第3話 魔導少年誕生

「君、君!しっかりするのじゃ!」


「あ、は、はい!」


 やさしげでしっかりとしたおじいさんの声が耳元に聞こえてきて、勇斗は思わずとび起きた。


 目の前にいたのは、見たこともないような変わった服を着たおじいさんだった。


 肩はばと同じくらいある、大きくて横に長い白い帽子に、大きくてゆったりと長いまっ白なマント。キラキラ真珠のように光っているふしぎな生地でできた、それでいてじょうぶにそうなゆったりとした服。なによりその帽子や服にまけないくらい大きくてりっぱな、雲のようにまっ白でりっぱなおひげ。


 顔は神社のご神木のように深くてしっかりとしたシワでいっぱいだったが、シワの中に埋もれかけていた青色のサファイアのように青いひとみは、見ているだけで安心させてくれる光を出していた。


「あれ?ボクはたしか赤い服のおじさんに、何かされて眠っちゃったんじゃ……」


「その通りじゃ。だから、ワシが起こしてあげたのじゃよ」


 まだまだ意識がふわふわとぼんやりしている勇斗に、そのおじいさんはやさしく言葉をかけてくれた。


「あ、ありがとうございます!あんなところで眠っちゃったら、カゼひいちゃうところでした!」


 頭をしっかりと下げてお礼する勇斗。しかし、お礼を言われたおじいさんの方は、おせじにもあまりうれしそうな顔をしていなかった。


「うむ。カゼを引くぐらいだったら、本当に良かったじゃろうなぁ」


「え?あ、あの……、それってどういうことなんですか?」


 おじいさんは、その神社でしめ縄がされているご神木のような、カサカサと太くてしっかりした手を、勇斗の両肩にのせた。


 勇斗の顔がおちついてきたのを見とどけると、おじいさんは無言でうんうんとうなずいて間を置いてから、しっかりとした口調で勇斗に大変な、そして大事な事を教えたのだった。


「残念じゃが、君の命はうばわれてしまっているのじゃ。あの赤銅の魔導師によってな」


 大きな手は肩だけでなく心までつつみこむよう。けれどもそれは、勇斗を不安にさせないためにのせてくれたのだ。


「う、うばわれたって、ぼ、ぼくの命がですか?!」


 無言でうなずくおじいさんに、なおもたずねる勇斗。


「で、でも、ボクは今こうやっておじいさんとお話していますよ?それにおじいさんの手のあたたかさだって、しっかりわかります!」


 何が何だかわけがわからなった勇斗は、おじいさんの手をしっかりと握り返す。


「それはのう、ワシが君の魂に直接ふれているからじゃ」


「ぼ、ボクのたましい?」


 口をパクパクと、まるで金魚のようにさせてしまう勇斗。

 けれど、勇斗の混乱が落ち着くまで待っていられないのだと、おじいさんは話を続ける。


「君の命、すなわち命の光はほとんどが赤銅の魔術師、ゲオルギィに奪われてしまったのじゃ。残っていた君の光は本当にか細くて、あっという間にふき消えてしまうほどしかのう」


 その時、勇斗の頭の中に小さなロウソクのイメージがうかんだ。つまり、誰かがふうっと一息、自分に息を吹き込むだけで、自分の命は消えてしまうというのだ。


「そのままにしておけば、君はそのまま死んでしまうところじゃからワシは、このワシの命の光を、君に少し分けることにしたのじゃ」


 おじいさんは右手をかかげると、そのてのひらの上から、あわ雪のようにまっ白な光を見せてくれた。これがおじいさんの命の光なのだという。これを勇斗は分けてもらっていたのだ。


「あ、ありがとうございました……。で、でも、ほかの人たちはどうなっちゃっているんですか?!」


 勇斗がすぐに心配したのは、ほかのみんなの事。キャンプ場にいた人たちは、みんなみんなカチンコチンに凍っていたからだ。


 その不安を読み取ってくれたのだろう。おじいさんはやさしく頭をなでながら教えてくれる。


「命の光が体からぬき取られてしまったからといっても、すぐに死んでしまうという事ではない。命の光をぬき取る時は、必ず体を凍らせねばならぬからのう。凍らせるというのはその体の時間を止めてしまうという事じゃ。つまり、時間が止まっている間はまだ死んではおらぬ」


「そ、それじゃあみんなはまだ生きているんですね!」


「そう、まだ死んではおらぬ。しかし取られてしまった命の光が戻らないままに時間がたち、氷がとけてしまえば、本当にその人たちは死んでしまう事になるのじゃよ」


「そ、そんなぁ……。このままじゃあ、みんな死んじゃうなんてあんまりです!ボクに分けてくれるんだったら、その分を他の人たちにも分けてあげてください!」


 ポロポロと涙をこぼしながら泣きつく勇斗に、おじいさんは勇斗の顔をしっかりと自分に向けさせて話をつづけた。


「残念だがあれだけの大勢の人にまで分け与えることはできん」


「ええ?!」


「それに分けようとしても、他の人たちはユウトくんとちがって、完全に命の光を取られてしまっておる。君はほんの少しじゃが、命の光が残っていたから力を与える事ができたのじゃよ」


 そう聞くと、勇斗はわんわんと泣きくずれてしゃがみこんでしまった。そんな勇斗をおじいさんはしっかりと抱きかかえて、顔を自分の方にもう一度むけさせた。


「まだ話は終わっておらんぞ、ユウトくん。君は今、泣きべそをかいている場合ではないはずじゃぞ」


 だまって勇斗がこくこくとうなずくのを確認すると、おじいさんは話を続けた。


「ワシの命の光は、確かに君に分け与えはした。しかし、いつまでも君の命が持つわけでもない。他人の命は、どこまでも他人の命なのじゃ」


「いつまでも他人の体で輝いていられるわけではない。一時的に持たせる事ができても早いうちに力をなくして消えてしまうことになる」


 むずかしい言葉の中身にとまどってしまう勇斗。だが、おじいさんの言いたいことは痛いほどに伝わってくる。

 勇斗は右うでで涙をグシグシふきとると、おじいさんの顔を、その目をしっかり見つめてたずねた。


「みんなの命とボクの命はどのくらいの間、大丈夫なんですか?」


 すがるような勇斗に、おじいさんは顔をけわしくしたまま重たく口を開く。


「日の出までじゃ」


 夜もすっかりふけているし、何より夏の日の出は早い。勇斗はあまりにも早いタイムリミットに、おどろきととまどいをかくせなかった。


「そ、そんなぁ!そんなのひどいよ。ひどすぎるよ」


「だから止めねばならんのじゃ。あの赤銅の魔導師ゲオルギィを」


 力強いおじいさんの言葉に、勇斗は少し安心してたずねた。


「お、おじいさんが止めてくれるんですね!」


 しかし、おじいさんはもうしわけなさそうな目をした後、ゆっくりと首を左右にふった。


「残念じゃがそれはもう無理じゃ。ワシがここに来る前にあやつは罠をはっておってな、うかつにもワシはそれに引っかかってしまい、あとわずかしかとどまることができないのじゃよ」


「そ、そんなぁ……。じゃ、じゃあだれがあの赤い服のおじさんを止めるんですか?!」


 風にふかれて今にも消えてしまいそうなロウソクの火のように、カタカタと力なくふるえている勇斗に、おじいさんは今まで以上にやさしく、そして力強くつげた。


「君じゃよ、ユウトくん」


「ぼ、ぼぼぼ、ボクがですか?!」


 金魚のように口をパクパクさせてしまう勇斗。


「そう、他にできる者はここにはおらん。君が赤銅の魔導師、ゲオルギィを止めるのじゃ!」


 そんな勇斗に、うそやじょうだんでおどろかせようとしているのではないと、おじいさんは言った。


「だ、だったらボクの友だちに、もっと勇気があってケンカもとても強い人がいます!その人にお願いしてください!」


 勇斗は、自分にはできないと、他にもできる人がいるんだと、ぶんぶんと首をふってうったえた。だが、おじいさんはそっけなくたずねかえす。


「はて?ワシが見回したかぎり、この辺りには君より心が強くて勇気がある者は誰もいなかったがのう?」


「え、ええ?!」


 ほかに心が強くて勇気がある人は誰もいなかったとほめられても、すなおによろこべない勇斗。いや、そもそもほめてもらっている事にさえ気がついていないようだった。


「ケガをしていたワシのお供の使い魔、クーラリオを見つけて、手当てしてくれようとしたのは他の誰でもなく、ユウトくん、君じゃったな」


「あ、あの鳥さんですか?」


「そうじゃよ」


「あ、あの鳥さんはどうなったんですか?!」


 そでをつかんで必死にたずねる勇斗に、おじいさんはうれしそうに勇斗の頭をなでながら教えてくれた。


「もうクーラリオは大丈夫じゃよ。ワシがちゃんと壊れてしまったところも治して、力ももどしてやっておいたからのう」


「そ、そうですか!よかった……、よかった」


 安心してまたボロボロと泣き出してしまう勇斗。


「からくり仕掛けとはいえ、使い魔を見ることができる地上の人間はめずらしくてなかなかおらん。なにせ魔力の素養、つまり魔法が使える素質がなければ、見ることもかなわぬからのう」


「そ、そうだったんですか」


 きょとんとした顔になってしまう勇斗。つまり、元々勇斗には魔法を使える素質があったというのだ。


「そう。君はクーラリオを見つける事ができて、かろうじてゲオルギィから命の光を全てうばわれずに済んだわけじゃ。だからこそ、ワシは魔法が使える君に任せるしかないのじゃよ」


「ぼ、ボクしかいない……」


 ぱくぱくとしていた口が、きゅっと横一文字にしまり、開いてふるえていた両手が、ぐっとにぎりかたまってふるえが止まる。勇斗は決心したのだ。


「わ、わかり……ました!やってみます!」


「やってみます、ではない。やらなければならぬのじゃよ」


「は、はい!」


「はい、は一回じゃぞ!」


「はい!」


 その目にはまだまだ涙がしっかりたまっていたが、目の光に恐怖の色はなかった。やるしかない、いや、やってやるんだという強い決意を勇斗はもったのだ。


「お、おじいさん?!」


 その決意の言葉を聞いたマーダルは、ゆっくりと足元から霧のように消えていく。


「もう時間じゃ。後のことはクーラリオに任せておる。口は悪いが頼りになるヤツじゃよ。クーラリオの言葉をしっかり聞いて、必ずあやつを止めてくれ」


 勇斗の手をおじいさんは力強くしっかりとにぎってくれた。しかしそれもほんの少しの時間のこと。その手の感覚もうっすらと消えていき、ついにおじいさんの姿まで消えてなくなろうとしていた。


「おじいさん、待って!待ってよ!」


「ワシの事はよい。それよりもユウトくん、君は君と、君が知っている人たちの事を考えて行動するのじゃよ……」


「おじいさん!」


 ガバリととびおきた勇斗。しかしそこには誰もいないし、場所まで変わっていた。


「あれ?ここはたしか……」


 ほこりっぽい空気が後からながれてくる板張りの床の上で勇斗は目を覚ましていたのだ。

 そこは見上げれば古びているがしっかりした屋根があって、その外には星と月がきれいに光っている。そう、ここはあのお堂の軒下だったのだ。


「よう、やっと起きたな、即席魔導師のユウト」


「あ、鳥さん……!」


 ツンツンと手をクチバシ突いて話しかけてきたのは、少々ふとめのオウムだった。


 真夏の空のようなまっ青な羽をしているが、むねからおなかにかけては白い色。おしゃれなのか、小さな小さなメガネをちょこんとくちばしの上にのっけていて、首にはまっ赤なスカーフが。それはまちがいなく、勇斗がみつけて助けようとした鳥にまちがいなかった。


「鳥さん!」


「おい、イテテテ……!そんなに抱きつくな!」


 勇斗はその鳥に飛びつくと、うれしくて涙でぬれたほほをすりよせて、力いっぱいだきしめる。これにはその鳥も困った様子だ。


「よかった……。本当によかった……。鳥さん、おじいさんにケガ、治してもらったんだね」


「わかったからわかったから、少しはなせ。これじゃあまたこわれちまうだろうが」


「ご、ごめんね!」


 あわてて手をはなした勇斗に悪気が無かった事くらい、その鳥もよくわかっている。だからちゃんと元に戻ったのだと、羽を力強くバタつかせて見せてやった。


「おう。あんな損傷なんてな、偉大な白銀の魔導師、マーダル様にかかったらあっという間に修理してもらえる!それになあ……」


「そ、それに?」


「オレさまの“体”はゼンマイで動いているんだ」


「ふ、ふぇえ?!」


 そういえばさっきおじいさんは、からくり仕掛けの使い魔が、といっていたのを思い出す。


「お前、人の話を最後まで聞こうとしなかったから言いそびれちまったが、あの時はオレの体はゼンマイ切れになっちまっていたんだ。だからゼンマイを巻いてくれればそれでよかったんだよ!」


「そ、そうだったんだ……」


 しょんぼりと首をうなだれてしまう勇斗。


「おいおい。今さらへこんだってしょうがねえんだぞ!」


「そ、そうだったね」


 何とか気を取り直す。


「いいか?オレが首にぶら下げている、このカギを背中にさし込んで、巻いてくれればいいんだ。今度からそうしてくれ」


 そのオウムはクチバシをカシャカシャと動かしながら話してくる。その動きは生き物のようにスムーズではなく、からくり仕掛けの人形のような動きだった。


「それとオレさまの名前はクーラリオだ。鳥さん、じゃなくてちゃんと名前で呼んでくれ」


「わ、わかったよクーラリオ」


 ようやく笑顔のもどった勇斗は安心してホロリ。


「とにかくだ!あの赤銅の魔導師をとっ捕まえないと大変な事になっちまうのはわかっているな!」


「うん」


 力強くうなづく勇斗。マーダルにあれだけしっかり言われた事を忘れられるわけがなかった。


「よし、それじゃあさっそく、あのゲオルギィをふん捕まえに行くぜ!ってところだが……」


「ど、どうかしたの?」


 おずおずとたずねる勇斗に、クーラリオは右の風きり羽根を指がわりに頭をかきながら、やっかいそうに言う。


「ユウト、お前を助けたりしているうちに、ゲオルギィはおいついてこれないように、さっさと目的の場所に結界を張ってしまったのさ。だからいきなりふん捕まえには行けなくなっちまった」


「え、ええ?!じゃあどうしたらいいの??」


 わたわたおどおどしてしまう勇斗を、クーラリオはびしりとしかる。


「ええい!いちいちビクビクおどおどするなぁ!ちゃんと方法はあるんだから心配するなって」


 むねを張ってドンと叩いてみせるクーラリオ。


「よ、よかった……。ちゃんと追いつくことができるんだね」


「できるかどうかはユウト、お前のがんばり次第だ。そこを忘れるな!」


「う、うん。わかったよ」


 とにかく勇斗は、自信満々なからくり鳥の言う事を聞く事にした。


「手短に、サクサク説明してやる」


 クーラリオは風切り羽根をちょいちょいと、オーケストラの指揮者がふる指揮棒のようにふると、まっ暗な夜の闇の中に緑色の光の線で描かれた、立体映像の地図が出てきた。


「これがこの辺りの地図だ。さっき飛びまわったのと、マーダル様が教えてくれた情報だからまちがいはねえ」


「す、すごい。立体映像だぁ。まるでSF映画みたい」


「SFじゃねえ。科学でもねぇ。これが魔法の力だ」


 目をキラキラと天の川のようにかがやかせている勇斗に、クーラリオはふふんと自まんげ。


「とにかくだ。今オレたちがいるのがここ。このオレンジ色の点の場所だ」


「う、うん」


 ちょうど山のふもと辺りにオレンジ色の点がピカピカ光っていた。このお堂を示しているらしい。


「ここはオレさまたちがやってきた魔導界と、地上界をつなぐ扉が出てくる場所の真下だ。だからこうやってわかるように色がつけられているのさ」


「そうだったんだ。このお堂って、そんなふしぎな場所にあったんだ」


 昔から建物が建てられている場所には、必ずふしぎな力があるのだと、近所に住んでいて、いつも近くのお地蔵様や、神社のおそうじをしているおじいさんが言っていた事を思い出す。


「そしてこの三つが、ゲオルギィが張った結界のポイントだ」


 山をぐるりと囲むように、白、赤、青の色の点がピカピカ光っている。その場所を見ていると、勇斗はあることに気がつく。


「あれ?白い点のところが展望台で、赤い点がキャンプファイヤー場。青が滝の場所だよ」


「そう。大自然の要素の、風・火・水の力を使って結界をこしらえるときは、それぞれに関係が強い場所に結界のポイントを置くんだ」


「へぇぇ。風だから展望台で、火だからキャンプファイヤー。水は滝なんだ」


 なっとくなっとくと、感心してうなづく勇斗にクーラリオは釘をさす。


「感心している場合じゃないぞ。一刻も早くこの結界をやぶってしまわないと、ゲオルギィに追いつくことだってできないんだからな」


「そうだね、それじゃあ急がなきゃ!」


 グッと、うでを腰でためて気合十分の勇斗。けれども、その気合はわりとあっさり抜けてしまう。


「どうした?」


「でも……」


「でも、何だ?」


 首をかしげてたずねるクーラリオに、勇斗は不安そうにたずねた。


「こんな遠くまで、どうやって行けばいいの?こんな遠くまで歩いて行ったら、それだけで朝になっちゃうよ」


 ガクっとずっこけてしまうクーラリオ。


「で、でもでも!ボクは車の運転なんかできないよ。もし車の運転ができる人に手伝ってもらっても、こんな山の奥の方まで車じゃあ通れないかもしれないんだよ」


「おいおいおい。ユウト、お前は即席でも魔法が使えるんだぞ!魔法を使って、空をバビュビュンビュン!って飛んでいけばいいだろうが!」


「ばびゅんびゅんって言われても、ま、魔法ってどうやればいいの?が、学校でそんなこと教わったことないから、ボクには全然さっぱりわかんないよ」


 魔法使いになったからといって、使い方がわからないのではどうしようもないのだ。肝心な事を忘れていたのだと、少し反省するクーラリオ。


「っつ……。そうだったな。魔導界だったら、学校に上がってすぐに空を飛ぶ魔法くらい教わるんだったが、地上の人間がそんな事を知っているわけなかったな。そいつは悪かった」


 ポリポリとほほをかくクーラリオに不安で目をウルウルさせてしまう勇斗。今にも目からあふれてしまいそうだ。


「ええい、もうまったく!魔導界でも上位にあらせられるマーダル様から力を授かっているんだから、即席でもそんじょそこらの魔導師より、ずっと魔法が使えるはずなんだぞ!」


 思わずどなってしまうクーラリオだったが、勇斗はよけいにパニックをおこしてしまう。


「ねえ、呪文ってこんなの?!ちちんぷいぷいのぱっ、とか、アブラカタブラ、とか、じゅげむじゅげむとか、いぶんばずーたとか、そんなのじゃないの?ちがうの?」


「ちがうちがう!肝心なのは呪文じゃなくて、魔法を使うんだっていう想像力、つまりイメージが大切なんだ!今はとにかく、自分が魔法を使えるんだってしっかり信じろ」


 どうやら魔導界の魔法というのは、勇斗が思っていたものと少しちがうらしい。


「い、イメージ……。やっぱり魔導師だから、マントとかステッキとか帽子とか……」


「おうおう、それだそれ!お前みたいなヤツは、まず形から入らなきゃダメだ」


 小さいころからテレビでみていた番組を思い出して、思わず口にしてしまったことだったが、クーラリオはそれを聞いて怒るどころか、両手(両翼)を打ってなっとくしていた。


「よーし、ちょいと待ってろ」


 クーラリオは目をとじて、こめかみに羽根をあてると何かを探している様子。やがて思い当たるものをみつけると、くちばしで器用にスカーフをはずしてワン・ツー・スリー。


「待たせたな。こいつを使え」


 手品のようにどろんと出てきたのは、にぶく銀色に光る五角形の星型のレリーフ。


「わぁ。ボクの帽子につけられそうなレリーフだ!カッコイイなぁ」


「それがマジカルレリーフっていう魔導界の魔法の道具だ。ユウト、そいつをお前の帽子にしっかりつけるんだ」


 言われるとすぐに勇斗は帽子のレリーフをつけかえる。元々ついていたワシのレリーフをハンカチでていねいにくるんでからポケットにいれると、渡されたマジカルレリーフを代わりに取りつける。


「できたよ!」


 レリーフを取りつけた帽子をうれしそうにかぶる勇斗。


「よし。あとは自分が魔法使いになっている格好を、しっかり思いうかべて呪文を叫ぶんだ。呪文は、アス・マキ・ビー・マー・ジュ!」


「アス・マキ・ビー・マー・ジュ。だね。うん、わかった!」


 お堂の軒下に立った勇斗は、右の人さし指をま上につきあげて、ノリノリのテンションで大きな声でさけぶ。


「いくよ、アス・マキ・ビー・マー・ジュ!」


 するとレリーフの星がくるくると回転しはじめ、帽子がふわりと宙に。そしてそこからキラキラと光る小さな星くずをいっぱいにまきちらし、その星くずの光が輪になって勇斗の体に何重にも下りてくる。


「ふ、ふわぁぁ……」


 今まで着ていた服が靴が、星くずの光にふれて姿を変えていく。


 まっ白い半そでの上着にちょっと短めのマント。元気いっぱいのロングパンツにガードつきのスニーカー。そしてほんのちょっぴり外観のかわった勇斗の帽子が頭にしっかり。最後に星くずにのって飛び出した音楽の指揮棒のような小さな杖を、勇斗は右手でしっかりキャッチ。


「よっしゃ!魔導少年ユウトのお出ましってとこだな!」


 クーラリオが呼び出した鏡には、ボーイスカウトっぽいの格好の魔導師になった姿が。われながらかっこいい姿になったと満足するユウト。


「うん。これなら空は飛べなくても、すいすい風のように走れそうだよ」


「おお、最初に向うべきところがよく分かっているじゃないか。さすがだな」


「ふ、ふぇ?」


 ユウトの疑問にクーラリオは、ああなんだこうなんだと、まるでテレビに出てくる学者さんのように答えてくれる。


「魔導界だけじゃなく地上界に住んでいても、全ての人間は四大要素のどれか一つのタイプなんだ。そしてそのタイプと同じものとは、特に心を通わせやすい」


「う、うん」


「ユウトがどの属性ってのは、ちゃんと調べてみないとわからないけどな、ゲオルギィが土の属性ってのは分かっていることだ」


「土属性は風属性と相性が悪い。だからその属性の結界がどうしても弱くなってしまう。だから最初に向う結界は風の結界になるってわけさ」


「そ、そうなんだ」


「まあ、相手はゲオルギィだから油断はできないが、お前にはマーダル様からさずかった魔法の力がある。だから即席魔導師のユウトでも、一番楽に結界を破れるだろうよ」


 大切なことをサクサクと言われたのだが、ユウトは正直ちんぷんかんぷん。


「え、えーっと……。まだよくわかんないけど、一番楽っていうんなら、まずはがんばるよ」


 よくはわからなくても、残っている時間が少ないことだけは間違いない。だったらとにかく結界の場所にむかう事にした。


「よし、ユウトのやる気が出たところで、レッツ&ゴーだ!ついてこい!」


「ま、まってよぉ……」


 羽ばたいて飛んでいってしまうクーラリオに、いつものようにしか走れないので、おいてきぼりにされてしまうユウト。見かねたクーラリオはすぐにもどってきてくれる。


「おいユウト!お前なにやってるんだ!」


「だって言ったじゃない。空を飛ぶどころか、早く走る方法だってわかんないよ」


「魔導師なんだから飛べなくても、風のようにはやく走れるんだぞ?!」


「で、でも、ボクの運動神経はポンコツだよ……」


 とりあえずもう一度パタパタ走ってみても、走る速さはやっぱりいつものとおり。


「それはユウトが本気の本気で、急いで走らないといけないって思ってないからだ!」


 クーラリオはユウトに深呼吸しろとまずは指示。大きく息をすいこんではきだして、ユウトが落ちついたところで次のステップに。


「目をとじて、まずは心を軽くしてみるんだ。いいな」


「ふわーっとタンポポの綿毛さんみたいな気分になればいいんだね」


 背中からふいてきた風に身をまかせてふわりふわり。すると本当にユウトの体は地面をはなれて宙にういていた。


「ふ、ふわわ!う、ういてるよ!」


 びっくりしておどろきの声を出すユウト。けれどいつものようにこわがっているわけではない。うれしそうにはしゃいでいるおどろきだ。


「よし、あとはすべるように走りだせ。そしたらすいすい行けるぞ!」


「よーし、いくよ……。それ!」


 勢いよくとびだしたユウトは、本当に風のように夜の山道をすいすいとすべりだせていた。


「わああ!すごいよ!」


「やれやれ。そうだ、その調子だ。あとはこのまま、近道で行くぞ!」


「ち、近道?!」


「あそこだあそこ」


 クーラリオが指し示したのは、かろうじて道らしいあとが見えるけもの道。ここをつかえば、目的の展望台まであっというまにたどりつけるのだという。


「ほ、本当に大丈夫なの?」


 おずおずたずねるユウトに、クーラリオは強気にビシリと一言。


「時間が少ないって言ってるだろう?とにかく今は急ぐんだ。いいな!」


「わ、わかったよ。とにかく急ごう!」


 やがてクーラリオとユウトは、山間のけもの道に消えていった。

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