、待たせたな。それで話ってなんだよ?」


 お姉さんはパンが入った袋を手にそう言った。

 マルクが答えた。


「商談がしたいんです」


 そして私たちは、今度こそ袋の中身をお姉さんに見せることに成功したのだ。


 正直なところ、実際に魔法使いのお姉さんに見てもらうまでは、妖精の『魔法の道具』に本当に価値があるのか私たちは少し不安だった。

 ただ、袋の中身を目にしたお姉さんの顔つきが、あきらかに変わるのがわかった。

 その瞬間、本当に価値があるものだと私たちは確信したのである。




 国から派遣はけんされてきた兵士たちが暮らす兵舎へいしゃ

 そのそばに、二階建ての小屋があった。

 兵士たちといっしょに都会からやってきた魔法使いのお姉さんは、小屋でもう一人の魔法使いと二人で暮らしているとのことだった。


『魔法の道具』を目にしたお姉さんだが、パン屋の前でこのまま商談をするのはさすがに難しいと判断したみたいだ。

 私たちは彼女に連れられて、魔法使いが暮らす小屋に行くことになったのである。


 小屋に到着するとすぐに、黒いローブに身を包んだ背の低い老婆ろうばが一人出てきた。

 白髪はくはつの老婆で、彼女は私たち三人を見るなりこう言った。


「なんだい? そんなガキどもを連れて帰ってきて。にえにでもするのかい? いーっひっひっひ」


 たぶん魔法使いジョークだったのだと思う。

 お姉さんはピクリとも笑わず無言のまま、パンの入った袋を老婆に渡した。

 老婆はレーズンパンを取り出して、その場ですぐにかじりだした。椅子にも座らず立ったままである。


 一方でお姉さんは、マルクに指示を出した。袋の中身を老婆に見せるよう、うながしたのだ。

 言われた通りにマルクが『魔法の道具』を見せると、老婆はパンをかじりながら言った。


「もぉぐもぉぐ……おお! あんたら、こりゃあとんでもない代物しろものだよ、もぉぐもぉぐ」


 そのあと老婆はゴホゴホと盛大せいだいにむせた。

 パンを食べながらしゃべるから自業自得じごうじとくだと私は思った。床に小さなものが転がったのだけど、私は一瞬、老婆の歯が抜けたのかと勘違いした。だが、それはレーズンだった。

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