018 【第3章 完】約束ですよ

 記録係の少女は最後までビッド札を上げ続けた。小さななべを落札したのである。

 それから彼女は、続く『LOTナンバー35』の金属製の皿(五枚一組)も落札したのだった。

 皿は鍋と同じく、私がハンマー術の修行で制作したものだ。


 やがてオークションは予定の『40LOT』をすべて消化し、無事に終了した。

『LOTナンバー40』の落札を告げた後、私は客席に向かって言った。


「これにて、オークションは終了となります。みなさま、本日は最後までお付き合いくださり誠にありがとうございました」


 すると――。

 客席の妖精たちから一斉に、あたたかい拍手はくしゅが起きたのだ。

 続いて、私のいる竸り台に向かって、何か小さなものが飛んできたのである。


 まさかっ!

 ドングリかっ!?


 私は一瞬、ドングリを投げつけられたのかと思った。

 競り台の脇ではアニキが、腰の剣に一度は手を伸ばした。

 だが――。


 私に向かって飛んできた小さなもの。 

 それはドングリではなくコインだった。


 妖精の国の貨幣かへいが『おひねり』として投げ込まれたのである。

 アニキが最初のひとつを素手すででキャッチして、にっこりと微笑んだ。


 すぐにマルクが状況を把握はあくしたようで、あわててカゴを手に駆けつけてきた。

 どこにあったものなのかは知らないけれど、アニキがそのカゴを受け取った。

 金髪の天才少年剣士はそれから、競り台の前で華麗かれいな動きを見せると、客席のあちらこちらから次々と飛んでくるコインを、カゴを使ってすべて受け取ったのだった。


 やがて、おひねりが終わると――。

 妖精の女王が、私たち人間の子ども六人を全員集合させた。客席の前で横一列に並ばせたのである。

 そして客席の妖精たちから私たちに向かって、あらためて盛大な拍手が送られた。


 私たちは見事な演劇の舞台を終えた役者たちであるかのごとく、あたたかい扱いを受けたのだ。

 こうしてはじめてのオークションは、大成功に終わったのである。



   * * *



 落札代金の回収は、特に大きな問題も起こらずスムーズに終わった。

 競り台に投げ込まれた『おひねり』と合わせて、妖精の国のお金が私たちの手元にたくさん集まった。

 全部でおおよそ『4万ポッタ』といった具合だ。

 妖精の国では、りんごを400個くらい買えるはずである。


 オークションをする前に妖精の女王から提案されたことを、私たちは実行に移した。

 集めたおおよそ4万ポッタをすべて使って、女王から『魔法の道具』を購入したのである。


 キラキラした何かの羽根。爬虫類はちゅうるいか何かのうろこ。甘い香りがする木の棒。白く美しいきばのようなもの。ビンにめられた乾燥した植物の葉。などなど――。


 それらがどんな『魔法の道具』なのか、私たち子どもにはわからなかった。

 女王が言うには、きちんとした人間の魔法使いに見てもらえば、価値がわかるとのことだった。


 女王が売ってくれた『魔法の道具』が、本当に『4万ポッタ』という金額と釣り合うものなのか、私たちには判断できなかった。

 なんとなくだけど、女王は私たちに4万ポッタよりも、もっとずっと高価な魔法の道具を売ってくれたのではないか――その場で私はそう感じていた。


 それから妖精の女王は、私たち人間の子どもたちの『今後の幸運』を祈らせてほしいと言ってきた。

 女王は私たち人間の子どもたち一人ひとりの前に順番に立った。そして一人ずつ丁寧に何やら祈りの言葉をつぶやいてくれたのだ。

 女王は最後に私の前に立って祈りを終えると、こんなことを言った。


「オークショニアくんが首から下げている木槌から、わたしは強い思いを感じます。その木槌は、いったいどういったものなのでしょうか?」


 そう言われて私は、父親からもらった大切な木槌であることを女王に伝えた。


「なるほど、お父様の木槌でしたか」


 女王はそう言ってうなずくと、こんな提案をしてきた。


「ねえ、オークショニアくん。その木槌の声が聞こえるよう、わたしが魔法をかけてもよろしいでしょうか? これだけの強い思いが込められている木槌でしたら、きっと素敵な声を聞くことが出来ます」


 木槌の声……?


 よくわからなかったが、私はなんとなくそうした方がいい気がした。

 妖精の女王がせっかく提案してくれたのだ。私は、木槌に魔法をかけてほしいとお願いした。


 妖精の女王は、私から木槌を受け取ると魔法の詠唱えいしょうをはじめた。

 次の瞬間――。


「オイッ! オーギュスト! ヨウヤク、オ前ト話ガ出来ルナ! ズット話シタカッタンダゼ?」


 なにやら甲高かんだかい声が、木槌から発せられたのである。

 男の声とも女の声とも、どちらとも断言できない奇妙な声だった。


「き、木槌がしゃべったっ!?」


 と、私は声をあげた。

 私以外の子どもたちも驚いてざわついた。

 女王はにっこり微笑むと言った。


「ふふっ、成功しましたね。オークショニアくん、この木槌はたった今からしゃべれるようになりました。妖精の国の外に出ても魔法の効果は消えません。自分たちの町に帰ってから、木槌とゆっくり会話してみてください」


 それから女王は、私たちを敷地の外まで見送ると言った。

 私たちは夕方までには自分たちの町に帰らなくてはいけなかったので、そろそろ時間がなかったのだ。


 屋敷を出ると私たちは、広い庭を移動しはじめた。

『しゃべる木槌』について、もう少し詳しく女王に尋ねたかったのだけれど、私は女王に質問するタイミングを失ってしまったのである。

 木槌の方も最初にしゃべって以来、ずっと黙ったままだった。


 やがて私たちは、敷地の出入り口にたどりついた。

 妖精の少年・サンドロと戦ったあの場所である。


 豪華な装飾が施された金属製の門扉もんぴの前には、リザとサンドロが立っていた。

 それと十数人の男女の妖精たちが整列しており、その中にはオークションで記録係をしてくれたメイド見習いの女の子の姿もあった。


 女王が言うには、門扉の前に並んでいる妖精たちが、最後に見送りの歌を聞かせてくれるらしい。

 さっそく女王の指揮で、妖精たちが歌いはじめた。


 旅立つ人を励ますようなそんな歌詞だった。

 歌の中盤あたりで、一人だけ歌詞を間違えた男の妖精がいて、指揮者である女王からその場でドングリを投げつけられていた。

 下見会で私にポケットの中のドングリを見せつけて、からかってきたあの男の妖精だった。

 下手クソにドングリを投げつけるという妖精の風習は、どうやら本当にあるみたいだ。


 歌が終わるとサンドロが、アニキに近づいてきた。

 サンドロはずっと前に意識を取り戻していたようだが、下見会にもオークション本番にも顔を出してはくれなかった。

 けれど、見送りにはこうしてやって来たのだ。

 彼はアニキに言った。


「おい、お前! お前がこいつらのリーダーなんだろ? 次に戦うとき、俺は負けんぞ! 今回の戦いは、俺はあんまり記憶がないんだ。だから負けた気がせんな! 人間ども、次は俺が勝つから覚悟しておけよ! はっはっはっ!」


 どうやらサンドロは見送りに来たわけではなく、リベンジすることを私たちに伝えに来たようだった。


 しかし、次があるのだろうか?

 私たちは再び妖精の女王の避暑地ひしょちに来ることができるのか?


 アニキとサンドロを眺めながらそんなことを考えていると、私は背中をとんとんと軽く叩かれた。

 振り返ると、記録係をしてくれたあのメイド見習いの女の子がそこに立っていた。


「あの、オークショニアさん。お願いがあるんですけど」


 メイド服姿の少女が、私にそう言った。


「お願い……ですか?」


 私がそう尋ねると、彼女は淡いピンク色の髪を揺らしながらこくりとうなずいた。


「はい。あの、オークショニアさん。今日からちょうど一週間後の朝、森の入口に来てもらえないでしょうか? その……できましたら、オークショニアさんお一人で……」


 私だけに何か相談があるとのことだ。

 詳しい内容は「ここでは言えない」ようだった。


 彼女の表情はあまりにも真剣で、大切な相談が本当にあるのだとこちらにも充分に伝わってきた。

 そもそも、記録係としてオークションを手伝ってもらった義理ぎりがあったため、彼女の願いを断るのは難しいと感じた。


 加えて彼女は、私が制作した鍋と皿をオークションで落札してくれた女の子だ。

 私はそのことをうれしく思っていたので、彼女が何か困っているのなら、力になってあげたいと思った。


 そしてなにより――。

 オークション中に長机から競り台に向かってあんなふうに声をかけてきたときから、私はなんだか彼女の存在が、少し気になりはじめていた。

 正直なところ私は、記録係をしてくれたそのメイド見習いの女の子に興味を持っていたのだと思う。


 私は彼女の願いを受け入れると、待ち合わせの時間を決めた。

 彼女は私に向かってペコリと頭を下げると、「じゃあ、約束ですよ」と言ってにこっと微笑み、うれしそうに去っていった。


 それから私たち人間の子どもは、妖精の女王の避暑地を後にした。

 屋敷で働く大人の妖精が私たちを、リザと出会ったあの森の入口まできちんと連れていってくれたのだった。

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