012 【第2章 完】戦いの終わり

 マルクが私に向かって言った。


「じゃあ、頼んだぞ、オギュっち! 俺たちはこのまま四人で遠くに逃げはじめるからな! よし、みんな、逃げるぞ!」


 四人は手をつないだまま動きはじめた。

「歩調を合わせろ」だとか、「どっち回りで方向を変えるんだ? 右回りか左回りか?」だとか、「手汗てあせが気持ち悪い」だとか、各々おのおのあれこれ文句を口にしながら全員でゆっくりと方向を変えた。


 やがて四人は横並びになったまま私に背を向けて、戦場からさらに遠ざかるために歩き出した。

 私もそんな彼らにくるりと背を向け、アニキの元へとけていった。




 戦闘が行われている場所にはすぐに到着した。

 三人のサンドロが上空に逃げ出したタイミングを見計みはからって、私はアニキに近づいた。


「アニキ、マルクが作戦を思いついたんですけど」

「よし、それでいこう、オギュっちくん!」


 アニキはすぐにそう返事をした。


「いや、アニキ。まだ何も説明していないんですけど」

「オギュっちくん、マルクくんの作戦なら大丈夫だよ。後で文句は言わないから」


 上空のサンドロに視線を向けたままアニキは微笑んだ。

 アニキは昔から、マルクには一目いちもく置いていた。

 だからマルクの作戦なら、アニキはすんなりと受け入れるのだった。


 アニキから許可をもらったので、まず私はパブロにマルクたち四人の護衛ごえいをお願いした。

 パブロは「わかった」と言うと、赤髪を弾ませて走り出した。

 横並びの状態でゆっくりと戦場から遠ざかっていく四人組を、すぐに追いかけたのだ。

 走り出した赤髪の少年の顔がどこか嬉しそうだったのは、たぶんずっと暇だったからだろう。


 上空のサンドロが三人から一人に戻ったところで、アニキが私に尋ねてきた。


「それでオギュっちくん、ボクは何をしたらいいのかな?」


 サンドロが三人に増えるまでは、もう少し時間がかかりそうだった。

 私はアニキに、自分が三人のサンドロの中から本物を見分けられることを伝えた。


「向かって右か左か、それとも真ん中か。上空でサンドロが三人に増えたら、どれが本物かアニキに伝えます」

「わかったよ。それで、ボクからひとつお願いしてもいいかな?」

「なんですか、アニキ」


 アニキはサンドロを見つめながら言った。


「ボクが相手の剣を弾いて必ずすきをつくるよ。剣を叩き落とすのは難しいけれど、相手の体勢を大きく崩すくらいならできると思う。オギュっちくんが三人の中から本物を教えてくれるわけだからね。きっと、うまくいく」

「はい」

「オギュっちくんはボクの後ろから突っ込んできて、相手が体勢を崩したところに、すかさずハンマーを打ち込むんだ。それでこの戦いを終わらせてくれるかな?」


 私は驚き「えっ?」と声を漏らした。

 自分の役目は、三人の中から本物を見分けるところまでだと思っていたからだ。本物さえ特定できれば、後はアニキがなんとかしてくれると思いこんでいたのである。


「ほら、確かオギュっちくんが使えるハンマー術のなかに、相手にほとんどダメージを与えず気絶スタンさせる便利な技があったよね?」

「はい。ハンマーの重さをすごく軽めに調節して、相手のアゴに綺麗に打ち込むことができれば、ダメージを与えずに心地よく気絶スタンさせることが出来ます」


 それは私の父の得意技だった。

 ハンマー術を私に最初に教えてくれたのは父だったので、特に念入りに教え込まれた技だ。


「よし。じゃあ、それをお願いするよ。ボクとの連携れんけい攻撃は、遊びで何度か練習したことがあるし、オギュっちくんならきっと大丈夫でしょ」


 迷っている時間はなかった。サンドロが上空で再び三人に増えていたからだ。

 アニキは剣を構え、その後ろで私はハンマーを構えた。もちろん三人に増えたサンドロのうち、左と真ん中の二人をしっかりと観察しながらだ。


 やがてサンドロたちが剣を構え、空から突撃してきた。

 動き出しのスピードを比較して、サンドロには聞こえないよう声の大きさに注意しつつ私はアニキに伝えた。


「左です」

「わかったよ、オギュっちくん」


 空から突っ込んでくる三人のサンドロを、アニキはぎりぎりまで引きつけた。こちらが本物に気がついていることを下手に感じ取られないようにだ。

 そうして引きつけておいてからアニキは、迷わず左のサンドロに向かって走り込み、思いっきり剣を振った。

 そんなアニキの背中を追って、私も動き出していた。


 アニキが分身二人に目もくれず、全力で本体に斬りかかってきたものだから、上空から猛スピードで突撃してきたサンドロは面食らったことだろう。

 同時に、本物を見破られていたことをサンドロも理解しただろうが、すでに遅かった。


 アニキはサンドロの剣を豪快に弾いた。

 追撃ついげきを私のハンマーにたくしていたので、最初から相手のガードを崩すことだけにすべての力を集中させた一撃だった。

 剣と剣とがぶつかり合い、火花が飛び散り、これまでで一番激しい金属音が周囲に響いた。


 剣を弾かれたサンドロは、派手に体勢を崩した。剣を握っていた右手を外側に大きくそらしながらだ。

 アニキはそのまま左へ流れるように抜けていった。そのときにはすでに私が、ハンマーを振りかぶった状態でサンドロのふところに飛び込んでいた。


 私はサンドロが体勢を立て直す暇なんて少しも与えなかった。

 サンドロにしてみれば、アニキの背後から突然、私が現れたと感じたのではないだろうか。

 現に彼は、私の攻撃にまったく対応できていなかった。


 そして――。

 ハンマーが、サンドロのアゴを綺麗に揺らした。


 昔、この連携攻撃でアニキと私は、剣術練習用の木剣ぼっけんを構えたマルクの頭の上にセミの抜け殻を置くことに成功したことがあった。それも10回連続でだ。

 マルクの体勢をアニキの木剣で崩すと同時に、私が飛び込んで銀髪の上にすかさずセミの抜け殻をそっと置いていく。そんな作業を成功させ続けたのである。


 そのときと違うのは、セミの抜け殻を相手の頭に置いてくるのではなく、ハンマーを相手のアゴに叩き込み気絶スタンさせるというところだった。

 正直、ぐらつくマルクの頭にセミの抜け殻をそっと置くよりかは、ハンマーをサンドロのアゴに叩き込む方が、私にとってはほんの少しだけ簡単な作業だった。

 セミの抜け殻よりも、手に馴染んだハンマーの方がやはり扱いやすかった。


 アゴにハンマーを受けた妖精の少年はその手から剣を落とし、膝から崩れはじめた。

 アニキがすかさず背後から抱きかかえたので、気絶したサンドロが地面で身体を打つことはなかった。


 私はサンドロが地面に落とした剣を回収すると、念のためにくるりと周囲を見渡した。

 サンドロの二体の分身は、もうどこにも見当たらなかった。

 気絶したときに魔法も効果を失ったのだろう。


 こうして、私たちと妖精の少年との戦いは終わったのだった。

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