第6話 何よりも怖いこと
夜、おしっこの臭いがほのかにする大部屋で、眠ろうと無理やり目をつむる。
(垂れ流してしまう人が何人かいて、看護師さんが掃除しても追いつかないのだ)
昼間、母が、カウンセラーに相談していた。
その場に私は一緒にいなかったのに、母が何を話したか、なぜだか、全部全部わかっている。
「メグミは、小さい頃から押し入れで物を燃やして遊ぶのが好きな子で」
「気が付くと、よく裏山の木のてっぺんのそりゃあもう高いところまで、のぼって、
ずーっと一人でぼうっとしているんです」
「きっとあの子は生まれつき、命の尊さがまるでわからない子なんです。
一度、家のカーテンにストーブから火がついて、ボヤになったことがあるんですけど、
あの子ったら消しもしないで、火のすぐそばにいて、私が叱ったら
『どうなるか面白いから見てた』って言うんですよ。」
「4歳の時には、兄弟げんかに、金属バットを持ち出してきて…」
「5歳の時に高速道路で、車のドアが壊れて、車の外に上半身が飛び出した時も、
あの子、まるで怖がりもせず泣きもしなくって、ケラケラ笑っていて」
カウンセラーと精神科の先生に向かって、母が泣いている。
ああ、本当に残念だ。
親にまで、命の尊さがわからないと責められるなんて。
こんなことで、頭がおかしいと判断されるなんて。
生まれつき、わからないのだから、仕方ない。
「死ぬのが怖い」という気持ちを、どうすれば実感できるのかもわからない。
カウンセラーや精神科の先生から、どんなにどんなに聞かれても、
どんなにどんなに本を読んでも、私にはわからない。
両親や兄弟を、単なる血のつながった同居人としか思えないのも、
そうだからそうだとしか言えない。
結核で自分が死ぬ、
友達がいなくなる、
誰かの死を知ること、
今まで目の前にいた人が突然消える。
そんなことよりも私が一番怖かったのは、
学べなくなること。
一生、精神病院に閉じ込められて、
学校に行けなくなることだった。
私は、A藤先生に頼んで
図書館から臨床心理学大辞典を借りてきてもらい、
面会時間にそれを読み、
カウンセラーや精神科の先生を安心させるだけの優等生な受け答えをして、
2週間で病院を出た。
アスペルガーのおかげで、速読ができて本当に良かったと思う。
退院後は、見えるもの、感じるものすべてを無視した。
天井や道路の血だまりも、ビー玉も電話も虫も、
留年や定時制高校をすすめてくる校長も全部だ。
そうして、私は復学した。
しかし三か月の休学は、代償が大きかった。
私は3年、通いなれた中学校の中の造りさえ、全て忘れていた。
私は、体育館の場所も理科室も音楽室も、どこに何があるのか、
すべてきれいさっぱり忘れていた。
そんな子ども返りしたような私を、「別人みたい」と、
クラスメイトはあれこれと世話を焼いてくれ、
温かく迎えてくれた。
そして、ある日、事件が起きた。
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