soul of panic maker《ソウル・オブ・パニック・メーカー》

真生麻稀哉(シンノウマキヤ)

第1話 始まりはビー玉

最初に異変を感じたのは、ビー玉だ。


中学三年生になって、授業を受けていたある日、


「ごきゅり」


と奇妙な音が耳の奥でして、背中の中を何かが動く感覚がした。


背中をかく。


「ごきゅり」


また音がして、


何かが指先から逃げる。


それは背中を誰かが触っているような、


そんな生易しい感覚じゃなく、


脊髄せきずいにビー玉がどんどん詰められて、


下へ下へ送られていく、


という感じが一番、ぴったりした。



「ごきゅり」



「ごきゅり」



「ごきゅり」


脊髄せきずいは、呼吸をつかさどる器官だからというわけではないのだろうが、

目に見えないビー玉が脊髄せきずいのようなところに押し込まれていくたびに、


私は、だんだん呼吸が苦しくなっていった。


耳の奥でひっきりなしに鳴る「ごきゅり」


耳障みみざわりでイライラした。


私は背中に手をやって、自分で自分の背中をさすり始めた。


ビー玉を、なんとか下まで通してしまわないと


気が変になりそうだった。


「ごきゅり」


その見えないビー玉が一体、どこから出てくるのか、わからないけど、


私は「ごきゅり」という音を止めれば、ビー玉も消えるかもと、


両耳を手でバンと叩き、背中をかきむしった。


「O関さん!」


教師が呼ぶ声にハッとして、立ち上がると、


クラスメイト全員が、不審そうな目で私を見ていた。


私のセーラー服は、背中がまくれて、ぐちゃぐちゃで、


強く叩きすぎた耳は、爪が当たって、少し血が出ていた。


「どうしたの、一体?」


先生に言われて、


「ビー玉が背中に」

と言おうとして、口をつぐんだ。


いつの間にか、ビー玉とあの「ごきゅり」という音は消えていた。



「ごきゅり」のビー玉は、たびたび、授業中に現れた。


どうも、私の中のビー玉は数学の授業がお気に入りのようだった。


黒板に書かれた数式に歓喜するようにビー玉は次々と現れた。


ビー玉のおかげで私は、ただでさえ苦手な数学が、さらにひどい成績になっていった。




次に現れた異変は「声」だった。


受験生だった私が夜中、一人で二階の部屋で勉強していると


「メグミちゃん」と


呼ぶ声が何度もした。


メグミは、私の名前だ。


けれど


「何!おかーさん?」


何度返事しても、


家族は階下で


「呼んでないわよ!」

と怒鳴り返してきた。


そう、家では私は長女だから


「おねーちゃん」


と家族から呼ばれている。


「メグミちゃん」と呼ばれることなんてないのだ。



けれど、私は「メグミちゃん」とそう呼ばれるたびに、


必ず返事をした。


それははっきりと耳に聞こえる声だったし、


何より返事をしなければ、


返事をするまで彼女は、私の名を呼び続けるからだ。


私を呼ぶ、その声は若い女性の声だった。


やがて、「彼女」は、呼ぶだけでは気が済まなくなってきたらしい。


夜中に家の電話が鳴るようになった。


1階にある我が家の古い黒電話。


「リリリリリリリリ」


と耳障りな音が闇を引き裂く。



「お母さん、電話に出てよ!」


二階からいくら叫んでも、


その電話に家族は、出てくれない。


「電話なんて鳴ってないよ!」


と怒鳴り返される声。



確かに鳴っている。


ベルの音。


あーっ、もうっと苛立ちながら


私は階下に降りる。



電話に出る。



「もしもし?もしもし?」



そこには無音の闇が広がっている。




電話は毎日と決まっているわけでもなく、


いつ、かかってくるのかもわからず、


私の夜を脅かした。



ビー玉と声と電話。


そんな日々が、幾たびか続き、

 

私はだんだん眠れなくなってきた。




ある日、寝苦しさに目覚めて、ふと横を見ると


母がそばに立っていた。



じっと私を見つめる気配。


顔のすぐ横にある、


はだしの足。



「何、お母さん」


私は起き上がって、母のひざのあたりを軽く叩いた、


はずだった。


けれど、足のあるはずところに足はなく、


スカッ


と私の手は空間をすり抜けた。


そこには、はだしで布団のそばに立つ、膝までしかない足が二本あるだけだった。


起き上がった私は、何度も何度もその足に触ろうと


手を伸ばした。


しかし、何一つ、手ごたえは感じられないまま、


やがて、足は歩き出し、


私の部屋を出て、


トントントンと


ゆっくり階段を下りて行った。

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