008 妖精の羽

 それからアニキが、妖精の少女に質問した。


「それで、妖精さん。ボクたちの町に行ってみますか? それとも、森の中へ戻りますか?」


 妖精の少女は小さくうなずくとこう答えた。


「おとなしく森の中へ戻ります。人間さんたちの町へ行きたいという気持ちの方が、実はさっきまでわずかに強かったのですけど……おかげさまで少しは冷静になれました」

「はい。ボクもそれでいいと思います。お腹が空いているときに出した結論よりも、お腹が満たされているときに出した結論の方が、きっと信頼できますから」


 マルクが銀髪を弾ませながら、アニキに言った。


名言めいげんだぜ! さすがアニキだ!」


 すると突然、パブロが両膝を地面についた。

 赤髪の細マッチョの少年は、妖精さんに向かって土下座どげざをはじめたのだ。


「妖精さん、頼みがあります。自分を、妖精さんたちが暮らしているところに連れていってください」

「えっ……?」


 と、妖精さんがその顔に戸惑とまどいを浮かべると、マリーアも兄を真似まねて土下座した。


「よ、妖精しゃん! マリーアも、妖精しゃんが暮らしているところに連れていってくらしゃいっ!」


 マルクが赤髪のきょうだいに向かって言った。


「待て待て。必死なのはわかる。けれどお前たちきょうだいは、いつも言葉が足りないんだよ。妖精さんだって、いきなり土下座されて困っているじゃないか」


 そして銀髪の少年が、赤髪の二人に代わって話を進めた。


「まずは、きちんとしたお互いの自己紹介からかな?」


 マルクの司会で、私たちは自己紹介をはじめた。

 妖精の少女は『リザ』という名前だった。


 自己紹介が終わると、マルクがこれまでの経緯をリザに上手く説明してくれた。

 ステンドグラスを割ったことや、パブロがパン屋の娘を好きなこと。

 私たちが妖精を相手にオークションをしようと計画していることもだ。


 説明が終わるとリザは、両目をキラキラ輝かせながら言った。


「ステキですね! パブロくんとパン屋の娘さんとの恋が上手くいくよう、ぜひ協力させてください!」


 この日、私たちが出会った妖精の少女も、たいていの人間の少女と同じだった。恋愛の話に興味津々きょうみしんしんだったのだ。


 私たちのオークションを成功させるために、リザが森の中を案内してくれることになった。

 彼女は私たちの先頭を歩き、こんな質問をしてきた。


「みなさん、妖精の世界に来るのは怖くないんですか? たとえばわたしは、人間さんたちの世界にすごく興味がありますが、いざとなったらやはり怖くなって直前で足が止まりましたよ」


 質問にはマルクが代表して答えた。私たちの中で一番おしゃべりだから、こういうとき最初に口を開くのはだいたいマルクだった。


「まあ、俺たちにはアニキがいるしな。それにパブロも格闘技をずっとまじめにやっていて、けっこう強い。オギュっちも幼いころからハンマー術を習っていて、町の子どもの中じゃ、たぶんアニキの次くらいに強いかもしれない」


 銀髪の少年は、パブロと私のことをチラッと見て微笑んだ。

 それから彼はこう付け加えた。


「だから、今ここにいる俺以外の男は、子どもだけどみんな強いんだ。なにかトラブルが起きても、たいていの状況は乗り越えられるだろうよ」


 それは、ただの世間知らずの子どもの回答であったと思う。

 けれど当時、私やマルクやパブロは、とりあえずアニキがいてくれたら何があっても大丈夫だろうという絶対的な安心感を抱いていた。


 しばらく森の中を歩くと、今度はマルクが思いついたようにリザに質問をした。


「それで、そのぉ……アニキの話を疑うわけじゃないんだけど、あんたが本当に妖精だという証拠しょうこはあるのかな? 妖精なら、たとえば背中に羽が生えているとか、そういうのをイメージしていたんだけど」

「あっ。羽なら出せますよ」


 少女は、あっけらかんとそう答えた。

 そして、あっさりと背中に羽を出現させたのだ。


 鳥の羽なんかとは違って、半透明な飴細工あめざいくみたいな印象の羽だった。

 厚みはそれほどなく薄くて繊細せんさいで、羽の向こう側が透けて見えた。

 よく見ると羽は、背中から直接生えているわけでもないようだった。リザの緑色の衣服には羽を通すための穴は空いていなかったのだ。

 羽は彼女の背中から少し離れて存在しているみたいだった。


 彼女は私たちに説明してくれた。


「これは、背中に本当に羽が生えているわけじゃなくて、魔法の一種らしいんですよ。妖精なら生まれつき誰でも簡単に使える魔法みたいなんですけど、詳しいことはよくわかりません。使いたいときに羽が出せるんです」


 マルクが疑問を口にした。


「そんな便利な羽があるのに、森の中をわざわざ歩いてきたのか? 空を飛べば人間の町にもすぐ着くんじゃ?」

「妖精は、この辺では飛ぶのを禁止されているんです。理由はわかりませんが、人間さんの町の近くで空を飛んでいると目撃されてしまうとか、そういうことだと思います。そもそも人間さんの町には目立たず、こっそりと行くつもりだったので、空を飛んでいこうとは最初から考えませんでした」


 納得したかどうかはわからないけれど、マルクはそれ以上、彼女に質問しなかった。

 あとは、リザが連れていってくれる目的地に着けば、本当に妖精かどうか判断できると考えたのかもしれない。


 やがて私たちは、大きな木が二本交差している場所にたどりついた。

 二本の木はどちらも曲がりくねっていて、それが交差してお城の門のような形をつくっていた。もちろん、本当の門のようには立派ではなかったけれど。

 リザが説明してくれた。


「こちらにあります木の門は、人間さんがくぐってもどこにもつながりません。ですが、わたしたち妖精がくぐりますと、妖精の世界につながります。みなさんもわたしといっしょにくぐれば、妖精の世界に行けるはずです」


 見た目の印象通り、二本の木は『門』として認識されていたようだった。

 妖精の世界へとつながる出入り口なのだ。


 そんなわけで私たちは、リザといっしょに門をくぐった。

 その瞬間――。

 どういう仕組みかはわからないけれど、気がつけば『妖精の屋敷』の前にたどりついていたのである。

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