魔導少年ユウト

むげんゆう

第1話 プロローグ 夢の中から

 夢を見ていた。とろけるような不思議な夢を。


 そこは、星空の中で七色の大きな光が帯を描いてとけかかっているトンネルのような空間。白と黒の煙のようにたなびいている雲のかたまりが色とりどりの稲光を散らして走りぬけていく。


 その空間で、二つの光の球が丁々発止とはげしくぶつかりあっていた。


 一つはつきさすように強くかがやく赤い色で、もう一つはやわらかいが力強い白い色。二つがせめぎあい、ぶつかり合うたびに空間がふるえ、飛んできた雲を右へ左へはねとばしていく。


 赤い球と白い球は、何事かはげしく言い争っているようだが、どんな会話をしているのか、はげしい風にふき流されてしまうので聞き取る事ができない。


 やがて空間の中は夜の明るさから少しずつ昼のように明るくなり、七色の帯が弱まっていく。どうやらこの空間の出口は近いようだ。


 出口が近いことがわかってから、白い球はさらに強くかがやきを増して赤い球にぶつかっていく。ぶつかるだけでなく白の玉から、小さな青い光の球も飛び出して、二つの球は赤い球の行く手をふさごうとした。


 けれどその時、赤い球は煙のような黒い帯を何本も投網のように広げてきた。そのうちの一本は小さな青い球にまきついて動きをとめ、まきつかれた青い球はゆっくりと天井の方に力なく沈んでいく。


 残った帯は白い球にまきついてきたが、青い球とちがって白の球の力は簡単には弱まらない。黒い帯を振りほどきながら、なおも赤の方に追いすがっていた。


 バシリ!


 その様子を見て取った赤い球は、今度は毒々しいくらいに赤黒い煙のかたまりを白い球に叩きつけた。白い球は力をなくして、ゆっくりと速度を落としていく。それを見て赤い球は速度を上げて、空間の出口、はっきり別れた大地と空の先に飛び出していった。


 赤い球が出てきたのは、天上に青い空、足元に緑が広がっている山々の上だった。赤い球は自分が出てきた出口の雲―――雲が輪になって形作っている空間のひずみ―――を打ち消すと、ゆっくりと地面の、森の木々の中に降り立った。


 地面に降り立った赤い球は、ゆっくりとゆれるかげろうのようにその姿を変えていく。その様子を見ていた野犬は、しばらくの間、バウワウと威勢よくほえていたが、その姿がはっきりすると、キャンキャンと悲鳴をあげてその場から逃げ出してしまった。


 赤い球は、赤黒いローブに身を包んだ、大きな体格の不気味な人の姿に変わっていたのだ。


「ここが地上界か……」


 その赤黒いローブの怪人は、まわりの空気をガチガチに凍らせてしまうような冷たくて重たい不気味な声を出した。その声はまわりで雨を浴びせるように鳴いていたセミたちの合唱を、たちまちにして凍りつかせてしまう。


「おお、むせかえりそうなほどの命の数だ。魔導界では考えられぬ」


 怪人は手を空にかかげる。するとその手の先から黒い粉のような闇のつぶがふきだし、たちまち姿を大きくて凶暴そうなカラスに変えてしまう。


 そのカラスは怪人の手から大きく羽ばたいて飛び上がると、ゆっくりと空の上を旋回して辺りの様子を探りはじめた。怪人は静かに目をつむる。どうやらカラスが見ているものをその目で見ているらしい。


 カラスの、怪人の目には普通の景色は映っていない。見えていたのは一つ一つの生き物の命が発している光だった。この辺りは山の中とはいえ、大きな動物はイノシシくらいしかいないらしく、映る光も小さなものばかり。


「肝心のものがないな。いや、あれは!」


 怪人が見つけたのは、そこそこに大きな光がたくさん詰まって走っている箱だった。山奥に向ってきれいに引かれている濃紺のアスファルトの道を、山の方に向って走ってくる大型バス。それが怪人の目にとまった箱だったのだ。


「やはり私は運が向いているようだな……」


 大空から山々を駆け抜けてきた風がふいにつきぬけて、怪人の顔をおおっていたローブをびゅんと吹き上げた。残念ながらその顔は、木々の陰にかくされてしまい、はっきりと見ることはできない。


 しかし、一瞬、ほんの一瞬だけ見ることができたその目には、真っ赤に焼けた溶岩のような不気味な光がギラギラときらめいていたのだった。


「その命、もらい受けるとしよう!」





「ふわわっ!」


 ガバりと飛び起きたのは小さな男の子。不気味な目が放った、その光にびっくりして目を覚ましたのだ。


「ビックリしたなぁ」


 静かにゆれるバスの窓際の席で、窓にもたれかかってそのままウトウトと眠ってしまっていたらしい。


 大きく口をあけて、眠気をふわふわとそこからはき出す。するとその左側から、誰かがバタバタと逃げ出す音が聞こえた。


「やっべ。起きやがった!」


 よく見るとその手には大きなマジックペンがにぎられていた。どうやら寝ていたすきに、顔にラクガキをしようとしていたらしい。


 自分の顔がどうなっていたのか、窓ガラスに写っている自分の顔を確認してみる。顔には自分の腕をまくらにしていて付いてしまった赤いあとの他には新しくついてしまったものはない。


 無事だったとわかってホっとしたのはいいが、このままではいけない。弱々しい声を出して、寝ていた男の子はラクガキしようとしていた数人組に文句を言う。


「もう、ラクガキなんてしないでよ!」


「まだ何もしてないだろ!」


「こら!寝ている子の顔にラクガキなんてするものじゃありません!」


 ラクガキという言葉を聞いて、びしゃりとした声が前の方から降って来た。ラクガキしようとしていたグループを怒ったのは、六年生の男の子のお母さん。引率役をしている人だ。


「はーい。わかりました」


 やる気も反省の様子もないような声で、そのグループのリーダーらしい男の子が返事した。


「こら、君も油断しちゃだめよ。ちゃんと起きてなきゃ」


「はーい。わかりました」


 まだ、頭の中が半分くらい眠ったままの気分で返事する男の子。


「みんな、本当に元気だなぁ」


 まだ眠たげな目をこすりこすり、男の子はあたりを見回す。まわりには同じくらいの年の子だけでなく、少し小さい子もいたり、はたまたお兄さんお姉さんたちもいて、みんながそれぞれざわざわと楽しそうにさわいでいた。


 学校の行事で遠足や社会見学だったら、同じ年の子ばかりになっているはずだが、このバスの中の子の年は結構バラバラ。それに前の座席に座っている引率の大人の人たちも、おじさんやおばさんばかりであれこれお話をしている。


 そう、このバスに乗っているのは、同じ町内会の人たち。そして今日は町内会の行事でみんな集まって、バスで目的地に向っているのだ。


「おーい、こんな時に寝ていたらラクガキされちまうぞ」


 前の席から顔を出して話しかけてくれたのは、五軒向こうに住んでいる六年生のお兄さん。


「す、すいません。どうしても眠くって眠くって」


 男の子はバスに乗る前から疲れていたらしい。他の子たちがワイワイとはしゃいでいても、そこそこにしか乗ってこなくて、しまいには隣で気持ち良さそうに眠っている、一年生の子と一緒に眠ってしまったのだ。


「とりあえず見といてやるけど、気がつかないかもしれないからな。自分の身は自分で守るんだぞ」


「は、はい」


 外でながれている景色は、出発した時よく見えていた建物の灰色から、草や木の緑色になっている。このバスは、山の方、それも奥の方に向って走っているのだ。


「ふわぁぁ。朝から大変だったから、もう疲れちゃったよ」


 男の子は朝からの事を思い出していた。


 朝、事前にもらっていたしおりに書かれていた必要なものとお弁当をつめこんだリュックサックを背負って、お父さんに楽しんできなさいと言われて玄関で見送られて、お母さんと一緒に集合場所の公民館に。


 途中、体が大きくてよく吠える犬にビクビクして、泣き出しそうになるのを何とかこらえるのに一苦労する。四年生にもなって、お母さんの目の前でわんわんといつものように泣き出すわけにはいかないからだ。


 何とか泣き出すのをクリアすると、そのままの足取りで公民館に全員集合。年上の人たちや、自分より年下の子たちとバスに乗りこんで、そこでお母さんに見送られて出発。


 じゃんけんゲームやしりとりをしてはしゃぐと、そのままウトウトとしてしまったのだ。車内の席順はくじ引きだったので、座った場所が仲良くしているグループと離れていたこともあるけれど……。


「目的地についたら、朝よりもっと大変な事がまっているに決まっているから、今のうちに寝ておかなくちゃ」


 そうつぶやくと、男の子はまたしてもうとうとしはじめる。寝ようと決めると、すぐに寝付くことができるのがこの男の子の数少ない特技だ。


「でも、さっき見た夢、なんだかすっごく不思議で怖かったなぁ」


 さっき見た夢はなんだったのだろうかと、窓にもたれかかりながら考えてみる。でもなんだかよくわからないので、すぐに考えるのをやめてしまった。


 一つだけわかっていたのは、さっきの夢のおかげで、ギリギリのところで顔にラクガキされずに助かった事。


「ふわぁぁ……。もしかしたらさっきの夢って、ボクに危険がせまっているって教えてくれたのかもしれない」


 などと気楽そうにつぶやいているうちに、男の子はストンと、落とし穴に落ちるように眠りについてしまった。


 そんなわけでこれから起こるだろう大変な事にそなえて眠ってしまった男の子。けれどもまさか、この夜、あんな大変な事件にまきこまれてしまうなんて、本当に思ってもいなかったのだった。

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