其ノ肆話「怪奇・洋猫の館伝説」落胆



「・・・偶然って怖いですねーあ、先輩どうぞー」


温泉の2階の「いちいの間」で

ビールをコップに注ぎつつ根本琴美が笑った



「いったいなんだって、ねこん君はこんなとこにいるんだよ」


不機嫌な俺はふてくされ気味に投げつけるように言った


「第一、君はあの会社はどうしたんだい」



聞けば俺が辞めた1年後に彼女も辞めたらしい



「なんだかですねー、自分探しとかやってみようかなーと思って  あはは」




琴美の話はこうだった


小銭だけを持ってアジアなどをバックパック1つでうろつき

ある程度満足して帰国したものの、未曾有の就職難もあって

再就職に難儀して自宅でうだうだしていたらしい



「困っちゃった母が、叔父に相談したんですよー

 会社で使ってくれないかーって」



「つまりこの温泉の社長さんがねこん君のお母さんのお兄さんなのか」



「そうなんですよー

 まぁ、前の会社もコネではいったようなもんでしたしー あはは」





まったく若い女って奴は!!

憮然としつつ俺はコップのビールをあおった



まぁ、若い娘が仕事もしないで家でぶらぶらと言うのは

親にしてみればかなり世間体が悪いだろう


母親の気持ちもわからないでもない




「・・・で、、先輩は『また』旅館めぐりですか~?」



「また、、ってなんだよ  またって!」







「えーだって私覚えてますよ~

 前の会社で先輩が観楓会の幹事のときの事」




「!!」





「たしか、先輩が幹事でー


自分の趣味で美人女将のいる温泉に決めたんでしたよね~♪

でも、その温泉に行くのにものすごく交通の便の悪い場所でー

たどり着くだけでもみんな疲れ果てちゃってー


ものすごい不満の嵐だったのに、

先輩だけが女将に会えるー会えるーってイキイキしててー・・・」




「ちょっと!!ねこん君それはっ・・・」




「でー、うちの旅館も


美人女将の噂を聞いて決めたんですかぁ~?」




「ぇえええええええ!!!ない!!ないない!!そんなことないっ!」







冗談じゃない

第一「女将」ってのは美熟女でなきゃダメなんだ

こんな女子大生に毛が生えた程度の

若い女性じゃ全然ダメに決っているんだ!





「、つっ」


・・・やばい あやうく自分の趣味を自分で告白してしまうとこだった

冷静にならなくては・・・



そこで俺は琴美に正直に自分が来た理由を打ち明けることにした




「・・・廃墟?ですか・・・?!」




「うん、そうなんだよ

まぁ趣味でさ、ちょっとした画像サイトみたいなものを作っていてさ

それの次の題材で謎の洋館って話をだね・・・」



俺が言い終わるか終わらないかのうちに

琴美がぐいっと身を乗り出してきた。



「へぇ~~~!!実は私、そういうの好きで良く見るんですよー

 ここに住みだしてからなんですけどねー


 あっ、ちょっと待っててくださいね」





ばたばたと琴美は部屋を出て行て

隣の部屋に入る音が聞こえた

(隣の部屋が私室だったのか)



そしてすぐに戻ってきた




「ほらー、見てください!

私のノートパソのお気に入りにもそういうサイト入ってるんですよ」



小ぶりな薄いピンクのノートPCがその手に握られていて

さっと電源を入れると、彼女は手馴れた風にサイトを表示し

こちらに見せてきた




「私!特にこの『北海道廃墟・ひいらぎ』ってサイトが好きなんです~!」



「ぅ!!」



俺はビールが気管に入りゲホゲホとむせこんだ




「なんていうか~写真といい、

このちょっとした文といい~

なんか素敵なんですよね~



ねぇ、先輩!この管理人さんとかと廃墟で遭遇したことあります?」


琴美はうっとりとした目つきでノートパソコンの画面を見つめている



むせこんだせいで、鼻のほうにビールが入り

床の間にあったテイッシュで鼻をかんでいる男など


まったく目に入らないようだ



・・・空気読めよこのヤロウ






「・・・それ、俺のサイトだよ」










「ぇえええええええええええええええ!!」


夜の温泉に琴美の絶叫が響いた







「ちょ、やめろよ!!俺がなんかしたと思われかねないだろ!」







慌てて琴美は自分の口を両手で押さえた


「・・・だってーびっくりしたぁ」


本当に予想外だったらしく、目をしばたたかせている






「なんだかなぁ、ほら、ちゃんとここに

 管理人カナブンって書いてあるだろうが」



「わー!ホントだ!!」



・・・どんだけボケッと見てたんだ  こいつ




「だってー、まったく同じHNの人もいるだろうし、

 ホントに全然気にしなかったんですよ」


・・・もう脱力感で力が入らない



「いいから帰ってくんねぇかな(ぼそ)」



「え? 先輩何かいいましたー?」




全然まったく空気を読まない


どんな女将だよ  こいつ






「あーあ、せっかく憧れて、

 自分でもサイト作ったりしてたのになーがっかり」



「がっかりって・・・結構酷いな君

 憧れの人だとか、今言ったばかりだろうに」



聞けば仕事柄のせいか、

温泉とかの古いタイルに魅せられて

あっちこっちで写真撮ったりしたのを

自分のサイトにしたらしい




「ほう、タイルか ねこん君、結構趣味がいいね」



ちょっと先輩ぽい態度で接してみた

こんな若い娘に舐められてはいけない


「これ、私のサイトなんですよ~  見てくださーい」


・・・琴美はこちらをまったく察する風もない





こちらに向けられたノートPCの画面には

廃墟仲間が最近のイチオシだと紹介してたサイトがあった



「る。。ルイン・モザイクって、


最近廃墟仲間で有名なサイトじゃないか

しかも管理人が結構な美人の若い女性だって  


・・・君の事だったのか」





「ぇ~!嬉しい~!そんなに私、話題になってたんですか~!!」


目をきらめかせて琴美が言った



実は廃墟仲間で行っている交流撮影会に

今度はその「彼女」も誘うんだと

撮影仲間が張り切ってメールをよこしていたのだ


この趣味の仲間に女性は少なくはないが

大体がみんな配偶者がいたり、彼氏がいたりと

独身男性には出番がほとんどない


撮影する場所が場所なだけにボデイガードは

いたほうが絶対いい


どうせまた旦那もちじゃないのか?と思っていたが

まったくのフリーで、しかも若い女性

同じ趣味で新しい出会い


これでまったく期待しない独身男性がいたら

さっさとミャンマーあたりで出家してしまえと思う




・・・それなのにその相手がこの琴美




たしかに若い


たしかに可愛い



たしかに独身



たしかに廃墟好き



たしかに・・・たしかに・・・・




たーしーかーにー!!!











「俺こそガッカリだよ!!」





絶叫の声が古い旅館に響き

2重3重に落胆の夜は更けて行った

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