第2話 星空の下で

 ぼぉーう、ぼぉーうと、フクロウのゆるやかななき声が、ま夜中の森のはるかにふかい闇の向こうからさざ波のように聞こえてくる。


 空には蛍光灯のように、やんわりと白く光るお月さま。そしてその光に負けじと、力いっぱいに光かがやいて、自分たちはここにいるんだとがんばってアピールする小さな星たちの群れ。


 木々の間を通りぬけてふいてくる風はひんやりと気持ちよく、昼間の焼けるようなあつさはなくなっていて、ゆれてさわさわと音がする木の葉たちも、まるで木々の息づかいのように感じられる。


 こんな景色と空気は、とても街の中では味わうことはできないだろう。そう、ここは豊かな自然がたくさん残されている奥ぶかい山の中なのだ。


 そんな自然いっぱいの山中を走っている一本の道。灰色のコンクリートで舗装はされているが、あちこちのひび割れから、青々とした草がでんとたくましく顔を出している。


 こんなま夜中にさびれた道を通るのは、いつもだったら野生の動物たちだけのはずだが、どうやら今夜は様子が少しちがうようだ。


 小さなオレンジ色の明かりが、一つ、二つ、三つ。そしてすこしおくれてもう一つ。前の三つは明るくはずみ、遅れているのは、おどおどしているように泳いで進んでいた。


 突然、先頭の三つの光がぱたぱたと走り出す。


「うぉぉ!」


「でたぞぉ!」


「おうおうおう!」


 前の三つが急にへんな声を出して走り出したのにびっくりした後の一つは、声も出せずに、あわててついてくる。


 やがて後ろの一つを無視して走る三つの光は、くちかけた木の立て札の前で立ち止まった。手ににぎっていた懐中電灯の光がかすれかけた白いペンキの文字をしっかりと照らし出す。


「おーい、これだこれ。お堂まで右に四百メートル」


 立て札には、お堂まで右方向に四百メートル、展望台まで左方向に一.五キロと書かれていた。


 リーダー格に見えるスポーツ刈りの髪型の男の子は、ニヤニヤわらいながらその立て札を見ていた。他の太っちょとやせ型の二人は、あとからパタパタやってくる一人のほうを見ながらわらっている。


「ま、まってよぉ。そんなに早く先に行かないで……」


「ばーか。お前のペースに合わせていたら、いつまでたっても先に進まねえだろうが」


 リーダー格にあわせて笑いだす二人。笑われているのは、三人にくらべたら背が気持ち小さくて、どう見てもおとなしそうな男の子。


「おい一条、お前、勇斗って漢字で書いたら強そうな名前なんだろうが。でもお前、どこもそんな強そうな感じしねぇじゃないか」


「だ、だって……」


 涙ぐんでしまうその男の子を、さらに他の三人はジリジリとなじる。


「お前なぁいっつもいっつもグシグシしやがって」


「そんでもって、助けてくれるのはいっつも女子ばっかだもんなコレ」


「お前、本当に男なのかよ?」


「う、うう……」


 力なく下にうつむいてしまう勇斗。


 今度はどこからか遠くから犬の遠ぼえが聞こえてきて、おもわずびっくりして飛び上がってしまう。


「ふ、ふわわっ!」


 そんな勇斗を、三人はニタニタしながらながめていた。


「ちょ、お前なぁ、そんな犬のなき声にもビビッてんのかよ!?」


「やっぱり計画通り、コイツをきたえ直さないといけないみたいだな」


「き、きたえ直す?」


 ニタニタと、いやらしい笑い顔をくずさない三人組。勇斗は知っていた。こんな顔の時の三人は、必ず勇斗にとってうれしくないことを用意しているのだ。


「おい一条。お前さっきの肝だめしでここに来た時に、ちゃーんともって帰らないといけなかった証拠のカード、落としちゃったんだろ?」


 やっぱり気付かれていたんだと、勇斗はショックを顔に出してしまう。


「そ、それは鉄也くんが急におどかしたりするから、お堂で落としちゃったんじゃないか……」


 それは二時間ほど前に行なわれた、肝だめしイベントでのこと。町内会のキャンプでこの山にやってきたみんなは、夕食を終えるとこの先のお堂で肝だめしをしたのだ。


 二人一組になってお堂まで行き、ちゃんと行ってきたと言う証拠の、“勇気のカード”を持って帰ってこなければいけないというのが肝だめしのルールだった。


 その時は同じクラスで、いつも他の男子からからかわれているときに助けてくれる、女子グループのリーダー、晴香ちゃんといっしょに(手を引かれて)行ってきたのだが、肝心のカードは三人組のリーダーである鉄也に帰り道でおどろかされて、はずみでどこかに落としてしまったのた。


「ばーか。いくら大人がおっけーって言ってもな、オレたちはそれじゃみとめてやれねぇんだよ。そうだろ、ダゼ金森、コレコレ石塚」


「そうだゼ、一条」


「あれでクリアだなんて、みとめたくねえぞコレ」


 口ぐせがあだ名というのもびみょうだなと少し思っている勇斗だったが、自分に危険がせまっているのを考えると、人のことばかり考えてはいられない。


「というわけだ。同じ町内の、同じクラスの、同じ男として、あんなのはみとめられねぇ!」


「だ、だからちゃんと持ってこいっていうの?」


「その通りだ。そしてな、お前の成長のためだ。ここから先はお前一人で行ってくるんだぞ」


「え、で、でで、でも……。ほ、ほんとうにボク一人で?」


 しかし、他の三人はようしゃしない。特に鉄也は、もっととんでもないことを言い出したのだ。


「できなきゃ、勇斗には明日から“ちゃん”付け決定だぜ!なあ、勇斗ちゃ~ん!?」


「そ、そんなぁ!」


 だが、三人組はいくら勇斗が悲鳴をあげて嫌がっても、聞く耳なんてこれっぽっちも持ってくれない。


「そーだゼ、ちゃん付け決定!」


「コレ決まり、コレ決まりぃ!」


『やーい、勇斗ちゃ~ん!』


 三対一で言い立てられてしまうと、もう相手に逆らう事ができなくなってしまうのが、気の弱い勇斗だった。


「わ、わかったよ……。行ってくるよ。行ってくればいいんでしょ!」


 こうして涙目の勇斗はガタガタとふるえながら、まっ暗な夜の道を、一人ぼっちで進んでいったのだ。


「ふ、ふわぁ!」


 まっ暗で曲がりくねった道を、オドオドトボトボ進んでいた勇斗は、足元から聞こえてきた、何かがびよんと飛ぶ気配と音にビックリして大声を出してしまう。


「で、でたぁぁ!」


 ビックリして落としてしまった懐中電灯の光が、足元で聞こえた音の正体を教えてくれた。それは丸々と大きな体をしていたヒキガエルだった。


 おっかなびっくりしている勇斗の方をギョロリと見ると、とびはねながらしげみの中にゴソゴソと立ち去ってしまう。


「な、なんだぁ。カエルさんかぁ。おどろかさないでよぉ」


 そっちの方が勝手におどろいたんだろうと、しげみの中でふりかえってしまうヒキガエル。


「と、とにかくお堂の方に行かなきゃ」


 五十メートルおきにグシグシと半べそをかきながら進んでいく勇斗。たっぷりと時間をかけてしまったが、やっとのことで目的地のお堂にたどりつくことができた。


「や、やっとついたぁ。で、でも……」


 さっきの肝だめしで来た時は、しかけは見え見えだったり、先に行っていたグループ子の声がしていたのでまだ良かったんだと、今さらになって気づいてしまう。


「一人ぼっちで探さなきゃいけない……」


 ふきぬける風の温度も、においだって二時間前とほとんど同じはず。でも、今ここで動いているのは自分しかいないんだと思うと、あごと体からガタガタとふるえが出てとまらない。


「でも、見つけなきゃもどれないんだ……」


 勇斗は地面を明かりでなめるようにてらしながら、落としたはずのカードをさがしはじめた。


「やっぱり、どこにもないよ……」


 お堂のまわりから、とちゅうの通り道、近くの木の下まで、あちこちに頭をぶつけたりして、こわさと痛さでポロポロ涙をこぼしながら、必死に勇斗は落としたはずのカードを探した。


 しかし、カードはどこにも落ちていなかった。


「ど、どうしよう。持って帰らなかったら、明日からボク、女の子あつかいされちゃうよ」


 勇斗が必死になってカードをさがしているのを、お堂の入口の影から見ているのは鉄也たち三人組。


「なあ、鉄ちゃん、本当にやったのかだゼ?」


「ああ、あいつが落としたお守りはオレがきちんと拾っておいたのさ。そしてお堂の床下になげこんでおいた。けっこう奥のほうにいったはずだから、見つかりっこねぇだろうなぁ」


 そう、お堂のそばにカードなんてはじめから落ちているはずなんてなかったのだ。


「うわ、鉄ちゃん悪党すぎだゼ!」


「コレでもさ、アイツ戻ってこなかったらどうする?あの様子だと朝になっても、さがしてるんじゃないかコレ」


 コレコレ石塚の疑問ももっともだった。勇斗はびっくりするほどまじめな子だからだ。


 二年生の時に公園で遊んでいた時、鉄也が宝物にしていたキーホルダーを落としてしまって、友達みんなで探した時の事。


 日もくれて、みんなも鉄也もあきらめて帰ったあとも一人だけで、あたりがまっ暗になっても探しつづけていて、今度はみんなで勇斗を探して大騒ぎになったこともあった(結局、キーホルダーは鉄也のポシェットの中に入っていたと事がわかって鉄也がこっぴどく怒られてしまったのだが)。


 その時のように誰も止めなかったら、見つからないものでも見つけるまで探しつづけるのではないかと、石塚は心配したのだ。


「なーに、ギリギリになったら、みんなでネタバラしをするんだよ。あいつのボロ泣き顔、絶対笑えるって」


 どうやら鉄也はお笑い芸人のテレビ番組でよくやっている、こわがりでまじめな人をこわがらせて困らせる様子を楽しむ企画を本当にやってみたかったらしい。


「ないよ。ないよぉ。どうしよう……」


 そんな時だった。ふと、風のにおいを感じた勇斗が顔をあげてみると、目の前に小さく弱々しく光る球が飛んでいた。


「なんだろう。ふわふわしてるよ、この光。ホタルさんかな?」


 その光は虫のように小さかった。


 だがホタルにしては様子がおかしい。ホタルが飛ぶのは五月だし、何より光の色がぜんぜんちがう。ホタルが出しているのは黄色が強いうすい黄緑色の光だけれど、目の前をふわふわと飛んでいる光の色は、うすぼんやりと青白かったからだ。


「君、いったい何なの?」


 手にとってみようと、そっと両手をのばしてみる勇斗。


「え?ボクの探し物をおしえてやるからついてこい?そのかわり、あとでたのみ事を聞いてほしい?」


 その光の球が話しかけてくるのを、耳ではなくて心で勇斗は聞きとることができた。その光は、勇斗が探し物をしていることをわかってくれたらしく、親切な事に手伝ってくれると言うのだ。


「あ、ありがとう!」


 勇斗はその青白い光の球がふわふわと飛んでいったあとを、少しもこわがりもせずついていった。




「な、なんだぁ?勇斗のやつどこに行ってんだ?」


 勇斗の持っていた懐中電灯の光が、お堂の真下に静かに消えていくのを鉄也たちは見た。


「コレどういうこと?」


「気づかれたんだゼ!」


「おいおい待てよ!わざわざお堂の真下にぶんなげておいたんだぞ!普通、気がつくわけねぇだろ!」


 とつぜんの勇斗の行動に、おどろきとまどう三人組。


「なあ二人とも。コレもしかすると、お堂の神様が教えてあげたんじゃないのかぁ?」


 突然の石塚の言葉に一番おどろいたのは鉄也。


「おいコレコレ!何言い出すんだよ!」


「いやさ、よくあるんだなコレな話。いたずらばっかりしているやつのほうが、お仕置きされる昔話って一杯あるからコレ」


「ば、ばかやろう!昔話なんて作り話だろうが!」


 その時だった。三人組の真上から、何か大きなものがドサドサと落ちてきた。


「あいた!な、なんだ?!」


 それはつな引きのつなよりも何倍も太い体の生き物。それは三人組にかるくまきついてバタバタと気味悪くのたうつと、やがてぐったり力つきて動かなくなった。


『ひ、ひぃぃ……!』


 三人の体から転がり落ちて目の前にたおれた生き物は、ニシキヘビの何倍も大きくて凶暴そうな顔つきのヘビだったのだ。


 そしてその巨大なヘビは死んでしまったのか、お湯がグツグツにえたぎるようにあわをふきだしながら形をくずして消えていったのだった。


『ひぃ、うわぁぁ……!』


 物かげにかくれていた三人組は、あまりの恐怖と匂いに、口から泡をぶくぶくと吹き出しながら、気を失って倒れてしまったのだった。




 一方、ふわふわした不思議な光の球に連れられた勇斗は、お堂の床下をよつんばいになって進んでいた。


 やがて、光の球はあるところで止まってくるくる回りだす。そこを明かりでてらしてみると、その光の下に、探していたカードが落ちていた。


「あ!こんなところに落ちていたんだ。こんなところに落ちていたんじゃあ、わかんないよ」


 やっと見つけた大事なカードを、勇斗はハンカチでふいて泥をていねいに落とすと、ロングパンツのポケットの中にしっかり入れる。今度は何があっても落とさないように、ちゃんとチャックもしめたから一安心だ。


「光の球さん、本当にありがとう。こんどはボクがおかえしする番だね」


 ていねいにふわふわした光の球にお礼をする勇斗。すると光の球はゆっくりと動き出し、また、勇斗にこっちへ来いと案内してくる。


「こっちでいいのかな……」


 お堂の床下を出て、もっと山の奥に光の球は飛んでいく。進んだ先にあったのは、まっ暗で案内もないけもの道。けれども光の球に案内されているからなのか、勇斗は不思議な事に、ひとりぼっちの怖さを全然感じていなかった。


 いっぱい足元に生えているクマ笹を、手と足を使ってひょいひょいかきわけて進んでいくと、ちょろちょろと小川が流れている河原にたどりついた。

 その小川のわきにあった大きな石の上で、ユラユラ回っていた光の球が、石の上に横たわっていた何かに吸い込まれて消えてしまう。


「ひ、光の球さん、どうしちゃったの?!」


 みると、そこにはまっ黒に焼けてすすけた一羽の鳥が、ぐったりとたおれていた。


「き、きみ!だいじょう……ぶ?」


 おずおずとたずねてみる勇斗。すると、その鳥はゆっくりと起き上がると思いもかけないことをした。


「お、よう。やっと来てくれたか」


「と、ととととと、鳥さんが、しゃ、しゃしゃしゃしゃべった!」


 勇斗がびっくりしたのは無理もない。動物が、鳥がまるでマイクがついているみたいになめらかな言葉で話しはじめたからだ。


 しかし勇斗はそのとき、ある事に気がついた。右の羽のあたりに大きな切りキズできていて、そこからキラキラ光る液体が流れ出たあとがあった事に。


「いいからとりあえず、オレの……」


 弱々しく口を開くその鳥だったが、キズの方に注意が全部行ってしまった勇斗の耳には聞こえていない。


「まってて!すぐ手当てをしてあげるから!」


 勇斗はポケットからハンカチをとりだすとキズ口にしっかりとまいた。そして胸にしっかり抱きかかえると、今までのつかれもどこへやら。いちもくさんに駆け出した。


「まず、引率のおじちゃんおばちゃんたちのいるテントにもどらなきゃ!ボクだけじゃこんなことしかできないよ」


 テントの場所まではけっこう離れていて、大人の足でも歩きで十分はかかるくらいだったのだが、勇斗は体育の時間や運動会の時でも出したことがないくらいの、ものすごい速さで帰り道を急いだ。


「……、お、おい、やめろ。今あっちには……」


「しゃべらないで!君は大ケガしているんだから、ぜったいに、ぜったいに無理しちゃダメだよ!」


 勇斗がぜいぜいと息を切らせてキャンプ場まで戻ってくると、あたりはどんよりした霧に包まれていた。それまで月や星の光で道が見えていたのに、今は霧のせいで二メートル先も見えない。


「こ、この霧は……」


「ど、どうしたの?」


 勇斗の胸の中でぜいぜいと、息も絶え絶えにその鳥は口を開く。


「行くな……。行くんじゃねぇ……。この霧が出てるってことは……、お前が行こうとしているところは、今ヤベえんだ。それよりオレの首についている……」


「だめだよ!そんなにあれこれしゃべっちゃったら、もっともっと君の体は弱っちゃうよ!」


 先へ行くなと止めようとするその鳥。だが勇斗は聞く耳も持たずに霧の中を先へ先へと進んでいった。


 ポタージュスープのように白くて重たい霧は、キャンプ場のあたりではずいぶんとうすくなっていた。けれどもキャンプ場の中の様子は勇斗が抜け出したときと変わってしまっていたのはわかる。


 人が入っているはずのテントや炊事場にトイレ。はては道明かりまできれいに消えてしまって、夜道と同じように真っ暗になっていたからだ。


 だが、腕の中の鳥のことで頭がいっぱいになっていた勇斗はその事の大事さに、まだ気がついていない。わき目もふらずに勇斗はおじさんたちのいる一番大きなテントを見つけると、そのまま駆け足で、ころがるように飛びこんだのだ。


「す、すいません!森の中で、ケガをした鳥さんを見つけたんです!」


 しかし勇斗の目に飛び込んできたのは、とても信じられない光景だった。


「ふ、ふわーっ!な、なんなのこれ!?」


「お、おそかったか……」


 勇斗が見たのは、大人たちがテントの中で輪になって、そのままカチコチに凍りついてしまった姿。だれ一人として身動きどころか息さえしていない。


 ふきとばされるように外に飛び出した勇斗は、ほかの人たちがいるテントに向う。


「た、大変だよぉ!大人の人たちが、み、みんな、こ、凍って……」


 けれども、飛びこんだほかのテントでも、まったく同じ事になっていた。


 夜更かししておしゃべりをしていたテントの子たちも、早々と寝てしまっていたテントの子たちも、中の人たちはみんなみんな凍っていたのだ。


「ふわわわ……。お兄さんたち、お姉さんたち、霧崎さんやほかのみんなも凍っちゃってるよぉ」


 テントを全部のぞいてみた勇斗だったが、だれ一人として無事な人はいなかった。


 それだけではない。オートキャンプ(車の中で寝とまりするキャンプ)をしていた他の大勢の人たちも、みんな同じようにカチンコチンになっていたのだ。


 お母さんに持たされていた携帯を取り出して家に連絡をしようとしたが、電源が消えたままうんともすんとも言わない。他の人の分も試してみたが、やはりどれも動かない。


 勇斗は恐怖と不安でヘナヘナとへたりこんでしまう。


「ねえ。何が、何がどうなっちゃったの?!本当のみんなはどこに行っちゃったの?!だれか、だれかおしえてよ!」


 ふと胸に抱いていた鳥を見てみる勇斗。ようやくその鳥が本当の鳥ではないことに気がついた。


 姿はペットショップで見かけるオウムにそっくりで、その羽毛は本物の鳥のものだったが、体の内側からあたたかみは感じられない。

 それにその胸から聞こえてくる音は、心臓が動いている音ではなく、ギジギジとゼンマイが動いているようなかたい音。


「ね、ねえ鳥さん。もしかしてロボットさんなの?」


「ロボット……?なんだそりゃあ……?」


 か細い声で弱々しく返事する機械じかけの鳥。


「鳥さん、鳥さんしっかりしてよ!」


 わんわんと泣き出してしまう勇斗。その時、たちこめていた霧の向こうからゆっくりと、そして重々しい足音が聞こえてきた。


 勇斗が見たのは、血のようにまっ赤なローブを頭から足元まですっぱりとかぶっていた人だった。ようやく他の人に出会えたのでよろこびたい勇斗だったが、その人物からはただならぬ気配が伝わってくる。


「あ、ああああ……。あ、あなたは誰ですか?!」


 勇斗はいままで出会ってきたどんなに怖い人よりも恐ろしいものを、その赤い服の人物から感じた。


 あまりの恐怖で勇斗は懐中電灯を手放してしまう。道ばたを転がり、排水溝のみぞに引っかかって上を向いた懐中電灯がてらしだした光で見えたのは、その人物の顔。


 それは赤黒い金属のようなもので顔の半分をおおっていた、本当の怪人だった。


「ほう、まだ残っていた子供がいたのか。それに都合よく、こちらが探していたガラクタ人形まで連れてきてくれるとはな。これは手間がはぶけたぞ」


 怪人の口から聞こえてきたのは、鉄のかたまりのように重たくて冷たい、不気味な大人の男の声。それはお昼前にバスの車内で見ていた夢の中で出てきた怪人そのものだったのだ。


「あ、ああああああなたは、ゆ、夢の中で出てきた怖い人!」


「ほう、私の事を予知していたとはな」


 勇斗はこみあがってくる恐怖で足をガタガタふるえさせながらも、なんとか勇気をふりしぼってたずねてみた。


「こ、この鳥さんにひどいことをしたのも、みんなを凍らせちゃったのも、みんなみんなあなたがやったんですか?!」


 勇斗のおびえてうわずった声に、怪人はその重たく不気味な声を、まっくらな洞窟の奥からひびかせるようにしてこたえた。


「そう、その通りだ」


「や、やっぱり……」


 その声と眼光に体中をさしつらぬかれてしまった勇斗は、もう立っているのがやっとなくらいにおびえていた。


「そしてお前はそれ以上の事を知る必要はない。まずはお前が抱いているガラクタ人形を渡してもらおうか」


「ど、どうしてですか?!」


 ガクガクとふるえるあごに無理をさせて、勇斗はたずねる。だが、その怪人は静かに重々しく恐ろしい事をつげたのだった。


「そいつは私にとってジャマものなのだよ。だからこわす。それだけのことだ」


「う、ううう……」


 勇斗はガタガタとふるえながらも、息もたえだえにしている胸元の鳥を、必死に放すまいと抱きしめた。


「どうした?そいつを渡すだけでいいんだぞ?そうすれば、すぐに楽にしてやろうというのに」


 一歩二歩とじりじりと歩みよってくる怪人。


 勇斗は近よられるたびに、体にかかる重力が何倍にもなったように体が重たく感じられ、そしてあとずさることもできないほど体がおびえていたが、それでもいっしょうけんめいにふんばって怪人に向って語りかける。


「おじさんがこの鳥さんに、みんなにひどいことをしたんでしょ?!だ、だったら、だったら……」


「だったら、どうするのかね?」


「わ、わわわ、渡しません!この鳥さんは絶対に渡しません!」


 それは勇斗にとって、本当にせいいっぱいの勇気。体のふるえはいつまでも止まらなかったし、目からは恐怖で涙がポロポロとながれおちて止まらなかったが、ひとみの光は強く、しっかりと怪人に向けられていた。


 そんな勇斗の様子をみとどけた怪人は、一歩立ちどまると、口元を大きくまげて笑顔を見せた。


「そうか。それはすばらしい。ぼうや、君のその勇気には私も敬服するよ。心からね」


 その笑顔は勇斗が見てきたいろんな人たちの、いろんな笑顔とは全然ちがう笑顔にみえた。


 まるで怖そうな肉食の動物が、怒って相手をいかくするときに牙を見せるような、まるでそんな笑顔に見えていた。

 そして怪人は、今までよりももっともっとくらい底からわきだしてきたような恐ろしく冷たい声で、勇斗に告げた。


「だから君からも、ここに居合わせた人間どもと同じように、その命の光を抜き取らせてもらおう!」


「い、いのちの……ひかり?」


 おどろいてすっとんきょうな声を出した勇斗に、怪人は指先から氷の矢を投げつけた。その矢は勇斗の右胸にするどくつきささった。


「あ、あれれ?!」


「かぁ……、はぁっ!」


 怪人がその氷の矢に念をおくると、矢は冷たい蒸気をだして無くなった。しかしその蒸気から、まっ白な色を出す小さな光を出した。


「な、なにこれ?」


「初めて見ただろう。これが君の命の光だ。なんとすき通っていて美しいのだろう。この連中の中でも、もっとも美しい光ではないか」


 そしてその光は、怪人が取り出した水晶玉のなかにとびこんでいき、すいこまれて姿を消した。


「ふわわぁ?あ、あれれ?」


 するとどうしたことだろう。パンクしてしまった自転車のタイヤのように勇斗の体から急に力がなくなっていったのだ。


「あれれ?急に、眠たくなってきちゃ……」


 勇斗の意識はふわふわとゆっくり、重たいまどろみの沼の中にのみこまれてしずんで行った。


「手間をかかせおって。ぬ?」


「まていゲオ……」


 勇斗が最後に聞いたのは怪人とほかの誰かの会話。


 しかし、それが聞き取りきれないうちに目の前が、明るくまっ白になってしまい、ついに勇斗の意識は本当にまどろみの沼の奥底に、どっぷりと沈みきってしまったのだった。

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