015 はじめての下見会

 屋敷で働いている妖精たちが、仕事の手を休めて下見会の会場に来てくれた。

 おそらく女王が、下見会に顔を出すようみんなに声をかけてくれたのだと思う。


 立派なオークションだったら、『オークションカタログ』が用意されていただろう。出品物の情報や予想落札価格エスティメートなんかが記載されているものだ。


 もちろん、オークションカタログなんてものは用意できなかった。

 そもそも予想落札価格エスティメートを私たちが提示できるわけもないのだ。

 リザたちが暮らす妖精の国の通貨の相場をまったく知らないのだから。正直、価格の予想どころではない。

 その辺のことは、当時の私たちは何も考えていなかったのである。


 下見会に来てくれた妖精たちにはテーブルの上の出品物を実際に見てもらい、ほしいものがあれば『LOTナンバー』をメモしておいてもらうことにした。

 アニキが出品した食べ物と、マルクが出品した本などに人気が集まった。

 下見会中、私たちは出品物のそばに立ち、妖精から質問があればそれにきちんと答えた。


 人間の子どもの中でもずば抜けて外見が美しいアニキの周囲には、妖精たちがたくさん集まった。

 出品されている木彫りの猫や犬が、アニキの自作のものだということが妖精たちに伝わると、みんな欲しがった。

 事前に私が予想していたよりも、木彫りの猫や犬に人気が集中するような気がした。

 作品自体の価値より、誰が作者であるかによって物の価値が変わる。そんな典型的な状況となっていたのだ。


 大人になるとわかるのだが、たとえば絵画なんかでも、ものすごい美男子とか美女の作家が描いたものは『作品本来の価値以上の高値で取り引きされている』と感じるケースがあったりする。

『作品本来の価値を重視して値段をつける客』もいれば、『誰が作者であるかを重視して値段をつける客』もいるのだ。


 まあそれが、オークションの面白い部分なのかもしれない。

 理由は人それぞれだから、落札する側が納得のできる金額で落札すれば、それでいいのだと思う。


 正午を少し過ぎたあたりで、下見会の会場に食事が届けられた。

 妖精の女王が手配してくれたのだ。

 下見会の会場には、常に誰かが立っているようにしておきたかったので、私たちは交代しながら手早くお昼ごはんを食べた。


 サンドイッチなど手軽に食べられるものが中心だった。私たち六人がお腹いっぱい食べても少し余るくらいの量があった。

 みんなは「とてもおいしい」と、喜んで食べていたのだけど、私はとにかく緊張していたからどんな味だったのかあまり覚えていない。


 しばらくすると、女王が下見会にやって来て、私たちの出品物を物珍しげに眺めていった。

 お付きのメイドが一人いて、女王が興味を持った出品物の番号をこまめにメモしていた。

 女王がもっとも興味を持った出品物は、娘と同じく羊羹ようかんだった。娘からその味について、何か聞かされていたのかもしれない。


 もしも女王が羊羹を落札したら?

 さすがに一国の女王なわけだから『お毒見役どくみやく』なんかがいるのだろうか。

 人間の子どもが持ち込んだ謎の食べ物だから、食べる前に毒などが含まれていないかを調べることができる魔法でも使用するのだろうか。

 まあ、当時の私は子どもだったので、その場でそんな疑問は浮かばなかった。


 というわけで屋敷の妖精たちが、会場に来てくれたのだが――。

 下見会に来た男の妖精の一人が、私たちにこんなことを言った。


「妖精の世界ではな、演劇なんかの舞台で下手な演技をすると、客席からドングリを投げつけられる風習があるんだ。今回のオークションも下手クソだったら、客席からドングリが飛んでくるかもしれないぜ? へへっ」


 妖精のなかにも性格の悪いやつがいて、そんなことを口にしながらポケットの中に集めたドングリを私に見せつけてきたのだ。

 おそらく冗談半分でからかってきただけなんだと思う。

 けれど、子どものころの私はに受けてしまい、すっかり緊張してしまったのだった。


「オークション中にドングリを投げつけられたらどうしよう……」


 私がぶつぶつと不安そうにつぶやいていると、アニキが紙にこんな言葉を書いてくれた。


《オークショニアに向かって

 ドングリを投げないようお願いします》


 アニキはニコッと天使のように微笑んで言った。


「オギュっちくんなら、ボクは大丈夫だと思うよ。それにオークション中は、オギュっちくんの隣にはボクが立ってあげるからね。万が一、客席からドングリが飛んでくるようなことがあったら、全部叩き斬ってあげるからさ」


 それからアニキは、追加でこんな言葉も紙に書いてくれた。


《ボクたちは、生まれてはじめてオークションをします。

 どうか少しくらいの失敗は、大目に見てください》


 そして二枚の紙を、オークション会場の入口に貼ってくれたのである。

 どちらの貼り紙も、生まれてはじめて競売人オークショニアを務める私の身を案じてのものだった。

 当時、不安な気持ちに飲み込まれていた私にとっては、優しさにあふれた素敵な貼り紙だったのである。


 こうして10歳の少年だった私は、『オークショニア』としてのデビュー戦に挑むことになった。

 もっとも、私が自分の将来の夢として掲げていた『国家公認のオークショニア』と比べてしまうと、文字通り子どものお遊びのようなオークションだったわけだ。


 けれど、大人になった今でも、私にとってこれ以上の素敵なデビューの仕方はなかったのではないかと思う。

 たとえ私が何度も生まれ変わって、そのたびにオークショニアになるような人生が待っていたとしても、このとき以上に素敵なデビューの仕方は絶対にないと断言できるのだ。


 みんなの優しさがこれほど詰まったオークションでデビューできたこと――。

 それは、私の競売人オークショニア人生にとって、最高に恵まれたスタートだったと思う。


 オークションの開始時刻だが、14時を設定していた。

 夕方には自分たちの町に帰っておきたかったので、じっくり下見会をする時間の余裕はなかったのである。


 広々とした会場の一角に、お客さん用の椅子を30脚ほど並べてもらうと――なんとなく20~30人くらいしか参加しないと予想していた――いよいよ私たちは、オークションを開始したのだった。

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