~ブン屋カナブンの怪奇事件簿~

一 二

其ノ壱話「怪奇・洋猫の館伝説」序章



山奥のゆるい道路は

もう何年も修復されていない様子で

あちこちひび割れたままの路面から雑草が顔を出していた


「大丈夫かな、、まさか車ごと落ちるとかないよな」


俺は心配しつつ、ゆっくり車を進めた


草が伸びて半分見えなくなりかかった

大きなカーブを回ったその瞬間


「それ」は道路のど真ん中に身体を横たえていた


「うわっ!!」


猫だ! 

白黒の猫が道の真ん中で死んでいた


俺だって こんなものを轢くのはゴメンだ

車を止めて除けようと近づくと・・・ 、


そいつは大きく跳ね上がり

草むらへと飛び込んで消えた


「・・・っ、、びっくりさせやがって」


猫が道路の真ん中に寝ていても平気な程

交通量がまったくないのだろう


俺だって目的が無かったら

こんな道を走ろうとは思わなかった。

そう  その道を通ったのには「目的」があった


俺の名前は 金田文治 


数年前に長年勤めた会社を辞め

今はちょっとしたタウン誌にコラムなんかを書いている

いわばフリーライターの端くれのような者だ


サラリーマン時代の後輩らは

気軽に俺を「カナブン先輩」と呼ぶ


自分もそんなあだ名がしっくりする気がして

趣味のほうではそのあだ名を使ってサイトを作ったりしてもいた


この道を通ることになったのもその趣味のためだった




3月のある晴れた日


その鄙びた町の温泉に俺が訪れたのは

温泉が目当てというよりある家の情報収拾が目的だった


だが大浴場には猫の子1匹おらず

さすがに1時間の人待ちの長湯の末

頭がクラクラして脱衣室に戻った


扇風機の前で涼んでいた俺の目に

錆付いた自動販売機が目についた



「ピーボより美味いのはピーボだけ」


価格は昔のままの据え置きの100円表示だ


書かれたコピーの懐かしさに

よせばいいのに俺は 小銭を入れてみた


案の定、自販機はウンともスンとも言わず

俺の100円は消えてしまった



「・・・っ、、なんだよ。そういうところだけちゃっかりしてんな」



蹴り込んでやろうかと足をかまえたその時、


脱衣室のドアがいきなり開いて

無愛想な老人がバケツを下げて入ってきた




「あのー、この自販機・・・」


「・・・ああ、それは、もう30年くらい動いてないです」


「さっ、、、俺の金ッがッ・・・」



「カギもありませんし、わしらにもあけられんのです

お客さんが入れたかどうかもわからんのですわ」


「な」



呆れる俺を尻目に老人はそう言い放つと

そのまま大浴場の床を掃除し始めた


ちくしょう、俺の金はどうでもいいのかよ


よし、こうなったら

このおやじから情報を引き出してやろう


そう思って俺はリュックサックから紙包みを取ると

その老人にさらに話しかけた


「あのーお忙しいところすいませんがー」


老人は最初は胡散臭そうに俺を見ていたが


「お近づきにどうぞ」と

包んだビール券を差し出すと

無骨な指で素早く受け取ってくれた


そしてそのうちぼつりぼつりと

「その家」に関わる話をし始めた



正確な場所はわからない


だが、この温泉から

山手のほうに流れる沢沿いの道を登ってゆけば

『運がよければ』家の姿が見えると言う


「運?が、ですか?」


聞き返す俺に老人は静かにうなづいた


同じ場所から見ても見えるわけではないらしい

地元の人間はそのこと『だけ』でも恐がり

ほとんど近づかないと言う


ましてやそこへ至る旧峠の道は

ほとんど数年もの間通る者も無く

整備もされず 荒れるに任せていると


「で、その家ってのは、なんか由来があるんですか?」


老人は声を潜め

目をやや伏せてこんな話をしだした


この温泉のある村が開拓されてより

約10年程経った際に あるロシヤ人の宣教師が

この村のよく見える場所に 小さな洋館を建てたのだと言う


長い髭とニコライと言う名前以外

彼の素性を知るものは誰もいなかった


ロシヤのどこから来たのかも知らなかった


ただ、村の大工に洋館の建築費として

高額な金額をぽんと 現金で支払った事が

村だけではなく、近隣の人々の噂になったと


「で、そのニコライさんはその後どうなったんですか?

 どなたか子孫の方はいらっしゃるのでしょうか?」


子孫が今も存命なら

室内の撮影許可などもたやすくなる


これはいい写真が取れそうだ


だが、俺がその言葉をかけ終わるより早く


老人は急に用事が出来たとかぶりを振り

あわてるように出て行ってしまった


その後姿には何か言いようのない恐れのような

そんなものを感じそれ以上聞くことは出来なかった


「見える事のない・・・洋館か 面白いな」


俺は車のハッチに積んだカメラケースから

愛用のカメラを出し助手席にセットすると

車のエンジンをかけた


温泉から峠の旧道への道は

丈の伸びた草でやっと1車線が見えるか見えない有様だった


「まぁ、行って見ますかね」



その道の先であんな事に出会うとは・・・

それまでの俺には想像すらできなかった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る