其ノ参話「怪奇・洋猫の館伝説」再会


自分から望んだわけではないとはいえ

猫の髑髏を掘り出してしまったという事の後味の悪さで

俺は ごしごしと手袋のまま

自分の手を擦り合わせた


愛用している薄手の皮手袋の指先のほつれから

中指の爪にしっかり薄茶色の土がめり込んでいた


「あっちゃー ついに破れたか」


こんな時ってのは嫌なほうに事が進む


一応念のために首輪の写真だけは撮って置いた


だが、周囲をざっと見回すも

洋館らしき遺構のようなものはない


少し離れた沢らしき窪みの水際には

野生の動物が水を飲みにくるのだろう


浅くなったぬかるみのきわにも

ぼつぼつと足の穴らしきものが開いている



「うーん・・・どうするかなぁ」


地理もわからず下手に動き回っては

このトレッキングシューズでは

草下に溜まった湿気のある土に

どっぷりと浸かりかねない


以前訪れた廃炭鉱の水源地では

甘く見て、どっぷりと腰まで浸かってしまい

着替えのズボンは持っていたものの

下着まで想定しておらず難儀したことがあった


あの屈辱の「ノーパン帰宅事件」から

万一を想定して車には下着なども積んである



よし、一旦引き上げて村の中央にでも宿泊して

明日、この村の郷土資料館か図書館で

この地方についての情報を探ることにしてみよう


そう決めた俺は足場のよい所を選んで

足早に猫の墓場を後にした



「ようこそ熊離別くまりべつ村へ」


ゆるキャラがはりついたでかい看板が

やたらに目に付く


小さなコンビニの向かいにある

大きな駐車場に車を止めた




「熊離別村内案内」


夏の観光客向けなのか

村の案内図らしきものがご丁寧に

かわいらしいイラストで紹介されていた


「ふむ、ここが村役場で・・・

郷土資料館と図書館は一緒の建物か」


一応確認すると

携帯を構えて写真を撮った

宿で確認するためにはこの程度で丁度いい



「宿になるようなものは・・・


あ、 これかな?」


『熊離別健康センター』という施設に

宿泊所のマークがついていた


早速携帯で部屋が取れるか聞いてみようと思ったが

そんなに離れた場所でもないので

直接行ってみることにした


どうせ田舎なのだし、すいているだろう


そう思っていた俺の目論見は

見事に甘かった事を知らされることになった



「すんませんねぇー今日は予約で満室なんでスよぉ」


人をいらつかせる程

間延びした受け答えの男の胸には

支配人というプレートが曲がってついていた


村の寿大学と言う老人グループ一同が

泊り込みで宴会するので

宿泊スペースが開いてないという内容のことを

やけにのんびりした口調で俺に告げた


「なんせね、ここは新しいんでスが、

 部屋が四つしかないんでス」


第三セクターかなにかで企画された施設なのか

無駄に広いスペースが4つしかないらしい


くそっ

渋谷のカプセルホテル並とはいわないが

もうちょっと細かく区切っとけよ!!


「あー、、でも。古くていいんでスたらー」



「あるんですか?部屋が?」



「ここでなくてー同じ会社が管理してるンでスが・・・」



男は小さなメモ帳にさらさらと地図を描いて

さっと俺に手渡してきた


「えーと、予約とかは確認したほうがいいですよね?」


俺が聞き終わるより先に

男は間延びした声で答えた


「いぇえ、あそこは古いでスし、部屋数だけは多いでスで

満室になるくらいなら潰れなかったと思いまスよ」



「つ、潰れ?!」



「ああ、うちの会社の社長が

潰れた旅館を趣味で買ったんでス

一応管理人夫婦と女将は常駐してるんで、

心配でしたら こちらから電話しときまスです」



「よ、よろしくお願いします・・・」



男のくれたメモを片手に

今来た道の反対の道を延々と進んで行く


地図ではこのまままっすぐな筈なのだが・・・

道はまっすぐではなくぐねぐねと曲がって

さらに山のほうへ登ってゆく


少なくともあの温泉に行ったときの道のような

草だらけ、枝だらけの道じゃないのだけが救いだった


30分程でつきまスよと笑顔で言われたのだが

なんだかんだでゆっくり走ったせいか

それらしい灯りのついた看板を目にした時には

すっかり暗くなってしまっていた


入り口の沢にかかった橋を越えて

車を乗り入れて玄関に入ると


女将だろうか、作努衣を着た

人懐こそうな中年女性が迎えてくれた


「はいはい電話で聞いてお待ちしてましたよ

お部屋はこちらです」


ぎしぎしときしむ階段を登っていくと

不釣合いなほどの大きな客用の炊事場があった


部屋に通されてほどなく

山菜料理などを煮炊きした夕食が届けられ

こんもりと盛ったご飯茶碗を先ほどの女性が手渡してくれた


客は自分だけなのか、

傍らに座りにこにこと料理の説明などをしてくれる


一瞬、この人にもあの洋館の話を聞こうと思ったが

あの温泉の親父の態度の事を思い出し

しないほうがよいだろうと

あえてこの旅館についての話題がいいだろうと

世間話もかねて色々と疑問だったことを聞いてみた



「ああ、ここは昔は湯治場だったんです

でも、代替わりしたら、経営がうまくいかなくてねぇ

倒産してしまって数年放置されてた旅館を

今の社長が買ってくれたんです」


「ああ、社長ってのは街の健康センターの?」


「そうそう そうなんですよ

なんでも昔、山登りしてた時によく泊ってた思い出の旅館だったからと

荒れて放置されてるのが惜しいとおっしゃってねぇ


私と主人はここが閉鎖される前から勤めてましたので

再開する際に是非にと言われてまた勤めることになったんですよ」



「へぇ。そんないきさつがあったんですか。

女将さんも大変だったんですねぇ」


俺がそう言うと彼女はコロコロと笑い出した


「嫌ですよぉ、私は亭主と管理に雇われたただの下働きです

女将さんは別におられますよ」


「じゃ、その社長さんの奥さんかなにかが女将さんですか?」


「いえいえ社長さんは3つ隣の大きな市の清掃会社さんの社長さんでしてね

奥様も普段はお忙しいので、こちらはほとんどかまわれないんですよ

ですから社長さんの親類の方が頼まれて女将をなさってます

今日はちょっと街に行ってますが、朝でもご挨拶に伺うと思いますので」


お茶を入れ終わるとお膳を下げて彼女は行ってしまった


どこも老朽化した旅館は似たようなものなのだろう


自分も金さえあれば、あの廃墟もこの廃墟も買い付けて

再生化ってやつをしてみたいものだが・・・


そうすれば少なくとも入り込んでくる暴走族まがいの連中などに

ペンキで落書きをされたり、火をかけられることもないだろう


金さえあれば  あれば・・・な


ため息をつきつつ、カーテンを細く開けて外を見ると

自分の鼻先すらも見えないような闇が窓の外に広がり

隙間から漏れた冷気が背筋を震わせた



「少し冷えるなぁ

そういえば露天温泉があるって言ってたな

せっかくだから楽しませてもらうかな」



薄い浴衣に着替えると

露天風呂と書かれた看板を頼りに廊下を進む


壁や建具の一枚一枚が

昔は相等に金のかかった立派な旅館だったということを感じさせる


さらに進むと2つの階段が現れた



「どっちだろうかな」


すると下のほうに「湯」と書かれた暖簾らしきものが見える

それに従い古い階段のほうを進んでゆく


「結構な廃具合だなぁ」


このまま写真を撮って廃屋だと言っても良い程

程よく寂れた感がたまらない


明るくなったら出発前に写真を撮るのもいいな


鼻歌なんかを歌いつつご機嫌で脱衣室につくと

懐かしいダイヤガラスの入った引き戸をあけた


「先客か」


どうやら客が自分だけと思ったのは

勘違いだったらしい

脱衣室の片隅にタオルのかけられた籠があった


暗くてよく見えないが

露天の向こうに小さな湯殿があり

そこが内湯になっているらしい


さっきの階段は

直接、湯殿に出る階段だったのか


さほど気にせず自分もさっと籠に浴衣を脱ぎ

露天から湯を汲むとかけ湯をかけ


ざぶんと飛び込みたい気持ちを抑えて

静かに熱めの湯に浸かった


暗くてよく見えないが

先客はご機嫌で鼻歌などを歌っている


が、こちらに気づくとちょこんと頭を下げた



「こんばんわぁ~」




「!!」



じょ、女性だ!!混浴だったのか!?

しかも声がかなり若い まずい!



「す、スイマセン知らなくて!すぐ出ます」



と、前を隠したままで飛び出でようとすると



「あ、いいんですよー 大丈夫ですー

慣れてますから」


と声の主が答えた



慣れてますって・・・よく来る近所の人なのかな?

最近の若い女性はさばけてるんだな






「だって自分ちなんですものーあはははー」




「へ?!」



その時、内湯のほうから先ほどの中年の女性の声がした



「女将さんまた電気もつけないままで入ってるんですか

 灯りつけて行きますからねー」



言うが早く露天の脇に設置された灯篭に灯りがつき

露天の縁に座った女性の顔がはっきり見えた



「・・・あれ、カナブン先輩?」





びっくりした俺は思わず風呂の中で立ち上がってしまった






「ねこん君?!」






そこにいたのは誰でもない







根本琴美、その人だった


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