其ノ伍話「怪奇・洋猫の館伝説」筋違
「ぅぅ、痛てぇ・・・飲みすぎたかな」
いや違う
これは立派な睡眠不足だ
根本琴美の突然の来訪によって
盛大な悪酔いが引き起こされただけの状態だ
全く迷惑な・・・
旅館の布団から起き上がり窓を開けるが
まだ外は薄暗かった
・・・夜明け前か
ひとっ風呂浴びてからまた寝るかな
薄手の手ぬぐいをひっつかんで
俺は浴室へ向かった
古い宿の廊下はところどころがへこんだり
材木がねじれたりしているのか
やけに派手な音がする
ギシッ、ギシッ、ギシッ
歩くと言う生活音でさえ
「しーっ」と誰かが咎めるのではないか
そんな妄想が湧いてしまう
やはり 他に客はいないのか
廊下は咳払いやいびきすら聞こえない
苦情も来ずに済みそうだ
そうだ、階段
たしか階段は二つあった
以前通った階段のさらにもう1つ
おそらく湯殿に直接出るだろうあの階段を
今度は選んでみよう
そう思いながら以前選んだ階段の
その反対へと歩みを進めた
「あれ、行き止まりか?」
ところがその階段はあっさり行き止まりになってしまった
行き止まりになった壁は
いかにもありあわせの板を貼ったかのような
節だらけの材がばらばらに打ち付けられていた
手前の床のには
清掃バケツや買い置きのトイレットペーパーなどが乱雑に置かれ
ちょっとした物置状態になっている
どう見ても普段から階段としては使われていないようだ
壁の中央の歪んだ板の中ほどに
大きめの節が1つあったが
どこかへ転げたのかぽっかりと穴が空いていた
その穴を覗き込んで見ると・・・
大きな岩の苔むした岩肌が見えた
「アバウトな作りだなぁ」
おそらくこの旅館が出来た頃の技術力では
この邪魔な裏山の岩石が砕く事が出来ず
そのまま据え置いて建物を建てたのか?
山奥の温泉などではよくあることだ
いや、だとしたら
わざわざ塞いだこの階段の意味がわからない
持った手ぬぐいで
額をポンポンと叩きつつ
俺は階段の降りる前の場所へと戻っていった
やはりもう1つの階段のほうが正解なのか
だとしたらあの途中までの階段はなんだ??
「なんだか狐に摘まれた気分だ」
露天の大きな浴槽に浸かると大きなため息が出た
朝食の時でも琴美に聞いてみようか
それともそこまでして聞く事もないか
もしかしたら改築の際にああなったのかもしれない
劇的なアフタービフォアとか夢家屋などと言う
TVでやっている人気リフォーム番組並に
昔の家はありえない改築をしているものだったりする
だが何かが釈然としない
何が釈然としないのか・・・??
そのうちに1つの疑問がまたむくむくと湧いてきた
じゃあ湯殿へはどこから行けばいいのだ??
常に露天を乗り越えて行くのか??
露天の脇に小さな洗い場などがしつらえてあったが
どうみてもまだ新しく、いかにも付け合せ状態で
昔湯治場だったと言うなら
ある程度の大きさの洗い場がないのは解せない
そして、露天の向こう側にある湯殿
あちらには何があるのだろう
「悩むより歩め・・・か」
俺は露天のさらに向こうを求めてざぶざぶと進んでいった
露天の端には岩が積んであり小さな踏み場になっていた
さらにその先には
どこかの池にでもあったかのような
小さな朱塗りの太鼓橋がついていた
「えらくまたボロボロな・・・」
朱に塗られた筈の欄干は塗料が剥がれ
灰色に変色した木がむき出しになっている
ごつごつとした岩を切り分けたような
裂け目にその橋はかかっていた
そして足元には源泉からでも流れているのか
温水がもうもうと湯気をたてて流れている
その小さな排水路を乗り越えて
さらに向こう側に渡れるようにしつらえてあり
有り合わせ感が拭えない配置だった
そしてその小さな橋のその先には
苔むした石垣と小さな引き戸が見えた
「どれ、入ってみますか」
引き戸をガタガタと開けると・・・
・・・そこは露天風呂だった
「はぁあ??」
露店風呂の先はさらに露天風呂
そしてその先には内風呂のガラス窓が見える
「なんなんだ このマトリョーショカ風呂は!」
俺は内風呂へのドアへ駆け寄ると
思い切り開けた
「ええっ!」
まさか!そんな!
自分の目に信じがたい風景が映った
慌てふためいた俺は更にドアを求めた
そう、もう1つのドア
「脱衣室」へのドアを
そしてそれを開けた俺を待っていたのは
忘れもしないあの自販機
「ピーボ」のある脱衣室だった
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