復讐ノート
注:フィクションです。
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ストレスが溜まると、どうやって解消してる?
友人がそんな切り出し方で話を始めた。
この友人は、ちょっと変わっている。きっと何か言いたいのだ。わたしは彼女の次の言葉を待った。
「今、みんなに聞いて回ってるんだ~。教えて~」
「じゃあ、まずはあなたから言いなさいよ」
「いいよ。あのね――」
そう言って、すぐ話し始めた彼女のストレス解消法はこうだ。
ムカつく人がいたら、まずそいつを「ゾンビ」にする。……ゾンビって何よ? そう思ったわたしに、彼女は「ほら、最近ゲームとか映画とかあるじゃない」とニコニコ笑う。
残念ながら、わたしはそういったものに興味がない。黙っていると「とにかくゾンビになると妄想するんだ」、そう力説された。
しばらくの間、ゾンビについての解説が続いた。要約すると、ゾンビはどうやら感染するらしい。しかも100%だ。
悪いゾンビがやって来て、噛み付かれることでゾンビ菌に冒され、ゾンビとなる。ゾンビになったら、もうどうしようもないので、殺すしかないそうだ。
「は?」
「ゾンビを殺さないと、他の人もダメになるの。だから殺すんだけどね」
サラッと話す姿にわたしが引いているというのに、彼女はニコニコと続けた。
「でもホラ、元は人間だもの。撲殺なんて怖いでしょ? だから、銃で撃つわけ」
待ってほしい。
そこで「だから」が出てくるのもおかしいし、当然のように「銃で撃つ」と言われても!
わたしの困惑をよそに、彼女は少々早口になった。
ゾンビは悪。これ以上の感染を防ぐためにも仕留めなくてはならない。
「ね?」
「何が、ね、なの?」
「殺さなければいけない『ゾンビ』が相手だと、罪悪感は芽生えないよね?」
そうかしら。でも、撲殺が無理だとか、罪悪感だなんてリアルをまぜるのは想像力豊かな彼女らしい気もした。
「脳内で撃って撃って撃ちまくるわけ。そうしたらストレスも発散されるのよ!」
「嬉しそうだねぇ」
「これをあたしは『ゾンビバンバン』と名付けました」
脳内で想像したことに名前を付けるとは、相変わらずだ。でもちょっと面白い。
「で、ゾンビバンバンとやらで本当にスッキリするの?」
「あたしはね!」
「ふーん。でも、撃たれた人は死ぬわけでしょう? いくらムカついた相手でも、冷静に考えるとなんだかなぁ」
「想像だからいいの」
「ま、本当に殺すわけじゃないもんね」
「むしろ感謝してほしいよ。成仏させるんだもの」
「いや、それ、あなたの想像の話だよね」
幽霊だとか、そうしたものを信じないのはお互いだけど、夜に話すのはちょっと不謹慎かな。「たとえばなし」でも撃つだの殺すだの、物騒だよね。
「あたしのストレスは大抵、人間だから。これで大体なんとかなるの。で、あなたは?」
わたしは数秒考え、彼女になら教えてもいいかと決めた。
「わたしは『復讐ノート』に書くの」
「復讐ノート?」
「あ、もちろん、本当に復讐するわけじゃないわよ」
慌てて言い訳したけど、彼女は分かってると何度も頷く。
わたしは改めて、続けた。
「ノートは良いものが必要よ」
ふんふん、と真面目な顔をして頷く彼女に、わたしは笑った。
「三十ページで三千円もするノートなの。黒い表紙に金の箔押しがされててね」
「すごいね」
「つるりとした紙を前にすると、自然と背が伸びるの。しっかりと丁寧に書かなきゃって思う。息を深く吸って、落ち着かせてね。それから、ペンを持つのよ」
「分かる。うん、分かる」
「で、たとえば、こうよ。この間、都内でタクシーに乗ろうとしたんだけどね。その時に、ちょっと腹の立つことがあったのよ」
終電近く、わたしと友人はタクシーに乗ろうとした。ところが運転手は対向車線に視線を向けている。近くまで行っても、前を見たくないとばかりに頑なに横を向いていた。そう、乗車拒否だ。
もちろん、空車表示は確認した。赤信号の真ん前、三車線道路の端に寄り「空車」で停めている。
わたしたちは二台目を見た。さっきまで空車だったことは視線の先だったので見えていた。なのに、急に消えた。表示が消えたのだ。
三台目は個人タクシーだった。彼は嫌々ながら窓を開けてくれたが、乗せてくれることはなかった。タクシー同士のルールがあるそうだ。前に並ぶタクシーを抜くわけにはいかないのだと最後まで言い張った。
「え、それ、ひどくない?」
「うん。だから、復讐ノートに書くの」
「……だから状況を細かく書くんだね。それでそれで?」
わたしは、ひとつ頷いた。
見た目で判断したのか、この野郎!
女だから舐めてんのか、クソ野郎!
お前らみんな、クソだろう!
うんこまみれになっちまえ!
「……え?」
「丁寧にね、毛筆感のある万年筆で書くと『うんこ』の字も意外と綺麗に見えるのよ。知ってた?」
「えーと、そうなの、かな?」
昔、彼女から教えてもらった映画だったか漫画に、なんとかノートというのがあった。わたしは、それを真似てみたのだ。
そう説明すると、彼女は「ああ、あれか」と笑った。
「なるほどねー。デス、殺すんじゃなくて、ってことか」
殺すだなんて、そういうのはちょっとね。
第一、想像でも殺すだなんて、そこまでひどいことをされたわけじゃない。
わたしも分かってるの。
後になって、あのタクシーの運転手たちは、終電を逃した酔客待ちだったってことに思い至った。いい稼ぎになるはずで、そのために順番待ちをして並んでいた。
なのに、酔っ払っていない女二人。距離が近いことを予想したのかもしれないし、あるいは悪く考えれば「遠回りできる相手でないと判断した」のかもしれない。
とにかく、せっかく待った時間を無駄にしたくなかったのだ。
今、タクシーが強気でいるのも、時代として理解できた。運転手不足だものね。
だからこそ、イラッとした気持ちを宥めるためにノートへ書くのだ。
うんこにまみれろ、と。
「……いやー、あなたらしいというか」
「えっ、どういう意味?」
「いや、あはは。だって、ネチっこいんだもん」
「それは聞き捨てならないわ。あなただって、ゾンビをバンバン――」
「えー。ゾンビバンバンは、スッキリ感あるじゃん! ネチっこくはない!」
「菌に冒して、殺す名目を作り出す方がネチっこくないかな」
「いやー、ノートに事細かに状況書いてから、最後にうんこまみれにする方がなかなかですよ」
「そうかしら、だってあなたは――」
二人の会話は続いた。
オシャレな「女子会」向けのバーで。
マスターがカウンター内で、時々笑っているのは聞こえているせいかもしれない。
でも、わたしも彼女も気にしない。
だって、こうして話すことこそが、一番のストレス発散だからだ。
「このバーでのことも、復讐ノートに書こうかしら」
そう言った時のマスターの顔が引きつっていたことに、わたしも彼女も気付いていたけれど、話はまた楽しく続いていくのだった。
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注:フィクションです。
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