第12話

「一ま~い、二ま~い、三ま~い…」


雪がみるみる皿の階段に白く積もりゆく。


「四ま~い、五ま~い、六ま~い…」


雪を踏む足の感覚がない。


本当に自分は生きているのか、青山は何度も思い、足を止めそうになった。


その度に胸の中の清が励ますように、青山の指をがぶりと噛んだ。


「七ま~い、八ま~い、九ま~い…」


井戸の釣瓶が頭上にぶらぶら揺れている。だが、井戸の口にはまだ届かない。


青山が清の目を見つめると、目の前に十枚目の皿が現われた。


「十ま~い」


青山が皿に足をかけた瞬間、ぱりんと皿が真二つに割れた。




気が付くと、青山は井戸のすぐそばに倒れていた。


雪の布団がこんもりと自分を覆っていた。


帯と褌は身に着けていない。


雪を払ってふらふらと立ち上がると、軒先にぶら下がる清の姿が見えた。


青白い頬、乱れた髪、清は死んでいた。


青山は眩暈を覚えた。


井戸に落ち、凍え怯えた時間は全て夢だと思いたかった。


だが、足裏には割れた皿の欠片が深く刺さっていた。


模様はむら雲と月、あの十枚目の皿だ。


お菊を斬った後、青山は欠片一つとして残さず青山は拾い集め、お菊の袂に詰め、井戸に沈めたはずだった。

足裏に響く痛みは、お菊が招く死の世界に、自分がいた証だった。


割れた皿、死んだお菊、さて丹波守をどうするか―。


生きているという実感は、そのまま現世の懊悩を蘇らせた。


落とした視線が、庭石の上に宿る白い命をみつけた。


それは小さな雪兎だった。


南天で出来た赤い目がつぶらで、榊の葉で出来た耳がピンと天を向いていた。


そうしてやっと青山は思い出した。


庭でこれを踏み潰しそうになり、それを避けようと咄嗟に足を上げ、平衡を崩して井戸に飲み込まれたことを。


松のよく茂った枝が、激しい雪に埋められるのから、この兎を守ってくれたらしい。


青山の胸に、雪の降った日の翌朝、庭に出たお菊と清、二人の女の姿が去来した。


そこには


「雪兎を作って、皿に載せて飾りましょう」


と皿を抱き、いそいそと庭に降りるお菊がおり、少し離れた南天の木の傍には兎の眼にする南天の実を摘む清がいた。


青山は、雪兎を両手でそっと抱き上げると、


「供に吊れてゆけ」


と井戸桶の中に、静かに下ろした。

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