第7話 「何を見たの?」
れは10月、体育祭の一週間前のことだった。
クラスの女子10人で、朝、五時半に体育館前に集合してリレー練習をすることになった。
けれどその朝、グラウンドに来たのは私一人だけ。
(私は学校から徒歩5分のところに住んでいた)
あーあ、みんな遅刻か、すっぽかしかあ…と思いながら
一人、体育館の外にあるコンクリートに腰かけて、みんなを待っていた。
そこへ新聞配達のおじさんが通りかかった。
「こんな朝早くに、こんなところで何をしているの?」
おじさん、
と思った男の人は、三十代くらいの背の高いがっしりした体つきの人だった。
私は
「リレー練習の待ち合わせなんだけど、誰も来ないんだ」
と答えた。
おじさんは言った。
「ふぅん、でも、こんなところにいたら危ないよ」
危ないって、何が?
と思った瞬間、
私は男に両手をきつく
「はあはあはあはあ」
と荒い息を立てて男は、
あっという間に私の口に手拭いで
体を両腕できつくがんじがらめにした。
チャッと音を立てて、ナイフが取り出され、
男の目が、私の膨らみかけた乳房を見つめていた。
(これは、つまりそういうことなんだな)
とぼんやり私は思った。
強姦されて、下手すればそれだけじゃ済まなくて、殺される。
いやだ!
私はもがいた。
死ぬのは怖くなくても、人としての尊厳なら私にだってある!
男の力は強くて、腕も足もびくともしなかった。
男が個室に移動しようとして、私を抱えたまま動いた。
その時、足が少し自由になって、私は思いっきり足を空に向かって蹴り上げた。
その勢いで脱げた運動靴は、トイレの隅にあった汚物缶に当たり、
缶を壁まで飛ばし、
「カーンッ」
と高い音を立てた。
その瞬間その缶が当たった壁一面が、塗りつぶされたように、
真っ赤に血まみれになるのを私は見た。
それは私にだけ見える、見慣れたいつもの風景。
…のはずだった。
「なんだこりゃああ」
男は、その壁を指さし、それから私の体を突き飛ばすように離すと、
その壁にとりついた。
男はゴキブリホイホイに捕まったゴキブリみたいに、
壁に体を押しつけて、手足をバタバタさせていた。
男が、私と同じ血の景色を見ているのか、何を見ているのかわからなかった。
「行け! もういいから、行け!」
男は私を怒鳴りつけた。
そうして、私の背中をドン!と押すと、男はトイレの個室に飛び込んだ。
逃げる時、男をちらりと見ると、便器を抱えてガタガタと震えていた。
私が外に出ると、ちょう牛乳配達のおじさんが通りかかった。
私は叫んだ。
「今、男に襲われて!
男はまだトイレにいます!
警察を呼んでください!!!」
通報ですぐに駆け付けてきてくれた警察官に、男は捕まった。
詳しくは知らないが、男には強姦殺人の余罪があったという。
そして、この日をきっかけに、私を苛む幻覚は、
まるで顔でも洗ったかのように、
綺麗さっぱり消えはてたのだった。
さて、私を呼び続けた「彼女」は、男に殺された、強姦被害者だったのか?
それは今でもわからない。
もしかしたら、世にも珍しい「憑き物に助けられた少女」
ということに私はなるのかもしれない。
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