わたしには墓場まで持っていく話がある-誰にも言えない-
シリーズ化予定(不定期)
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日常の些細な出来事だけど誰にも言えないことがある。
そんな墓場まで持っていく話を、どうか聞いてください。
『わたしには墓場まで持っていく話がある』1
-誰にも言えない-
恨まれても仕方ないなって思う。
恨まれるような、そんなことをした経験が、あなたにはある?
わたしには、ある。
その日、わたしはお腹の調子が悪かった。
有り体に言えば、
事務所に籠もっていられる仕事なら良かったけれど、わたしは営業業務を兼任していた。その日も外出予定だった。
車を運転しながらも頭の中はトイレのことばかり。
何度もコンビニへ飛び込んだ。
午前に三度、昼を食べた後にももう一度波がやって来た。
どうにもこうにも我慢ならなくて、飛び込んだのはよく行くコンビニだった。
顔見知りの店員に声を掛けトイレへ駆け込む。
もう我慢の限界だった。
シャーっと水のような便が出る。
この時の気持ちをなんと表現すれば良いだろう。
ホッとしたような、それでいて一つしかないトイレを占領していることへの恐怖。
この恐怖を、あなたは理解できるだろうか。
そして、恐れていた事態が起こった。
脂汗が流れる中、トイレの隙間から外の音が聞こえてくる。
コンビニの入り口、開け放したドアの向こうから大型車の止まる音。
わたしは瞬間的に思った。
外の音がこれだけ分かるのだから、きっとわたしの水音も外には聞こえているのだろう。でも、恥ずかしいという気持ちはとうに消えていた。
ここまで来て、恥ずかしいだなんて言ってられない。
でもほんの少し、どうか聞こえませんようにと願った。
「すみませんっ、トイレ、貸してください!!」
「あ、はい。でも今は――」
それが聞こえた時、わたしは次の波に襲われていた。
同時に、恐れていた事態が起こったのだと悟った。
一つしかないトイレへめがけ、やって来る人との心理的対決。
ああ、どうしよう。
でも止まらないのだ。
そして、もっと非情な宣告をわたしは受けることになった。
「……ちゃん、我慢して! もうちょっとだからねっ」
「いやぁいやぁ、もうダメ、先生ぇぇぇ」
地団駄踏んでいる音も、小さな女の子の泣き出す声も、すぐ傍で聞こえる。
待って、待って待って!!
変わってあげたい、早く出てあげたい。でも、わたしだって!!
止められるものなら止めたい。
コンコンコン、という音は小さい。叩いたのは子供だ。
先生らしき女性の声が、あっダメよ、と注意する。
「だってだって!! ……――っっ!!」
急いで拭いて立ち上がり、パンツを穿いた時だった。
外からハッキリと聞こえる「ジャーッ」という音。
同時に溜息のような先生の声。
「ああ……っ」
「……ぁぁん!! ぁぁぁんーーっ!!」
なんということだ。
子供がやってしまった。
途轍もない罪悪感に今度は冷や汗が出る。
ことがすべて終わるまでトイレに籠城してしまいたい。
わたしは一瞬の間に考えた。
けれどもう、手はレバーを押し、水は流れていた。
出なくてはならないのだ。
急いで鞄を手に外へ出る。
すると、一瞬、先生の視線がわたしへ注がれた。
「あの、すみません……」
わたしだってお腹が、と思ったけれど、それは言い訳だ。
それにドアのすぐ傍で屈んでいた先生には、きっとドアが開いた瞬間に匂いが届いただろう。
先生はわたしを非難するようなことはなかった。むしろ謝った。
「騒がしくして申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、こちらこそ……」
店員が慌てて駆け寄ってくる。先生が手洗い場の下に置いてあった雑巾で足元を拭き始めたからだ。
水たまりはどんどん広がっている。
「わたしがやりますよ。いいですから」
「ですが、お店にも迷惑をかけてしまって」
「いえいえ。あ、お客様も結構ですから。どうぞ、こちらへ。あ、待ってください、ここを踏んでください」
店員は新しく持ってきた雑巾を敷いて、わたしを外へと出してくれた。
「あの……」
「すみませんでした、お客様。入られているとお伝えしたのですが」
謝ろうとしたのに逆に謝られてしまった。
わたしは困惑しながらも、なんの手助けができないことも分かっていた。
店員と先生に会釈して出ていく。
その一瞬の間、視線を感じた。
でも、わたしはそちらを見ることはなかった。
怖かったのだ。
ショックで泣き叫んでいた女の子の、ふわふわ揺れる髪。頭の天辺で結ばれたポニーテールが、わたしと反対側へ向いたのを目の端で捉えていた。
きっと彼女はわたしを見ていただろう。
目を合わすことはできなかった。
ふわふわのカールに可愛らしいリボン。きっと彼女は幼稚園の中でもおませさんだったはずだ。
「園を出る時にトイレは済ませておくよう言ってあったのに――」
「小さい子は突然きますし、我慢できませんからね。仕方ないですよ――」
「本当に突然すみません――」
「いえいえ――」
誰もわたしを責めたりはしない。
けれど、あの女の子だけは責めるだろう。
彼女にとって、おもらししたことは短い人生の中でもっともショックな出来事に違いない。
わたしは彼女に恨まれるだろう。
けれど。
わたしは思う。
大人になって、水下痢を漏らすことよりは、ずっとマシなのだ。
順番が逆でなくて良かった。
あの時トイレを待つのが、あなたで良かった。
小さなあなたで。
もちろん、誰にも言えない。
だから、この話は墓場まで持っていく。
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