其ノ弐話「怪奇・洋猫の館伝説」符丁
行けども行けども
それらしい家のかけらすら見えそうにもない
それどころか道のあちらこちらを突き破るかのような
雑木が我が物顔で伸び始めている
「さすがに・・・車じゃ無理かなぁ」
意を決して 車を止めた俺は
助手席のカメラを手に取った
ゆっくりと幅広のストラップを手のひらに巻くと
車の向こうに見える藪にゆっくりとカメラを構えピントを合わせてみた
「ッ?!」
ファインダーの中で一瞬何かが光った気がした
もしかして・・・例の洋館の破片ってやつか?
家が老朽化して倒壊していたとしても
ガラス片やトタン屋根の鉄板くらいはあるだろう
それらが放つ鈍い光に似ているような気がした
天を仰ぐ まだ日は高い
ここに車を置いて少し探索したとしても
十分日暮れにはあの温泉あたりまで戻れるだろう
この季節に藪に入るのは気が進まないが仕方が無い
ウエストポーチからビーズ状の防虫剤を2粒取り出し
安全ピンで中央の糸を止め襟元に止めつけた
気休め程度だがダニ除け位にはなるだろう
・・・そういえば以前に
ジャンパーにつけたままで忘れていて
サクランボのようにゆらゆら揺れるそれを見て
「それって女除けですか?」と
しらっと聞いてきた後輩がいた
「いや、なんで?」と聞き返すと
「虫除けで作ったサクランボの形だからー
ほら、童貞って隠語でチェリーって言うらしいじゃないですか
だからそうなのかなーって」
真顔ともつかない顔で話す後輩のOLに
俺は内心呆れながらも
ここは大人の威厳で返すべく
あえて落ち着いて言い含めるように返した
「あのねぇ、ねこん君…
いくらなんでも俺は君の先輩で、もう30越えだぜ?
その先輩にチェリーはないだろ、チェリーは」
「あははははそうですねー
ちょっとひねりすぎましたっ!
今度、山に行くときには誘ってくださいねー!
約束ですよー!」
上着につけっぱなしだったそれを指ではじくと
『ねこん』こと、根本琴美は笑いながら
事務所から出て行ってしまった
そういえば、あの会社に居た時には
周囲には「山登りが趣味」って説明してたんだっけ
正直、藪を越えたり沢を歩いたり
似たようなものといえばそうかもしれないけれど
・・・目的が違いすぎる
結局、根本琴美を誘えるわけもなく
そのまま俺が退社してからはそれっきりになってしまった
「いくら目的が廃墟写真だからって、、、
ドライブインだのラブホテルだのに行こうなんて・・・
あんな若い子にさぁ・・・ 言えるわけねーよなぁ」
俺は薄いナイロンのヤッケの上下を着こむと
注意しながらゆっくりと藪に向かって進んでいった
たしかに小さな光らしきものが
積もった草に見え隠れしているように見える
いや、何かが草に埋もれて たしかに光が反射している
俺は手近な枯れ枝を掴むと
興奮気味にその光を傷つけないように
丁寧に掘り起こした
・・・それは
小さな真鍮の蝋燭立てだった
「まさか例の洋館のものか?」
冬を何度も越えるうちに洋館が倒壊して
地に同化してしまったのだろうか
周囲にも何か他のものが埋もれてないか
ゆっくりと周囲を見回したがこれと言った感じがない
「と、なると、この場所だけか・・・」
真鍮の蝋燭立ての形にあいた穴の下を
がしがしと俺は掘り進めてみた
すぐ枝先に硬いものが当たる感触があり
軍手のままで土を掻き分けると
手のひら大の白い石が現れた
石碑かなにかの先か、石塔の先だろうか。
とても綺麗な丸い形をしている
洋館へのヒントになる石かも知れない
少し力を入れてひっくり返そうとすると
石に丸い穴が開いてるのが見えた
1つではなく、2つ、それも左右に均等に・・・
2つ・・・均等・・?
「・・・ヒイッ、」
穴じゃない・・・眼窩だ!!
そう思った途端に
脊髄反射のように後ろに跳ね飛び
喉から息が漏れる嫌な引き攣れた声が漏れてしまった
骨を、いや、遺体を見つけたことは
初めてではないが
大きさで言えば赤ん坊・・・
いやもしかしたら早産の胎児かも知れない
蝋燭立てがあったと言う事は
誰かが手厚く埋葬しただろうものを
自分が掘り起こしてしまったという背徳感と
死せるものという畏怖感が背中を走り
なかなかそれを埋め直すことができない
周囲の土を掻いて必死に埋めようと枝を突き立てると
それは軽い音をたててぱきりと折れ
勢いがついていた俺は
それを抱え込むかのように変な姿勢で倒れこんだ
「うあぁあ・・・・!!!!
・・・あ?」
土がめくれて頭蓋骨の眼窩の下に
ヒトの骨にはないだろうモノが見えた
妙に出っ張ったような・・・
「・・・なんだよ脅かしやがって」
犬?、いやこの大きさだと猫か・・・??
「なんにせよ焦ったぜ まったくもう」
俺が赤ん坊の骨だと思い込んだものは
どうやら何かの動物の骨だったらしい
鼻先の部分が下のほうを向いて埋もれていたので
すっかりヒトと見間違って怯えていたのだった
その骨が形から動物なのはよくわかった
だがその骨の元々のヌシが噂の洋館のものなのか、
それとも村人がペットをここに埋葬したものなのか
皆目見当もつかなかった
だが、動物だと解れば遠慮は要らないだろう
さらに ざくざくと土をかきとると
小さなチェーンのブレスレットのようなものが出てきた
四角くくて細いプレートのようなものに小さな文字が刻まれている
が、腐食していてよく読めない
Cep==N・・・? いや、Ceprin だろうか
裏を返してみると今度は日本語らしきものが読み取れた
「せ・・ろ・・け・・い?」
さらに文字の面の土を指で擦り取ると
それははっきり読み取れた
「いや、【せ・る・げ・い】 だな・・・」
セルゲイと言えばロシア語の男性名だ
だが、例の洋館の主だという男の名は
ニコライだったはずだ
・・・ではセルゲイというのは誰だ?
ロシア語という妙な符丁
『これ』は例の洋館の関係のものに
違いないのだろうか
「ずいぶん細い
腕に巻くものだなぁ女性用なのかな」
自分の手首に当ててみて
周囲に巻きつく長さのないことに気づき
そして俺はあることを理解した
「そうか、これはブレスレットなんかじゃない
首輪か・・・ こいつの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます