016 りんごがひとつ『100ポッタ』

 本格的なオークション会社であれば、会社のロゴがデザインされたり台が、客席の正面に設置されていることだろう。

 竸り台で競売人オークショニアが、カッコよくオークションを進行するのだ。


 妖精の屋敷には、当たり前だけどきちんとした競り台なんてなかった。

 代わりに私は、自分の背の高さに合わせた適当な机を用意してもらって、競り台としたのだった。


 竸り台の上に木の板を一枚置くと、いつもは首から下げている木槌を右手に持った。

 戦闘時ではないので魔力は込めず、ハンマーサイズは普段通りである。


「落札します」


 そう口にすると私は、右手のハンマーで木の板を打ち鳴らす。

 カンっ――と乾いた音が会場に響いた。


 私の目の前には、誰も座っていない客席が広がっていた。

 本番を想定しての練習だったのである。


 そんな私の様子を脇で見守っていたマルクが言った。


「オギュっち、大丈夫そうだな。カッコいいぞ!」


 アニキが笑顔を見せてくれた。


「素敵だよ、オギュっちくん。もう完全にボクたちのオークショニアだね」


 パブロは不器用に微笑んだ。


「オギュっちなら、きっと上手くやれる……自分はそう思う」


 5歳児二人はパチパチと、私に拍手を送ってくれた。

 みんなのおかげで私は、オークショニアとしてデビューすることに、少し自信を持つことができたのだった。


 そもそも幼いころから私は、父親のオークショニア姿を充分に目に焼き付けていた。

 オークショニアとしての言葉遣いや立ち振舞いなんかを、たくさん見聞きしてきたのだ。

 仮に自分がオークショニアになれた場合のイメージトレーニングも、昔から数え切れないほど繰り返していた。

 理想とするオークショニア像も、ぼんやりとだが浮かんでいた。


 だから私は10歳にして、オークショニアとしてデビューするための下地みたいなものが、なんとなく出来ていたのだと思う。


 オークションは『競り上げ方式』で行うことにしていた。

 安い価格からスタートして、会場の客の参加具合に応じて価格を上げていくやり方である。


 ちなみに、リザたちの国の通貨単位は『ポッタ』というらしい。

 屋敷で働いている妖精たちに尋ねたところ、りんごがひとつ『100ポッタ』くらいで買えるそうだ。


 みんなと相談して、とりあえず出品物はすべて『10ポッタ』からスタートしてみたらどうか、ということになった。

 持ってきた物が売れ残っても仕方がない。だから、りんごの10分の1くらいの安い価格からスタートして、すべて売り切ってしまおうと考えたのだ。

 そうして準備が整うと、いよいよ妖精たちに客席に座ってもらった。


 お客さんとしてやってきた妖精たちには、『ビッド札』と呼ばれる番号の書かれた札を渡した。

 競りにかけられている出品物がほしいとき、ビッド札をオークショニアに向かって上げてもらうのだ。

 厚めの紙に私たちが番号を書いただけのものだったから、まあ、たいした札ではなかった。


 オークション開始時刻の14時になると、まずは女王が客席の前に立った。

 彼女は妖精たちに向かって話しはじめたのだ。


 人間の子どもたちのオークションに協力してあげてほしいとか。

 わたしのことは気にせず、ほしいものがあったときは自由に札を上げて参加してほしいとか。

 そんな話だった。

 確かに女王が札を上げた瞬間、周りのみんなが気をつかってビッド札を下げてしまったらオークションにならない。


 話が終わると女王は、客席中央の一番前に座った。女王の隣には、娘のリザが座っていた。

 女王が『1番』のビッド札を手にしており、リザは『2番』のビッド札だった。


 札は最終的に『35番』まで配られた。35人の妖精がオークションに参加してくれるのだ。

 ビッド札を受け取らず、見学しに来ただけの妖精たちなんかもいた。

 下見会には一度も来なかった妖精たちも、本番には顔を出してくれた。


 そのため、用意した30脚ほどの椅子では足りずに、会場では立ち見が出るほどだった。

 屋敷ではけっこうな数の妖精が働いていることを、私はオークション本番になってはじめて知ったのだ。

『さすが一国の女王の屋敷だ。たくさんの妖精が働いている!』と少し驚いたものである。


 オークションのスタートとなる『LOTナンバー1』の作品は、マルクが出品した本だった。

 銀髪の少年が竸り台の左脇にやってきて、一冊の本を客席に向かってかかげた。

 竸り台の右脇ではアニキがニコニコ微笑んでいた。ドングリが飛んできたら全部叩き斬ってくれるのだ。


 ごくりと一度だけツバを飲み込んでから、私は口を開いた。


「みなさま、お待たせいたしました。オークションを開始いたします」


 客席に向かってそう言った瞬間――。

 オークショニアだった父親が、なんだか自分に乗り移ったような気分になった。


『父ならきっと、こうしゃべるだろうな』とか『父ならきっと、こんなふうに動くだろな』というのが、ぼんやりと頭の中に浮かんできた。

 オークショニアとしての私の基礎の基礎になっているのは、幼いころからずっと眺めていた『父親の姿』なのだ。


 私はマルクが掲げている本を指し示しながらこう言った。


「『LOTナンバー1』。こちらの本は『10ポッタ』から競りを開始いたします。落札を希望される方は、お手元のビッド札を使って参加してください。それでは、10ポッタからスタートです! 10ポッタ! 10ポッタ! ビッドしてくださる方はおられますか?」


 すぐに会場で複数のビッド札が上がった。

 りんごの10分の1ほどの価格からスタートしていたので、妖精たちも気軽に札を上げやすかったのだと思う。

 たくさんの札を指し示しながら、私は徐々に価格を競り上げていった。


「7番の方から、30ポッタのビッド! 続く35ポッタは12番のお客様から! 40ポッタは21番の方! 45ポッタは再び7番のお客様からのビッド!」


 りんごが『100ポッタ』の世界で、『10ポッタ』からのスタートはさすがに安すぎたみたいだ。

 価格のきざはば序盤じょばんは『5ポッタ』にしていたのだけど、私は進行状況に合わせて刻み幅を大きくしていった。


「120ポッタは8番の方! 140ポッタ! 160ポッタ! 180ポッタ! 200ポッタは12番の方からのビッド!」


 会場のビッド札は、まだまだたくさん上がり続けており、勢いは止まらなかった。

 マルクが持ってきた本は、やはり人気があったのだ。


「750ポッタは7番の方! 800ポッタは27番の方からのビッド!」


 スタート価格の80倍になったところで会場のビッド札は、ようやくふたつだけにしぼられた。

『LOTナンバー1』の本は、妖精たちにとってりんご8個分くらいの価値なら確実にあったのだろう。

 やがて――。


「1000ポッタは27番からのビッドです! 1000ポッタ! 1000ポッタ! 他のお客様はおられませんか?」


 会場のビッド札は『27番』をひとつを残して、すべて下げられた。

 これにて、勝負がついたのである。


「他におられませんね?」


 客席に向かって最終確認をすると、私は宣言した。


「それでは、落札します」


 ハンマーを打ち鳴らした。

 カンっ――と乾いた音が会場に響く。


「27番のお客様、1000ポッタで落札です」


 客席に向かってそう告げると、妖精たちから拍手が起こった。

 まずは1LOT、子どもの私が競りを成立させたことを祝ってくれたのだ。

 やはりみんな、お祭り気分だったのだと思う。


 会場のあたたかい雰囲気に胸があつくなると同時に、気分がほんの少しだけ軽くなった。

 とにかく、私のはじめての競りはそれなりに上手くいったようだった。


 マルクが出品した本はこの後も、まだ数LOT続くことになっていた。

 さすがに本に関しては、次からは『10ポッタ』の激安スタートはやめておこうとすぐに方針を見直した。

 オークションが無駄に長引いてしまうと、客席の熱が下がってしまう。

『300ポッタ』からスタートして、『50ポッタ』ずつ価格を競り上げていくのが妥当だとうなんじゃないだろうか。その場で私はそう考えた。


 妖精の世界の相場なんて、やっぱりわからなかった。

 だから、オークションを実際に進めながら自分の頭で考え、臨機応変りんきおうへんに対応していくしかなかったのだ。


 大人になってから思い返すと――。

 はじめてのオークションで、私はとんでもない勢いでたくさんのことを学べたんじゃないかと思う。


『やはり、イメージトレーニングだけでは身につかないことがある』


 そんなことを私は、実際にオークションを開催してみて肌で感じたのだった。


 あれは子どものお遊びのようなものだったかもしれない。

 けれど、10歳にして実際にオークションを開催することができたのは、将来『国家公認のオークショニア』を目指す自分にとっては本当に幸運なことだった。

 私は協力してくれた仲間たちや妖精たちに心から感謝している。

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