第6話 火と土の精霊
「ほう。風に続いて水までも突破されたか。ずいぶんと早いな……」
山頂へと続く一本のけわしい山道を、赤黒いローブに身をつつんだ男が、一人静かにのぼっている。
よくよく見てみると、男は何か大きいものを引きずっていた。それは人がすっぽりと入るくらい大きな箱。まるで棺おけのような、いや、それは棺おけそのものだった。
「残る結界が簡単に破られるとは思えんが、まだこちらにも準備がある」
ローブの中からかいま見える、その男の顔はゲオルギィ。その瞳がぶきみにまっ赤に光りかがやく。
ゲオルギィはふところからあわい緑色の宝石ベリドットをとりだすと、ふぅっと息をふきかけ、宝石を風にまかせてときはなった。宝石は流星のように結界のある場所に向って飛んでいった。
「結界の精霊にさらなる力を与えよう。身のほどしらずのこわっぱとガラクタ人形よ、火中の栗を拾う恐ろしさ、その身でしっかりと味わうがよい……」
「よし、この辺りだ」
緑色のかぼそい光がとどいた直後に、ユウトとクーラリオは火の結界の場所にたどりついた。
「ここが火の結界の場所……」
ユウトたちが降り立ったのは、みんなが寝とまりしていたテントの近くの広場。その真ん中に、燃え残ってまっ黒になっていた大きな角材がゴロゴロとむぞうさに転がっている。
「なるほど。ここは地上の人間たちが大がかりなたき火をする場所だったんだな」
「キャンプファイヤーっていうんだよ。今日もボクたちの町内会のみんなでやったんだ」
そこでユウトは言葉につまってしまう。ほんのついさっきの出来事だったはずなのに、もうずいぶん昔の出来事だったように思えてしまっていた事に気が付いてしまう。
肝だめしのすぐ後に、ここでキャンプファイヤーを行ったのだ。だからその時は、すなおにキャンプファイヤーを楽しむ事ができていた。みんな、炎に負けないくらい楽しそうな笑顔が灯っていたのをありありと思い出す。でも、そのみんなは今……。
ユウトの顔がくもって、思わず目に涙がこみあげてきそうになった。ユウトの様子を見て取ったクーラリオは、ユウトの肩にやれやれと飛び乗った。
「ユウト、そのキャンプなんちゃらってのを、まだ思い出にするんじゃねぇ。思い出ってのはな、何もかも終わってから、しみじみとなつかしむものなんだからな」
「う、うん」
「いいか、今夜の事を思い出にするのは、朝日が昇るのを見届けてからだぞ」
広げた右の翼で、ユウトの頭を軽くなでるクーラリオ。
「わかってるよ。だからみんなをとりかえさないといけないんだ」
クーラリオに向けて決意をこめて首をうなずくと、ユウトは結界のあるというキャンプファイヤーの場所に一歩一歩と近づいていく。
しかし、キャンプファイヤーを行なった場所は精霊の姿どころか火さえ燃えていない。その様子を見て、ふぅっと一息ついて安心してしまうユウト。
「そっか。キャンプファイヤーが終わった後に、大人の人が水をかけて火を消してしまったんだ」
「……」
「それに燃やすための木だってもうあんまり残っていないし。それに相手が火だったら、ボクは水の力だって味方にしているんだよ。何にもこわいことなんてないよ」
「だといいんだがな……」
たしかに残っていたのは水たまりの中でじっとりとぬれた、まっ黒な木の燃えのこりだけ。
「ほら、やっぱり火なんて残っていないよ。ぽわぽわまっ白い灰の中に、こんな小さな種みたいのが残っているだけ……」
ユウトがつまんで見せたまっ黒な種を見た瞬間、クーラリオは血相を変えてどなった。
「ユウト、そいつをすてろ!」
「え?!」
だがおそかった。ユウトが手にした種から、まっ赤な炎が勢いよくふきだした。そのすさまじい勢いにクーラリオはふきとばされてしまう。
「逃げろ!」
だが、今度は地面がいきなり盛り上がった。土は巨木の根っこのように大きく広がると、逃げようとするユウトをがっしりとつかんで逃がさない。
「うわぁ!」
「ユ、ユウトぉ!」
もえさかる炎はさらに勢いを増し、人のような姿に変わる。それはトラックを立ち上がらせたほどの大きさの炎の巨人。その手にはしっかりと固くユウトがにぎりしめられていた。
「何てこった!ゲオルギィのやつ、土の精霊まで使いやがったのか!」
「うわあぁ!あぁぁぁ!」
つかまれたユウトの体から、ものすごい勢いで水蒸気がたちのぼっていた。水のマフラー、ミズチは、炎の熱からユウトを守ろうと必死でがんばっているのが水蒸気になって現れているのだ。
しかし、ふいをつかれて巨大な炎の手ににぎられてしまったので、水のマフラーは完全にユウトの体を守りきれていなかった。
水の幕で守れていないところから、そして水が蒸発して幕がなくなって守りきれなくなってしまったところから、炎はその凶暴な熱でユウトの体を焼いていたのだ。
「あー!あー!うあぁー!」
炎だけでなく岩も砕けるほどの力でしめあげてくる。泣き叫ぶユウトの悲鳴が、やがてかたいものを切りつけるようなかん高いものに変わっていく。そして炎の手はよりいっそう力をこめたその時だった。
「!!」
手のふくらみがなくなったと同時にユウトは声にならない声をあげた。ユウトの体の骨があまりの力にばらばらにくだけてしまったのだ。
「ユウト、しっかりしろ!ユウトォ!」
「……!……!……!」
ユウトの口から飛び出しているのは、人の悲鳴ではなくただの物音になっていた。
「ちくしょう!どうにもならねぇのかよ?!」
ユウトはもう悲鳴をあげることしかできなくなっていた。
水のマフラーはユウトの命の危機に、いちかばちかの方法を取った。
ズドン!!
マフラーは力をふりしぼって大きくなって、水と火をふれ合わせて大量の水蒸気を作り出し、一気に大爆発させた。
「ユウトォ!!」
爆発の力はものすごく、炎と土の巨人の手を吹き飛ばす事ができた。こうして、なんとか炎の巨人の手の中からユウトは脱出することができたのだ。
だがユウトは無事ではなかった。体中の骨がめちゃくちゃにくだかれた上に、全身にひどい大やけどをおわされていたのだ。
「逃げるぞ!」
クーラリオはその小さな体から信じられない力を出して、ユウトをくわえてとびあがる。
いちもくさんに向うのはきれいな水が流れている近くの小川。
何とかひっぱってきたクーラリオはユウトもろとも、たたきつけるように小川に不時着。ユウトは小川の中に無事になげこまれたのだが、その体にふれた水はブクブクとふっとうしている。
「ユウト、しっかりしろ!しっかりしろ!」
冷たい水の中に入れられたユウトだが、返事どころか身動きすらしない。
「まってろ!もう少しがまんするんだ!」
だが返事も反応もない。声も出なくなり、ひゅうひゅうと弱々しく息をするばかり。その胸の上にクーラリオはとまる。
「四の五の言っていられねぇ!オレの全力、出しつくしてでも!」
クーラリオの体がまっ白にかがやきはじめる。クーラリオはユウトのケガを治すために、治癒の魔法を使ったのだ。
クーラリオの治療魔法で、ユウトの体が元に戻っていく。あらぬ向きに曲がっていた手足が、そして痛々しく焼けただれていた肌が、信じられないほどきれいに治っていく。
「はぁ、はぁ、ふぅ。クーラリオ……、あ、ありがとう。楽になったよ」
しかし、クーラリオはユウトのお礼に返事する事もなくそのまま、元気をなくしてゴロリと置物のようにへたりこんでしまった。
「だ、だいじょうぶ?!」
「ば、ばっきゃろう。油断してほいほい近づくからこんな目に合うんだぞ……」
口で怒っているクーラリオだったが、目は全然怒っていなかった。それどころかやさしげにユウトの方を見ているようだった。
ユウトはけんめいにクーラリオの背中にゼンマイの鍵をさして巻きなおす。しっかりと巻けなくなってしまうまで巻き直したユウトだったが、今までのようにクーラリオに元気が戻らない。
「もしかして、治療の魔法を使ったら弱っちゃうの?」
「へっ!ゼンマイを巻けば体を動かす力は戻るが、魔法を使うのに必要な魔力までは戻らねぇんだ。ユウトにわかるように言うなら、電池切れってやつだな」
「じゃ、じゃあその電池ってどこで充電すればいいの?!」
「地上じゃむりだ。予備は持ってきてねぇし、入れなおそうとしたら魔導界に帰らなきゃならねぇ。でも、そんな時間なんて残ってないからな」
ボソボソとかぼそい声でクーラリオはしゃべった。
「うわぁぁん!ごめんねクーラリオ。ほんとうにごめんね!」
クーラリオを抱きかかえて、ユウトは泣いて泣いて泣きじゃくった。そんなユウトにクーラリオはあきれたように、しかしやさしい声をかける。
「あのなぁ……、あやまる時間と元気があるんだったらな、さっさとあいつを、やっつけてくるんだ」
「むりだよ、むりだよそんなの!」
ユウトは小川のなかでへたりこんで泣きさけびつづけた。
「あんなのに、あんなのすごいのに勝てっこないよ。絶対むりだよ!」
「なんで、そう思う?」
「あんなすごい攻撃だったんだよ?!ボクじゃあ絶対よけられっこないよ!さっきみたいににぎられて、じゅうじゅう燃やされちゃうよ!」
クーラリオはだまってユウトの泣き言を聞いていた。
「まっ黒の焼きおにぎりにされちゃうよ!だから、勝てっこないよ。おしまいだよ……」
「ばか……、やろう!」
枯れはてそうなくらいかすれてながら、耳の奥どころか胸の奥ふかくまでえぐるような声を出してクーラリオはさけんだ。
「たった一回負けたくらいで、すぐにあきらめてどうする?!」
「でも、でも……」
ひっく、ひっくとしゃっくりしながら鼻をすすっているユウトに、クーラリオはぎこちなくおきあがらせて言葉をつづける。
「いいか、ユウトよく聞け。負けたと思うまで人間は負けねぇんだ!」
「負けたと思うまで?」
「そうだ。人間は負けねえ。生きていれば絶対に次に勝つチャンスがある」
ユウトはだまって下をみていた。さわさわと流れる小川の水面にゆらゆらとゆれる月がうつっている。
「第一、お前はあの時、おもいきり油断していただろうが!?全力で戦って負けたのか?ちがうだろ!」
「う、うん……」
「やられて死んでしまったんならそれまでだ。でもお前はこうやって生きているからな。生きているからオレさまのありがたいお説教を聞く事ができるし、泣き言だって言えるし、反省だってできるんだ」
「生きて、いるから?」
「そうだ、生きているからだ」
その時、ぐうぅっとユウトのお腹からうなる音がした。
「なんだユウト、腹が減ったのか」
「う、うん。そうみたい」
夕飯のカレーライスを食べてから、かれこれもう五時間くらい。それからみんなで肝だめしをしてキャンプファイヤーをして、呼びつけられてお堂に行かされて、そこでクーラリオと出会って……。ずいぶんと時間がたっていたのだ。
「あれだけ動き回って戦っていりゃあ、腹も減るだろうな」
「えへへ」
ユウトは左手でお腹をさすってみる。やっぱりお腹がすいていたし、のどもカラカラになっていた。
「のどがかわいて、お腹がすくってことは、お前はしっかり生きているってことじゃねぇか。わかるだろ?」
「うん」
「だから生きているうちはな、簡単に負けたとか、もうだめだとか、思ったりするんじゃねぇ。思っちまったら本当におしまいなんだ、ぞ……」
そのまま息を切らせてぐったりしてしまうクーラリオ。
「クーラリオ!しっかり!しっかりして!」
「オレ様をだれだと思っているんだ?オレ様はクーラリオ様なんだぞ。ユウトこそ、ちゃんと立ち上がってみせろよ……」
ユウトはクーラリオを大きな岩の上にそっと置くと、ぐしぐしと涙をこぶしでぬぐって立ち上がり、そして空を見上げた。木と木の間からのぞいていた夜空には、お月様が青白く、くっきりと力強くかがやいていた。
「ユウト、お前はしっかり立ち上がれるな。立てなくなってたらどうしようかと思ったぞ」
「大丈夫。ボクはもう大丈夫だよ」
ユウトは、ここがみんなでテントを張っていた場所の近くだという事を思い出した。
「ちょっとまっててね!」
ふきぬける風のように、小川の上を、森の木々の間をかけぬけるユウト。ついさっきまで木の枝にぶつかっていたとは思えないほど見事な上達ぶりだった。
「そうだぞユウト。お前はやればできるんだぞ……」
ぽつぽつとむらさき色の点々が目の前に広がってきたクーラリオは、うつらうつらとふかい眠りの底におっこちてしまいそうになっていた。そこへユウトが、突風のような早さで帰ってきた。
「クーラリオ!のどがかわいてお腹がすいたから、水筒とお菓子を持ってきたよ!一緒に食べよう!」
「そいつはいい考えだが……。言っとくがオレはからくりの体だからな。食べ物は食えねえぞ?」
「いいんだよ。気分だけでも味わってよ、ね?」
「わかったわかった。気持ちだけでもいただいておくぜ」
ミズチが小川の水を空にうかせて、水筒の中に入れてくれる。
お菓子はもしもの時のための非常食にと、お父さんがお母さんにだまって持たせてくれた丸くて大きくてあまーいチョコチップビスケット。羽かざりのフーガが、わざわざ風の力で手元に運んでくれる。
「こんな時間にお菓子を食べたらお母さんに怒られちゃうけど、こんなにお腹がすいちゃったんだからしかたないよね」
「そうだな。今夜は特別の特別だ」
森の木々の合間の空に、星がいっぱいにひろがってまたたいている。星空を見上げながら、友だちと食べるお菓子は最高においしかった。
「クーラリオ、ボクのお母さんに会ってもこの事は絶対にだまっていてね。ボクのお母さん、いつもはボクより元気いっぱいで、まるでお姉ちゃんみたいなんだけど、こういうことにはすっごくきびしいんだから」
「そうなのか」
うんうんとうなづきながら、クーラリオはユウトの家族の話を楽しそうに聞いていた。ユウトが楽しそうにしているのを見ていると、楽しそうな声を聞いていると、今補充できないはずの魔力が体に戻ってきている気がしてくる。
「もしかしたら、クーラリオまでしかられちゃうかも。だからこの事は、絶対にないしょだよ。約束してね」
「しかられるのはオレ様もいやだからな。約束するぜ、ユウトが夜中にこっそりビスケットをお腹いっぱい食べちまったなんてことは、お前のお母さんには言わないって」
「あはははは……」
「はははは……」
ユウトは靴をぬいで、小川につけた足をばちゃばちゃしながらクーラリオと楽しそうに笑いあっていた。
小川の水は清らかでつめたく、ふきぬける風はやさしく体をなでてくれる。それはまだ治りたてで敏感になっていたユウトの肌をいたわってくれているよう。
ユウトは小川の水で顔をパシャパシャあらって、顔をぱんぱんとはたく。ちょっと力が強すぎたような気がしたが、痛みを感じる事ができるということがとてもうれしかった。
空腹も満腹も、痛さも気持ちよさも眠たさも、それは生きているから感じる事ができるもの。そう、ユウトはしっかり生きているのだ。
「じゃあ、もう大丈夫だな?」
「うん」
「ケガの方も、お腹の方も大丈夫なんだな」
「うん、大丈夫だよ。十枚入りのビスケット、七枚も食べちゃったし」
いつもだったら五枚も食べればおやつはおしまいのユウトだったが、今夜は七枚も食べてしまっていた。
「残りはどうするんだ?」
「明日になってからゆっくり食べるよ」
「そうか、明日だな」
「うん。明日だよ」
その言葉を聞いて安心したクーラリオ。これなら本当に大丈夫だと判断し、ユウトにさっき戦った精霊について教えてくれた。
「さっきお前を“焼きおにぎり”ってのにしようとしたのは、火の精霊エンジュと、土の精霊アダマントだ」
「エンジュとアダマント?!二つも一緒に?!」
「ああ。エンジュは火山の近くでいつも燃えている木でな、火山がおとなしいときは種の姿でじっとしていて、火山が噴火すると大きな木の姿になるっていう、変わった精霊だ」
「そうなんだ。でもボクをおそってきたときは巨人みたいな姿だったけど?」
「あれは敵が近づいてきたときに土の精霊アダマントと合体してあんな姿になるんだ。特に自分の種をねらって近づいてくる、火くい鳥をおっぱらうときにああなるみたいだがな」
「ありがとう。相手の事はわかったから、今度はちゃんと準備していくよ」
ユウトは、ふたの開いた水筒をちゃぷちゃぷとゆらしながら笑顔を見せた。
「持っていけるだけ、水を持っていくんだ」
立ち上がったユウトは目をつぶって右手ににぎったタクトを夜空のてっぺんに。小きざみにリズムをとるタクトの動きにのって、小川の水が宙にまいあげられ、空中で大きな水の玉になる。それは学校のプール一杯くらいはありそうな、ものすごい水の量だ。
「まあ、持っていけるだけ持っていくって考えはまちがってねぇが、こんだけ持って行けるってのもすげえもんだな」
「行ってくるよクーラリオ。今度は負けたりしないよ」
クーラリオをその場でゆっくり休ませて、ユウトは一人で火のつち結界にかっとんでいった。
「おう、期待してまってるぜ」
あっという間に見えなくなった背中を、クーラリオは頼もしげに見つめ続けていた。
結界にもう一度足をふみいれたユウト。
キャンプファイヤーの広場はさっきとは様子がずいぶん変わってしまっていた。
さっきは燃え残ったまっ黒な木が水たまりの中で転がっていただけだったが、今は広場のまん中に、神社のご神木の楠のように大きい、炎をふき上げて赤々と燃えている巨人がどうどうと居座っていたのだ。
「あれがさっきボクを焼きおにぎりにしようとしたエンジュさんとアダマントさんか……」
にぎられた時は、自分の体を焼く炎しか見えていなかったユウトは、相手の姿をはっきりと見たのはこれがはじめて。
その大きさに、その恐ろしい迫力に息をのむ。でもふるえたり、逃げ出そうと思ったりはしない。
(うかつに近づいたら、さっきみたいに焼きおにぎりにされちゃう。だから、近づくのは最後の最後。チャンスを作って、一気にいくんだ!)
決意をこめて一歩前にふみ出したその時、エンジュはその身を焼いている炎をまわりにまきちらしはじめた。
まるで桜の花びらが風にふかれて舞い散るよう。けれどその炎の花びらは、さわっただけで物を燃やしてしまうとても危ない花びらなのだ。
「そうやってボクを近づけさせないつもりなんだね。でも!」
さっき持ってきたはずの水を空中にうかべたまま、燃えさかるエンジュのまわりを、ぐるぐるとものすごいスピードで飛び回るユウト。
火の花びらの中につっこんでいくが、ユウトの体に火の花びらはとどかない。
ミズチの水のマフラーが幕になって、火をはねかえしているのだ。思いきりにぎられているならとにかく、火の粉ぐらいなら払いのけてしまうのは簡単なことだった。
「そうやって火の粉をまわりにまいても意味はないよ!」
そのままユウトは目にも止まらない速さでエンジュのまわりをうずまくように飛び回りはじめた。
風の羽かざり、フーガが力をかしてくれるので、ユウトはどんどん風をまいて加速していく。その勢いは突風から、やがて力強い竜巻のようになっていく。
しかしエンジュの炎はふき消えるどころか、風にあおられてさらに勢いを増していった。火が燃えるのに必要な酸素が、エンジュにむかってたくさん流れこんできたからだ。
やがてエンジュの体の炎も竜巻といっしょになって燃えはじめる。ユウトはエンジュを弱らせるどころか、逆に強くしているようだった。
「フラム、フラム、フラウム!風の力よ、竜巻の力をそのままにしておいて!」
しっかり大きくなった竜巻は、ユウトが回っていなくても勢いが止まらない。そして竜巻は炎をとりこんで、噴火する火山のような勢いになっていた。
これではエンジュの力が強くなるばかりだ。しかしユウトは考えなしでこんな事をしたのではない。
「いまだ!」
とてつもなく大きくなった炎の竜巻。しかしそのま上には、すっぽりと大きな穴ができていた。台風と同じで、うずのまん中は逆に静かになっているのだ。
「いっけぇ!水の魔法、ジャボル!」
竜巻の真上でまちかまえていた水の固まりは、何十倍にも小さく押し固められて、エンジュにたたきつけられた。
「これでどうだぁ!」
炎の竜巻が中からおきた爆発でふきとんで消えてなくなると、中のエンジュはまっ黒なだけの木になってしまっていた。
その瞬間、ユウトは風で大きな刃物を作って火が消えたエンジュに投げつける。
たて横に十文字に切りきざまれたエンジュの黒くて大きな体は、ガラガラと音を立ててくずれおちる。そして中から、まだ消えずに燃えている火の種と土の人形を見つけると、ユウトはまっすぐに急降下していった。
「キャッチ成功!」
水のマフラーで包むように火の種と土の人形をつかむと、結界の気配が消えてなくなった。
エンジュを見事につかまえたユウトは、急いでクーラリオのところに飛んでもどる。
「クーラリオ、やったよ!ボク一人でちゃんとやってきたよ!」
ユウトは水のマフラーをゆっくりひらいて、火の種と土の人形をクーラリオに見せる。
「よ、よくやったな……」
「よかった。いままでずっと苦しい思いをさせてごめんね」
こんもりともられた、枯れ枝の上に火種をのせる。するとパキパキと音を立てて枯れ枝は燃え出し、あたりにやわらかいオレンジ色の明かりを灯す。
「本当は火山の近くに連れて行ってあげるのが一番なんだと思うけど、今は時間がないんだ。だからこれでガマンしてね、エンジュ」
やさしい、こころからいたわる声でエンジュに話しかけるユウト。その時、パチンと何かが弾ける音がして、あわい緑色の光が。ゲオルギィがエンジュに与えていたベリドットが弾けて消えたのだ。
その瞬間、エンジュからゆっくりとわきあがるように出てきた火の粉が、ゆっくりとユウトの両腕で輪を作る。
火の粉のはずなのに、熱いと少しも感じない。それどころか体のそこをあたためてくれるような、やさしくて心強い熱をくれる。そして火の粉はゆっくりと固まって、炭火のようにやんわりと赤く光るブレスレットに変わっていた。
「エンジュも力をかしてくれるんだね……。ありがとう!」
ほんのり涙ぐんでしまうユウト。ついさっき、自分が焼きおにぎりにされかけるくらい苦戦した相手だっただけに、味方にしたときのうれしさもひとしおだった。
「クーラリオは大丈夫?」
「ああ、何とか省エネ運転に切りかえたところだ。ユウトが大丈夫なら、いよいよゲオルギィのところにむかうぞ」
心配そうにしているユウトに、クーラリオは首をコキコキと左右に振り、翼をおおげさにバタつかせて応えてみせた。
「よっしユウト、しっかりついてこい!時間は一分一秒だって無駄にできないんだからな」
「うん、わかっているよ!」
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