営業マンの一日2
(再掲/続き物になります)
※主人公は営業マンで、変な人を観察するのが趣味です
※あと季節ガン無視してます
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今日、営業先の地域のスーパーで、俺は緊急事態に遭遇してトイレを借りた。
いやあ、夏が暑いとお腹も壊すね!
って、冷たいもの飲み過ぎなんだよ。
でも暑いんだもの。仕方ないじゃない。
トイレから戻ると、商売道具の中から消費期限切れの下痢止め薬を取り出した。しばし考え、そっと元に戻す。消費期限切れでも、お金取られちゃうんだよなー。
諦めて丸まった。
まだお腹がおかしいし、俺はスーパーの駐車場に車を止めたままぼんやりしていた。
決してサボっているわけではない。ないったらないのだ。
で、ぼんやりしてたら、助手席側からコンコンと音。
げっ、スーパーの警備員が「長時間止めるな」って文句言いに来たのか?
慌てて起き上がり、恐る恐るそっちを見たんだけど。
「アンタ、サボってたらあかんで!」
顔見知りのお姉さん、いやもうオバちゃん化してるから、オバちゃんだな。が、立ってた。
本日の「変な人」である。
俺の得意先でもある農家のオバちゃんとこから、車で5分の同じ集落にこの人は嫁いできたそうなんだけど、まだ30歳って聞いてたのにすでにもう貫禄のあるオバちゃんである。
俺の地元のお姉さま方はもっと若々しくて女っぽいんだけどなー。
田舎ゆえの気楽さがあんだろうか。でも、俺の仲良しオバちゃんは「狭い集落で暮らしてると一時たりとも気は抜けない」とか、どこの軍人だっつう発言してたけどな。
おかげで、俺も気を抜かずに集落を回ってる。
し・か・も!
この30オバちゃんは、いっつも調子良いこと言って、サンプルだけ取ってく手強い相手なのだ。
「アンタら、営業マンってのはええね。こうやってサボっててもお給料もらえるんやから」
「いやー、そんなことないですよ。それに、サボってたわけでは――」
「ところで、アンタ。そのオハギ、
スーパーで、トイレだけ借りるっつうのも申し訳なくて買ってきたのだ。
そろそろお彼岸が近いということで、入り口付近で手売りしてたし。
30オバちゃんは、助手席の上にポンと置かれたオハギ入りのプラ容器を見てる。
「ええ。ここの、好きなんです」
「はっ」
鼻で笑われてしまった。
相変わらず、このへんの人は喧嘩腰に話しているようでちょっと怖い。
俺、男の子だけど、最初は超ビビったもんね。
なんだってこんなところに配置したんだと、上司を恨んだりもしました……。あの上司は今頃どこで、って回想している場合じゃない。
「ええと?」
ニヤニヤというのか、鼻で笑った後どこか蔑むようにオハギを見ている30オバちゃんに声をかけた。
オバちゃんはよくぞ聞いてくれましたって感じで、話し始めたんだけど。
「それ、美味しいと思ってんの? アンタの舌も大したことないんやね。チェーン店の、出来合いやで? それか、アンタ若いし、美味しいもん食べ慣れてないんかな?」
ちょっぴり上から目線。いやちょっぴりじゃないか。
俺がぽかんとしてたら、オバちゃんまた続けた。
「アンタ、都会におったんやろ? そいで、ほんまの味が分からんのやな。第一、アンタそれ、こしあんやん。わかってへんなー」
いやだって。俺、こしあん派ですもの。
「オハギはつぶあんのことやで。そんなことも知らんて、若い子はほんま物知らずやね」
いやだって。これ、売ってましたもの。
そもそも俺んとこではオハギって売ってなかった。「ぼたもち」って売ってて、こしあんだったわけ。大体、いいじゃん、何買っても。
でも、俺はできる営業マン。
笑顔で頷いた。
「いやあ、さすが人生の先輩です! いろいろ勉強になります!」
「はっ」
あ、また鼻で笑われた。なんなの、この人。
「そうやってな、適当におだてて。心にもないこと平気で言うから、営業マンって嫌いやねん」
えー。
「まあ、でも、人生経験違うからな。そんなもん、美味しいって買うぐらいやもん。ああ、アンタそれやったらウチおいで。オハギ作ってるから食べさせたるわ」
「あ、いえ、でも」
この後仲良しオバちゃんとこへ行く予定なんすよね。
でも、この人、人の話を聞かないタイプなので。
「3時には来とかな残ってへんで? ウチのは特別美味しいいうて人気やから、みんな持って帰るんやわ」
「あ、そうなんですか」
「まあ、驚きや? じゃあ、後でな。あ、サボったらあかんで。みんな暑くても働いてんやから」
「……はい」
俺の笑顔、引きつってないかな。
いつもの営業マン精神が出てこないわ。ちくしょう、俺の腹よ、今すぐ治れ!
願ったってそんなの無理で、俺はまた消費期限切れの薬に目をやった。
いや、今かなり落ち着いてきているからな。ここは我慢だ。
去っていく30オバちゃんの後ろ姿を見ながら、俺ははーっと大きな溜息を吐いていた。
さて、そんな調子なので昼ご飯は食べなかった。
その分早めに、仲良しオバちゃんとこへ寄った。
お爺ちゃんは暑いのにまだ帰ってきてないそうで、オバちゃんの旦那さんは昼間っからビール飲んで縁側から手を振ってくる。
優雅でいいなあ。
「今日の仕事は終わりやねん」
なんて贅沢な台詞だ。
その横をオバちゃんがドタドタ歩いて、旦那の頭をまたぐ勢いで縁側から降りてきた。
この人も豪快だな。
「お爺ちゃんがね、ドリンク、やっぱ足りんかったって。まだ彼岸終わるまで暑いし、多めに入れといてくれる?」
「はい。でもあの、ドリンクは1日に1本ですよ?」
わかってますよね? と確認する。
まあ、様式美だ。たぶん、この家の爺ちゃんは2本飲んでいるな。
「はいはい。あとな、湿布多めに入れといて。それから――」
オバちゃんは適当な返事をして次々と注文する。俺も様式美を急いで流して、在庫を取り出した。
他にも減っているのを補充して、またサンプルをオバちゃんに渡す。
その時、オバちゃんの前掛けにあんこが付いてるのに気付いた。
「あー、オハギ作りですか?」
「彼岸、もうすぐやからね。一回作っといて感触確かめんと。息子らも来るから失敗できへん」
「……もしかして、親戚に配ったりとか?」
「せえへんせえへん。家族だけやね。今時、他人の手作りもらっても、嬉しくないやろ」
オバちゃんの持論が飛び出てきた。
このオバちゃん、割と現代っ子に近い感覚でサバサバしてんだよな。
まあ、あのお爺ちゃんが舅だもん。こういう性格じゃないとやってけないんだろうなー。
「欲しいんやったらあげるけど。いる?」
「あ、いえ。そうじゃなくて、実は――」
と、先ほどスーパーで起こったことを、トイレに駆け込んでいたからサボってないという言い訳まで含めて説明した。
そしたら、オバちゃん大笑い。
縁側に寝そべってたオッチャンも大笑い。
どうやら、30オバちゃんはこの集落では有名な人らしかった。
ちょうど、プアップアッとクラクションを鳴らしながらお爺ちゃんが軽トラで帰ってきた。お爺ちゃんが一番詳しいらしいので、待つことになった。
ちなみにお爺ちゃんは真っ赤なTシャツを着ている。
で、補充されたばかりのドリンク剤をプハーッと一気飲みしてた。やっぱり1日に2本飲んでるな。
「あそこの嫁、来た頃から姑と毎日喧嘩よ。しっかり者やいうて、浜の方から嫁に来たもんやから、そりゃもう張り切っとったんやろな。そしたら輪をかけて気の強い姑や。どっちができる嫁かいうてな。毎日、あれや、なんていうんや?」
お爺ちゃんがオバちゃんに話を振る。オバちゃんは「バトルか?」と言ってから「マウンティングっていうやつやね」と解説まで付けた。
相変わらずのオバちゃんです。
「よくご存知ですね」
「オバちゃんでも今時の言葉は割と知ってるねんで」
「オバちゃんて、アンタ。自分はもう孫もおるのに、おばあちゃんて言わんと」
「アンタは黙っといてんか」
オッチャンは「はい」と素直に黙ってた。でも、口チャックの仕草するあたり、関西人だなーと思う。
俺、新人講習の仕上げに都会のビジネス街を営業訪問したことがあるけど、こんなことしたの誰一人いなかったよ?
「まあ、とにかくや。あそこのお嫁さんは、あっちこっちで自分が嫁として上やって示さんとあかんて思うようになったんかな。元からの性格もあるやろうけど。行事の度にあんな態度やから面倒やけど、おだてとくとなんでもやってくれるし、案外あたしは楽させてもらってるわ」
さすが、最強のオバちゃんである。
「あの子、人の話聞かんとこあるけど、気にしなや? あれはもうあんなもんや、思ってたらええねん」
なんだか深いです、オバちゃん。
「よそんとこの料理を貶してるやろ? 相手が気付かんはずないのにな。視野がこう、狭ぁなってるねん。みんな、裏でバカにしてるわ。お姑さんのこともな」
こ、こわっ。田舎怖い。
「旦那はもっとバカにされとるわな。嫁もおかんも操縦できんのかいって」
「お爺ちゃん? 操縦してるのは、その家の一番強いもんですわ」
「……そやな。そや」
つまり、この家で一番強いのは、オバちゃんということですね? 分かります。
「では、これからも営業は一番お強い方にさせていただきますね!」
そう言ってオバちゃんに笑いかけた。
オバちゃんは、にっ、と笑ってウィンクした。んだけど、両目パチンとなっていた。
お爺ちゃんも近くに用事があるというので、軽トラに付いて行くことになった。
30オバちゃんの家の場所は分かってるんだけど、1件紹介してもらえるらしい。やった。
こういう集落って、なかなか食い込めないので有り難い。
で、軽トラを追いかけたんだけどさー。
お爺ちゃん張り切ってるわけじゃないよね? ね?
「飛ばし過ぎだっての!」
狭い集落用の道路だぜ。キュンッと音を立てて曲がってるわ。あと、プアップアッ鳴らしすぎ。ファンキーか。
結局、見えないところまで離された時点で到着した。いや、車で5分だからね。そんな、迷うほどの距離はないのだ。
先に、30オバちゃんのところへ行ってみた。
ところが、だ。「こんにちはー」と声を掛けて、出てきたのはお姑さんだった。
「ああ、薬屋さんか。ウチはいらんで?」
「あ、いえ。こちらのお嫁さんが、オハギをくださると仰るので、お言葉に甘えて――」
「……そんなもんあらへん。帰ってんか」
「え?」
「アンタ、あんな子の作ったもん、食べれるて思うてんの? それやったらスーパーで買った方がマシやで」
「あ、はあ」
「それともなにか。アンタ、あの子の浮気相手か」
「は? いや、いやいや。それは絶対に、ないです!」
そんな断言しなくても、と思うだろう。
しかし、ここは大袈裟なほどに断言して否定しておかなくてはならないのだ。
「わざとらしいな。ほんまかいな」
このようにバカにされたとしても、完璧な否定をしないと「ここは田舎」狭い集落なのである。
仲良しオバちゃんに教えて貰ったんだけど、根も葉もない噂をばらまかれるのが田舎なのである。こうしたことは大袈裟なぐらいに否定しておいた方が良いそうだ。
しかも浮気疑惑なんて恐ろしい。
これ、もし曖昧にしてしまったら、集落のホットな話題として十年ぐらい語り継がれるんだぜ。
俺、営業。
ここでもう仕事できなくなるか、あるいは浮気希望のオバちゃん連中にとっつかまって骨までしゃぶられる!
こわっ。
俺はニコニコと営業マン努力の笑顔で再度否定して、その場を去った。
待ってくれてたお爺ちゃんと合流して、紹介先の家でその話題になった。
噂話にしたいわけじゃなかったんだけど、お爺ちゃんが話を振ってくるんだもん。
そしたら、まあ、大爆笑。
「アンタ、嫁姑バトルに巻き込まれたんやな。可哀想に」
「最近おもろいことなかったから、ええ話題提供やないか?」
「浮気相手やって! はっはー」
「いや、俺、絶対に違いますからね?」
間違っても噂してくれるなよ、と念押ししたら。
「分かってるって。あんな、縦に横に態度もでかい女、普通は相手にせえへんって。あそこの旦那は昔から大柄な女が好きやったもんな~。ありゃ、業やで」
「せやな!」
「あ、いえ、あの」
「えっ、アンタ、アレがタイプなんかい?」
とんでもない。慌てて手を振り首を振り。おかげで、オッサンどもの笑いの種にされてしまった。
まあ、おかげで紹介してくれた家が、試しに使ってみると置き薬セット頼んでくれたけど。
最後にお礼を言ってお宅を出る時、オッサンに言われた。
「アンタ、でも、オハギ食べんで良かったな」
「え?」
「あそこ、何年か前に、食中り出してん。去年は旦那が救急車で運ばれとったわ」
ゾッとして、振り返った。この家と30オバちゃんの家は目と鼻の先なのだ。
「不思議なことに嫁も姑も、いっこも中たりよらん。ありゃあ、なんでかな」
「案外、二人して旦那を殺そうとしとんのと違うか」
お爺ちゃんが平然と言うんだけど。
「息子やで?」
「そやけど、あそこの死んだ舅、生命保険えらい入ってて家建て直したていうやないか」
「おー、こわ」
ていうか、そんな話してるアンタらが怖いわ。
俺は引きつった笑顔で、まだ噂話をしているオッサンどもに挨拶してその家を出た。
それがタイミング悪くというのか良いというのか、あの30オバちゃんが帰ってくるところだったのだ。
俺は急いで車に乗り込む。
目があっちゃダメだ。
あれは、目が合うとヤバい。
俺は必死で古い軽自動車を動かす。エンジンがかかりさえしたら、こっちのものだ。
動き始めてから「アッ」という声も聞こえた気がしたが、無視である。
俺は超狭い道をすっ飛ばして、集落を後にしたのだった。
クーラー効かないから窓全開だったけど。声は聞こえなかったのだ。うん。
それにしても、車のクーラー直してくれないかなー。そのせいで暑くて、冷たいものばっか飲んでたんだし。
今も汗がダラダラである。
冷や汗かもしれないけど。
ふと、また在庫を見た。
下痢止め薬。消費期限切れ。
いやいや。これはきっと神の啓示。
飲んじゃダメだっていう、前フリだったのだ。あと、スーパーで買ったオハギも。こんな暑い車中で、大丈夫なはずないんだよな。
せっかく、オバちゃんとこに持って行こうと思ってたんだけど。
田舎のオバちゃんが手作りするってことを忘れてたのが敗因だった。
その夜、俺はこしあんのオハギを前に何度も悩んで、それをゴミ箱に捨てた。
ちなみに、消費期限切れの下痢止め薬は、先輩の裏技によって手に入れることができた。でも俺はそれを飲まずに頑張った。
俺、これをお守りに、この夏を乗り切るんだ。
ていうか、クーラー直してください。お願いします。
ホントもう辛い。
営業マンは、大変なのだ。
サボらなきゃやってられないぐらいに。
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