オバチャンとオレ
異世界ファンタジーの読み切り短編です。
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いわゆる召喚魔法とやらで、俺は異世界に強制転移させられた。
なんとなーく知っていたラノベ知識で、思ったほど動揺はしなかったものの、それでもやっぱり現実なんだと思うと手が震えた。
これって誘拐じゃん。
責任取ってくれるのかよ。
クソッタレ。死ねよ、バカヤロー。
頭の中では罵倒語が出て来るけど、実際には口に出すことなんてできない。
他の人も同じだ。
そこまでバカな奴はいなかった。動揺の激しい人だっていたけど、それは泣き喚いている子供のようなものだ。
異世界の奴等がおためごかしなことを言っている間、俺はふと冷静になれる瞬間があった。
その時に周囲を見回してみて、クラス転移ってやつじゃなかったんだと知った。
そうだ、俺は、俺達は確か夏祭りの準備をしていたんだ。
神社の境内にいたメンバーばかりだった。
夜だったから子供はいなかった。高校生が俺をいれて5人、大学生が2人、市役所の若手職員と、神社の事務の人。ここまで全員が男で、最後の1人がオバチャンだった。
たまたま社務所に用事があって来たらしい。エプロン姿の、いかにもな姿をしていておかしかった。女の子が1人もいない中、オバチャンだけが違和感ありまくりなんだもん。
オバチャンは訳が分からないって顔して呆然と立っていた。
手には枝豆の束。
意味わかんねえ。
ホント、意味がわかんねえよ。
魔王を倒してくれっていうのが、国家的誘拐犯の願いだった。
魔王が死ぬと、逆召喚に使えるほどの魔石が得られるから、それを使って俺達は帰るんだとか。どっちにしても戦わなきゃなんないのかよ、と憤る大学生。
せっかく内定もらったのにともう1人が泣いていた。
時間の流れがどうなっているかも、召喚した奴等は知らなかった。
これまでもこの世界の奴等は度々異世界から勇者を召喚していたそうだ。
はっきり言わなかったけど、使えるのもいれば使えないのもいたそうで、この地で死んでいったっぽい。
そんでもって魔王の魔石で逆召喚した者が結果どうなったのかも彼等は知らない。
俺達は頭を抱えて悩みまくった。
事務員は自分なりに調査すると言った。
彼のスキルは「鑑定」だったので、とても戦闘に参加できるものではなかったのだ。
この「スキル」っていうのは、異世界を渡る時に付随してくるものらしい。
異世界から召喚される人間には大なり小なり、珍しいスキルが付与されるという。
使いこなさないと意味はなく、使い方を間違って死んでしまった召喚者もいたんだって。
俺は勇者じゃなかった。
「影」ってスキルを持っていて、どうやら隠密行動の垂涎スキルらしい。他に「変身」だとか「不老」っていうのもあって、召喚した側の魔法士の中には羨ましがる女もいた。
でも、高校生が不老なんてもの、あって嬉しいと思うか?
俺は嬉しくない。
勇者は高校生の1人だし、治癒スキルだとか結界スキルなんてものを持ったのがメインパーティーになった。
俺は補助パーティーになるらしいよ。
何故か勝手に話が進んでいた。
そんな感じで、なし崩しに魔王を倒す準備が始まってしまった。
スキルアップのための訓練を続けているうちに、元のスキルに関係するものが続々と増えていった。俺は影スキルだったからか、隠密行動に向いたものが増えている。
順調にレベルも上がっていくし、高校生組は徐々に楽しそうにやっていた。
元々友人同士で祭りの準備に来ていたみたいだし、勇者パーティーに全員入ってるもんだから仲が良くなるのは当然だよな。
俺は、夏祭り委員会の手伝いをする予定だった母親の代わりに参加していたので、他のメンバーは知らないから疎外感ありまくりだ。
学区も違っていて、地元だからちょっと顔を見たことがあるかもレベルだった。
大学生や公務員なんてもっと知らなくて、ぼっちもいいところだ。
結局、事務員と、そしてオバチャンの2人と一緒にいることが多くなった。
オバチャンは俺がぼっちなのを気遣ってくれて、声を掛けてくれたのだ。事務員も、俺が母ちゃんのピンチヒッターで手伝いに来たことを知って、巻き込まれたことに同情していた。それ言ったら事務員だって、年食ってるからって高校生組にバカにされていたのにな。
オバチャンはオバチャンで可哀想だった。
もうすぐ孫も生まれるのに、顔が見れないなんてと泣く。
俺の母ちゃんより少し上で、もう孫なんか、と思ったが口にはしなかった。
女に年齢のことを聞いちゃいけないと、口酸っぱく言われていたからだ。
母ちゃんもいつからだったか誕生日の度に年齢が下がっていた。
オバチャンは光スキルってのを持っていて、浄化ができた。
でも年齢的にパーティーへ参加させるのは酷だろうってことで、俺達と一緒。
地道な訓練というのか勉強をやっていた。
事務員とオバチャンは他と比べたら年齢が近いのでよく2人でつるんでいた。
オバチャンも昔はOLだったのよ、と言って事務員の手伝いをするようになったのだ。
俺もちょいちょい参加させてもらいつつ、孤独な訓練もやった。
補助パーティーつっても、戦闘に参加させられるのは決定事項みたいだったから。
ある日、事務員とオバチャンが深刻そうな顔で俺に言った。
「この国の言ってることは全部ウソだった」
俺達が魔王と思っている相手は、悪ではないと言うのだ。
オバチャンは見た目からして人畜無害だったし――なんというのか目立たないので――監視の目をすり抜け城を出て、いろいろ調べていたようだ。
他のメンバーにも教えたいが監視の目がある。
だから、とりあえず自分達だけでも先に抜けようと思っているがどうするかと言われた。
俺はもちろんそれに乗った。
だって、たとえ悪い魔族だったとしても、人の形をしたものを殺せる勇気なんてなかった。
殺されるのも嫌だ。
勇者スキルのある高校生グループがなんであんなに張り切れるのか、わかんねえ。
だから、一緒に逃げることにした。
俺が誘われたのは影スキルがあるってのもあったようだけど、そこはお互い打算があっていいよなと思う。
俺も知恵を借りたいし。
おかげで、なんとか3人で抜け出すことに成功した。
それからは地味な3人で旅を続けて、情報を得ながら平和な国へと向かった。
事務員は冷静で頭が良いし、鑑定スキルが使えるから助かった。
オバチャンは浄化してくれるので未知の世界で病気にかかることもなかったし、何より料理が上手だった。
俺が影スキルで、危険を察知したり追い払ったりして、なんとかかんとか辿り着いたところで、ある噂を聞いた。
俺達を召喚した国が、魔人国に戦争を吹っ掛けたって話。
あいつらには出ていく前に手紙を渡して伝えたけど、良い返事はもらえなかった。
高校生組も大学生組も魔法が使えるしスキルがあれば生き残れるって信じてた。それに魔王を倒したら帰れるって思い込んでた。
俺なら誘拐した相手の言うことなんて信用できないけどな。
俺達は平和な国で、根を下ろして暮らすことにした。
事務員はもう調査を止めた。
だって、異世界から召喚された人間が、元に戻ったって話はどこにもなかったからだ。
それならこの世界で生きていくしかない。
幸い、鑑定スキルは珍しくて引く手あまただ。
ちょっと良い暮らしができるだろう。
オバチャンも浄化スキルを使って働き始めた。
掃除婦ぐらいしかできないだろうね、と言って諦めていたオバチャンも引く手あまただった。
浄化のレベルが高いということで、貴族の家からも呼ばれるようになったのだ。
俺は影スキルだから、情報屋みたいなことをやった。
チンピラみたいで嫌だけど、スキルを活かすにはそれしかない。
あと、不老スキルから派生したらしい変身スキルも身に付いた。だから、情報屋は天職だった。
やがて、事務員は結婚相手を見付けて、独立した。
俺達逃亡組はここでようやく個別の道を歩くことになった。
数年に一度は会おうと約束して、なんやかやとあったから最初の同窓会は5年後だった。
事務員はすっかり落ち着いた顔をして、良いパパをやっているそうだ。
顔に出ていた。
オバチャンも元気で、働いているからかツヤツヤしていた。
2人とも、俺を見て「変わらないねえ」と笑っていた。
俺だって成長したいけど、しようがない。
それよりも2人の知りたいことを伝えよう。
「勇者がこの間、死んだそうだよ」
「そうなのか……」
「他の子の話は入ってきてるの?」
「大学生2人が、不明だって。たぶん、死んでるんじゃないかって噂だけど」
公務員と、高校生組の残りは撤退したと聞いている。
事務員もオバチャンも不安そうな顔になった。
「俺達のことはもう追ってないみたいだ。それどころじゃないだろうし」
「そうか」
事務員はここで結婚してるから、追手のことが心配だったようだ。でももうあの国は終わりだと思う。
魔人国を相手にやりすぎたんだ。
魔王は、戦争をふっかけてきた相手を許すほど愚かじゃない。
「戦争の旗頭になっていたあいつらは、魔人国から逃げられないと思う。魔王は話の分かる相手だって言ってるから、強制的に異世界召喚されて洗脳されたあいつらを即刻処刑にすることはないよ」
「そうだといいが」
「あの子達、かなり殺しているわよ……」
貴族の家に出入りするオバチャンもそれなりの情報を持っているようだ。
深刻な顔で俯く。
ふと、オバチャンの手を見て首を傾げた。本当にツヤツヤしている。
この世界では良く効くポーションなんかがあるから、お金持ちになったオバチャンもエステじゃないけど自分にお金をかけてるのかもな。
その時はそう思っていた。
俺達は話をして、飲んだり食べたりした後別れた。
また数年後会おうと約束して。
でも5年後、事務員が集まりに来ることは叶わなかった。
死んだのだ。
流行り病であっという間だったらしい。
オバチャンは貴族の誘いで出掛けていて、報せを受けた時にはもう遅かった。
オバチャンはものすごく自分を責めた。
仲間だったのに、自分なら助けられただろうにと。
俺ももっと早く情報を知っていれば良かったと後悔した。
事務員もそこまでひどいことになると思ってなかったんだろう。でなければ、助けを乞う連絡を入れたはずだ。
オバチャンは引きこもるようになった。
お金は溜め込んだから、生きていくには十分だと言って。
それから、俺に少しでも変化があったら言うようにと泣いてせがまれた。
もう失いたくないのだと、必死の形相だった。
オバチャンは、ダンナさんと喧嘩ばっかりしていたことを話していたけど、でもたぶん幸せな人だったと思うんだ。
息子がいて結婚していて、お嫁さんが妊娠したかもしれないと聞かされたばっかりだったんだって。
孫が抱ける! と喜んでいたのに離れてしまった。
見た目の変わらない俺は、きっとオバチャンにとって息子であり孫なのかもしれない。
日本にいた頃の何気ない話に、相槌を打てる相手。
俺も、オバチャンから聞く話に、母ちゃんを重ねていた。
オバチャンの作る料理がいつの間にか母ちゃんの味になっていた。
事務員が年の近い父ちゃんで、オバチャンが母ちゃんみたいだった。
だから、オバチャンが心配で、時々家を訪ねていた。
ある時から、俺はものすごく違和感を覚えた。
オバチャンが窶れているのに、老けて見えないからだ。
あれ?
そう気付いた時にはもう、進んでいた。
オバチャンはもっと早く、自分の変化に気付いていたと思う。
だって自分のスキルは自分で見えるから。
最初、俺はオバチャンにも不老のスキルがついているんだと思っていた。
でも違ったんだ。
オバチャンには若返りのスキルがついていた。
一見すごく良いように見えるスキルだけど、ある日を境に俺は気付いてしまった。
オバチャンはもっと早くに気付いていたみたいだ。
「オバチャン……」
「もう、お姉さん、でもいいぐらいじゃない?」
大学生ぐらいになったオバチャンが困ったような顔をして笑った。
「孫がいる、なんて誰も信じてくれないかな」
「……見えないね」
「だよねえ」
溜息を吐いて、オバチャンは言った。
「他の子達の情報が入ったんでしょう?」
「うん」
俺は度々、どこかへ消えたあいつらのことを調べていた。
突然の来訪だったので、オバチャンも気付いたようだ。
「ダメだったの?」
「うん」
「処刑されたのね」
「抵抗したみたいで、それで。全員、殺されたみたい」
「そう」
「オバチャン。あ、お姉さん?」
「……ふふ」
オバチャンは笑うと、俺を見上げて言った。
「あのね、どんどん早くなってるの。たぶん、浄化スキルは使いすぎると、若返りスキルのレベルを上げてしまうんだと思う。もう、保てない」
それは、つまり、もっと若くなってしまうってことだ。
「オバチャン、止められないの?」
「使いすぎたの。使いすぎちゃった。だから、もうダメなんだと思う」
「オバチャン……」
「ああ、もう、泣かないで。ほら、良い大人なんだから」
「俺、まだ高校生だよ」
「見た目だけね」
泣き笑いでオバチャンが言う。
俺の頭を背伸びして撫で、それから、どんと肩を叩いた。
「明日、オバチャンとデートしてくれない?」
「え?」
「一度、街の中で手を繋いだりしてべったべたのデートをしてみたかったの。ダンナは恥ずかしがり屋でやってくれなかったし。それにデートなんて、もうずっと昔のことで……」
「オバチャン――」
「あんたとも最後の思い出を作っておきたいのよ。オバチャンのワガママ、聞いて」
「……うん。うん、わかった」
次の日、オバチャンは高校生ぐらいになっていた。
俺と、釣り合うぐらいの見た目だ。
俺も手を繋いでベタベタするデートなんてしたことない。
せいぜい、学校帰りに一緒に帰るぐらいのものだった。
だから最初は気恥ずかしかったけど、でももうこれが最後かもしれないと思ったから。
朝から晩まで、手を繋いで仲良くデートを思い切り楽しんだ。
最後にはなんとなく、雰囲気でキスまでしてしまった。
あのオバチャンと!
でも、全然エロくなくて、びっくりした。
オバチャンも、笑って「慣れてないけど、まさか初めてじゃないよね!?」と叫ぶぐらい普通だった。
だって、この世界、筋肉ガチムチがモテるんだ。俺みたいな日本人のひょろい高校生体型、モテねえんだよ。
でも、安心して。初キッスじゃない。
オバチャンは良かったあと安心して、家へ帰っていった。
翌日は、幼児姿だった。
ああもうダメなんだなって、お互いに思った。
でも口にはしなかった。
その日は一緒にいた。
死ぬ時にひとりぼっちなのは寂しいから、酷なことを頼むけど見ていてほしいと言われたから。
オバチャンは幼児姿のままやりたかったことを沢山やって、たとえば裸で走り回ったり、ゴミを撒き散らかしたり、シーツをめちゃくちゃに丸めて突っ込んだりして、気が済んだと笑っていた。
夜には赤ん坊の姿になっていた。
もう言葉は発していなかった。
幼児の時に思ったけど、思考能力も体に応じているようだから、たぶんもう何も分かっていないと思う。
おぎゃあおぎゃあと泣いて、そして、小さくなっていった。
小さな小さな粒になって。
消えると思った粒はそこで止まった。
オバチャンの欠片は、大事に保管した。
どっちが良かったんだろうって、思う。
不老のままの俺と、若返りのオバチャン。
俺の不老は、不死ではないけど、殺されなければ生き続けるスキルのようだった。
だから、周りが変わっていく中で俺だけは延々と若い姿のままだった。
変身スキルがなかったら、後ろ指をさされていたところだ。
まあ、魔人族だと長命種もいるようだから勘違いされていたかもしれないけど。
そうして長く生きて、ある時、芽生えのスキルを持つ人に出会った。
ふと、何気なくオバチャンの欠片のことを思い出して見せてみた。
「ああ、可哀想に。魂が留まっているね。生命の倫理を外れた魂だ」
「……どうしたら、いい?」
「芽生えさせてやるといい」
そう言うから、また同じことになるのではと心配で、全てを告げた。異世界から召喚されて、強力なスキルを持ってしまったことを。
彼女は言った。
「わたしのスキルは、芽生えさせること。同時に、新たに始めることだ。この世界の者として始めるなら、持っていたスキルはもう付かないだろう。今度こそ、普通の人生を歩めるよ。そして死んだらちゃんと解放される」
「……だったら、だったら頼む。この人を解放してやってくれ」
「良いとも」
その条件として、俺はスキルを譲渡することにした。
不老のスキルだ。
彼女はそれを求めていた。だから、俺に近付いたんだって。
芽生えのスキルは、使えば使うほど老化が進むのだと、彼女は言った。
これまでは色んな魔法スキルや高価な魔石で維持したり防いだりしていた。でももう無理なのだと分かって、不老スキル持ちを探す旅に出ていたらしい。
でも、不老スキルを渡してしまったら、寿命を大幅に過ぎた俺はすぐに死んでしまうかもしれない。そうなったらせっかく生き直せるオバチャンの面倒が見られない。
俺は彼女に、俺が死んだらオバチャンを育ててくれるようにと頼んだ。
でもそれは杞憂だった。
俺の時間は、不老スキルを譲渡した時から、始まったのだ。
彼女は芽生えのスキルを俺にも使ってくれた。俺の時間は止まったままだった。
オバチャンは、赤ん坊の状態でこの世に生まれ変わった。
高校生ぐらいの俺が抱いていても「俺の子だ」で通用する世界だから、良かった。
オシメを替えたり、乳を飲ませてやったり。
もしオバチャンの魂が覚えていたら恥ずかしがるだろうけど、生まれ変わるんだから大丈夫だろう。
俺はオバチャンを自分の子として大事に育てた。
オバチャンに今度こそ、普通の当たり前の生活を送らせてあげたかった。
オバチャンは喧嘩しながらでも仲の良いダンナがいて、息子がいて、孫もいたかもしれない。そんな普通の生活を、きっと誰よりも望んでいたオバチャンだから。
そんで、そんなオバチャンを見られることこそが、俺の普通なんだと思う。
この世界で俺が幸せになれるための、条件なんだろう。
俺もようやく、生きていけるのだ。
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