短編集
小鳥屋エム
営業マンの一日
前にな○うで投稿していた分。
半分ノンフィクションですw
**********
今日、変な人を見た。
ヤバい。
楽しすぎる。
なんといっても俺の趣味は人間観察だ。
こうして変なのを見つけるとおかしいと思うより前に楽しくなってしまう。
だから、真面目ぶった顔をして相槌を打つ。
被害者のオバちゃんは、俺からすれば全然隠せてない不機嫌オーラを撒き散らかしながら、適当な返事をしていた。
「へえ。あ、そう。ふうん」
でも相手は、さすが俺が認めた人間だ。
全く動じず、全く気にせず、我が道を行く。
「それでな、俺が奢ってやったねん。しゃあないやん? べろべろに酔ってるし。でも参ったで。夜中に呼び出すなって、なあ? まあ、後輩やしな。面倒はみたらんとあかん」
「へえ」
「そやけど、夜中やで? 大体金ないって、金ないんやったら飲むなっちゅう話やで」
「ふうん」
「昔もな、俺が面倒見たってたしな。でもそれは中学の頃や。俺もな、もうええ歳やから、悪いことすな、いうて怒ったんやけどな。あいつら、子供もおるのに、夜中まで飲んでやあ」
この話が二度目に入りかけたところで、オバちゃんが用事があるフリをして裏へ行ってしまった。
ヤベえ、取り残された、俺。
内心で焦る俺。
でも、大丈夫なのだ。
ヤツは、俺には話しかけない。ていうか、誰に対してもたぶん、話しかけているわけではない。
しかしブツブツと呟いてはいる。随分と大きな独り言だけど。
「ほんまに夜中に呼び出すなやなあ。あいつら、先輩がおらんとおもろくないですわ、って、ほんま、ええ歳やのに。アホやで。嫁さん可哀想やろ。今度怒ったらなあかんわ。ほんま、」
聞こえてる聞こえてる。
しかし、俺はこの手の対処は得意だ。
見よ、営業マンの鏡、必殺「本当は笑っていない笑顔」。
にこにこにこにこと、ただ笑って、少し猫背になりつつオバちゃんを待つ。
オバちゃんは数分で戻ってきた。
「悪いね、待たせて。お爺ちゃん、欲しいのあるらしいからもうちょっと待っててな」
「もちろんです! あ、こういう時は、ほなそうしますー、ですか?」
「そんなわざとらしい関西弁は使わへんて、このへんは」
「そうなんですか? じゃあ、僕の指導教官はダメダメですね!」
「ダメダメやね!」
にこやかに会話をしているが、ヤツはまだ4m先で喋っている。
そうなのだ、ヤツは会話の基本である社会的距離さえ守らずに、その先に立っているのだ。
この間は、パーソナルスペースにぐいぐい入り込んでくるヤツを見付けて恐怖のオモシロ体験だったが、今回は全くの逆だ。
オバちゃんとは個人的距離なので、普通こんなものだろうと思う。ホール先生そうだよね!?(by.対人距離を定義した偉い人)
しかも、俺、置き薬屋の営業マン。
オバちゃんがいくらオバちゃんだと言っても、この距離感が普通だろ?
なのに、ヤツときたら近所の農家で、オバちゃんとも付き合いがあるというのに。
で、俺がオバちゃんのマシンガントークに付き合っていたら、段々とヤツが離れていった。勝手にオバちゃんちの、屋外とはいえトイレを使ってる。
「……ご近所の親戚さんですか?」
「違う」
速攻の否定!
「同じ農家仲間?」
「全く違うの作ってるらしいで。あっちは果樹、こっちは野菜」
規格外のナスを、今日もおみやげにくれようとしているオバちゃんに感謝しつつ、俺はヤツのことをそれとなーく聞いてみる。
「朝の忙しい時間が終わったら、毎日来るから。ほんまに毎日。で、ずーっとあんな調子で喋ってるから。ほんまなあ……」
溜息が大きい、大きい!
「それはまた、すごいですね」
「なんで、あたしがあの子の中学時代の武勇伝を何十回も聞かなあかんのやろうってぐらい、聞いてるわ。そのくせ、具体的な名前の子、出てこんし」
オバちゃんと侮るなかれ。オバちゃんはオモシロトークの中でもしっかり目を光らせているのだ。
特にこのオバちゃんは、客商売もやってるからか、人のことをよく見ているんだぜ。
俺、ひそかに、オバちゃんのことを尊敬しているぐらいだもん。
オバちゃんが、あと四十歳ぐらい若くて、細かったらなあ。いや、別にフラグは立てない、立たない、立たせない。
それはともかく。
「今日は、誰それに呼ばれたいう寝不足イベントがあったもんやから、あの話ばっかりでな。普段は、っと、出てきたね」
ヤツがトイレから出たので急遽二人、口チャック。
俺はまた、にこにことオバちゃんと世間話をした。
お爺ちゃんが軽トラで戻ってくると、やれ湿布が欲しい、夏はしんどいねんからドリンクようけ入れとけだのと注文が入る。
俺は、へへーとお代官様に頭を下げる勢いで猫背を強める。もしかしたら、手はゴマをすっていたかもしれない。分からんが。
普段の補充分よりも、お爺ちゃんの注文分多めに納品して、精算を済ませた。
その間、ヤツは更に離れた場所に立っていた。煙草を吸いながら、どこかを見ている。
「あいつ、また来とるんか。うっといヤツやの。目ぇも合わさんし」
「あ、お爺ちゃん、目を合わせられない若者は多いようですよ」
「あいつ、ワカモンとちゃうで」
「そうなんですか?」
「四十、やったか、それぐらいや」
「確かそうやね。うちの子より二つ上やと思ったから」
「え、奥さん、そんな年齢のお子さんがいるように見えませんねえ」
「はいはい、お世辞お世辞」
「いや、本当に。ところで一緒に住んでないんですか」
「農家は嫌やいうて、街で公務員してるから」
なるほどなるほど、と脳内メモに書いておく。
一流の営業マンになるには、情報集めは基本なのだ! と俺の教育担当のおっちゃんが言ってた。
でもなー。
おっちゃん、人との距離感掴めない相手に営業はかけられないぜ。
ヤツにも営業かけようかと思ったけど、ちょっと手強そう。
つーか、怖い。
近づくのやめちゃおうかな。
そんな風に思ってた時がありました。
ヤツがお爺ちゃんの姿が消えた途端、元気になって(?)、さささっと近付いてきたのだ! どうしよう、全然大丈夫じゃないじゃない!
「あんた、なあ、薬屋か」
見たら分かるだろ。車がそこにあるじゃねえか。目の前で補充しただろ。
「はい、そうです! ご存じですか?」
「よう、見るわ。あんたんとこの車、あちこち走ってるやんな。俺、前に脱輪してるの助けたったことあるで。知ってるか?」
「そうなんですか。何分、僕がこちら方面へ配属されたのは最近なので、存じ上げませんでしたが、その節はありがとうございました」
「いや、ええねん。やっぱな、地元の人間しか知らん道路やからな。運転慣れてへんかったりしたら、落とすわな。俺が通らんかったら、あの人、夜まで一人やで」
はははっと笑うので、そこ面白い? と思いながら、同調する。
「そうですねえ。本当にありがとうございます」
「そやけどな、あんたら、通られへんのやったら、あんな道通ったらあかんわ。な? 誰も通らんかったら、危ないで。このへん、イノシシも出るしな」
「そうなんですかあ」
「俺らはな、中学ン時から車乗ってるしな。あ、今はあかんで。今の若い子には注意しとるけどな。俺らの時は時代やからな。若いころはあちこちの峠、行ったんやで」
若いころ自慢が始まってしまった。
教育担当のおっちゃんが教えてくれたが、確か、この手の自慢は六十歳以上から始まる病気だと言っていたはずなのだが。おかすぃー。
過去の栄光に浸るのには、ちょっと早くないですかね。
「そやから、腕はあるねん。この間もな、俺が軽トラ乗って走っとったら、若いのが後ろから煽ってきてん。ほんで、腹立ってな。普段はな、俺も大人やし? おとなしくしてんやけど、夜中に叩き起こされて機嫌悪かってん。で、先行かせてな、後ろから追い上げてやったねん。あいつら、びびってなあ。カーブの広いとこで停まったから、横付けしてな、言うたってん。あんな、お前らな、腕もないのに煽ってんとちゃうでー、て。柔らかく言うたってんで? そやけど、なんか泣きそうな顔してたわ。今の若いヤツはあかんな、ええ車も形無しやで。軽トラに負けてるし」
オバちゃんが「へえ」としか言わない訳、分かったぜ。
ヤベえ。
「若いころはやんちゃしてもええけどな? 限度を知らんとあかんな。俺らは、寸止めも知ってるしな。祭りでもよう喧嘩売られたけど、後輩らには手ぇ出させんかったしな」
「祭りですかあ」
「そやで。これから、忙しなるわ。祭りの青年部任されてるしな。後輩も頼りないから、行ったらんとあかん」
「それはすごいですねえ」
「すごないわ。ほんま、奢らなあかんし。大変やで。でも、アホが段取り悪いし」
その、俺がいなければ何も始まらない感がすごい。これが噂に言う地獄のなんとやらだろうか。いやー、久々の大物だぜ。
「朝までやで? 朝まで、教えたらなあかんねん。うっといわあ」
「それは大変ですねえ」
「そやけど、頼まれたらしゃあないしな。若いのだけやったら、進まんやろ。おやっさんらも、飲んでばっかりで動かれへんし。俺らぐらいしか引っ張っていかれん」
「というと、他にも青年部の指導者はいるんですか?」
「おるけどな。でも、どうやろなあ。まあ、俺はええねん。俺はな、独り身やし」
「独身なんですか」
「そうやで?」
さも、びっくりしただろう? というような顔をしてみせるのだが、目が合わないので若干怖い。
病気だったら悪いけど、そうじゃないのが分かるだけに、不気味だなあ。
なんたって、普通目を合わせない「男性」ってのは、こんなに饒舌に男相手に話をしないからだ。
まあ、稀にオタクっぽいのが、一方的に話すっていうのはあるけど。それとも違うんだよなあ。
「バツイチとかですか?」
「ははっ」
あれ、笑っただけで終わり?
答えたくない質問には答えない仕組みらしいぜ。
「恋人さんと別れて長いんですか? 結婚とか言われませんでした?」
なので、ちょっと意地悪気分でぐいぐい攻めてみた。
ヤツめ、どう答えるのだ。
「あー、なあ。女はなあ。……言うなあ」
のんびりと間延びしながら話して、それからまたおもむろに始まるヤツのターン。
「そやけどなあ、煙草吸う女やったから、子供産みたいんやったらやめなあかんて言うたねん。そしたら、別れるて。でもな、当たり前やろ? 煙草ぱかすか吸うて子供産むてあかんわ。そう説教したら、もうええいうて。俺もな、そこまで言われたら別れるしかないやん。ほなな、いうて、帰ってきたわ」
「そうなんですか」
「前の彼女はな、別れてからも寂しいいうて夜中に呼び出してきたり、女はあかんな。別れる言うたの自分やで? そやなのに、連絡してくるねん」
「行ってあげるんですか?」
「しゃあないやろ? 行ったらな、可哀想や」
でも、よくよく聞けば、飲み代の精算だったりする。
しかもそこで一番最初の話へループしてしまった!
まさかの、ここで繋がるかパターンだ。
この人、もしかしなくても、財布扱いされてねえ?
でも、言えねえ!
だってこの話が本当かどうかも分かんないんだぜ。あと、これ以上突っ込んで会話したくない。俺、この面倒くさいのに営業かける自信ねえよ! だって毎回、これ聞かなきゃならないんだろ?
あ、オバちゃんが後ろで笑ってる。ヤツから見えない位置で。
なので、ヤツの話をさりげなく遮って、オバちゃんの横に駆け寄った。
「いやあ、これで、今回はオッケーですね? 次回もまた1ヶ月後に来ますね!」
もう帰るの報告である。オバちゃん、ニヤニヤ笑いすぎ。
「ありがとうやで」
「もし、補充があれば連絡ください。すぐに駆けつけますんで」
「そうするわ」
そして、その間もヤツは夜中に叩き起こされて後輩のいるスナックまで駆けつけ、精算させられた話を始めている。
誰も聞いてないの、明らかに分かるのに!
「オバちゃん、さっきの話全部知ってる? 前の彼女の」
「耳タコ百回な」
ひえぇぇぇ!
「ちなみに、うちのお爺ちゃんと同じで、離れていても聞こえる地獄耳やから。気をつけてな」
「はい!」
そうそう、なんでこういう人に限って聞こえるのか、超能力者かよと思う能力があるのである。特に悪口は聞こえる系。
なので、ご注意いただいた。ありがとうオバちゃん。
でもオバちゃん。毎日会うであろうあなたが不憫です。
うんざり顔のオバちゃんに「アメちゃん」をあげる。関西ならこれで友好の証となるのだ。
それにしても、ヤツはこのうんざり顔を見ても平気な顔だ。あ、見てないのか。
つーか、結局誰のことも見てないヤツなんだなあ。
だから自分の話を延々、続けられるのだ。
こういう一方的コミュニケーションの人間を、なんというのだったかなあ。
おっちゃん、せっかく教育してくれたのにごめん。
俺はダメな子だよ。
でも、人間観察だけは頑張ってるぜ。
というわけで、今日も新たな人材を発掘してしまいました。
1ヶ月後が楽しみだ。
ごめん、嘘です。
でも、オバちゃんから聞ける話なら、楽しいかも。
1ヶ月後に、またお会いしましょう。
報告、終わり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます