014 妖精の女王の提案

 妖精の女王は、娘の説教せっきょうなんかはとりあえず後回しにしたみたいだった。

 まずは私たちのオークションをどのように開催したらいいか、真剣に相談に乗ってくれたのである。

 妖精の世界でも地位の高い存在なのに、人間の子どものためにきちんと知恵を貸してくれたのだ。


 オークション開催の許可を与えられ、さらに会場まで女王の方で用意してくれることになった。

 私たちにとっては、本当にありがたい状況だ。


 もしかすると女王は、避暑地ひしょちで過ごす休暇に少し退屈していたのかもしれない。

 そんな状況で舞い込んだ人間の子どもたちのイベントは、ちょっとした刺激もあったし、お祭り気分のような雰囲気も含んでいたし、初々ういういしくて可愛らしくもあったのだと思う。


 妖精の女王は私たちに言った。


「割ったステンドグラスの弁償べんしょうということになりますと、人間の世界の通貨が必要ですね。しかしながら、わたしたちの国では『人間界の通貨』は流通していないんですよ」


 オークションで落札してもらった品物の代金は、とりあえず『妖精界の通貨』で支払ってもらうしかなかった。

 ただ、妖精界の通貨をそのまま人間の世界に持って帰ったところで使えない。

 すると女王が、こんなアイデアを出してくれた。


「あなたたちの町に魔法使いは住んでいますか? もし魔法使いが住んでいるのでしたら、人間の魔法使いを相手に高値たかねで売れる『魔法の道具』なんかをいくつか用意できるのですが」


 女王の提案を、ざっくり説明すると――。


 まず、私たちがオークションを開催して『妖精界の通貨』をかせぐ。

 次にその稼いだお金で、妖精の女王から『妖精の魔法の道具』をいくつか購入する。

 最後に『妖精の魔法の道具』を、私たちの町に住んでいる魔法使いに『人間界の通貨』で高値で買い取ってもらうのだ。

 そういう流れである。


 リザたちが暮らしている妖精の小国は、魔法文化が特に栄えている国とのことだった。

 魔法関連の道具の生産に関しては、妖精の世界でも一目置いちもくおかれているらしい。

 そんな妖精の国の魔法の道具は、人間界では滅多めったに流通しておらず、まず間違いなく高値で売れるはずとのことだった。


「子どもたちよ。あなたたちの町に、子ども相手でもきちんとした取り引きをしてくれる信頼のできる魔法使いが住んでいるといいのですが……」


 女王の言葉を聞いて、私もマルクもパブロもすぐにある人物が浮かんだ。

『魔法使いのお姉さん』である。パン屋の前で私たちに白いパンツを見せてくれた例の美しい人だ。


 当時の私たちは、お姉さんと親しいわけではなかった。

 けれど私たち三人は、実際に彼女と会話した経験から――特に根拠こんきょはないけれど――信頼のできる相手だとなんとなく考えていた。


 ステンドグラスを割ったあの日。パン屋の前で泣いていた私たち三人をなぐさめるために、何も言わずに飴玉あめだまをひとつずつ手渡して去っていった彼女のことを、悪い魔法使いだとは思えなかったのである。


 そんなわけで、私たちは妖精の女王の提案を受け入れた。妖精の屋敷でオークションを開催することにしたのだ。

 ただし、急な開催だったので、お客さんは屋敷で働いている妖精たちくらいしか集められないだろうとの話だった。避暑地である屋敷の周辺には、他の妖精たちはほとんど住んでいないらしかった。


 もちろん、こちらとしても贅沢ぜいたくは言っていられない。

 屋敷の妖精たちにお客さんになってもらえるだけでも充分にありがたい話だ。

 私たちはみんなで妖精の女王にきちんとお礼を伝えた。それから早速オークションの準備にとりかかったのである。




 妖精の少女・リザの案内で、私たちはオークション会場となる広間に到着した。

 大人を100人は余裕で収容できるだろう広間だった。子どもたちが開催するオークションの会場としては、さすがに少し広すぎたかもしれない。


 天井が高く、豪華なシャンデリアがるされていた。

 外の光をとり入れるための大きな窓がいくつもあったため、昼間の室内はとても明るかった。


 大人になってから思い出してみると――。

 もしかするとあの広間は、本来はちょっとしたダンスホールのような使われ方をされていた場所だったんじゃないかと思う。

 けれど、子どものころの私は、さすがにそこまではわからなかった。


 リザが私たちに言った。


「とりあえず、わたしの説教は後回しだそうです。今は全力でオークションに協力するよう母から言われました。なにか必要なものがあれば、わたしに言ってください」


 すると、みんなの視線が私に集まった。

 私以外の人間は誰も、どうしていいのかわからなかったからだと思う。

 マルクが言った。


「なあ、オギュっち。オークションに関してはお前がリーダーだ。だから、俺たちになんでも遠慮えんりょなく言ってくれていいんだぜ? さあ、指示を出してくれ」


 みんなが、うんうんとうなずいた。

 私が指示を出さないと何も動き出さない雰囲気だった。


「それじゃあ――」


 私はテーブルをいくつか貸してもらって広間に並べた。みんなが持ってきた出品物をそのテーブルの上に展示するのだ。

 出品物はあれこれみんなで相談しているうちに徐々に増えていき、最終的には40LOT分が展示されることになった。


 1点で1LOTとして出品するものもあれば、3点セットを1LOTとして出品するセット販売のものもあった。

 オークション本番では、この1LOT単位でそれぞれりにかけられるのだ。


 子どもが集めてきた出品物だったので――言葉は悪いが――ゴミみたいなものも多かった。

 けれど、ほんの少しくらいは価値のありそうなものもあった。

 たとえばマルクは、もう読まなくなった古い本を何冊か持ってきていた。子ども向けの冒険小説とかそんなものだ。それをセット販売とはせずに、1冊ずつ出品するとのことだった。


 妖精たちは人間の世界の書物に興味を持ちそうな気がした。リザが何冊か手にとって真剣な表情で読んでいたからである。

 当時、子どもだった私は深く考えていなかったけれど、出会った妖精たちと私たちとで、使用する言語が同じだったのは幸運なことだったと思う。

 会話も可能だったし、共通の言語で書かれた本を読むこともできたからだ。

 マルクの本も、妖精相手に充分に売り物になったのである。


 アニキは、自作の木彫きぼりの猫や犬なんかをいくつか出品した。手のひらに収まるくらいの小さなもので、子どもの作品にしては上出来だった。


 剣の修業の一部なのかは知らないけれど、アニキはよく川辺で大きな石の上に腰かけて、木彫りをしていた。

 そのときに作ったものだと思う。こちらもセット販売とはせずに、1点ずつ1LOTとして出品することになった。

 高値にはならないだろうけど、誰かが気に入って買ってくれそうな予感がした。


 他にもアニキは羊羹ようかんを二本テーブルの上に展示した。二本セットで1LOTとして出品したのだ。

 森でリザがおいしそうに食べていたので、妖精相手に売れると考えたのだと思う。

 リザが私たちに宣言した。


「この羊羹の二本セットは、わたしが絶対に落札らくさつしますからね」


 その言葉を聞いてアニキは、羊羹の他にも持ってきていた食べ物をいくつかオークションに出品すると決めた。甘いものが中心だった。

 ありがたいことに、私たちのお昼ごはんは妖精の女王が用意してくれるらしかった。だから、食べ物の心配をする必要はなかったのである。


 そして私は、金属製の皿と小さななべを持ってきていた。

 どちらもハンマー術の師匠から出された課題で制作したものだった。

 鍛金たんきんといって、たとえば金属の板をハンマーで叩いて丸みをつけていき立体的なものを作り出す。そんなハンマー術の修行だった。


 金属を火で熱したりして加工するときは師匠に手伝ってもらったけれど、ハンマーで叩いて成形する部分はすべて自分の力で行う課題だったのだ。

 皿が五枚。鍋は小さなものがひとつである。


 ちなみに、パブロだが――。

 彼が持ってきたものの中に価値のありそうなものはひとつもなかった。

 そのため、パブロが当時何を持ってきていたのか、今では私はもう覚えていない。


 私はみんなに言った。


「出品物には『LOTナンバー』という番号をつけなくちゃいけないんだ。今回のオークションはLOTナンバー1からはじめて40で終わりだよ」


 1~40までの番号の書かれた札を用意して、それぞれ出品物の前に並べると、私たちはついにオークションの下見会を開始したのである。

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