第8話 命の光
「あれ、ここはどこだろう?」
気が付くとユウトは、フワフワとどこかよくわからない場所をただよっていた。まだハッキリ眼が覚めていないせいか、目にうつるものも、耳に聞こえてくる音もぼんやりとしている。
「赤、青、黄色に緑、ほかにもたくさんいろんな光の玉がうかんでるけど」
ここがどこなのかユウトにはよくわからなかった。けれども光の玉の一つ一つ、そのどれもが、どこかで見たことがある気がするものばかりだった。
「これがマーダルおじいさんの言っていた、命の光なんだ」
ユウトはその時気がついた。自分もまた光の玉になっていたことに。
「そっか。ボクはゲオルギィさんに負けて、命の光を抜かれちゃったんだ」
負けてくやしいと思う気もわいてこない。ユウトはぼんやりとまわりの光の球といっしょにフワフワとただよっていた。
「ちくしょう、ちくしょう!」
「やれやれだなガラクタ人形。だまっておとなしく、この歴史的な儀式をながめていればよいものを」
「うわぁぁ……!」
けとばされて山の斜面をごろごろと転がり落ちていくクーラリオ。そのまままっ黒な影の中に飲みこまれて見えなくなってしまった。
ゲオルギィは祭壇の前に立つと、その前に置かれていた黒くて大きな棺おけのフタを開けた。冷たくまっ白い煙がゆっくりと流れ出す。
「息子よ、ようやくお前を目覚めさせる時が来たのだ」
中から出てきたのは、ちょうどユウトと同じくらいの年頃の男の子。けれども顔はおしろいをぬったようにまっ白で、身動き一つしない。眠ったまま時間を止められているようだった。
「まずは体に、力強く暖かい温もりを」
ユウトから抜き取ったマーダルの命の光が、祭壇のかがり火の中に祈りをこめて投げ入れた。祭壇の火が黄緑色に明るくかがやき、あたりを明るくつつむ。
「さあ、わが子の体に今、再びの温もりを」
右手の指先で宙を切ると、祭壇の火から光がふわふわと飛び出して、その子の体に飛び込んだ。凍りついてカチカチの体がやわらかくなり、心臓の音がどくどくと力強く脈打ちはじめる。
祭壇の火の色は普通のオレンジ色にもどっていた。どうやらユウトから抜き取られたマーダルの力は全て使われてしまったようだ。
「さすが我が師匠の命の光。年老いていようと、まだこれだけの力を持っているのはさすがた」
やすらかな寝息をたてて眠っているゲオルギィの息子。けれども、いまだおき上がる様子はない。
「まだこの鼓動と呼吸は自分の意志によるものではない。一時的なものにすぎぬ」
マーダルの命の光をさずかっていたユウトが、いつも以上に体を動かせたり、魔法の力を使うことができても、その力をずっと持ち続けることができないと言われたように、この力で蘇生したのも一時的なものなのだ。
「さて、これからが本番だ。狩り集めたこの命の光を……」
水晶玉の中に閉じ込められていたのは、色とりどりのたくさんの小さな光の玉。これがこのキャンプ場にやってきたばかりに、ゲオルギィに抜き取られてしまった大勢の人たちの命の光なのだ。
「星々と月の光に、白んだ夜空のかすかな明かり。星と月と太陽の光がまぜあわされる時に儀式を行なえば、命の光は一つにとけあう」
ゲオルギィはそのふところから、金属製のおもちゃのカギを取り出した。それは彼の息子が死んでしまったその最後の時まで大事に持っていた、その子の宝箱のカギだった。
「この箱の中の中身と、このカギには息子の想いが、命の色がしみついている。あとはこの色と同じ色に、これらの命の光をそめあげるのだ!」
その時、地平線のはるか向こうからわき上がってきている朝日の力で、やんわりと夜空が白みはじめた。
祭壇の火は赤く、星の光は黄色く、月の光は白く、空の光は青い。祭壇の火が、ゲオルギィの念にこたえて燃え立つ火の柱に変わる。
その火が四本の石の柱より大きくなったところで、ゲオルギィは宝箱の中身を一つ一つ、祈りを込めて火の中に投げ入れた。
「息子の宝物の飛竜のウロコに、水晶貝のかいがら。どれもこれも、思いがこもった品ばかりだ」
やがて火の柱がゆっくりとおちついて、もとの勢いに戻る。しかしその色はオレンジから青白いものに変わっていた。
「お、おおお……」
ぼろぼろと大つぶの涙を流して顔をほころばせるゲオルギィ。
「これこそ、これこそ間違いなく我が息子の命の光!」
それは今にも消えてしまいそうな、ほんのわずかな光。だがその色をゲオルギィは頭にきざみつけた。
「さあ、今こそ私の研究の成果を見せるときだ!」
四本の柱のてっぺんに色分けされてふうじこめられていた命の光が、火の柱に飲み込まれていく。
「命の光よ、その色に分かれよ!」
わき立った大きな火の柱の中は、ゲオルギィの指図と同時にまるで竹林のように細い柱に分かれて立ち上がった。そのどれもが全くことなる色の柱になっている。
「そして溶け合え!」
竹林のように分かれた火の柱がアサガオのつるのように巻きあい、うねって溶け合い、姿をくるくると変えていく。
「そまるのだ、あの色に。私の最愛の息子の色に!」
見知った光の中をゆらゆらと泳いでいたユウトだったが、ある光の前で立ち止まってしまう。それはついさっき現れた新しい光。ユウトがまだ知らない、他の光とはあからさまに様子がちがう光だったからだ。
「君はだれなの?」
その光はうすぼんやりと人の姿になっていく。
「君ハ、ダレ?」
人のような姿になった光は逆にユウトにたずねてきた。ユウトは自分の姿をはっきりとさせて、優しく自分の名前を答える。
「ボクの名前は勇斗。一条勇斗」
「……、ユウト」
返事をもらったことで、ユウトの顔に花がさいたような、やわらかくて明るい笑顔がともる。なぜだかわからないがぼんやりした気分がなくなり、目の前の見知らぬ光について知りたいという気分になってきたからだ。
「ねぇ、今度は君の名前を教えて」
「ボク。ボクノ名前は……」
その時、それまでたゆたゆとながれていた光の流れが、大雨の直後の川のようにあらあらしく激変してしまった。
「なに?!なにがおこっているの?!」
ユウトは自分の回りで起こっている事にとまどっていた。しかし激しい流れはやがて渦になり、まわりの光を飲みこもうとしはじめた。
「みんな!ふんばって!」
けれどもユウトの目の前で、次々と光は渦の力でバラバラにされて、そのまん中で混ぜ合わされていた。そこからはユウトの聞いたことのある声が、次々とその悲鳴が聞こえてくる。
「ひどいよ!やめてよ!みんな苦しんでいるよ!」
だがその声も渦の中に飲み込まれてしまう。ユウトはけんめいにふんばるが、ぐいぐいと流されそうになる。
「君!君もふんばって!でないと渦の中に飲みこまれちゃうよ!」
何とか名前を知らない光の、腕らしい部分をつかまえたユウト。ここにはつかまるものは何もなかったが、気合を入れてふんばっていれば何とか飲みこまれないようだ。けれど名前を知らない光は、その渦のほうをずっと見ているようだった。
「アノ渦ニ、ボクハ呼バレテイルンダ、ユウト。アソコニ行ケバ、ボクハボクニナレルンダッテ」
「ええっ?!」
「デモ、ワカッテイルンダ。アソコニ行ッテモ、ボクハ、ボクニハナレナイ」
渦の飲み込もうとする力とは無関係に、その名前を知らない光は、ゆらゆらとかげろうのようにゆれていた。
「ねえ、君、何を言っているの?」
「ボクハカケラ。物ニヤキツイテイタ、想イノカケラ」
「君、何を、何を言っているの?!」
おどろきとまどうユウトに、その光はさらに語った。
「ボクハ、カケラ。コナゴナニ砕ケテシマッタ、オモイノカケラ。ホカノ部分ハ、モウドコニモ残ッテイナイ。ダカラ元ニハモドレナイ」
その時、渦の力がさらに強くなった。どこまでふんばれるのかわからないが、ここで飲みこまれたら、大変な事になってしまうのはわかる。
「うううう……」
その時、ユウトがつかんでいた光は、ぼんやりと弱くなってすりぬけてしまった。そのまま光は渦の中に飲まれて消えていく。
「ダメだよ!そっちに行っちゃだめだよ!」
ユウトの叫び声は、その光のあとを追うように渦に飲みこまれていった。
さきほどまでの勢いもなくなり、今にも消えてしまいそうなくらいに弱まった祭壇の火。その中で一つの光がやわらかく、明るくかがやいていた。
「で、できたぞ……。これが、これこそが私の息子の光!」
火の中に手を差し入れ、できあがった命の光をだきよせるゲオルギィ。
「さあ、お前の体はそこにある。体に帰って、そして目を覚ましておくれ」
眠ったまま動かない息子の胸の上に、命の光を乗せると、その光は体の中にゆっくりと沈んでいく。
「さあ、目を覚ましておくれ……」
その子供はゲオルギィの言葉を聞き終えると、ゆっくり体を起こし、まぶたを開いた。よろこびの色で顔をいっぱいに染めるゲオルギィ。
「成功したのだ!私はついに成功したのだ!私は禁じられた領域に手を伸ばし、幾多の困難を乗り越えて、ついに成功したのだ!」
そこにいたのは、鋼の肉体を持った屈強な魔導師ではなかった。失っていた大切なものを、やっとの思いで取りもどした一人の父親だった。
しかし。
『いたい、いたいよ……』
「!」
その子供の口からこぼれたのは、父親の知る息子の愛らしい声ではなかった。
「こ、これは一体?!」
自分の息子の口から次々とあふれてきたのは、彼が聞いた事のない数多くの人々の声。
『苦しい!』
『せまい!』
『重たい!』
『熱い!』
「こ、これはどういうことだ?!」
それはすべて悲鳴。男性から女性、子供から大人まで、たくさんの。あまりにもたくさんの数の悲鳴。
やがてその子供は身を大蛇のようによじりながら転げまわりはじめた。目を真っ赤にし、苦しそうに息を荒げながらバタバタと手足を振り回す。
「どうしたのだ!?一体何がおこったのだ!?」
「わかんねぇのか!失敗したんだよ!」
枝がささったり、泥で汚れたりしてボロボロになった鳥の人形がはいあがってきた。クーラリオだ。気合と根性ではいあがってきたのだ。
「命の光は、人の命そのものなんだ。確かにユウトみたいに少しでも光が残っていれば、少しくらい消えてしまうのをのばしてやったりできる。でもなぁ、てめえの息子の命は、もうとっくに消えてしまっていたんだぞ!」
ゲオルギィは獣のように暴れる我が子を懸命におさえながら、いきりたった猛獣のようにクーラリオにほえる。
「だからこそ復元したのだ!肌身はなさず、情愛をこめていたものには、こめた人間の記憶と想い、すなわち色がきざまれる。それをもとにして復元したのだ!」
だが、クーラリオはひるまない。
「いくら大事にしていたものに想いが強く残っていても、それはカケラなんだ。丸々全部を元に戻せるわけがねぇんだ。まして、材料に使われた人間の一人一人の色を完全に消せるものかよ!」
「私の研究が不完全だったというのか?!」
「不完全なんかじゃねぇ。最初から成功するわけがねぇんだ!」
動揺を見せたゲオルギィにたたみかけるクーラリオ。だが、ゲオルギィは突然、笑いはじめた。
「ふ、ふはははは!ははははは!いいだろう。いいだろう。いいだろう!確かに私の試みは失敗した!」
「やっと間違いに気がついたのか……」
そうではなかった。ゲオルギィは失敗の事実を確かに受け止めた。しかしこの男の出した答えは、にわかに信じられない、理解できないものだった。
「ならば成功するまで研究を続けるだけだ!」
「な、なんだと?!」
「研究に失敗はつきものだ。今回は子供の命を多く使ったが、多すぎてひとつになりきれなかったのが失敗の原因だったようだ。ならばその失敗を教訓にやり直すまでよ」
「やり直すだと?!」
「地上の人間など、他人の命など私にとって鳥の羽ほどの価値もない。どれだけ失敗しようと、息子の肉体が無事でさえあれば、私が自由に研究を続ける事さえできれば、何度でもやり直しはできる」
「ふ、ふざけるなぁ!」
クーラリオは最後の力をふりしぼって、ゲオルギィに挑んでいった。
だがガタガタの体になっていたクーラリオは満足に動く事もかなわない。足でけ飛ばされ乱暴に地面にたたきつけられてしまう。甲高い音がして、両翼がバキリと折れてしまった。
「ぐあぁぁ……!」
うめき声を上げるクーラリオを片足でゴロゴロと転がすゲオルギィ。その瞳には、普通でない光がギラギラと輝いていた。
彼の腕にがっしりと抱かれた息子は、苦しみもがき、のたうち続けている。さらにその目から、口から光がビカビカともれこぼれていた。
「多くの命を書きかえるのは上手くいかないとわかった以上、こんなものを取っておいても意味はない。息子の体がキズつくまえに、捨ててしまわねばならんな」
しかしその時だった。腕にかかえていた息子の口から、まっ黒な闇がふきだしたのだ。
「な、なんだと!」
「まさかこいつは!」
吹きだした闇は、あっという間にあたりをつつみこんだ。
祭壇を、山頂をおおいかくし、動かなくなったユウトの体を、ガラクタになってしまったクーラリオを、そしてゲオルギィをも飲み込んで、まるで雪崩のようにふもとめがけて広がって行ったのだった。
「こんちくしょぉ……」
真っ暗な闇の渦の中に飲みこまれていくクーラリオ。ガラクタになってしまった体では逆らう事もできずに吸い込まれていくだけだった。
「動け、動け、動け!せめてこの事をマーダル様に伝えなきゃ、何にもならねぇんだ!このままこのクラヤミをほったらかしにするわけにはいかねぇんだ!だから、動きやがれ!」
けれどどんなに叫んでみてもクーラリオの体は動かない。骨格がめちゃくちゃに壊され、体を動かすゼンマイさえも壊れて、体の外に飛び出してしまったのではどうしようもない。
やがてクーラリオは、自分が闇の谷底にせまってきているのを感じた。そこに飲まれたら、きっとあとかたもなくなってしまうだろう。
「ユウト、すまねぇ!お前をまきこんで、散々怖い目に合わせて戦わせて、そして死なせちまった!みんなどころかお前一人助けられなかった。許してくれなんて絶対言えないけどなぁ、せめて、せめてあやまらせてくれ」
からくりの体に流せる涙はなかったが、流せぬ涙を心が流していた。そのしずくが体より先に闇に吸い取られたその時、クーラリオの体はだれかにしっかりと受け止められた。
「まだあやまることなんてないよ。だってボクはまだ生きているんだから!」
クラヤミの谷底の一歩手前、ユウトはしっかりと足でふんばってこらえていた。
「ゆ、ユウトぉ……」
「らしくないよクーラリオ。こういう時は“おそかったじゃねぇか!”って怒らなきゃ」
「あ、ああ。そうだな。そうだったな。ここはガツンとしかるとこだったな」
クーラリオはユウトの姿を、わずかに動かせる首をかたむけて見て見た。
マジカルジャケットはゲオルギィと戦ったときにボロボロにされたままの状態で、体もスリ傷やアザだらけになっていたが、今までで一番力強く、頼もしく見えるのは気のせいではないようだ。
「この真っ暗闇があふれちゃったときに、ボクの体もすいこまれてきたから元にもどれたんだよ」
「そうか、ゲオルギィに最初に取られちまった分を取りもどせたんだな」
表情に表せないが、声で何とかよろこびを表す事はできた。けれどもすぐに声の色が落ちてしまう。
「でも、ほかのは全部、あの中に、あのクラヤミに飲みこまれちまっただな」
「クラヤミ?」
「そうだ、クラヤミだ。魔導界がおきてで命の光を操るのを禁止していた一番の理由は、このクラヤミを引きおこしてしまうからだったのさ」
クーラリオはクラヤミについて教えた。
「命の光は体の中に収まっている間は体にぬくもりをあたえて、そして光も体の中で安定する。体の中の光が消えるときは、ケガや病気で体が治らないくらいにダメになってしまうか、命の光が本当に光る力をなくしたときだ」
「それが死ぬってことなんだね」
ギチリと首をうなずけるクーラリオ。
「命の光は体からむりやり引っ張り出されたら、強い刺激にあてられると消えちまう。太陽の光はとても強いから、朝日をあびたらみんな消えてしまうってのもわかるな」
「そしてもう一つ。命の光はひとりぼっちだとすぐ弱くなって消えてしまうが、ほかの光と一緒になったら長く持つってのも良くわかっているよな」
「うん。だからボクはマーダルさんのおかげでここまで来れたんだよ」
力強くクーラリオを抱きしめるユウト。
「クラヤミも原理は同じだ。むりやり体からひっぺがされちまった命の光は消えたくないから仲間を探して集まろうとする。でも命の光は人の命、それぞれの人によって色も違う。とてもじゃないが一つにはならない。でも消えたくないのは誰だって同じだ」
「じゃあ、どうするの?」
「できるだけ同じ思いで一つになろうとするんだ。どんなに苦しくても消えるよりはいい。だから、だからな」
クーラリオが間を置いたとき、ユウトはクラヤミの奥底深くを見つめていた。そこは果てなく暗い真っ暗闇。時々聞こえてくるのはみんなの苦しそうなうめき声。
「ねえ、みんなが一つになろうとするときの思いって、もしかして……」
自分が出してしまった答えを信じたくないと、すがるような思いで腕の中の相棒を見たユウト。でも相棒は静かにうなずくだけだった。
「ああ、苦しみだ」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトは思わず力を落としてしまう。吸い込まれそうになったのですぐにふんばりなおしたが、ユウトの目には涙がたくさんためこまれていた。
「なんで?!どうしてなの?!」
「いいかユウト。人は楽しいとか、うれしいと思う事ってなかなか共有できないんだ。どんなにおいしいものを一緒に食べても、どんなにきれいな景色を一緒に見ても、人によって感じ方はバラバラだ。強い弱いだけじゃなくて、何も感じない人だっている」
「う、うん。みんなで同じ給食を食べていても、おいしいって言う子もいれば、ぜんぜんおいしくないって言う子もいるもんね」
「まあ、そういうことだ。でも苦しみは簡単に共有できるからな」
「でも、だからって!」
「よく見てみろ、しっかり感じ取ってみろ。実際にそうなっているだろうユウト。みんな消えたくないから同じ苦しみを共有して一つになっちまったんだ」
「それがクラヤミだっていうの?」
「そうだ。そしてクラヤミは消えたくないから、もっともっと多くの命の光と一つになろうとして、体を持っているものまで取り込んで大きくなってしまう」
「そしていったん勢いがついたらもうとめられねえ。そのままにしていたら、世界中を飲み込んでしまう。全ての命を苦しみで一つしてしまうまでな」
クラヤミはまるで命のブラックホールみたいだ。ユウトは思わず息をのんでいた。
「ど、どうやって止めたらいいの?!」
「こうなってしまった時、いままでの魔導師たちはみんなクラヤミを消し去ってきたんだ」
「ちょっとまってよ!みんなを消してしまえってことは、みんなを殺してしまえってことじゃないの!?」
「ああ、そういうことだ。残念だけどな、ほかにクラヤミを止める方法がねえんだ」
「ウソだウソだウソだ!そんなの信じないよ!」
残念そうに、とてつもなく惨酷な言葉を口にしたクーラリオ。しかしユウトはそれを受け入れられない、いや、受け入れきれるわけがなかった。
「だろうな。ユウトはそう言うだろうな……。でも他に方法は……」
「あるよ!絶対にあるよ!あるに決まってる!」
ユウトはしっかりと目を見開いてクラヤミの奥底を見た。
そこは何も見えない真っ暗な穴。光も音も何もかもが吸い込まれていく。けれども時々、人の悲鳴のような音が闇をやぶって聞こえてくる。その悲鳴を耳にすると胸がえぐられるような痛みが走るが、その悲鳴が、その痛みがユウトにある事を確信させていた。まだ何とかなる、みんなを助ける方法があるのだと。
「クーラリオ、フーガ、ミズチ、エンジュ、アダマント。みんな良く聞いて」
ユウトの口から、小さいがクラヤミにも飲まれないほどしっかりした声がりんと響いた。
「あのクラヤミには、ボクを知っている命、ボクを苦しめた命、ボクが知らない命が、みんなみんな苦しんでいるんだ。だから、ボクはみんなを助けに行く!」
そのユウトの決意に、精霊たちは無言でこたえてくれた。クーラリオも力強くうなずいてくれた。みんな体はガラクタのようにボロボロになっていたが、心はくじけていない。いや、もっともっと強くなっている。
「クラヤミの一番奥にみんながいるんだ。何が起こるかわかんないけど、とにかくとびこむよ」
「そうだな。そいつが一番お前らしいもんな」
「でも、みんなを巻き込んで……」
「何言っている!」
クーラリオは笑うように明るくほがらかな声でユウトを叱った。
「一蓮托生ってやつだ。ここまできて置いていかれたらたまんねえよ。それにな、みんなお前を放っておけねえんだ」
「え?」
ユウトはキョロキョロとみんなを見わたした。みんなズタズタのボロボロになっていたが、怖い顔をしてにらんでいるのは誰もいない。
「ユウトは泣虫のくせに、何かあったら誰もやらないようなむちゃを簡単にやっちまうからな。そんなお前を放っていられねえんだ。オレたちみんな、そんなお前が大好きだからな」
「あ、ありがとう」
こんなところでグシグシと涙ぐんでしまうユウト。そんなユウトにクーラリオも精霊たちもゆかいそうにしている。
「それ見たか。こんな時にうれし泣きできるからお前はおもしろいんだ」
「へへへ」
あちこちが黒こげたり、すりきれたりしているそでで涙をぬぐうユウト。ぬぐいさると、顔はあちこち汚れていたが、力強くて大きな笑顔の花がさいていた。
「行くよ、みんな!」
「おう!」
底知れぬ深い深い闇の奥に向って、ユウトたちは飛び込んでいった。
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