第4話 風の精霊

「ふわぁぁん!ふわぁぁん!ふわぁぁん!」


「ごらぁ!戦う前からぐじぐじ泣いているんじゃねぇ!」


 展望台にむかったはずのユウトとクーラリオだったが、今いるのは道のとちゅうの休憩小屋のベンチ。

 ユウトは体中どろだらけで、すりキズだらけのボロボロの姿になってしまってへたりこんでしまっていた。クーラリオはそんなユウトの頭の上を飛びまわりながらお説教していたのだ。


 なんでこんな事になってしまったのかといえば……。


「だって、だって、体が早くはしりすぎて体がおいつかなかったんだよぉ!」


「あ、あのなぁ」


 運動神経がポンコツなユウトは、クーラリオの飛んでいった後をおいかけてけもの道を通りぬけた時に、すべって転んでぐしゃぐしゃのボロボロになってしまったのだ。


「やっぱりムリだよ!もう痛いのイヤだよぉ」


 やってやるんだというさっきの決意はどこへ飛んでいってしまったのやら。ユウトはいつもの泣虫弱虫にもどってしまって、わんわんと泣き出してしまった。


 けれどクーラリオはそんなユウトを本気の本気でしかりとばす。


「おいごらぁ!痛いとか痛くないとか、そういう問題じゃねぇんだぞ!」


「で、でもぉ」


「このくらいでぐじぐじしてたんじゃあ、誰も助けられないし、お前もそのまま死んでしまうんだぞ!」


「う、ううう……」


 うつむいてポロポロと真珠の涙をこぼすユウト。


 こんな姿のユウトをみたら、いつもならかわいそうにと見かねた誰かがとめてくれるところだが、クーラリオはユウトの泣き顔を見てもしかるのをやめようとしない。


「ふん、お前はいいだろうよ。何で自分が死んでしまうのか、きちんとわかって死ねるんだからな」


 なじられてだまったまま下を向いているユウト。


「でもなぁ、あの場所にいたほかの連中はどうなんだ?!何にもわけわかんないうちに、あのまんまカチンコチンに凍らされたまま死んでいくんだぞ!?」


「そ、それは……」


 そこまで言われて、ようやくユウトは声を出した。


「ふん。それでいいんなら、そこで日が昇るまでぐしぐし言っていろ!」


 ユウトは首をぶんぶんと振ってさけんだ。


「そ、そんなこと、そんなことできないよ!町内会のみんな、おじさんもおばさんも、お兄さんやお姉さん、ボクの同じ学年の子も年少の子も、みんなカチンコチンで死んじゃうなんてイヤだよ!そんなのイヤだよ!」


 それはユウトの本気のさけび。いままで出した事もないくらい大きな声でユウトはさけんでいた。


「みんなみんな一人じゃないんだ。お父さんやお母さんだって待っているのに、おじちゃんおばちゃんたちだって、こどもが待っている人だっているのに、いきなりみんな死んじゃうなんてダメだよ!」


 それを聞いたクーラリオは、しっかりした目でユウトをみつめるとふるい立たせようとほえさけんだ。


「だったら立て!立ち上がるんだユウト!」


「う、うん!」


 右腕で涙を力強くぬぐいさるユウト。顔についていたどろの点々が、ユウトの顔いっぱいにひろがった。


「いいかユウト。お前がこれからやらなきゃいけないのは、ころんだとかすりむいたとか、そんな生やさしい痛さですむようなことじゃないんだ!」


「でも、ボクがやらなきゃ誰がやるの?!ボクが行かなきゃ誰がいくの?!」


「そういうことだユウト!」


 よく言ったと大きく力強くうなづくクーラリオ。


「よし!とりあえず、もう一回変身し直せ!そんな格好じゃあ、やっぱりカッコつかないだろ」


「うん、わかったよ!魔法変身!アス・マキ・ビー・マー・ジュ!」


 もう一度の魔法の光がユウトの体を包みこむ。まぶしい光が消えると、ピカピカの新品の服装にユウトはもどっていた。


「これで仕切りなおしだな」


「で、でも、まだあちこち痛いよ……」


 これはあくまで服装がきれいに戻っただけ。顔についていたどろはとにかく、あちこちのすりむきキズや打撲の痛みは全然消えていないのだ。


「いいかユウト。たしかにケガを治す魔法はあるし、オレも使うことはできる。でもな、そんなケガでいちいち治していたら、こっちの力が持たねえんだ。だからそれくらいは気合でなんとかしてくれ」


「うん」


「なーに、本当にヤバくなったら、ちゃんとしっかり治してやるから、しっかりがっつりぶつかれ!」


「うん、わかったよクーラリオ!」


 力強く背中をバンバンと翼ではたくクーラリオ。


「ふ、ふわわっ!」


「キズは治してやれなくても、気合はいつでも入れてやれるからな!」


 びっくりして飛び上がってしまうユウトだったが、クーラリオの気持ちはしっかり伝わった。


「もう近道は気にせずに、ちゃんとした道なりに行くぞ!そのかわり、遅れた分は取り返すつもりでいくからな!」


「わかったよ!今度はちゃんとバッチリやってみせるよ!」


 パンパンと顔をはたいて気合を入れてみるユウト。ちょっと力が強すぎたのか、痛くてちょっと涙目になってしまうが、こんなことで泣き出すわけにはいかない。


「よっし、気合が入ったところで、今度こそレッツ&ゴーだ!」


 ユウトは力強く走り出した。今度は力に振り回されないように投げ飛ばされないように。


 一歩一歩ふみ出す足元から、力強く風が吹き起こり、ユウトの体を前に前にと押し出す。だんだんと体が宙に浮き上がり、スケートをしているように足がすべりだした。


「わあぁ!わあぁ!」


 今までのようにおっかなびっくりの声ではなくて、うれしさとおどろきの声を出すユウト。


「やれやれ、やっとなれてくれたか……」


 自動車もビックリのスピードで、ユウトとクーラリオは展望台にまっしぐらに向っていった。


「やっと、ついたぁ」


「思っていたよりも、ず・い・ぶ・ん、時間かかっちまったが、まあ、まだ大丈夫だ」


 ドタバタしたのも一段落。なんとか力を使えるようになったユウトは、はふぅと一息。ようやく目的地の展望台にたどりついた。


 展望台は山の西側にあり、山頂の次に見はらしのいい場所にあった。


 三階建てくらいの高さで、晴れているときはずっとむこうの海の方までよく見えるのだが、今は夜なので、遠いむこうの町の光らしいものがぽつりぽつりと見える程度。


 ユウトはさっそく展望台に登ってみようと近づいた。だが、とたんに様子がおかしいことに気がつく。


「あれ?展望台のてっぺんに、風のうずがたまっているよ」


 展望台の十メートルほど上空で、風がごうごうとボールのようにかたまっているのがユウトの眼にとびこんできた。大きさは運動会で使う、玉ころがしの玉と同じくらいだろうか。


「あれが風の結界だ」


「あれが、結界なんだ……」


「そうだ。簡単に近づけないように、風でバリアをつくっているな。だったかこっちもその前に」


 クーラリオはクチバシで、自分の首にぶら下がっていたカギをくわえてユウトをつっつく。結界を前にしたので、ゼンマイを巻きなおしておこうというわけだ。


 ユウトはクーラリオをだきかかえると、そのカギを背中にさして回し始める。ギチギチと音を立てながら、力の弱いユウトには、ちょっときつい固さのゼンマイを巻きなおしていく。


「ねえ、結構固いよ」


「そりゃあオレさまに使われているのは、魔導界で一番ゼンマイにふさわしいと評判の、ヒゲナガリュウのヒゲなんだぞ。それもとびきり上等なヤツのだ」


「へええ。そんな動物が魔導界には住んでいるんだ」


 ユウトがつぶやいたその時だった。かたまっていた風は、ユウトたちが近づいてきた事に気がつくと、とたんに大きく広がって、まわりに突風を吹きちらした。


 まるで台風のときに家の外に出たような、ものすごい風がユウトの体にぶつかってくる。

 ユウトは両足をふんばってなんとかこらえてみせる。クーラリオはユウトの手から離れると背中にまわりこんで、飛ばされないようにしっかりと背中を押してくれる。


「こんなことで負けるもんかぁ!」


 ユウトが思い切りさけんで前進すると、風の壁は五メートルほど進んだところでとぎれた。結界の壁をこえたのだ。


 風がやんだので、ユウトは眼をしっかり開いてまわりの様子をゆっくりと見てみる。結界の中はさきほどまでの激しい風がウソのように止まっていて、逆に物音一つしない静かな場所になっていた。


 しかし、何かがいる気配が全くなくなったわけではない。それどころか、はっきりと、チクチクとナイフで突きさしてくるような気配が、展望台の上からこちらに向けられてくるのを感じ取る。


「さっそくお出ましのようだな、あれがこの風の結界の主だ」


「ふわぁぁ……。四枚の大きな翼の鳥さんだ!」


 そこにいたのは、あわい空色の四枚の大きな翼をもった鳥だった。


 顔は動物園で見たタカのように見えるが、翼に負けないくらい大きなまゆ羽が二枚、りりしく生えていた。


「あいつはフーガって言う精霊だ。鳥の姿をした風の精霊で四枚の大きな翼で自由に空を飛びまわるのが大好き。寝るとき以外はあんなふうに同じ場所にじっとしていることはないんだが……」


「じゃあどうしてあんなところにいるの?」


「ゲオルギィが結界の柱にしてしまったからさ。それもひどく乱暴な方法でな」


「乱暴な方法?」


「ユウト、フーガにつけられている首輪が見えるか?」


 フーガをよく見てみると、その首に不自然に、いばらをあんだようにトゲトゲした、まっ赤な首輪がつけられていた。


「う、うん。とげとげした針金みたいなのが首にまかれているよ」


「そう、あれが精霊をむりやり自分のいう事を聞かせてしまうようにしてしまう、トゲ金の首輪だ」


「トゲ金の首輪?!どうしてそんなことするの?」


 クーラリオは手短に説明してくれた。


 魔導師がより強い力を使おうとする時は、普通は精霊となかよくなって契約を結ぶ。そうすることで大自然の強い力を使うことができるのだ。


 しかし、精霊となかよくならずに力づくで従わせて、むりやり精霊の力を使う方法もあるのだ。その方法の一つが魔法の道具、トゲ金の首輪を使うこと。


「ああやって精霊を無理やり従わせるのは、魔導師にとって、絶対にやってはいけないことなんだ。そんなこともおかまいなしにこんなことを……。ゲオルギィの野郎は許せねえ!」


「ど、どうすればいいの?」


 おずおずとたずねるユウトに、クーラリオは残念そうに答えた。


「かわいそうだが、アイツをやっつけてから、あの首輪を外してやるしか方法がない」


「え?!やっつけなきゃいけないの!?」


 やっつけるという言葉にまっすぐに反応して、嫌がるユウト。だが、クーラリオはつきはなすようにつづけた。


「あの首輪をつけられた精霊は、自分の力で首輪をはずすことはできないんだ。首輪をつけられた精霊を倒してしまわないとはずす事ができないようにできているのさ」


「だから、かわいそうでも何でも、とにかく首輪をつけられた精霊は倒すしかないんだ」


「わ、わかったよ。なるべく痛くしないようにして、あの精霊さんをしずかにさせるよ」


 ユウトは、心の奥の方から聞こえてくる誰かの声に耳をかたむける。それがだれの声なのかはよくわからなかったが、さずけられた力の使い方を教えてくれていることはわかった。


「それじゃあ、いくよ……。物を宙にうかせる魔法、フラム!」


 ユウトは手にしたタクトをかるくふると、その動きにあわせて足元の小石が、ゆっくりふわふわ浮き上がって、目の前をくるくる回りはじめた。


「こ、小石が……、浮かんできたよ!」


 ユウトの指図にあわせて、ダンスをおどりはじめる小石たち。わずかな動きと力加減に合わせて、ゆっくり動くものもいたり、逆にすばやく動いたりするものもいる。見ているだけでも心が楽しくなるような、小石たちのダンスパーティだ。


「よしよし、いいぞいいぞ!あとはフーガにねらいをつけて、そいつをぶっぱなせ!」


 クーラリオの言葉に反応したユウトの心をうつすように、小石たちはピタリとダンスをやめた。そして一斉にスクラムを組むと、ユウトの指揮に従って頭上にゆっくり浮かび上がる。


「打ち出しの魔法、ターム!」


 ユウトが力一杯大きな声で呪文をさけびタクトを振ると、小石たちはパチンと音を立てて、鉄砲の弾のようにフーガに向かって飛んでいった。


 しかし魔法の力は持っていても、初心者のユウトにはまだまだうまく使いこなせない。狙ったつもりの小石のつぶては、ビュンビュン飛びまわるフーガのそばをかすめて通りこしていった。


「あ、あたらないよ!」


「もっとしっかり、相手をよく見て狙うんだ!あわてず急いで、正確にな!」


「う、うん!」


 今度はさっきよりも石を大きくし、数もふやす。何十個もの石つぶてがふわりと浮き上がり、ユウトの一振りで一斉に飛び出した。


「いっけぇ!ターム!」


「よっしゃあ!これならいけるぞ!」


 まるで夕立のようにフーガに向かう石つぶて。だが。


「何だか変だよ。まっすぐ向かって行っているのに、途中でまがっちゃうんだ!」


「なんてこった。フーガも風の力で小石の弾をはね返しているんだ!」


 ユウトの打ち出した石つぶては、軽自動車くらいなら一撃で穴をあけてしまうような威力のはず。しかしフーガは風の力で強力なバリアを作り、ユウトの石つぶてを全て受け流してしまったのだ。


「ど、どうしよう……」


 攻撃をやめずに続けているが、やはりユウトの攻撃はフーガに届いていない。


「こりゃあ遠くからねらったってラチがあかねぇな。すきを見てふところに飛びこむしかないみたいだぞ」


「と、飛ぶの?!あ、あんなに高いところに?!」


 ついさっきまで風のように走ることだってできなかったのに、空なんて飛べるわけがないよと、ユウトはしりごみしてしまっていた。だが、クーラリオはユウトを力強く応援する。


「飛べる!」


 その言葉に迷いはない。


「ユウト、お前ならできる!できるんだ!」


「で、でも……」


 まだ不安そうなユウトに、しっかりと力強い言葉をぶつける。


「オレの言っている事を、ユウトに授けられたマーダル様の力を、何よりユウト、お前自身を信じろ!信じるんだ!」


「自分を、ボクを信じる……」


 ユウトはクーラリオの目をしっかり見つめると、がっしりにぎりかためた自分の両手を、自分の足を見た。


「よ、よーし!飛ぶぞ、飛んでやるんだ!」


「おい、ユウト!どうするんだ?!」


「ボクは飛べるんだ!だから、勢いをつけていくんだ!」


 全速力で突っ走ったユウトは勢いにまかせて展望台のあるガケにむかって突っ走っていく。


「ユウト、魔法の力は思いの力だ!だから強く思えばスピードは上がる!」


 後を追いかけるクーラリオの応援にユウトはさらにぐんぐんスピードを上げる。


「そのまま飛べ!飛ぶんだユウトぉ!」


「いっけぇぇ!フラァァム!」


 ユウトの体は星空の中に投げ出された。ついた勢いで今は飛んでいるのだが、その勢いも弱くなってきたとき、風向きが変わったのを感じ取った。


「や、やった……、ボク、飛んでいるよ!」


「よっしゃぁ!」


 ユウトの体は、まちがいなく空にういていた。まだまだういているのがやっとというようだが、とにかくユウトは空を飛ぶ事に成功したのだ。


「まだ速度は出せないかもしれねぇが、とにかくこれでフーガに近づけるぞ」


「で、でもこれじゃあむずかしいよ」


 ユウトが不安に思うのもしかたがない。フーガと同じ高さに飛べるようになったとはいえ、フーガはまわりの風を自由にあやつれるのだ。


「ふ、ふわわぁ!」


 さっそくフーガの突風がユウトにおそいかかる。バランスをくずしてしまったユウトは、ガケの真下の森の中にまっさかさま。


「ユ、ユウトぉ!」


 あわてて後を追いかけて急降下するクーラリオ。ユウトは木にぶつかる寸前で姿勢を立て直すと、木のてっぺんスレスレをすべるように飛行する。


「お、おい、しっかりしろ!」


 目を白黒させているユウトにクーラリオは声をかける。


「こ、怖かったよぉ……」


 瞳を涙でうるうるにさせながら、ユウトはなんとか上空に飛び上がった。


「うーん、やっぱり飛べるようになっただけで楽に太刀打ちできる相手じゃなかったな」


 フーガと距離を取りながら頭の回路をぐるぐるさせるクーラリオ。ユウトはクーラリオとフーガを交互にチラチラと見ていた。


「ね、ねぇ、クーラリオ」


「なんだよ」


 考え事のまっ最中のクーラリオにユウトはたずねた。


「フーガはどうして追いかけてこないのかな?」


「そりゃあ、フーガはあの結界を守っているからな」


「それじゃあ、あんまりあの場所から動けないってことだよね」


「そういうことだ」


 ユウトは何か考えがひらめいたらしい。


「何かいい手があるんだな?」


「うん。フーガはあの場所から動けないはずだよね。だったら、はねかえせないくらい強くて、よけられないくらい大きいのを一杯ぶつければ……」


「お、おいユウト!お前相手をキズつけたくないって言ってなかったか?!」


 だが、とまどうクーラリオをおいてけぼりにして、ユウトは力強くフラムの呪文をとなえはじめた。


 すると森の木々の中からごうごうと音が聞こえだし、枯れた木のみきや石などが次々と宙にうかんでくる。さきほどまでの小石たちとは、大きさも数もちがいすぎる。


「こ、こんなにたくさん……。こいつはすごいぜ」


 クーラリオはユウトの才能に素直に感心していた。


 ついさっきまで、転んですべってボロボロになっていた子供と同じにはとても見えないが、ユウトは持っていた力は小さくても、与えられた力を使いこなす才能があったのだ。


「これであいつを展望台といっしょに、一気にボロボロにしちまうってわけだな?」


「ちがうよ。フーガにはケガなんかさせたりしないし、展望台もこわさないよ」


「なんだって?それはどういう……」


 クーラリオの質問が終わらないうちにユウトは行動をおこした。


「行くよ、ターム!」


「おい、ユウト!」


 ユウトがタクトを一振りすると、あたり一杯にうかんでいた木々や石のつぶてが、夕立のようにフーガめがけて横なぐりにふりそそぐ。フーガは風の壁を作ってそれらをはねかえすが、そのために動けなくなっていた。


「今だ!ターム!」


 ユウトはフーガが身動きできなくなるその時をねらっていた。


 自分の体にタームの魔法をかけると、ユウトは自分の体を弾丸にしてフーガにぶつかっていったのだ。


「ユウトのヤツ、人間大砲なんてやろうとしていたのか!」


 ユウトはたくさん物をぶつけることでフーガが身動きできないようにして、仕上げに自分で体当たりしたのだ。


「つかまえる!」


 ぶつけるだけの石に魔法のバリアを破る力を与えることはできないユウトだったが、自分の体だったらそれができる。フーガの風のバリアを自分の力で打ち破ると、ユウトはおどろくフーガにとびついた。


「フーガ、暴れないで!ボクなら、ボクたちなら、君を自由にしてあげられるんだ!」


 ユウトはフーガの動きをだきついておさえこむ。するどいつめが、ユウトのわき腹をひっかき、そのクチバシが肩と首筋につきたてられる。

 ユウトのマジカルスーツはその攻撃にも破れずに持ちこたえていたが、そのフーガの痛みがユウトの体と心につきささる。


「ユウト!むちゃしすぎだ!」


 おいてきぼりを食っていたクーラリオがようやくおいついた。クーラリオはユウトの首筋にクチバシをつきたてるフーガの頭を両足でおさえこむ。


「クーラリオ、それはあんまりだよ……」


「バカヤロウ!おまえ、自分の体がどうなっているのかわかっているのか?!」


 確かにユウトのマジカルスーツはフーガの攻撃にやぶれずにたえていた。


 しかし、受け止めきれなかったダメージは、ユウトの体にしっかりとどいていて、特にクチバシにつつかれたユウトの肩と首筋からは、じわりと血がにじみでていたのだ。


 それにフーガの風のバリアをやぶったった時に、体のあちこちが切れてしまい、ユウトは体中キズだらけの、まっ赤な血まみれになっていたのだ。


「フーガ……、暴れなくていいんだよ」


 いつもの勇斗だったら、これだけたくさんの血をみてしまったら、まっさおになって気絶してしまっていたにちがいない。しかし今のユウトフーガを助けたい一心で、そんなことは何一つ気にならなくなっていた。


「ユウト……」


 暴れるフーガをやさしく、つつみこむように抱きしめるユウト。やがてフーガは少しづつ暴れるのをやめていく。


「君をしばっているのはその首輪だね。今から外してあげるから、大人しくしていて……」


 ユウトはゆっくりとフーガから手をはなす。するとフーガはその場にべたりとたおれこんで、苦しそうに全身で息をしはじめた。


「だ、だいじょうぶ?」


「ユウト、急ぐんだ!フーガは今、首輪の呪いと戦っているんだ!」


 首輪は精霊に言う事を聞かせるための道具。だから言う事を聞かないフーガには、罰としてとてつもない力が首輪から加えられているのだ。


「わかったよ!フーガ、もう少しまっていてね。楽にしてあげるから」


 ユウトは眼を閉じて、さっきのように心の奥底からきこえてくる声に耳をかたむける。そして両手をするどいトゲの首輪に。ユウトの細くてやわらかい指先にトゲはようしゃなくつきささり、まっ赤な血が指先からどくどくとながれ出す。


 しかしユウトは痛みも忘れて一心に、だれに教えられたわけでもない呪文をとなえていた。


「オイ・ニン・クム・ラマ・カマ……」


 その呪文はまるで子守唄のようにやさしいひびき。その言葉が首輪に、そしてまわりに吸いこまれていくと、まわりの風がやみ、そして首輪は静かに灰のようになってくずれ落ちたのだった。


 やがて心地よくすずしい風がふきぬけると、その灰をあとかたもなくふきながしてしまう。


「フ、フー!」


 フーガはおきあがると、優雅に気高く、その四枚の翼を広げて立ち上がった。


「さあお帰り。もう君は自由なんだよ」


 ユウトがやさしく語りかけると、フーガは大きく羽ばたいて空にまい上がる。


 しかしフーガはそのまま飛び去ろうとはしなかった。ユウトの頭の上をぐるぐると回り続けると、ユウトの心に語りかけてきたのだ。


「ありがとう。ボクのおかげで自由になれた?ううん。ボクはできることをしただけだよ。だから気にしないで」


 かろやかに答えるユウトだったが、プライドの高いフーガはそれだけで納得できないようだった。


「え、ボクに力をかしてくれるの?!フーガ、君の風の力を?!」


 返事をする前にフーガは光のつぶに姿を変えて、ユウトの体にとびこんできた。


 ユウトのかぶっている帽子に、四枚の大きな風きり羽が左右に二枚ずつアクセサリーになってくっついた。そしてユウトの心に、冷たくす清らかな風がふきぬける。


 ユウトは展望台に静かにおり立つ。そして夜空にかがやく青白い月をみあげるとやさしくつぶやいた。


「フーガ、ありがとう……」


「や、やったじゃねえか!風の封印を解いて、フーガも助けちまった!ついでにフーガと契約しちまうなんて、さすがマーダル様が見込んで力を授けただけのことはあるヤツだ!」


 今まで怒ってばかりだったクーラリオからほめられて、てれてしまうユウト。


「へへ、ボクだってやればできるんだよ」


「まあな。これで体中キズだらけでなけりゃ、もっとカッコついたんだけどな」


「ふぇ?」


 と、突然ユウトはその場にへたりこんで、大きな声で泣き出しはじめた。


「おい、どうした急に!」


「い、痛いよ、体中チクチク痛くて、おまけに血でべっとりしちゃっているよう!ふわぁーん!ふわーん!」


 ようやくユウトは自分の体に何が起こったのか理解したのだ。


「ま、まったく……。せっかくほめてやったらこれだもんな。まだ残り二つもあるってのに、先が思いやられるぜ」


 先が思いやられる事ばかりだが、なにはともあれユウトは最初の結界を打ち破ったのだ。

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