猫ヤマト物語
@yamato-maru-neko
第1話 俺はヤマト
今年の八月は、毎日雨が降っていた。連続十七日間。新記録達成になるか。じめじめしていて暑がりの俺はクーラーなしでは生きていけない。
もうすぐ夏休みも終わるんだなと、テレビドラマの再放送を見ながらソファーでごろ寝していた。
「たくやー。またごろごろして。宿題は終わったの」母の声が頭に響く。
毎日同じせりふ。何にも変わらない日々。うるせえなとエスケープ。友人の家に行く。「ご飯食べていけば」といわれ、ご馳走になる。今日はカレーかよ。究極の手抜きなんだな。友人の言葉に驚く。カレーなら俺は毎日でもオッケー。
まだ雨は降っていた。帰り道で、小さな黒い物体が震えていた。友人が猫だと捕まえようとする。うわっ、びしょぬれだっ。きたねえなあ・
声もかれていた。目は目やにがひどく、あきにくい感じ。つれて帰れば、きっと母におこられるだろう。かわいそうだよと、友人が言う。このままにしておけないよ。抱きかかえこっそり家の中に。
「帰ってきたの。ご飯は。」母の声。
友達の家で食べた。えー。お礼の電話するから。どこの家なの。
母は、電話をかけていて、猫には気がつかなかった。タオルで体を拭く。まだ震えている。子猫というよりも、生まれて間もないかんじで、目も開かない。目やにがひどいけど、目は見えているのか。部屋をふらふら。あれっ。足も悪いのかな。
母が部屋に来る。「なにやってんのよ。あれーねこーじゃない。」
うちは、お母さんも働いてて家にいないから、こんな小さな猫を飼うのは無理だよ。といわれた。
それに、この子具合が悪いのかな。目も見えているのか。歩けないじゃないの。
だから、おいてあげて。足が悪いんだから。足がわるくなかったら、だれでもかってくれるよ。だから、俺がかいたいんだ。
それから、ヤマトとの生活が始まった。
俺はヤマト。黒猫だから、ヤマトでいいね。お母さんは、名前付けの名人だと自負している。いい加減なところもあるが、優しい。はじめは、俺を見て、絶対かうのはだめとおこっていたのに、足が悪いし、なかなかかってくれる人いないと思うんだ。だから俺んちでかってあげてほしいと、たくやに言われて、ちょっとないて感動していた。面倒はきちんとみるといってたが、朝夜、ご飯のしたくは、結局お母さんがしてくれている。たくやは寝坊で、俺がおこしても、またねてしまう。
そして、おれは、本当の母さんに育ててもらえなかったために、トイレの仕方もよくわからなかったりしていろんな失敗をしてしまった。脳の関係なのか、時々痙攣がおきる。左のあしも、すこし引きずっている。寝ているときも、尿をもらしてしまう。ごめんよ。じゅうたんをまたよごしちゃったね。お母さんは、ドラックストアで動物用のオムツを買ってきた。これで、よしっと。
おとうさんは、夜遅く帰ってきて、俺に声をかける。寒いとき布団に入りたいけど、がまん。たくやは、布団に入れて一緒に寝てくれる。たくやは、ひとりっこだから、帰ってくると、まっさきに、俺にさわってくる。すこし、ほっといてほしいときもあるけど、命の恩人だし。
庭を散歩していると、近所のボスがすごい形相でやってくる。お前、縄張りをしらねえのか。足が悪くて早く走れない。追い掛け回される。急いで逃げる。戦っても倒されるだろう。はっと振り向く。こっちへ向かってくる。
あっ。お母さん。「うちの子になにするん。」
俺を抱きかかえ、お母さんが家に入ろうとするとき、ボスがお母さんのおしりに噛み付く。キャー。お母さんがほうきでボスをたたくが、ボスは噛み付いたまま離れない。お母さん、俺は、ただ震えているだけ。なんにもできない。ごめん。
やっと、ボスが離れていった。
お母さんは、「何が縄張りだ。ここは、うちの敷地だ。今度は、ただじゃおかない。」強いんだ。
ヤマトが無事でよかった。
でも、お母さんがいないとき、またボスがやってきた。俺も、家からフラット出ていたのが悪かったんだ。「弱いくせに、またでてきたな。」今度は逃がさないぞ。。
黒猫のミイはちょっと器量がよくて、ボスがつきまとっている。
「ねえ、助けて。」
ミイが俺に目配せをする。早く逃げろ。あとは俺がなんとかするから。
ボスに追い詰められる。いちかばちか。やってやろうじゃないか。ぼこぼこにやられる。体中が噛み付かれたあとで痛い。ゆうがたお母さんが帰ってきた。顔ははれあがり、血だらけの俺。
「やまとなの。ボスにやられたんだね。」医者に連れて行かれる。エイズをうつされているかもしれませんね。はれは、そのうちひきますよ。
心配そうな家族の顔。体の痛みは続いている。
夢を見ていた。ほんとうの母さんは、僕を産むとどこかへいってしまった。あの時兄弟もいたんだ。でも俺だけ、草の中にいたんだ。きっと捨てられたんだな。寒くてこのまま、死んでいくのかな。天国は、おいしいものもあるのかな。
長い夢だった。
小学生だったたくやも、中学生。柔道教室に通っている。弱かったのに、どんどん強くなっているんだって。
勉強は好きじゃないみたい。だれだってそうだよ。
あれからボスは、病気で死んでしまったんだ。医者が言っていたように、ボスの病気が俺の体にも入っているのかもしれない。時々、いろんなことが思い出せなかったり、体がだるい。
ボスがいなくなって、ここも静かになった。
日なたぼっこをしてうつらうつらしていると、黒い猫がそっとやってくる。みいだ。
俺のえさをじっとみている。ものすごい勢いで、食べ始める。
食べ終わると何事もなかったかのように、どこかへいってしまった。
ああ。俺のご飯が、、、、。
次の日、またミイがやってきた。今日は、もう、たべちまった。
雨が、ふってくる。
そっと、近づいてくる。「すこし、あまやどりしてもいいかしら。」とてもやさしい目だ。
いいよ。
腹へってるのか。
子供がいるんだけど。5匹。ミイの後をついてくる。
お母さんが、ご飯をおいてくれるから、そしたら、みんなにやるよ。まってろよ。
みいは、すりよってくる。嫌な気持ちはしない。この子猫たちはあなたの子じゃないけど、いい子達なのよ。子猫たちは、すばしっこい。野良で生きてきたんだろう。大変だったんだな。俺は、ここで優しい人たちの中でのんびり過ごしている間に、お前たちは生きるか死ぬかをやってきたんだな。
朝、デッキのところに、お母さんが、えさをおいてくれる。お母さんがいなくなると、ミイの家族がやってくる。早くたべよう。
少しも残っていない。でも俺は大丈夫。ゆうがた、お母さんが、くれるから。
みいが、このままここに暮らしたいと言い出す。子猫を連れての放浪はつかれたんだ。
きっと、ここの家の人はやさしいから、だいじょうぶだよ。
朝、母さんが窓を開け大声で叫んでいる。猫が猫がたくさんいる。なによこれー・
とうさんもびっくりして、いる。みいたちは、ささっと、となりの空き地に隠れる。
やまとなの。この子達を連れてきたのは。いつもえさがすぐなくなるのは、この子達にたべさせていたからなのね。
ヤマト、こんなにたくさんの猫はうちでは面倒みきれないよなあ、、お父さんがつぶやく。
俺は、いいから、こいつらに食べさせてやってくれよと、一生懸命お願いしてみる。
ミイたちは、お母さんがいると隠れるので、お母さんたちはえさを置くと、部屋に入っていった。一家でぞろぞろやってきてるわ。カーテンの隙間から見ていると、やまとは、みんなが食べ終わるのをじっと待ってみている。えさはひとかけらも残っていない。おまえ、ほんとにいいやつなんだな。馬鹿だな。
とうさんが頭をなでてくれる。
やまと、家の中でゆっくり食べな。
それからは、ご飯は家の中でということになった。
とうさんも、かあさんも、みいの性格が嫌いなようだ。
おれは、みいたちがいてくれてよかったのだけど、おかあさんが、やまとに対して、ひとつもえさをのこさないとおこっていた。
みいの子猫たちも俺のことをばかにしていた。足が悪くて、きたなくって、ほんと馬鹿なんだよあいつ。そんな言葉も聞こえた。子猫のとうさんがボスらしいということもわかった。あんなにボスから逃げていて、俺に戦わせて俺は傷だらけになって、遊ばれていたのか。でも憎めないなあ。
おれは、本当に馬鹿なのかもしれない。
ボスの病気もだんだん、体の中を責めてきている。だるい。食欲もない。
えさがでないとわかると、つぎの日の朝、みいたちは去っていった。一言の礼もなかったが、みいのことをうらむ気持ちにもなれなかった。
お母さんは、「ほんと根性悪いんだ、メス猫はさあ。」とみいたちのことをおこっていた。
それにひきかえ、やまとはいい猫だなあ。おまえのように性格のいいやつは、いないよ。
おひとよしは、我が家の家系かな。
どんどん食べな。
えさを、やまもりしてくれるけど、あんまり食べたくないんだ。みいたちもいなくなって、はり合いもないしね。すきだったというよりも、そばに誰かいることが幸せに感じられた。
からだもあんまりよくない。
きのう、また夢をみた。ほんとうの母さんが、きてくれた。しあわせにすごしてたんだね。あのときはごめんよ。お前をおいて、みんなで遠いところへいってしまって。
野良猫だった母さんは、俺たちを生むと、カラスやほかの野良たちから守るために必死だった。一番からだのよわかった、俺だけがあの時生き残ったのは、今思えば不思議なことだ。
目が覚めた。たくやが、ヤマトは具合悪そうだから、絶対、家から出さないでねと、お母さんに言っている。
たくや、ごめん。いろんなことが思い出せなくなってきている。小さかったとき、一緒に寝たことも、助けてくれたことも。何で、ここにいるのかも。
ボスと同じ病気になってしまったということは、もうすぐ、死ぬのかな。よだれがだらだらで、かっこわるいんだ。これじゃみいも逃げていくよな。
たくや、ごめんよ。俺は行くよ。ここにいてはいけないんだ。本当のお母さんとお父さんにおそわったこと。一つだけ覚えている。死に顔を、大事な人には見せてはいけないんだ。だから俺は行く。
おとうさん、おかあさん、たくや、ありがとう。
おかあさんが、窓を少し開けた。飛び跳ねて表に出る。まだこんな力があったんだね。
おもいっきり走り出す。遠くへ遠くへ、森の中で。体が動かない。あれ。ボスがいる。
この世界では、ボスはいいやつになっていた。仲良くやろうぜ。お前は馬鹿みたいにいいやつなんだよな。
「ヤマト。」
俺を探す声が遠くで聞こえる。
何で出したんだよ。たくやがさけんでいる。小さいときからずっと一緒にいたのに。俺とずっと一緒だったのに。もうきっと帰ってこないよ。
短い時間だったけど、本当に幸せな時間だったんだ。こんなに醜くなった顔や体をみせるわけにはいかないんだよ。俺の目から涙があふれてきた。
だいじょうぶ。おれがいなくなっても、きちんと勉強して、仕事して、がんばって生きている姿が見えるから。
馬鹿みたいにまじめなんだね。誰よりも遠回りして、苦労しても、最後は成功している、だいじょうぶ。
しばらく、みんな落ち込んでて、とおくから見ていてもつらかった。「また猫飼わないの」とたくやが話している。
もうかいません。なんでだよ。かってよ。 別れがつらいからとは言わないけど。だれも家にいなくて、さびしい思いをさせたくないしね。定年退職したら考えてもいいけどね。とお母さんの言葉。
なんだよそれ。猫飼わないんだったら、もう勉強やめたっ。
ヤマトはほんとにいい猫だったな。馬鹿でおひとよしで、やさしくて。死に顔は見せたくないって、おとうさんがお酒を飲みながら話している。
ごろごろしてないで、早くご飯たべて。
また変わらない一日がはじまった。
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