011 その鍛えられた目

 アニキは一人でずっと、三人のサンドロと戦った。

 私とマルクは、離れたところからアニキの戦いをじっくりと観察し続けた。


 剣と剣が金属音を響かせてぶつかり合うこともあれば、音を立てずにすり抜けていくこともあった。

 マルクが私に言った。


「なあ、オギュっちよ。三人のうち、本物のサンドロは一人だけで二人はニセモノ……。つまり他の二人は幻覚的なやつってことだよな……」


 私もマルクと同じ意見だったので「うん。そう思うよ」と言ってうなずくと、自分の意見をひとつ付け足した。


「――それと、本物はニセモノの二人と違って、ほんのわずかだけど動き出しが早い気がする」

「えっ、動き出しが早い? ……って、もしかしてオギュっち、本物とニセモノを見分けられるのか?」

「うん。なんとなくだけど……」


 私は詳しく説明した。

 サンドロは上空から三人で飛んでくるときも、三人でそろって剣を操るときも、動き出しがほんのわずかに早いのが一人だけいることを。

 そして、動き出しの早いそいつの剣は、アニキの剣をすり抜けることなくぶつかって金属音を響かせていることを。


「オギュっち、一人だけ動き出しの早いやつがサンドロの本体だな。ただ……うーん……俺にはさっぱり見分けられん。全員、ほとんど同時に動き出している気がするぜ」

「動き出しの瞬間だけなんだ。まばたきするよりも、もっとずっと短い時間に起こるほんのわずかな違いなんだよ。だから、集中していないと見分けられない」


 私の言葉を聞いてマルクは、じーっと集中してサンドロの動きを観察した後、首を横に振った。


「やっぱりわからん。遅い方の二人は、動き出しに差はあるのか?」

「遅い方の二人は、スピードに差はないよ。二人は同時に動き出すんだ」

「そっか。本体が分身の二人に指示を出して、同時に動き出す仕組みなのかな? しかし、オギュっちよ。前に『オークショニアを目指す人間は目をきたえなくちゃいけない』って教えてくれたけど、お前の目は本当にすごいぜ」


 幼い頃から私は、『オークショニアになりたいのなら、目を鍛えておけ』と父親から言われていた。

 金魚が何匹も泳いでいる透明なガラスの水槽すいそう粒状つぶじょうのエサをパラパラと入れ、どの金魚が何粒食べたかを瞬時に目で追い、ノートに記録しておく修行だとか、雨の日に雨粒あまつぶを目で追って、その形をノートに記録しておく修行だとか――まあ、色々やっていたのだ。


「オギュっちよ。とにかく本物とニセモノの動き出しの違いは、常人には見極められない。アニキでさえ、それに気がついていないから戦闘が長引いていると思うんだ」


 マルクは、マリーアとつないでいない方の手をアゴの下に当てると「うーん……」と声を出して何かを考えはじめた。

 彼はサンドロの動きを再びじっくりと観察し続け、しばらくすると再び口を開いた。


「サンドロはどうやら、アニキの剣が当たって本物がバレると、すぐに空に逃げちまうみたいだな」

「うん」

「それで、上空でいったん分身をやめて一人に戻る。それからまた三人に分身し直して、どれが本物かわからなくしてくる。カードゲームで、三枚のカードをシャフルし直すみたいに、自分の分身をシャフルしてくるんだ」


 確かに、妖精の少年はそういう戦闘パターンを繰り返していた。


「それでオギュっちはさあ、あの三人の中から本物をどれくらい自信をもって見分けられるんだ?」

「んっ?」

「三人が同時に襲いかかってきたとして、百発百中で見分けられるのか?」


 私は少し考えてからマルクに言った。


「どうだろう……。正直、あのスピードで三人同時に襲いかかってきたら少しだけ自信がないかも」

「そっか」

「うーん。でも、見比べるのを三人じゃなくて二人だけにしぼってくれたら、どちらが本物なのかほぼ間違いなく見分けられると思う」

「すげえな、オギュっち! それで充分だよ。二人に絞ればいいんだな」


 マルクはニヤリと口元だけで笑った。そしてこんな提案をしてきたのだ。


「よし。オギュっち、俺が作戦をさずけよう」

「作戦?」

「ああ。これからオギュっちが、あの戦いに加わってその作戦を成功させるんだ」


 銀髪を揺らしながら彼は、私に向かってウインクした。

 私は質問した。


「あっちの戦いに参加してもいいんだけど、ここの守りはどうするの?」

「俺たちは、オギュっちと別れたらすぐに、ここよりもずっと遠くまで逃げはじめるさ。あの妖精の兄さんもさっきから目の前の戦いに夢中みたいだし、俺たちのことなんかまったく見ていないだろ?」


 マルクは、アニキの少し後方に視線を向けた。

 そこにはパブロが一人で立っていて、静かに戦闘を見守っていた。

 銀髪の少年は「へへっ」と苦笑いを浮かべるとこう言った。


「あと、あそこにいる暇そうなパブロを、こっちの守りに寄越よこしてくれないか。あの筋肉バカは、今回の戦いに必要ないみたいだしな」


 私が戦闘に参加する代わりにパブロがこちらに来て、みんなを守ってくれるというのなら安心だった。

 現状を考えると、パブロと私が配置を変えることにアニキも反対しないだろうと私は思った。


「わかったよ、マルク。それで、作戦って?」

「いいか、オギュっち。サンドロは空で三人に増えるだろ? そのとき、三人は最初はいつも横並びになって現れるんだ」

「言われてみれば確かにそうだね」

「ああ。それで三人は、よーいドンでこっちに突撃してくる」

「うん」

「そのときオギュっちは、とにかく真ん中と左のやつだけを集中して見ていればいいんだよ。それが俺の作戦だ。二人だけに絞れば、どちらが本物か当てられるんだろ?」


 私は首をかしげた。


「んっ? 見るのは本当に二人だけでいいの? 右のサンドロはどうするのさ?」

「右のやつは見なくていいんだよ。それで大丈夫なんだ」


 そう言うとマルクは、もう少し詳しく説明してくれた。


「いいか、オギュっち。頭を使えよ。左と真ん中のやつだけを見比べて、左の動きが早ければ左が本物だ。真ん中が早ければ真ん中が本物だろ?」

「うん」

「それでもし、左と真ん中が同時に動き出したら、どう思う?」


 私はようやく理解した。


「ああ、そっか! 左と真ん中の動き出すスピードが同じなら、そのときは残った右のやつが本物なんだね」

「その通り。すごく単純な話なんだよ。だから、オギュっちが見るのは左と真ん中の二人だけでいいんだ」


 落ち着いて考えてみれば、誰でもたどりつきそうな簡単な答えである。

 けれど、こういう簡単な答えに私たちの中で一番最初にたどりつくのは、いつもだいたいマルクだった。

 サンドロとの戦いでも、やはりマルクが私よりも先に答えにたどりついたのだ。こういうところがマルクの優れたところなのだと私は昔から思っていた。


「いやー。オギュっちのその鍛えられた目が、今回の戦いをすごく簡単なものにしてくれたんだ。普通の人間じゃできないんだぜ? オギュっちがいるからこそ成立させられる作戦だな。あははっ」


 マルクが笑い声をあげると、私と手をつないでいたジュリーが尋ねてきた。


「兄様、あっちに行っちゃうのか?」

「うん。お嬢、ちょっとアニキの手伝いをしてくるよ」

「そうか」


 ジュリーはこくりとうなずいておかっぱ頭を揺らすと、にぎっていた私の手を離した。そして彼女は、マルクと手をつないだ。

 マルクはもう片方の手をマリーアとつないでいたので、5歳児二人と両手をつないでいる状態となった。


「兄様、仕方がないのでわたしは、マルちゃんと手をつないで大人しくしていることにする。わたしのことはマルちゃんに任せて、がんばってきてください」


 ジュリーは、私に向かってペコリと頭を下げた。

 その隣でマルクが、不満そうに口をとがらせながら言った。


「いや、俺はこのお嬢ちゃんの面倒をみるなんて、まだ一言も口にしていないんですけど?」

「わたしだって、本当は兄様と手をつないでいたいんだ。でも、こうして仕方なくマルちゃんと手をつなぐんだぞ。マルちゃんの手、汗がすごくてなんだかベタベタするぞ。むー……」


 そう言ってジュリーも口をとがらせると、マリーアも不満そうに口をとがらせた。


「ま、マリーアだって、本当はマルクさんと手をつなぐのは嫌なんです」


 結局、三人全員が手をつないだまま、不満そうに口をとがらせた。

 それからジュリーが、マルクとつないでいない方の手をリザに向かって伸ばした。


「妖精のお姉さんも、わたしたちといっしょに手をつなごう」


 リザは「えっ?」と戸惑いの声をあげた。けれど、おかっぱ頭の5歳児がじーっと見つめ続けたので、言われたとおりに手をつないだ。

 ジュリーは、リザにこんな要求もした。


「よし。では、妖精のお姉さんも口をとがらせよう」

「ど、どうしてですか?」

「んっ……? みんな口をとがらせているし、なんとなく……」


 おかっぱ頭の5歳児が、再びリザをじっと見つめた。

 妖精の少女は戸惑いながらも口をとがらせた。


 四人の少年少女が手をつないで横並びで立っている不思議な光景となった。

 そのうち三人は不満そうに口をとがらせ、一人は不思議そうに口をとがらせていたのである。

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