第2話 「彼女」の香り
睡眠不足で回らない頭でも、
私はなんとかまともな学生生活を送ろうと、
ビー玉をうまくやりすごそうと必死だった。
しかし、「彼女」はそれを許してはくれなかった。
それは数学の授業ではなく、理科の授業中のことだった。
「ん?」
私は背中を誰かに
軽く後ろを向き、首を
後ろの子は、机に顔を伏せ、ノートを一心に取っていた。
次の瞬間、
全身を虫が這いまわる感覚がして、
「ぎゃああああああああああああああ」
と私は絶叫した。
「虫が、虫がっ」
その場でセーラー服の上着を脱ぎだして、虫を探しはじめた私を、
理科を担当していた男の先生が
「虫がっ、虫がいるんです。服、服の中、いっぱい」
先生は言った。
「落ち着け!О関、虫なんていないから!」
けれど、見えないけれど、確かに虫はいて、私の全身をぞろぞろとはい回っている。
「虫が、虫が、虫が、」
と舌を噛みながら呟く私は教室から連れ出されて、保健室に連れていかれた。
背中から全身を
数学の授業限定なんて、生易しいものではなく、
いつも突然、現れ、その度に私は
「うひぃいいいいいいいいいい」
と絶叫して、教室から連れ出された。
そういうことが度々続き、帰りは担任が車で家に送ってくれるようになった。
担任のA藤先生の車は、キンモンクセイの香りがいつもした。
私は、親切で親身になってくれる国語教師のA藤先生に
淡い恋に似た気持ちを抱いていた。
ある日、どんな車の芳香剤を使っているんだろうと思って、私は先生に尋ねてみた。
A藤先生は言った。
「ん? 芳香剤も消臭剤も使っていないぞ。タバコ臭いってよく言われるが」
私は愕然とした。
幻覚、幻聴に続いて、幻臭まで起き始めていた。
もう何を信用していいのか、わからなくなっていた。
幻臭と知ると、そのキンモクセイの香りは、
なんだか墓場に捧げられた花の匂いのようで、まがまがしい物に思えて仕方なくなった。
幻覚の中で、一番、無視するのに楽だったのは
幻視だった。
私はふとした時に、学校の天井や、道路などが
真っ赤に血に染まっているのを見るようになっていたが、
体感じゃない血まみれの光景はすべて無視するだけで済んだ。
他の人に見えないのだから、言っても仕方ないし、
一体そこにどんな意味があるのか、
私にはわからなかった。
意味があるもの、といえば、
幻覚がエスカレートしていくにつれて、
私は、他人の性的な気配、性交の
例えば、もじゃもじゃの天然パーマで、頬にアバタの浮いた理科の男性教師。
ある日、彼の顔を見た時、
嗜虐的な
縄や
誰かの痛みを私は皮膚で感じた。
その頬には赤みが宿っていて、
昨夜の行為の
思わず、
「縄鞭」《なわむち》
と私がボソリと呟いた時の、
彼の目には、
ギクリ
と音でもしそうな驚きが詰まっていた。
そうして、私は
どの先生とどの先生がデキているだとか、
あの女の先生は妊娠しているというのを、
知るつもりもなく、感知するようになった。
クラスメイトの誰が、経験済みかどうかさえも、
顔を見ればすぐにわかった。
その頃の私は、まだまともな恋愛感情すら知らず、
愛というものを信じていた。
そんなことは知りたくなかった。
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