010 妖精の少年との戦闘

 アニキが剣をかまえ、その後ろにはパブロが立った。

 今にも襲いかかってきそうな妖精の少年を、とりあえず彼ら二人で相手することにしたのだ。


 妖精の少女・リザは当然、騒動の原因が自分の魔法にあることをきちんと自覚していたみたいだった。妖精でも人間と同じように、こういうときは顔が青ざめるようだ。

 彼女は背中から羽を出した。サンドロの元へ飛んでいき説得することを考えたのだろう。

 けれど、アニキがそれを止めた。リザは少し落ち着きを失っているように見えたからだと思う。


「ねえ、妖精さん。キミは、戦闘の経験はあるの?」


 アニキの質問に、妖精の少女は首を横に振った。


「い、いいえ……」

「そっか。じゃあ、彼が落ち着くまで、とりあえず接触は避けてもらえるかな? 許嫁いいなずけの剣で許嫁が斬られるようなトラブルは、できれば避けたいからね。その代わり、この場はボクたちがなるべく穏便おんびんに済ませるからさ」


 それからアニキが、私たちに指示を出した。

 私とマルクは、二人の5歳児とリザを連れて出来るだけ後方に下がった。戦闘に巻き込まれないよう、上空の妖精から充分な距離をとったのだ。


 マリーアはそれまでずっと、兄であるパブロと手をつないでいた。しかしパブロが戦闘態勢にはいっていたため、マルクが代わりに手をつないでやった。

 すると彼女は口をとがらせ、露骨ろこつに嫌そうな表情を浮かべた。

 戦闘時に勝手にうろちょろされると困るので、マリーアには我慢してもらうしかなかった。手をつないでいてもらう方が都合がいいのだ。


 私の方はというと、左手でジュリーと手をつなぎ、右手ではハンマーを握っていた。

 万が一のときは、ここにいる四人を私が守るよう、アニキから任されていたのだ。

 妖精の少女は戦闘経験がないとのことだったし、マルクも戦えない。あとは5歳児が二人。

 後方にいるメンバーの中で戦えそうなのは私一人だけだった。


 右手で握りしめたハンマーに私は魔力を込めた。いざというときに備え、ハンマーを自分の頭ほどの大きさまでふくらませておく。戦闘準備だ。


 いつも首から下げている木製のハンマーは、普段は子どもでも片手で簡単に振り回せるくらいの大きさだった。

 けれど、魔力を吸わせることで、ハンマーの大きさやの長さをある程度自由に調節できた。

 私の場合は、自分の頭ほどの大きさが、戦いで一番扱いやすいハンマーサイズだった。


 ハンマーのサイズ変化は、ハンマー術の基本中の基本だ。

『国家公認のオークショニア』を本気で目指す人間ならば、早い段階で身につけなければいけない技術である。だから私も子どものときには、すでに身につけていたのだった。


「んっ? んっ? 兄様にいさま、ハンマーを大きくしてどうしたっ! ハンマー術の修行かっ!?」


 大きくなった私のハンマーを目にして、ジュリーがおかっぱ頭を楽しそうに揺らした。

 左右に身体を振りながらハンマーをのぞき込む彼女は、状況をよく理解していないようだった。


「おじょう、修行じゃないよ。もしかしたら戦闘に巻き込まれるかもしれないんだ」

「そうか、戦闘か。では、わたしは大人しくしている」

「ふふっ、ありがとう」


 そう言って私が微笑んだところで、ついに戦闘がはじまった。

 妖精の少年は上空で剣を構えると、アニキに向かって頭からまっすぐに滑空かっくうした。まるで全身で一本の矢と化し、空からアニキの身体をつらぬかんとする勢いだった。


 アニキは攻撃を真正面から受けず、ひらりと身をかわした。同時に自分の剣を振り、サンドロの剣を叩き落とすことに挑戦した。

 しかし――。

 妖精の少年は自身の攻撃がはずれたとわかった瞬間には身体をひねりはじめていた。アニキの攻撃を器用にかわして、剣を叩き落されることなく空に急上昇して逃げたのだった。


 昔、私は父親から『闘牛士』の話を聞いたことがあった。この目で本当に見たことはなかったのだけど、父親が身振り手振りで様子を教えてくれた。

 サンドロの直線的な突撃をひらりとかわしたアニキの動きを目にして、父親から聞かされた闘牛士とはこういうものだろうかと思った。

 私の隣でマルクが声をあげた。


「あちゃー。アニキ、今の反撃で相手の剣を狙わずに身体の方を攻撃していれば、たぶん勝っていただろうにな。ありゃ、相手にケガをさせるつもりがないんだ」


 私もマルクと同じ意見だった。相手の身体を狙っていれば、最初の攻防でアニキの勝ちだったと思った。

 けれどアニキは、ただ相手を倒すだけでなく、可能な限り相手を傷つけずに戦闘を終わらせようとしていた。アニキのその優しさが、戦闘の難易度をいくらか引き上げていたのだ。


 リザが申し訳なさそうにつぶやいた。


「あの方、サンドロを傷つけないよう戦ってくれているんですね……」

「まあ、アニキはそういう人だから」


 マルクはそう言って苦笑いを浮かべると話を続けた。


「しかし、あんたの許嫁、空から突っ込んでくるスピードがすごいな。あそこに立っているのがアニキじゃなくて俺だったら、今ので身体を貫かれて死んでいただろうよ。けどまあ、アニキならたぶん大丈夫だな」


 銀髪の少年が楽観的なことを口にした直後だった。

 私たちは目を疑った。なぜなら、上空でサンドロが三人に増えていたからである。


「んなっ!? あいつ、三人に増えやがったっ!!」


 そう叫ぶとマルクは、妖精の少女に質問した。


「どういうこと? あれは魔法? 魔法で三人に増えたのか?」

「はい、そうだと思います。わたしは仲が悪いので、サンドロのことはあまり詳しく知らないのですが、確か魔法剣士の先生に戦い方を教わっているはずですので」


 話を聞く限り、やはり妖精の少年は魔法を使ったようだった。

 三人に増えたサンドロが、間髪入れずにアニキに襲いかかった。


 待機していたパブロが、すかさず戦闘に加わろうとバタバタしはじめたのだけど、アニキが断ったみたいだ。まずは一人で様子見がしたいといった雰囲気だった。


 サンドロは先ほどと同じように、アニキに向かって空から突っ込んだ。しかし、今度のサンドロは三人である。

 それでもアニキは、三方向から襲いかかる剣を攻略してみせた。


 一人目の剣をかわし、二人目の剣もかわすと、アニキは自身の剣を振って三人目のサンドロの剣を叩き落とそうとした。

 しかし――。


 三人目のサンドロの剣を完全に捉えたかに思えたのだけれど、奇妙な現象が起きた。アニキの剣がサンドロの剣に当たることなく、すり抜けていったのである。

 剣と剣がぶつかり合えば響く金属音。それさえ、まったく聞こえてこなかった。


 サンドロの剣だが、ほんの一瞬ゆらゆらと湯気ゆげや霧であるかのごとくゆらいだように見えた――いや、ゆらいだのは剣だけでなく、剣を握っていたサンドロの右手もいっしょにだ。

 妖精の少年の右手も剣も、ほんの一瞬だけ霧状になり、アニキの振った剣は相手の剣にぶつかることなく素通りしていったわけである。


 三人目のサンドロが起こした不可思議な現象にアニキは戸惑ったのだろう。動きが少しだけ鈍った。

 すかさず、一人目のサンドロが襲いかかった。アニキは咄嗟とっさに後ろに飛んで、サンドロの剣をなんとかかわした。


 マルクが私の隣で両目を見開いた。


「なっ!? 今、アニキの剣がサンドロの剣をすり抜けなかったか? なんか煙みたいなものでも斬ったみたいに」


 マルクが驚いている間にも、三人のサンドロはアニキを攻撃し続けた。

 3対1でもアニキは攻撃をかわし続け、それどころか反撃さえ行った。戦いのなかでチャンスを見つけると、アニキは再びサンドロの剣を叩き落とそうとしたのだ。


 今度は激しい金属音が、私たちの元までしっかりと届いた。

 先ほどと違って、剣と剣とがぶつかり合う鋭い音がきちんと周囲に響いたのである。


「んっ? 今度はアニキの剣がサンドロの剣にちゃんと当たったぞ? どうなっている? 剣がすり抜けるときとすり抜けないときがあるのか? ……いや、違うな」


 そう言うとマルクは、なにやらぶつぶつと一人でつぶやきはじめたのだった。

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