わたしには墓場まで持っていく話がある2 -ころされるまであとすこし-


日常の些細な出来事だけど誰にも言えないことがある。

そんな墓場まで持っていく話を、どうか聞いてください。



『わたしには墓場まで持っていく話がある』2

-ころされるまであとすこし-






 わたしには悪い癖があった。ギリギリのところを攻める癖だ。




 昔、部活の後輩に言われたことがある。


「先輩、ホームで一番前に立たない方がいいですよ」

「どうして?」

「後ろから押されるタイプっしょ」


 わたしは、自分自身のことを「面倒見の良い姉御肌」タイプだと思っていた。後輩の相談に乗ったり勉強を教えたり。慕われているとさえ思っていた。

 だから、その時も「笑いながら」話す彼の、いつもの「冗談」だと思っていた。



 同じ後輩に、もったいぶった言い方をされたこともある。


「俺、好きとか嫌いとか、あんまないんだけど。一人だけすっげぇ嫌いな人がいるんだよねー」

「えー、誰だよ? 溜めてんじゃねえよ、早く言えって。あ、先輩も知りたいっすよね」

「あー、うん」


 適当に返事をしたわたしに、後輩はニヤニヤ笑って「どうしようっかなー」と思わせぶりなことを言う。

 面倒くさいのと、いい加減じれた他の後輩の言葉に従い、彼はこう言った。


「俺の嫌いな人、先輩ですよー」


 その時の彼の顔を、わたしは今でも思い出せない。




 大人になった今なら分かる。

 彼は先輩風を吹かせるわたしが本当に嫌いだったのだろうし、そして同類を見て、排除したいと感じたのだろう。


 わたしはモラハラ男が嫌いだった。何故なら父親がそうであり、わたしもまたその性格を受け継いでいたからだ。

 相手を支配したがり、相談に乗ってくれと言われたことに対して「こうだよ」「ああだよ」と上から目線で決めつけていた。

 こんなわたしのことを、良く思わない人だっているだろう。

 嫌なら離れていくだけだ。あるいは無視するか。

 でも後輩は違った。

 彼もまたモラハラ気質があり、同じタイプのわたしが気に障ったのだ。


 気の強い女、つまりわたしのことを直前まで良い気にさせておき――それまで先輩先輩と懐いていたし、相談に乗ってくれと言ったことが何度もある彼は――ある日突然わたしを突き落とした。

 どうやれば相手をやり込められるのか、よく分かっていたと思う。

 彼は自分の性質たちには早くから気付いていたのではないか。

 彼の「嫌いな人は先輩です」と言い出す直前のニヤニヤ顔は今でも覚えている。その後の表情がどうだったかは覚えていないけれど。




 わたしは、それ以来、たびたび自分の性格というものについて考えた。

 嫌われるのは、正直悲しい。

 でも、全員に好かれることなんて有りはしない。

 第一、自分が嫌いな相手に好かれてもしようがない。

 だから彼に言われたことで「反省する部分があったのかも」とは考えなかった。

 ただ、時折チクッとした痛みを感じただけだ。


 ニヤニヤ顔は、時にわたしをイラッとさせた。

 チクリと痛む自分の心にも無性に怒りが湧いた。


 そんな時、わたしは獲物を探す。




 仕事に失敗した部下を叱る時。

「あれだけメモを取るように言ったじゃない。それを忘れたから、今こうなってるんだよね? あなたはメモを取らなかった。記憶力に自信があるからでしょう? あなた自分でそう言ったよね?」

 わたしは悪くなかった。ちゃんと教えていたのだと周囲にも分かるように、チクリと責めた。


 付き合っていた、優しい彼氏にもだ。

「なんでもかんでもわたしに決めさせないでほしいな。あなたには自主性ってものがないの? そういうのは優しさって言わないんだよ。優柔不断なの。そりゃあ、そういうところが良いなって思ってたけど、時と場合によるよね?」

 優柔不断なあたなを選んだのはわたしだったのに。


 もちろん、フォローは入れる。

 だって、怖いもの。


 モラハラが続けばどうなると思う?



 支配されたままの奴隷は、奴隷のまま過ごすと思う?




 そんなことはない。

 稀に、戦う奴隷もいるのだ。

 得てして、そうした人の方が危険な結果をもたらす。


 母が、父にしたように。




 父は「誰のおかげで食えているんだ?」と、よく詰った。

 女に学歴は要らないとも言った。

 相手を貶めずにはいられない人だった。


 わたしは、表立ってはそんなこと言わない。

 けれど、たまに漏れ出てしまう。

 つい、言ってしまう。

 言わなくてもいいことを、だ。


「わたし、すごく大変な目に遭わされてるよね。あなた、わたしが上司で良かったね」


「毎日幸せそうだねー。わたし、そういうあなたを見てるのが好きだなー。追体験してるみたい。って、実際はなんでもわたしが決めちゃうからなんだろうけどね!」


 言ってから、思う。

 あ、これ、父親の言葉だ。






 プラットホームで電車を待っている時、よく思い出す。


 一番前に立たないようにと言った後輩の言葉を。


 そんな時、「生」に意地汚いわたしは下半身の軸を後ろに置く。

 内心で笑いながら。


「殺されるまで、あと少し、だったりしてね」


 そうならないためのおまじない。


 今日もギリギリのところを攻めた気がする。そんな時はおまじないが出る。


「ころされるまであとすこし」






 母が父にしたことは、誰も知らない。

 わたしが墓場まで持っていく話。




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