017 メイド見習いの女の子
『LOTナンバー1』が無事に終わると、私はその後も順調にオークションを進行することができた。
オークション中の『落札者の番号』と『落札価格』なのだが、すべてパブロが記録してくれていた。
客席から少し離れた場所に長机を置き、彼にはそこで記録係をしてもらっていたのだ。
ちなみに5歳児二人は、パブロの右隣に横並びで座っていた。彼女たちは大人しくオークションを眺めていたのである。
そしてパブロの左隣には、屋敷のメイドさんが一人座っていた。
もう一人の記録係だった。
正確にはメイドではなく、『メイド見習い』として働いている妖精の少女らしかった。
屋敷では一番下っ端のメイドとのことだ。
彼女にも『落札者の番号』と『落札価格』を、パブロとは別の紙に独自に書き残してもらっていた。
とにかく若いメイドさん――というか、私たちと同じくらいの年齢の少女だった。
どう見ても10~12歳ほどで、女王の娘のリザよりも少し年下という雰囲気である。
髪は他の妖精たちと同じく淡いピンク色で、肩に触れる程度の長さ。
頭には白いフリルの付いたヘッドドレス。首から下には、黒と白を
そんなわけで『オークションの記録係』は、メイド見習いさんとパブロのダブルチェック体制で取り組んでもらった。
それに加えて実は私も、オークションを進行しながら競り台の上に用意しておいた紙に、落札者の番号と価格をすべて書いておいた。
万が一に備え、三人体制で書き記していたわけである。
さらに私は『アンダービッダー』も記録しておいた。
アンダ―ビッダーとは、会場で落札者の次に高い価格をつけていた入札者――つまり二番手となり落札できなかったお客さんのことである。
オークションでは、あらかじめ様々なトラブルを想定し、落札者だけでなく二番手も念のために記録しておくのだ。
オークション会社によっては、競り台の脇に『アンダービッダー担当者』が立つこともあった。
会場の二番手をチェックしておくと同時に、競り台のすぐそばでオークショニアをサポートする役でもある。
アンダービッダー担当者はけっこう
オークショニアをところどころ手助けしながらも同時に、アンダ―ビッダーとなった二番手のお客さんの番号と、二番手の金額を常に記録しておかなくてはいけないからである。
当時、私たちのオークションでは、アンダービッダー担当者が立つ場所にはアニキが立っていた。
アニキは、飛んでくるドングリを叩き斬る役だった。
そのため、客席のアンダービッダーを記録する役割を、私は彼に頼まなかった。
私としては、守り神のようなアニキが競り台のそばにただ立ってくれているだけで、もう充分だった。
だから、アンダービッダーの番号と金額は、自分でメモしたのだ。
やがて――。
『40LOT』の出品物があったオークションも、いよいよ終わりが見えてきた。
競りがもっとも盛り上がったのは、『LOTナンバー33』の
トレイに乗せた二本の羊羹を、マルクが競り台の脇に持ってくると、客席の最前列に座っていた女王とその娘の目つきがあきらかに変わったのだ。
私は二本の羊羹を指し示しながら言った。
「それでは『LOTナンバー33』は、羊羹の二本セット。こちらは『500ポッタ』からスタートしましょう! 500ポッタ! 500ポッタ! いかがでしょうか?」
『500ポッタ』からのスタートは、自分でも強気な気がした。
しかし、下見会のときから女王とリザが買う気満々だった。そんな印象が強かったため、スタート価格はこれくらいが
加えてこれは下見会中の出来事だったのだが、女王やリザ以外の妖精たちも、羊羹がアニキの出品物だとわかった瞬間から
羊羹に人気が集中することは、私は事前に予想できていたわけである。
アニキの出品物である木彫りの猫や犬は、実際に予想をはるかに上まわる高値で落札されていた。アニキが関わっている出品物はすべて、強気に勝負しても何の問題もなかったのだ。
「800ポッタ! 900ポッタ! 1000ポッタは16番の方からのビッド! 1100ポッタ! 1200ポッタ! 1300ポッタは34番のお客様っ!」
客席のあらゆる場所からビッド札が上がっていた。
リザや女王がもともと欲しがっていた羊羹に、アニキの人気が加わっていたのだ。
『LOTナンバー33』の羊羹二本セットが、激しく競り上がっていくのは当然のことだった。
価格はどんどん上がり続けたが、最終的には予想していた通りの光景が私の目に飛び込んできた。
やはり、二人の
『1番』のビッド札を持つ妖精の女王と、『2番』のビッド札を持つ女王の娘である。
「4000ポッタは1番のお客様からのビッド! 続く4500ポッタは2番のお客様! 5000! 5500! 6000っ!」
両者一歩も
二人とも客席の最前列で、ビッド札を上げっぱなしなのである。
羊羹は二本セットだ。
事前に二人で相談し、価格を競り上げずに安値で落札して、母と娘で一本ずつ分けることは可能だったはずである。
けれど彼女たちは、二人だけで価格をどんどん競り上げていった。
おそらく、親子でまだケンカをしていたのだと思う。
私たちのオークションに限らず、大人たちが運営するきちんとしたオークションでも、仲の悪いお客さん同士が互いの邪魔をしながら価格を
しかし、憎しみ合っている業者間で起こることはあるけれど、母と娘でこういう状況になるのは……。
正直、なかなかの
まあ、オークションを開催している側からしたら――申し訳ないけれど――よろこばしい状況だった。
「9000ポッタは1番のお客様! 9500ポッタは2番のお客様! 1万ポッタは再び1番のお客様!」
羊羹の二本セットは、ついに『1万ポッタ』まで競り上がった。
りんご100個分の価格である。
1万ポッタという『キリのいい数字』でビッド出来たのは『1番』の札を持つ女王の方だった。
対して娘のリザは――。
自分が決めていた予算が『1万ポッタ』を上まわることは、どうやらなかったみたいである。
「1万ポッタ! 1万ポッタ! 現在、1万ポッタは1番のお客様です! さらにビッドされる方はおられませんか?」
私は客席に問いかけた。リザは
女王の持つ『1番』のビッド札以外、会場で上がっている札はなかった。
ようやく決着がついたのである。
私はオークションを進行した。
「よろしいですね? それでは落札いたします」
宣言してから、ハンマーを打ち鳴らす。
カンっ――と乾いた音が会場に響いた。
「1番のお客様、1万ポッタで落札です」
そう告げた瞬間。会場の妖精たちが一斉にどよめいた。
私だって当然びっくりしていた。
アニキの羊羹は、もともとオークションの出品物としてではなく、お昼ごはん用に持ってきたものなのだ。
それが……今回のオークションで、もっとも高額なものになるなんてっ!?
私たちの中のいったい誰が予想できていただろうか?
それから続く『LOTナンバー34』でも、私は驚かされることになる。
マルクはトレイに乗せた羊羹を引っ込めると、続いて小さな
『LOTナンバー34』として競りにかけられた出品物。
それは、私がハンマー術の修行で制作した金属製の鍋である。
会場のどよめきがまだ少し残っている中、私はオークションを進行した。
「『LOTナンバー34』は、こちらの鍋です。それでは『10ポッタ』からスタートしましょう! 10ポッタ! 10ポッタ! ビッドする方はおられますか?」
いくつかビッド札が上がって、私は安心した。
私の鍋に買い手がつきそうだったのだ。
客席のビッド札を順番に指し示しながらオークションを進行していった。
しかし、しばらくすると――。
「すみませーん! オークショニアさーん! わたしもビッドしていまーす! こっちの札も見てくださーい!」
やんわりとしたクレームのようなものが、競り台の私に届いたのである。
少し驚いて声のした方向に顔を向けると。
「オークショニアさーん! その鍋の競りに、わたしも参加していまーす!」
そうやって大きな声を出していたのは、客席から少し離れた長机でパブロといっしょに記録係をしていた妖精の少女だった。
メイド服姿の彼女が、淡いピンク色の髪を揺らしながら『3番』のビッド札を右手で高らかと上げていたのである。
彼女の表情は真剣そのものだった。本気で競りに参加していることがうかがえた。
ええっ!?
記録係の子も、オークションに参加するのっ!?
私は彼女のことを、完全に『オークション運営側のスタッフ』と見なしていた。
だから、記録係の少女がビッド札を上げている光景は、とても衝撃的だったのである。
運営側のスタッフである彼女が、お客さんとして競りに参加してくるとは予想していなかったのだ。
そして、この日のオークションでの出会いが、記録係をしてくれた少女と私との長い長い付き合いのほんのはじまりにすぎなかった――なんてことは、さらに予想できていなかったのである。
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